2017.02.20

美術館に乾杯! ブダペスト国立美 その一

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Img_0002_2  古代ギリシャのコリント式の列柱がならぶブダペスト国立美の外観

Img_2     ラファエロの‘エステルハージのマドンナ’(1508年)

Img_0007     ラファエロの‘ピエトロ・ベンボの肖像’(1503~04年)

Img_0004_2     ジョルジョーネの‘若い男の肖像’(1510年)

Img_0005_2     ティツィアーノの‘聖母子と聖パウロ’(1540年代初頭)

海外の美術館をまわりとき所蔵作品の情報があるとないとでは鑑賞に注ぎ込むエネルギーの出方が違ってくる。はじめて訪問するハンガリーのブダペスト国立美がおおいに楽しめたのは週刊雑誌‘ラミューズ 世界の美術館’(1994年 講談社)のお陰。それはこのあと登場するプラハ美でも大変役に立った。

ハンガリーの首都ブダペストにはハンガリーの画家たちの作品を展示するハンガリー国立美(ブダ王宮内)とハンガリー以外の古典絵画や近代絵画を飾っているブダペスト国立美の2つの大きな美術館がある。ツアーで入館したのは古典絵画のほう。

収集品の中心をなすのはハンガリー史上最も権勢を極めた貴族エステルハージ家のコレクション、そのお宝のひとつがラファエロの(1483~1520)の‘エステルハージのマドンナ’、こういうラファエロの聖母がさらっとでてくるのがヨーロッパの美術館のすごいところ。

ラファエロが20代のはじめころ描いた詩人ピエトロ・ベンボの肖像画もなかなかいい絵だが、これは2013年西洋美で開催されたラファエロ展に登場した。

作品の数が30点たらずのヴェネツィア派、ジョルジョーネ(1476~1510)が最晩年に描いた‘若い男の肖像’も強く印象に残っている。ジョルジョーネの作品をみる機会は少ないから大きな収穫。

ジョルジョーネにくらべると長く生きたティツィアーノ(1485~1576)はブラン美術館では定番のように美術ファンの目を楽しませてくれるが、ここにもヴェネツィ総督の見事な肖像や何年か前に日本にやって来た‘聖母子と聖パウロ’などがある。

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2017.02.19

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その八

Img_0003     プッサンの‘キリスト哀悼’(17世紀)

Img_0001     ブーシェの‘ポンパドゥール夫人’(1758年)

Img_0002    フラゴナールの‘ベッドで犬と遊ぶ娘’(1765~70年)

Img     フリードリヒの‘シュレージェンの山々’(1815~20年)

本籍フランス、現住所イタリア・ローマと言われるプッサン(1594~1665)はベラスケス(1599~1660)、彫刻家ベルニーニ(1598~1680)、ヴァン・ダイク(1599~1641)らと同時代を生きた画家。でも、ベラスケスがカラヴァッジョ(1571~1610)の影響を受け、ヴァン・ダイクが師匠のルーベンス(1577~1640)から多くを学んだのに、ローマで制作を続けたプッサンは独自の画風を切り開いた。

描いたのはキリストや神話の物語や古代ローマの英雄など。プッサンがとても惹かれるのはこうした物語が野外の自然を背景に描かれているところ。そのため、そうした話にリアリティがありこういう場面だったんだと妙に納得がいく。‘キリスト哀悼’は人がこの世からいなくなる悲しさが深く表現されている。

ブーシェ(1703~1770)が描いたポンパドゥール夫人はルーブルにもあるが、アルテが所蔵するのはそれを上回る見事な肖像画。ポンパドゥール夫人はルイ15世の公認の愛人ではあるが、その高い教養や気品をそなえた美貌のため普通の愛人のイメージとは違い好感度が高い。きっと王にはもったいないすばらしい女性だったのだろう。

ブーシェにくらべるとフラゴナール(1732~1808)の女性画はコメデイタッチのエロチシズムにつつまれており、‘ベッドで犬と遊ぶ娘’は昔みたフランス映画にはこんなシーンがあった感じ。犬はキスされたり高く上にあげられたり愛撫されほうだい。

フリードリヒ(1774~1840)の‘シュレ―ジェルの山々は’アルテ・ピナコテークの前にあるノイエ・ピナコテークに展示されている作品。この風景画にはロマン派特有の神秘性が強く感じられじっとながめていると神妙な気持ちになる。ドイツのこんな自然を前にすると、フリードリヒの世界に近づけるかもしれない。ハンブルグ美などへでかけフリードリヒ巡りをすることを夢見ている。

