2019.09.18

美術館に乾杯! 下関市美術館

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    狩野芳崖の‘懸崖山水図’(19世紀)

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    上村松園の‘楚蓮香’(1924年)

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    藤田嗣治の‘パリの小学校’(1931年)

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   岸田劉生の‘花持つ裸の麗子’(1922年)

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    松本竣介の‘街にて’(1940年)

東芸大美では数あるコレクションが定期的に公開される。今が足を運ぶこと
がなくなったが、追っかけ作品があるためできるだけHPで出品作をチェック
している。ここには近代日本画の歩みを概観できる名画がずらっと揃う。
そのひとつが狩野芳崖(1828~1888)の‘悲母観音’。アバウトだが
3~4年?に一度くらいのペースでお披露目されている。

これを描いた芳崖の出身地が山口県の下関市。そのため下関市美は芳崖の絵
をたくさん所蔵している。2008年東芸大美と下関市美のコラボで待望の
狩野芳崖展が実現し、画集に載っている代表作がほとんどでてきた。橋本
雅邦とともに近代日本画の基礎をつくった芳崖の回顧展を待ち望んでいたの
で天にも昇るような気持だった。‘懸崖山水図’は山間の谷間から割れたガラス
の細長い破片が飛び出してきたようなイメージ。この角々した鋭い崖を連ね
るのが芳崖流の山水画。

上村松園(1875~1949)の‘楚蓮香’は伝説の中国美人を題材にしてい
る。まわりに蝶を呼び込むほどの美貌の持ち主は唐の玄宗皇帝の頃、長安一
の美女とうたわれた楚蓮香。松園は4,5点描いており、これはその一枚。
蝶が誘われて舞うというのがとてもいい感じ。西洋画には一角獣の話がある
が、蝶のほうが女性の美しさとすぐ結びつく。

ここには藤田嗣治(1886~1929)の‘パリの小学校’がある。昨年の
藤田嗣治展(東京都美)に登場した。現地ではみた覚えがないので収穫の一枚
だった。そして、岸田劉生(1891~1929)の‘花持ち裸の麗子’も頬が
緩む作品。デューラーばりの超写実的に描かれた麗子像とは作風がガラッと
変わり漫画チックな麗子。劉生は愛する麗子をいろんなヴァリエーションで描
いた。そのどれもが心を打つ。

36歳の若さで亡くなった松本竣介(1912~1948)の‘街にて’はよーく
みるとシャガールの絵を彷彿とさせる。例えば、中央の女性が手が触れている
自転車。上のほうにあるもう一台には男が乗っている。ここに登場する人物は
みな違う方向に進んでおり、まさに街の通りの光景。竣介の感性と想像力は
やはりスゴイ。

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2019.09.17

美術館に乾杯! 福岡市美術館 その四

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    牧谿の‘韋駄天・猿猴図’(南宋~元時代 13~14世紀)

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    横山大観の‘寒山拾得’(1915年)

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    冨田渓仙の‘御室の桜’(1933年)

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    高島野十郎の‘早春池畔’(1953年)

日本では人気の高い牧谿は南宋から元初にかけて活躍した禅林の画僧。どこ
かの美術館が‘牧谿展’を企画するのを夢見ているがまだその気配がない。これ
まで例えば南宋画展(根津美)などで目玉の作品‘瀟湘八景図’をみる機会が
あった。‘韋駄天・猿猴図’は2008年徳川美で行われた‘室町将軍家の至宝
を探る’でお目にかかった。真ん中の韋駄天がブ男すぎるので左右の猿の姿に
視線が集中する。

横山大観(1868~1958)は西洋画でいうとルーベンスのような存在。
どこの美術館を訪れてもひょいと顔を出す。九州では熊本県美に‘老子’などい
いのがごそっとあるが、福岡には‘寒山拾得’がある。古来しばしばとりあげら
れた画題を戯画っぽく描くのが大観流。余白が広い分寒山拾得の個性の読み解
きが自在になる。

博多の商家に生まれた冨田渓仙(1879~1936)が京都の仁和寺にある
八重桜を描いた‘御室の桜’に大変魅了されている。この絵が渓仙の代表作で
‘昭和の日本画100選’(1989年)に選ばれた。絵の存在を知ってから
本物に出会うまで長い時間がかかった。ちょうど10年前茨城県近美で待望
の回顧展があり、望みが叶った。

びっくりするほど精緻な写実表現により絵画ファンの関心が徐々に高まってい
る高島野十郎(1890~1975)は久留米の出身。この洋画家を世に出す
きっかけをつくった福岡県美に作品がたくさんあり、それらが2016年目黒
区美で開かれた高島野十郎展に展示された。それらに混じって福岡市美が所蔵
する‘早春池畔’も出品された。半端でない木々のリアルな描写にくわえて巧み
な構図が深い味わいをもたらす。何時間でもみていたい風景画はそうない。

