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2004.12.23

新刊 カラヴァッジョ本

次にイタリアへ行く時はナポリ・ポンペイかローマに決めている。なぜローマ
かというと、ベルニーニの彫刻とカラヴァッジョの絵、そして未来派の
ボッチョーニの作品が見たいからである。ローマはミケランジェロやラファエロ
の町であると同時に天才ベルニーニ、カラヴァッジョの作品が多く見られる
ところでもある。

細部描写と光の効果を使い迫力ある絵画空間をうみだしたカラヴァッジョの
絵をローマの教会や美術館で観てみたいと常日頃思っている。先週、興味
のあるカラヴァッジョに関する本がでたのでさっそく読んでみた。

宮下規久朗著“カラヴァッジョー聖性とヴィジョン”(名古屋大学出版会)
300頁ある。カラヴァッジョ本と聞いて難しそうというイメージがあるが、
さにあらず。宮下氏の論点は明快。図版を沢山掲載してカラヴァッジョの
絵の特質、画法の革新性、影響を受けた先行作例を説明してくれる。

図像学、イコノロジー(図像解釈学)、宗教画にでてくる人物の
アトリビュート(持物)などにも細かくふれている。本書はカテゴリーから
いえばカラヴァッジョの専門書であろうが、イタリアの古典絵画に興味
ある人にとっても楽しく読める内容となっている。そこで、普通の美術
好きを念頭にいれて、この本に書かれている面白い論点、
絵画を鑑賞するうえでのポイント、17世前後の反宗教改革の動き
について整理してみた。世の中、薀蓄の時代。ここに盛られたうんちく
を面白いと感じるか否かは読む人のフィルター次第。

うんちくその1:旧約聖書、新約聖書、聖人列伝のことがわかる
 ・カラヴァッジョの作品を説明しながら、聖書にでてくる話も語って
 くれる。例えば。。。
  ★聖ペテロの磔刑、聖パウロの回心、聖マタイの召命、殉教
  ★ラザロの復活、ロレートの聖母(聖家の奇跡)
  ★エマオの晩餐、聖グレゴリウスの食事、聖ルチアの殉教
  ★慈悲の7つの行い、洗礼者ヨハネの斬首、イサクの犠牲
  ★マグダラのマリア、ダヴィデとゴリアテ、サロメ
  ★聖ヒエロニムス、聖フランチェスコ、聖ウルスラの殉教
  ★ユディトとホロフェルネス、キリストの復活、
  ★聖ペテロの解放、無原罪のお宿り

うんちくその2:17世紀前後の反宗教改革に詳しくなる
  ★1600年聖年のローマ巡礼
  ★反宗教改革における美術の役割
  ★17世紀カソリック圏での幻視と法悦
  ★修道士の営み、オラトリオ会、イエズス会
  ★マルタ騎士団

うんちくその3:絵画の制作、新画法とその革新性がわかる
  ①カラヴァッジョ様式の革新性
  ②先行作例の影響とライバル画家との関係
  ③アトリビューション(真贋鑑定、作者同定)
  ④自画像

  ①ー1 写実主義
  ・カラヴァッジョ様式の特徴である直截な写実主義と劇的な明暗効果は
   当時のカトリックでは写実的な表現や感覚をゆすぶる生々しい描写が
   民衆を教化する上で必要という教会側の事情とも絡んでいる。
   カラヴァッジョは拷問や処罰などの残虐な場面を描いた殉教図サイクル
   の影響を受けていた。
  ①ー2 明暗効果
  ・一例“聖マタイの召命”。マタイという個人の内面でおこったことを
   表現するために、あえて天使などを描かず、光を使って内面の変化を
   暗示した。この新しい画法がパトロンや同時代の画家に支持され、
   時空を超えて現代でも高く評価されている。
  ①ー3 幻視画
  ・“ロレートの聖母”を例にとり、カラバッジョ宗教画は幻視(ヴィジョン)
   表現とする。幻視とは存在しないものが見えること。神や聖人が
   目の前に現れることをいう。この幻視画が17世紀イタリア、スペイン
   で大流行した。
  ①ー4 突出効果、短縮法
  ・代表作“エマオの晩餐”(ロンドンナショナルギャラリー)ではテーブル
   の端にある果物籠が手前に落ちそうになっている。観ている者の
   方へ飛び出してくる効果を考えている。
  ①ー5 身振り
  ・登場する人物が大きな身振りをするのがカラヴァッジョの絵の特徴
   である。身振りにより心の動きを表現している。そして、ひとつ々
   の身振りとその意味には約束事がある。“聖マタイの召命”で
   どの人物がマタイなのかという問題で人指し指の意味をめぐる
   論争があった後、現在では、マタイを特定する昔の定説が崩れ、
   テーブルの左端にいる若者がマタイと解釈されている。
  ・また、両腕を左右に広げる身振り(オランスの身振り)が磔刑を
   表現していることを“キリストの埋葬”、“エマオの晩餐”、
   “ラザロの復活”を例にとり説明している。
  ①ー6 不在効果
  ・不在効果とは登場すべき人物をださず、観る人にそのことを
   感じさせる手法。ここで例にあげてるレンブラントの“スザンナ”
   をみてるとなるほどなと分かる。スザンナを隠れて見ている長老
   の不健全性を高めるため、この場面に長老を描いていない。
  ・この不在効果を使って、“洗礼者ヨハネ”(ローマ、カピトリーノ
   教会)に描かれている少年はヨハネではなく、実は解放された
   イサクであるとする。この話は面白い。イサクがアブラハムや
   天使がいなくて単独で描かれたことは無いとする反論者に
   対し、この場面はアブラハムを出さず、不在効果を狙ったのだ
   とする。この不在効果というのは知らなかった。