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2017.02.18

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その七

Img     レンブラントの‘キリストの磔刑’(1634年)

Img_0001     エルスハイマーの‘聖家族のエジプトへの逃避’(1609年)

Img_0002    ハルスの‘ヴァレム・ファン・ヘイトホイゼンの肖像’(1625年)

Img_0003    ベラスケスの‘若いスペイン貴族’(1628~30年)

レンブラント(1606~1669)は肖像画のほかに宗教画もたくさん描いているが、アルテ・ピナコテークには有名な連作‘キリストの受難伝’(6点)がある。‘キリストの誕生’、‘キリストの磔刑’、‘十字架降下’、‘キリストの埋葬’、‘キリストの復活’、‘キリストの昇天’、いずれもカラヴァッジョの影響を受けた明暗技法が印象的。

ルーベンスがローマにいたとき知り合ったのがフランクフルト出身のアダム・エルスハイマー(1578~1610)、光と影の使い方を得意とし小品ながら‘聖家族のエジプトへの逃避’といういい絵を描いている。

ルーベンスはこの友人の絵に魅了され、マウリッツハィス美にある‘ろうそくを持つ老婆と少年’のようなカラヴァッジョやラ・トゥールを思わせるような作品を残している。

オランダの画家で関心があるのはレンブラントとフェルメール、カラヴァッジェスキのホントホルスト、そしてハルス(1580~1666)、ほかの画家は正直言って熱心にみてない。

ハルスの絵が好きなのは笑う少年とでてきたり貴族の肖像が立派なのにどういうわけか親しみがもてるから。右手に持った剣の先を床につけ左手の甲を腰にあてるこの貴族の決めポーズは思わずみとれてしまうほどカッコいい。

スペイン絵画はわすか20数点と少ない。気をひくのはベラスケス(1599~1666)の‘若いスペイン貴族’(未完)とムリーリョの‘果物を食べる2人の少年’。

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2017.02.17

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その六

Img_0001    ルーベンスの‘レウキッポスの娘たちの略奪’(1616年)

Img     ルーベンスの‘妻といる自画像’(1609年)

Img_0002     ルーベンスの‘エレーヌ・フールマンと息子フランス’(1635年)

Img_0003     ヴァン・ダイクの‘エジプトへの逃避途上の休息’(1630年)

海外にある大きな美術館へ行くと必ずバロックの大巨匠ルーベンス(1577~1640)の作品と出会う。なかでも圧倒されるのが特大サイズの絵、そこには神話や宗教画を題材にしてキリストや聖母、女神たちが緊張感に満ちた大迫力で力強くあるいは荘厳な調子で描かれている。

こんなバロック様式全開のルーベンスをいっぱいみたぞ!と、これまで思った美術館はアルテ・ピナコテーク、ルーヴル、プラド、そしてロンドンのナショナルギャラリー。アルテ・ピナコテークのイメージはデューラーとルーベンスによってできあがっている。

ルーベンスの絵は全部で10点くらいはあったような気がするが、最も記憶に残っているのは‘レウキッポスの娘たちの略奪’、この絵には巧妙な仕掛けが施されている。二人の裸の女、この女たちを連れ去ろうとする二人の男、男の後ろで跳びはねる二頭の馬、ルーベンスは人物と馬を中央の女を中心とした円のなかにすっぽりおさめて男たちによる恋の暴走を見る者に強く印象づけている。

この話は双子座の物語、レウキッポスは双子の叔父さんの名前、よくあることだが男たちはその娘に恋をしてしまった。この従妹たちには婚約者がいたが好きになったら一直線、女たちを連れ去り妻にした。これに怒った婚約者は兄を殺してしまう。兄に失い嘆き悲しんでいる弟をみるにみかねてゼウスは二人を天に輝く星にし永遠に一緒にいられるようにしてやった。これが双子座。

‘妻といる自画像’は結婚記念画。おもしろいのはほかの絵にくらべてリラックポーズで描かれていること。おしゃれをした若い貴族のようなルーベンスとイザベラはなんと手に手をとって幸せムードいっぱい。こんなくだけた肖像画はみたことがない。エレーヌ・フールマンは二度目の妻、相変わらず若くピチピチしているが、膝にだいた男の子と一緒にこちらをみる姿がじつにいい。