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2019.09.16

美術館に乾杯! 福岡市美術館 その三

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   野々村仁清の‘色絵吉野山図茶壺’(重文 17世紀)

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    ‘病草紙 肥満の女’(重文 12世紀後半)

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    ‘泰西風俗図屏風’(重文 17世紀初)

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    尾形乾山の‘花籠図’(重文 18世紀後半)

福岡市美の所蔵する作品の幅は広く、日本美術の名品も数多くある。作品の
インパクトが強ければ強いほどそれをもっている美術館の名前も胸に刻まれ
る。その美術品は野々村仁清の‘色絵吉野山図茶壺’。色絵の茶壺はMOAの
国宝‘藤花文’など仁清の代名詞となっているが、そのなかで最も魅せられてい
るのがこの吉野山の絵柄。桜満開の吉野山をきらびやかな金の装飾と茶壺の
丸い形と親和性のあるもこもこ山の重なりによって見事に表現している。

平安時代の終わりごろ、‘餓鬼草紙’や‘地獄草紙’と一緒に描かれた‘病草紙’の
なかに思わず吹き出してしまうユーモラスな絵がある。美味しいものを食べ
過ぎて歩くこともままならなくなった超肥満の女。この女を両サイドから支
えている付き人の表情がじつにおもしろい。‘欲望のままに食べるからこんな
ざまになるんですよ。こっちだって手がしびれるくらい痛んだからね。いい
加減にしてよ!’

‘泰西風俗図屏風’は筑前黒田家に伝来した初期の洋風画。これは右隻で春夏の
風俗が描かれている。リュートやハープを演奏する場面はルネサンス絵画を
みているよう。イエズス会が開設したセミナリオにいた日本人絵師は確かな
腕をもっており、模写の繰り返しにより遠景の描き方も十分にマスターして
いる。

尾形乾山(1663~1743)はやきものだけでなく、絵でも才能を発揮
した。太い黒の線で強く印象づけられる花籠には秋の野草がざざっと入れら
れている。注目は下の籠。わざと斜めにして動きを出している。こういう
感性は並の絵師からは生まれてこない。

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2019.09.15

美術館に乾杯! 福岡市美術館 その二

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    デルヴォーの‘夜の通り’(1947年)

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   ド・スタールの‘黄と緑の長方形’(1951年)

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     ロスコの‘無題’(1961年)

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    ステラの‘バスラ門Ⅱ’(1968年)

いろいろ出かけた海外の美術館のなかで画家のホームグラウンドとして主要
作品が展示されている美術館を思い返すとそこには大きな喜びがふわふわと
浮かんでいる。ベルギーのブリュッセルにあるベルギー王立美ではシュルレ
アリスム絵画のマグリット(1898~1967)とデルヴォー(1897
~1994)が存分に楽しめる。

そのデルヴォーの展示室に舞い戻ったような錯覚を覚えるのが大作‘夜の通り
(散歩する女たちと学者)’。デルヴォーの場面設定は夜が多い。デ・キリコ
と同様に汽車が登場するが音がせず、斜めにのびる通りには無表情なマネキ
ン人形を連想させる裸婦たちが歩いている。そんな外のシュールな世界とは
対照的に家のなかでは学者がアンモナイトの化石の研究に没頭。この二つに
はどんな関係があるのか。

人気のシュルレアリスムのほかにも質の高い抽象画が揃っている。その
一つがパリのポンピドー以外ではみた記憶のないド・スタール(1914~
1955)の‘黄と緑の長方形’。格子状の矩形は重厚なイメージだが緑と黄の
グラデーション効果により下から上にかけて光がキラキラと揺れ動くように
映る。

今、ロスコ(1903~1970)の追っかけが漠然とだが頭のなかにある。
出かけるのはまだ足を踏み入れてないロサンゼルス。名所観光を軽く済ませ
あとはお目当ての美術館巡り。そのひとつがロサンゼルス現代美。ここに
明るい青が心をとらえて離さないロスコがある。

そんなことを思うようになったのはワシントンのフィリップスコレクション
で体験したロスコルールや川村記念美とか福岡市美の‘無題’などにお目にかか
りロスコの輪郭がぼやっとした四角形の色面の神秘にだんだん魅せられてき
たから。