  ②先行作例とライバル画家
  ・宗教画家であるカラヴァッジョが刺激をうけた画家やカラッチ
   との関係を図版をつかい、細かく較べている。とても分かりやすい。
  ・カラヴァッジョは実力画家と認めるロンカッリやダルピーノ
   が描いた人物のポーズ、形、主題をまねている。また、ボローニャ
   生まれで古典主義者のカラッチ(11歳年上)とも互いに刺激
   し合っている。

  ③アトリビューション
  ・カラヴァッジョの絵には似た作品が多くある。例えば。。。
   エマオの晩餐、トカゲにかまれた少年、マグダラのマリア、女占い師
   リュート弾きなど
  ・絵には真作、レプリカ(画家が描いたもの)、コピーがある。ゴッホも
   ひまわりのレプリカをつくっている。モネにも睡蓮の絵が沢山あるが、
   これは連作でレプリカとは違う。
  ・カラヴァッジョ作品のコピーが多いというのが逆にカラヴァッジョ研究
   を盛り上げている。近年の真作の発見をみると、コピーしかない
   作品にも真作出現の可能性を残している。真作かコピーかの
   論争に自分の解釈と先行作例をひっさげて挑んでいく。研究者
   が増えるはずだ。

  ④自画像
  ・自画像の箇所では興味深いことがいくつかあった。カラヴァッジョが
   ゴリアテの切られた首に自分の姿をかいた“ダヴィテとゴリアテ”
   以後、同じ主題をグイド・レーニやオラツィオ・ジェンティレスキなど
   も描いている。この切られた首で自画像を描くのはジョルジョーネ
   の時代かららしい。エルミタージュ美術館で観た“ユディト”の足元
   にあるホロフェルネスの首はジョルジョーネの自画像だそうだ。
  ・また、ティツィアーノの“サロメ”の盆にのったヨハネの首は自画像
   という説もあるという。
 
本書は宮下氏の労作である。あとがきに、副題にある“聖性とヴィジョン”
は現実的でありながら聖なるものを表現するカラヴァッジョ芸術の本質を
表そうとしたものとある。読み終えてこの意味がよくわかる。
宮下氏には世界的なカラヴァッジョ研究者になってもらいたいと思う。
もうその域に達しているかもしれないが。

最後に、手元にあるカラヴァッジョ本を書いておこう。
 ★カラヴァッジョ・灼熱の生涯 (スアード著、白水社、00年9月)
 ★カラヴァッジョ鑑 (岡田温司編、人文書院、01年10月)
 ★カラヴァッジョ展図録 (岡崎市美術博物館、01年12月)

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コメント

こんばんわ♪
はじめまして、TAKさんのサイトでいつもお世話になっているシルフです。
いづつやさんのコメントと、博識にはいつも舌を巻いておりますが、素晴らしいブログですね。
今まできづかなかった私は大そうおバカでした。
これからはちょくちょく伺わせてもらいますね。
差し支えなければ、拙サイトでリンクさせていただいてもよろしいですか?
よろしくお願いします。

宮下規久朗著“カラヴァッジョ-聖性とヴィジョン”ホントに素晴らしい本ですよね。
ナポリ・ポンペイ・ローマいずれも旅したことありますが、カラヴァッジョの足跡を辿るにはなかなかいいコースですよね。

投稿: シルフ | 2004.12.23 23:53

いづつやさん、こんばんは。
拙BBSにお越し下さいましてありがとうございました。貴ブログは内容が濃くて読みやすくいつも勉強させていただいております。すばらしいです。