肖像画の名手として高く評価されたヴァン・ダイク(1599~1641)のすばらしい宗教画はアルテにある。それはマリアの描写が心を打つ‘エジプトへの逃避途上の休息’。これは忘れられない一枚。

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2017.02.16

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その五

Img_0006 森谷公俊著‘アレクサンドロスの征服と神話’(2007年 講談社)より

Img_0004_2   森谷公俊著‘アレクサンドロス大王’(2000年 講談社)より

Img     アルトドルファーの‘アレクサンドロスの戦い’(1529年)

Img_0005   上の拡大 中央先頭で槍をもっているのがアレクサンドロス大王

Img_0001     アルトドルファーの‘風景’(1528年)

Img_0002    グリューネバルドの‘聖エラスムスと聖マウリテイウス’(1524年)

アルテピナコテークでデューラーの自画像とともに忘れられない絵がある。それはアルトドルファー(1480~1538)の‘アレクサンドロスの戦い’、俯瞰の視点から描かれているこの壮絶な戦いは世にいう‘イッソスの戦い’。紀元前333年11月、トルコ南部にあったイッソスでアレクサンドロス大王率いるマケドニア軍とペルシャ軍が激突した。

地表が兵士でうめつくされているが、その数2000人以上、歩兵、騎兵たちの姿はもうびっくりするほど細部まで描かれている。画面中央で槍をかかげて騎馬隊の先頭にいるのがアレクサンドロス大王(紀元前356~323年)、そのすぐ前をダレイオス3世(紀元前380~330年)が敗走している。

両軍の戦力をみてみると、マケドニア軍は2万から3万、これに対しペルシア軍は10万、戦場はピナロス川(現バヤス川)を挟んだところ(2番目の地図の拡大で)。ペルシャ軍は大軍にもかかわらすあっけなく敗れ、残されたダレイオスの家族は捕虜となった。

この戦いの絵に鑑賞のエネルギーを使ったのでこの絵の横でみている‘風景’は記憶にまったくない。アルトドルファーは西洋絵画史上はじめて人物が登場しない風景を描いたといわれているが、この絵もなかなかいい。このときたぶんみてそう思ったはずだが、、

謎の画家グリューネバルド(1475~1528)の‘聖エラスムスと聖アウリティウス’は右の顔の黒い聖人の姿が強烈だったのでかすかに覚えている。聖エラスムスのモデルはマインツ大司教の座についた野心家のアルブレヒト。

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2017.02.15

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その四

Img_0002     デューラーの‘毛皮を着た自画像’(1500年)

Img_0001_2     デューラーの‘四人の使徒’(1526年)

Img_0003    クラーナハの‘葡萄の聖母’(1525年)

Img     クラーナハの‘黄金時代’(部分 1530年)

どの美術館でもそこでしかみれない絵というのがある。ウイーン美術史美ならブリューゲル、プラドならベラスケスなどスペインの画家とボス、ではアルテ・ピナコテークなら誰れかと考えたとき、すぐでてくるのはデューラー(1471~1528)。

ここでみたデューラーの作品でこの画家のイメージが固まった。デューラーが楽しめる美術館というとほかにはウィーン美術史美、ウフィッツイとプラドがあるが、一番印象に残るのはやはりアルテ・ピナコテーク。圧倒的な存在感があるのが28歳のときの自画像、正面をみすえた顔、長い髪、そして胸元にそえられた右手、目の前にデューラーがいるようなこのリアリティーがなんといってもすごい。

そして、2つの縦長の画面に二人ずつ描いた‘四人の使徒’も忘れられない。デューラーはこの使徒たちで四気質を表現している。左から多血質(若いヨハネ)、粘液質(老齢のペテロ)、胆汁質(壮年のマルコ)、憂鬱質((初老のパウロ)、右の二人に感じられる強い目力が目に焼きついている。

髪の毛一本々まで精緻に描くデューラーとクラーナハ(1472~1553)は同じドイツの出身で歳もほぼ同じなのに画風はまったく違っている。例えば、アダムとイヴを描くときデューラーはあまり暗さのない健康的な男女に仕上げるのに、クラーナハの裸婦ときたら体は異常に細長く下半身はばかデカくかなりマニエリスム調。

ところが、クラーナハのおもしろいところは画題によって描き方が変わること。‘葡萄の聖母’はマリアも品がいいし幼児キリストも上にいる天使たちもじつに可愛い。散歩をしているとこんな赤ちゃんによく出くわす。また、服を着た女性たちが明るく愛嬌のある顔をしているのも惹きつけられる。