ステラ(1936~)の‘バスラ門Ⅱ(分度器シリーズ)’はサプライズの大き
さ(縦1.53、横3.06m)。しかも赤や緑などの原色で彩られた半円
形が錯視画のようにリズミカルに動く。川村にあるステラと遜色のない一級
の作品。

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2019.09.14

美術館に乾杯! 福岡市美術館 その一

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   シャガールの‘空飛ぶアトラ―ジュ’(1945年)

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    ダリの‘ポルト・リガトの聖母’(1950年)

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  ミロの‘オルガンを聴いている踊り子’(1945年)

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    三岸好太郎の‘海と射光’(1934年)

近現代アートならパリのポンピドーやNYのMoMA、グッゲンハイムへ足
をのばすのが手っ取り早いが、一部の日本の美術館にもアッと驚くほど
質の高い作品が存在する。では、その美術館がフランスやアメリカのよ
うに大都市東京にあるかというとそうでもなく、中央から遠く離れたと
ころの美術館に収まっていたりする。そのひとつが福岡市美。

このところシャガール展をみる機会がほとんどない。単独の回顧展は
もう10年くらい遭遇してないような気がする。シャガール(1887
~1985)はお気に入りの画家なので熱心にでかけていたときは福岡
市美にある‘空飛ぶアトラ―ジュ’が定番の出品作としてしばしば登場した。
アトラ―ジュとはそりのこと。そりを引いているのは頭が鶏で胴体が馬
の変種。でも、その姿に不気味さはなく赤ちゃんを抱いた赤ずくめの女
性と男を軽快に運んでいる様子が天使の使いを思わせる。

3年前、国立新美で開催されたダリ展に国内にある傑作ビッグスリーが
集結した。‘ポルト・リガトの聖母’、連作壁画‘幻想的風景’(横浜美)
、そして大作‘テトゥアンの大会戦’(諸橋近美)。ダリは古典絵画の造詣
が深く高い描写力があるためシュール感覚の味付けで見栄えのする見立
聖母像を生み出した。こんないいダリがみれる福岡市民が羨ましい。

ミロ(1893~1983)の‘ゴシック教会でオルガンを聴いている踊
り子’も美術館自慢の一枚。この絵が日本にあるミロのベストワン。縦2m
近くのもある大きなキャンバスに描かれているのはゆるキャラをさらに
くずした感じの丸や曲線のフォルム。その無意識にからまった組み合わ
せがすぐにはタイトルの内容と結びつかないが、それを横においても十分
に楽しめる。

三岸好太郎(1903~1934)の‘海と射光’はあえてヨーロッパのシ
ュルレアリストとくっつけるなら、イブ・タンギーの静かな深海のイメ
ージがたくさん置かれている貝殻とシンクロするかもしれない。

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2019.09.13

期待値以上の‘美濃の茶陶’展!

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     ‘志野山水文鉢’(16~17世紀 愛知県陶磁美)

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     ‘鼠志野茶碗 銘横雲’(16~17世紀 野村美)

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   ‘黄瀬戸大根文輪花鉢’(重文 16~17世紀 相国寺)

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    ‘織部扇面形蓋物’(17世紀)

昨年秋に根津美で開催された‘新・桃山の茶陶’をリレーするように現在、サン
トリー美では‘美濃の茶陶’(9/4~11/10)が行われている。やきもの展
を開催して愛好家の注目を集めるのは根津、五島、出光、サントリー。自分
のところに名品を数多く持っているのでよそからもいいものが集まってくる。

今回サントリーが焦点をあてているのは桃山時代の16~17世紀、岐阜の
美濃で焼かれた‘黄瀬戸、瀬戸黒、志野、織部’。根津のときと同様に定番の
名品がずらっと並んでいる。これは圧巻!まず出迎えてくれるのが国宝の
‘志野茶碗 銘卯花墻’(三井記念美)。そして、ともに重文の‘鼠志野茶碗 
銘峯紅葉’(五島美)と‘鼠志野茶碗 銘山の端’(根津美)もある。

はじめてみるものもたくさんでてくる。やきものは奥が深いから展覧会に顔
を出すたびにあらたな名品と遭遇する。思わず足がとまったのが‘志野山水文
鉢’、こういう絵柄は染付によく登場するが志野との相性も悪くない。鼠志野
の魅力は抗しがたいものがある。そのため、再会した‘銘横雲’に吸いこまれる。

一番の収穫は相国寺が所蔵する‘黄瀬戸大根文花鉢’、大根がこれほどインパ
クトのある文様になるとは。これからは大根を軽くみれなくなった。
織部の緑に魅せられ続けている。扇面形蓋物、四方鉢、手鉢、耳付花入、沓
茶碗、向付、軽やかで新感覚の文様と緑の釉薬が目を楽しませてくれる。
造形的にカッコよく映る扇面型蓋物を長くみていた。

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2019.09.12

待望の‘歌川豊国展’!