この「カラヴァッジョー聖性とヴィジョン」はホントにいい本ですよね。って、言い出しっぺの私はまだ途中までしか読んでいないのですが・・・。あの「カラヴァッジョ鑑」に比べてもはるかにわかりやすくて構成がよく練られていて面白さが違います(宮下さんも「カラヴァッジョ鑑」で執筆しておりますが)。私はあと4分の3なのですが、いづつやさんのエントリーでなんだか読了してしまったかのような満足感を得てしまいました。

投稿: 桂田 | 2004.12.24 00:45

いづつやさん、こんばんは。
宮下氏の新刊本を読み終えられた上に、早速素晴らしく纏め上げられた文章まで!もう、敬服でございます。もしかして、いづつやさんの文章で書店に走るCARAVAGGIOファンも出てきそうですね!(^^)v

私はまだ途中なのですが、最新の研究情報や目から鱗のお話など、本当に楽しみながら読んでいます。宮下氏のCARAVAGGIOへのシンパシー溢れる語り口も魅力ですよね。
しかし、恐いもの知らずの美術ド素人は、自分の観て感じたものも大切にしたいと思っております(^^;;
さて、私もいづつやさんに続け!と、年内には「目指せ、完読!」です(笑)

末尾になりましたが、拙サイトでもリンクさせていただきたく、よろしくお願い申しあげます。

投稿: June | 2004.12.24 01:39

to シルフさん
書き込み有難うございます。人気の高いブログを
お持ちのシルフさんから褒めていただいて恐縮です。アーチストシルフさん
の気に入る絵があるかどうか自信ありませんが、和、洋、中で頑張って
みます。デザインセンスがなく、愛想のないトップページなもの
ですから、画像でなんとか惹きつけようという作戦です。
文章を長くすると粗がでますので。

シルフさんも宮下氏の新刊本を読まれているようですが、期待値以上
の良書でした。カラヴァッジョの絵はJuneさんほど現場で観てないので
、これまでみた絵の印象を頼りに読んだのですが、図録の多さと
分かり易い文章でカラヴァッジョと17世紀前後のイタリア美術がわかりました。
カラヴァッジョの生涯はスアードの本で頭に入っていたので、この本により個々の
絵についての理解が進みました。

拙ブログをリンクして頂けるのは有難いことです。シルフさんのサイトも
リンクリストにいれさせて下さい。これからも宜しくお願いします。

投稿: いづつや | 2004.12.24 20:32

to 桂田さん
書き込み有難うございます。桂田さんの紹介が無ければ、こんないい本に出会う
タイミングがずっと遅れたでしょう。感謝しています。私は本はテーマ毎に
グルーピングしておき、期間を決めて3,4冊読んでます。例えば、この
2ヶ月はルネサンス、それが済んだらストックしていた日本画の本をざっと
読むというやり方です。ですが、この本は進行してたテーマを横において
読みました。大正解でした。

桂田さんも指摘されてますが、読み易いですよね。そして、聖書やイコノロジー、
マルタ騎士団など情報がつまっています。若桑みどりさんの本を読んでるようでした。
実はあとがきを見ず、一気に読んだのでこの本は書き下ろしとばかり思ってい
ました。過去の論文を編集したようですが、つながりはうまくいってましたね。

桂田さんの情報網でまたなにか、面白いお話があったら教えてください。
また、Myリンクに桂田さんのサイトを入れさせて貰いたいと思います。
これからも宜しくお願いします。


投稿: いづつや | 2004.12.24 21:10

to Juneさん
拙文を読んで頂き有難うございます。この本でカラヴァッジョの絵のことが随分
わかりました。先行作品との関係、どの絵がカラヴァッジョの記憶に残っていたのかとか、細かく書いてありましたね。これは面白いです。
カラヴァッジョの絵の革新的な部分と伝統というか、ポーズや形態の定番を踏襲しているところがよくわかりました。個々のテーマでは身振り、不在効果、切られた首と自画像が新鮮でした。

モノグラフをあまり読みすぎると、美術史家の術中にはまりますから、愛好家は程々にしとくのが無難ですね。むしろ、Juneさんのように現物を観ている人の眼力のほうが強いです。前にも言ったかもしれませんが、代表作の7割を観ないとモノグラフは読まない主義なんです。ですが、カラヴァッジョの場合、シチリアやナポリが遠いものですから、この基準を下げてカラヴァッジョ本に熱中しているわけです。ローマ、ナポリにあるカラヴァッジョの絵は観たいですね。Juneさんが羨ましいです。

この本にベルリーニのことも詳しくでてますね。まずは、ローマのベルリーニとカラヴァッジョを当面のターゲットにしようと思っています。また、教えて下さい。拙ブログをリンクして頂けるのは有難いことです。よろしくお願いします。

投稿: いづつや | 2004.12.24 21:50

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