さらにクラーナハに関心がいくのは風俗画的な描写がみられるから。鹿狩りの場面とか‘黄金時代’のように人間臭いエンターテイメントに興じる男女の様子などではつい画面の隅から隅までみてしまう。

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2017.02.14

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その三

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Img_0001     ペルジーノの‘聖ベルナルドゥスの幻視’(1494年)

Img_0002     ティツィアーノの‘窓の前のカール5世の坐像’(1548年)

Img    ティントレットの‘ヴィーナスとウルカヌスとマルス’(1555年)

ラファエロの師匠であるペルジーノ(1448~1523)というとフィレンツェのウフィッツイ美にある聖母子やピエタがすぐ思い出される。聖母やまわりにいる女性はだいだい同じ顔つきで写実的には描かれていない。そして、人物の背景にはいつも半円形のリュネットがありその先に青空がみえる。

こうした左右対称で奥行きのある舞台ができそこに背のすらっとした人物がバランスよく配置されているとなんだか安心してみていられる。アルテにある聖ベルナルドゥスの前に聖母マリアが現れる作品もペルジーノの魅力がいっぱいつまったとてもいい絵。

ティツィアーノ(1490~1576)とティントレット(1519~1594)の区別がはっきりつくようになったのは1993年にボストンへ行きイザベラ・スチュアート・ガードナー美でティツィアーノの‘エウロペの略奪’をみたころから。この絵によってヨーロッパの語源を知った。

ティツィアーノは1548年にカール5世の肖像画を2枚描いている。ひとつはマドリードのプラドにある馬に乗った軍人姿のカール5世、この絵が王としての威厳がドーンとでているのに対し、ミュンヘンにある椅子に座ったもう一枚は統治者として政治的な悩み事をかかえたカール5世が表現されている。

ちょっとドキッとさせられるのがティントレットの神話画、‘ヴィーナスとウルカヌスとマルス’、白い肌をさらしたヴィーナスの横でごそごそしているのは夫のウルカヌス。ヴィーナスも浮気するならもっとうまくやればいいのに醜男の旦那にばれてしまい現場にのり込まれてしまう。浮気相手の軍神マルスはベッドの下に隠れ出ようにも出られなくなった。

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2017.02.13

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その二

Img       ティツィアーノの‘茨の冠’(1572~76年)

Img_0001     ティントレットの‘ターロ川の戦い’(1578~79年)

Img_0004     ブリューゲルの‘怠け者の天国’(1567年)

Img_0002     ブリューゲルの‘農婦の頭部’(1568年)

ドイツや中欧の美術館へ出かけてもルーヴルに飾ってあるようなイタリアの画家の名画がみられるのだから、ヨーロッパで美術館巡りをすると喜びが絶えない。

ミュンヘンのアルテ・ピナコテークにもヴェネツィア派のティツィアーノ(1490~1576)やティントレット(1519~1594)のいい絵が並んでいる。ところが、今でこそこの二人の大ファンだが当時は似ているような名前のため、どちらがどちらやら区別がつかなったというのは正直なところ。

‘茨の冠’はルーヴルにあるティツィアーノが1542年に描いたものはしっかり目に焼き付いているのに最晩年に仕上げた別ヴァージョンはみたという実感がまったくない。ティントレットの‘ターロ川の戦い’も同じこと。縦2.7m、横4.2mの大画面に戦闘の場面が動きのある構図で力強く描かれているのだから少しは覚えていそうなのにこれもダメ。だから、リカバリーリストの第一候補にあげている。

イタリアの画家に対して、フランドル出身のブリューゲル(1525~1569)は‘バベルの塔’のおかげでその名は強く心に刻まれている。ここには2点ある。‘怠け者の天国’はブリューゲルお得意の寓意画。満腹になり寝そべっているのは右から時計まわりに聖職者、農民、騎士。働かなくても食べていけるのは現在でも理想の姿。世の中の多くの人は生きていく糧を得るために働いている。たとえその仕事が嫌でも辛くとも。

農民画家と呼ばれたブリューゲルの真骨頂ともいえるのが農民の顔を素のままアップで描いた小品‘農婦の頭部’。ヴェネツィア派がキリストや戦いを絵の題材にしているとき、ブリューゲルはこんな人々の暮らしが垣間見える風俗画を描いていた。