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   ‘役者舞台之姿絵 まさつや’(1794年 太田記念美)

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    ‘子どもの戯れ’(1798~1800年 太田記念美)

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     ‘三福神’(1801年 日本浮世絵博)

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     ‘座頭の行列’(1801年 東博)

歌川豊国(1769~1825)は浮世絵展が開催されるときには必ず登場
する人気の浮世絵師。ところが、なぜかこれまで回顧展に遭遇しなかった。
この絵師の作品がたくさん載った図録がないというのはどうもしっくりこな
い。それがようやく解消された。太田記念美で今、‘写楽を超えた男 歌川
豊国’(9/3~9/29)が行われている。

作品の数は140点弱、前期と後期に分けそっくり入れ替える展示をすると
推測していたが、今回はそうではなく部分的に替わるだけ。だから一回出動
すれば豊国を存分に楽しめる。豊国の出世作はなんといっても‘役者舞台之姿
絵’、そのなかで多くの浮世絵ファンを熱狂させたのが‘まさつや’、足と手を
大きく広げる姿がいかにも歌舞伎の舞台を思わせる。写楽の‘三代目大谷鬼次
の江戸兵衛’とかぶるので鬼次の悪役ぶりがいっそう目に焼きつく。

同じく太田記念美が所蔵している‘子どもの戯れ’にも惹きこまれる。3人の
子どもが障子の腰板に映る自分の表情を無邪気に楽しんでいる。こういう日
常のひとこまを生き生きと描くのが浮世絵のおもしろいところ。西洋絵画で
も風俗画はあるがこうした素の笑いがとりあげられるのはごく一部の絵だけ。

いくつもあった収穫のなかでじっくりみたのが‘三福神’。ここではめでたい
七福神に女がなっている。真ん中の打ち出の小槌を持っているのが大黒天、
右手に白い鼠をのせている。その右で鯛を釣りあげるのは恵比寿さん。さて、
残るは左の女性、ちょっとわかりにくいが布で琵琶をつつんでいる弁財天。
船首の大きな鶏が強く印象に残る。

もっとも興味深かったのが‘座頭の行列’、東博の浮世絵が飾ってある部屋へは
これまで何度も足を運んだが、この座頭の絵はお目にかからなかった。豊国
にもこんな戯画があったのか!目が悪いため座頭たちはお互いに協力して
丸木の橋を渡っている。これは忘れられない。

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2019.09.11

美術館に乾杯! 鹿児島 尚古集成館

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    ‘紅色切子椀’(19世紀中頃)

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    ‘紅色切子三段重’(19世紀中頃)

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    ‘藍色切子脚付蓋物’(19世紀中頃)

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    ‘藍色切子脚付杯’(19世紀中頃)

関心を寄せているやきものが登場する展覧会は見逃さないようにしているが、
ガラス工芸についても熱くチェックしている。海外のものではなんといって
もガレやドーム兄弟らのフランスアールヌーヴォー様式でつくられたもの。
そして、日本のものでは薩摩切子に強い思い入れがある。本物をみたのは
20数年前九州大旅行をしたとき。食の収穫が本場の長崎ちゃんぽんと松翁
軒のカステラなら、芸術の感動は透明ガラスに色ガラスを被せられ美しく輝
く薩摩切子。

尚古集成館があるのは邸の向こうに桜島と錦江湾のすばらしい眺めがひろが
っている‘礒御殿’の隣。ここは薩摩藩主島津斉彬(1809~1858)が
殖産興業を進めるためにつくった集成館(工業団地)だったところ。現存し
ている機械工場が1923年以来尚古集成館と名づけられ博物館になって
いる。

1851年反射炉や溶鉱炉と一緒につくられたガラス工場で生まれたのが
絶品の薩摩切子。だが、つくられたのはわずか10数年のこと。館内には
いろんなものがあったのに覚えているのは薩摩切子だけ。1988年に作成
された薩摩切子に関する論考によるとその時点で残っているのは112点。
そのうち32点が尚古集成館、色の内訳は紅色が14点、藍色が15点、紫、
緑、無色が1点づつ。

その全部が飾られていなかったが、目を奪われるものがどどっと並んでいた。
これが‘薩摩切子か!’という感じ。どれもカットの技術が神業的で色ガラスと
透明ガラスとの境を微妙にぼかす繊細な美しさに魅了される。とくに難しそ
うなのが紅色の三段重や藍色の脚付蓋物。ここでも鑑賞体験は生涯の喜び。

薩摩切子との縁ができてから10年くらいたった後、サントリー美で‘まぼろ
しの薩摩切子展’(2009年)に遭遇した。待ち望んだ展覧会なので天にも
昇る気持ちだった。そこに件の解説文にでていたアメリカのコーニング・
ガラス美(NY)が所蔵している藍色の栓付瓶が堂々と飾られていた。こうい
う名品の里帰りは本当に嬉しい。

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2019.09.10

美術館に乾杯! 鹿児島 長島美術館 その二

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    ドガの‘水浴’(1894年)

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    マイヨールの‘地中海’(1902~05年)

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    ‘錦手群猿図双耳花瓶’(19世紀後半)

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    ‘金襴手竹藤絵扁壺’(19世紀後半)

日本では印象派の人気が高いので例年のように展覧会が開催される。そのた
め、印象派およびポスト印象派のオールスター画家だとスーラを除いてほと
んど回顧展に遭遇した。回数の多いグループがモネ、ゴッホ、ルノワール、
ロートレック、そう頻繁にはないのがマネ、セザンヌ、ドガ、ゴーギャン。

ドガ(1834~1917)は2010年横浜美で行われた1回だけ。その
とき長島美から出品されていたのが‘水浴’。ドガの描く裸婦は動きがあるの
が特徴。この絵ではタオルで首筋を拭く仕草によって一瞬の動きをとらえて
いる。これは裸婦図というよりは風俗画、ドガの日常風景をみる眼はとても
鋭い。

彫刻はどの美術館でも記憶に残ることが多い。どんと置いてあったのはマイ
ヨール(1861~1944)の代表作‘地中海’。裸婦の立体的な形が目の
前に現れるとつい記念写真でも撮りたくなる。昨年でかけたオスロの国立美
ではムンクの‘叫び’の前で皆写真を撮ってもらっていた。でも、こういう光景
は絵画の場合、あまり一般的ではなく名画を一心不乱にみている人が多い。

2室にどどっと展示してあった薩摩焼が目に焼きついている。白薩摩と黒物
があり、惹きこまれるのは貫入の入った象牙色の素地に錦手や金襴手などの
絵付けを施した白薩摩。モチーフになっている猿の群れは絵画をみているよ
う。また、金襴手の扁壺に描かれた流水の上に垂れる藤のきれいなこと!

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2019.09.09

美術館に乾杯! 鹿児島 長島美術館 その一

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     長島美術館の外観

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    シャガールの‘緑のバイオリン弾き’(1923年)

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    キスリングの‘若い男の肖像’(1939年)

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    ポロックの‘コンポジション’(1938~41年)

広島に住んでいたとき5日くらいかけて九州をぐるっと回ったことがある。
長崎でちゃんぽんと松翁軒のカステラを美味しくいただき、そのあと雲仙
の地獄めぐり。長崎県からはまた九州自動車道に戻り次の目的地、鹿児島
市をめざし一気にクルマを走らせた。長島美はJRの西鹿児島駅の近くにあ
るのだが、どういいう風に走ってここにたどり着いたかはもう記憶にない。

ここにサプライズの絵があった。シャガール(1887~1985)の
‘緑のヴァイオリン弾き’。この絵はどこかでみたことがある、すぐNYの
グッゲンハイムが所蔵しているものだとわかった。2点は構図も色使いも
ほとんど同じ。シャガールは2点描いていた。こんないい絵が九州アイラン
ドの南の端に建つ美術館に飾られているのである。バイオリン弾きの顔と
右手は大胆にも緑色。この発想はフォーヴィスムのマティスが女性の顔に
太い緑の線を入れるのと同じ。この濃い緑と衣服の紫とのコントラストは
一度みたら忘れられない。

気になる画家は一枚でも多くしたい。となると回顧展は理想的には2回
体験したい。キスリング(1891~1953)は幸運なことに今年東京
都庭園美でそれが実現した。驚いたのは日本にキスリングの肖像画、静物
画は予想以上にあること。回顧展には2回とも出品されなかったが、長島
美も‘若い男の肖像’をもっている。キスリングの肖像画は顔がフランス人形
のように目鼻立ちがくっきりしているのが特徴。若い男の雰囲気が存分に
出ているのがすごくいい。

ポロック(1912~1956)の‘コンポジション’を館内でみたという
実感がまったくない。このころポロックは縁の遠い作家だったので‘見れど
見ず’の状態だったのかもしれない。実際にお目にかかったのは東近美であ
った回顧展(2012年)。モチーフの形が角々とし槍の刃先が並んでい
るように映るのは全体の印象がピカソの画風を連想させるから。

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