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2017.02.12

美術館に乾杯! ミュンヘン アルテ・ピナコテーク その一

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Img_0003    ダ・ヴィンチの‘カーネーションの聖母’(1475年)

Img     ラファエロの‘カニジャーニの聖家族’(1508年)

Img_0001   フラ・アンジェリコの‘キリストの埋葬’(1438~40年)

若い頃スイスのジュネーブに住んでいたとき、クルマでミュンヘンへ行きアルテ・ピナコテークへ入った。今から35年前のこと。これだけ時が流れると記憶はほとんど残っておらず、この古典絵画を集めた美術館がどんな建物だったかすっかり忘れている。

この美術館の前には近代絵画を展示しているノイエ・ピナコテークがあるのだが、当時はまだ美術館へ行くといってもパリを観光したら必ずルーヴルを訪問するような感覚だったので、ミュンヘンの有名な美術館はアルテだけと思っていた。

今は絵画の情報はたっぷりゲットしノイエにはゴッホのひまわりやマネが描いた息子の絵などみたい作品がいくつもあるのでノイエをパスしたのは残念でならないが、こういう鑑賞と関心のズレはどうにもならない。また、ふたつの美術館のすぐ近くにはレンバッハハウスや古代彫刻美などがあるので、2度目のミュンヘン旅行をいつか実現したい。

アルテ・ピナコテークがすごい美術館だったというイメージが出来上がったのはでデューラーやルーベンスの傑作をみたこともあるが、なんといってもダ・ヴィンチ(1452~1519)がありラファエロ(1483~1520)があったから。ウィーン美術史美やドレスデン美には同じくらい感激するラファエロがあるが、ダ・ヴィンチはない。そして、エルミタージュにはダ・ヴィンチもラファエロもあるが、ラファエロは特◎ではない。

美術館でダ・ヴィンチ、ラファエロをみれるのは特別な鑑賞体験。だから、‘カーネーションの聖母’と‘カニジャー二の聖家族’を夢中でみた。ラファエロはもう一点ひとまわり小さい‘テンピの聖母’もある。次ここへ来たら時間をかけて画面の隅から隅までみるような気がする。

フラ・アンジェリコ(1395~1455)の‘キリストの埋葬’はみれどみてない状態の作品、まだフィレンツェのサン・マルコ美にある代表作‘受胎告知’にお目にかかってないときだから、記憶にひっかかりようがない。

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2017.02.11

心に響くパールマンの演奏!

Img    You Tube パールマン チャイコフスキーの‘バイオリン協奏曲1番’

ピアノ協奏曲とバイオリン協奏曲をYou Tubeで聴くとき、どのくらいの割合かというとバイオリンが7でピアノが3。バイオリンの音色はピアノとちがい音がつながっているため耳ざわりがよく、歌に聴き惚れているときみたいにいい気分にさせてくれる。

ピアノ協奏曲同様、ベートーベン、ブラームス、チャイコフスキーはすばらしいバイオリン協奏曲も作曲している。ほかにもシベリウス、メンゼルスゾーン、ブルッフなど名曲は数多くある。今回久しぶりにYou Tubeでめぼしいものをいろいろ聴いてみた。

お気に入りに最後まで残ったのは2曲、やはりこのふたつが最も心に響く。
★チャイコフスキーの‘バイオリン協奏曲1番’
   イツァーク・パールマン 1990年ズビン・メータ指揮イスラエルフィル
★ブルッフの‘スコットランド幻想曲’
   ダヴィッド・オイストラフ 1962年ロンドン響
   パールマン 

この2曲に昔から惹かれているのはさびのメロディが口ずさめるから。そして最初から最後までずっと琴線にふれる曲想が続くため、30分くらいの演奏の間ずっと心を洗われ鎮められる。だが、とびきりの名曲とはいえ誰の演奏を聴いても感動するというわけではない。そこはバイオリニストの腕前次第。

チャイコフスキーの1番は以前録画したビデオを楽しむときは五嶋みどりがアバドの指揮するベルリンフィルと共演したものをよく聴いていた。が、今回パールマン(1945~)の演奏(当時45歳)と出会い、おおげさにいうと五嶋みどりはもう聴けなくなった。どうしてパールマンはこんなに上手く弾けるのだろうか、という感じ。

You Tubeには嬉しいことにパールマンのスコットランド幻想曲もある。これをオイストラフ(1908~1974)の54歳のときの演奏と交互に聴いている。そして、大きな幸せを感じている。

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