2018.04.20

心温まる池大雅の人物描写!

Img_0001     ‘五百羅漢図’(重文 18世紀 萬福寺)

Img_0003     ‘東山清音帖 洞庭秋月’(重文 18世紀)

Img     ‘柳下童子図屏風’(重文 18世紀 京都府)

Img_0002     国宝‘十便図 釣便図’(1771年 川端康成記念会)

画家への関心がひとつの作品との出会いによって一気に高まることがある。池大雅(1723~1776)の場合、川端康成が所蔵していた国宝‘十便図’をみたことが決定的となり、大雅とは離れられなくなった。

京博の展示(通期)では最後の部屋に与謝蕪村(1716~1783)の‘十宜図’とペアで飾ってある。でているのは1組だけ、期間を10にわけて全部みせることになっている。十便図は‘課農便図’をみたが、最も気に入っている‘釣便図’との対面はならなかった。もうでたか、あるいはこれからかもしれない。

今回長くみていたのは普段は萬福j寺にある‘五百羅漢図’、2年前東博であった禅展に出品されたが、このときみたのは展示替えのため4幅のみ。残りを含め8幅がみれたので最高の気分。愛嬌のある丸顔の羅漢たちが象や虎などに乗って集結。波の描き方も柔らかく心が鎮まる。

瀟湘八景を扇面に描いた‘東山清音帖’では‘洞庭秋月’がいい。舟に乗った男は体をちょっと傾けて横笛を吹いている。この微妙に体を動かす表現が心を揺すぶる。すぐにも瞬間移動して湖のほとりにかけつけたくなる。

‘柳下童子図屏風’を久しぶりにみた。橋の真ん中にいる子どもの姿に自然と肩の力が抜ける。一人は腹這いになって小魚やエビを捕ろうと夢中になっているが、どうやらそれが叶わないらしい。この童子の顔も羅漢同様丸々している。こういう人物表現をみると池大雅は本当に心根が優しかったのだろう。


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2018.04.19

待望の‘池大雅展’!

Img     ‘瀟湘勝概図屏風’(重文 18世紀)

Img_0002     ‘洞庭赤壁図巻’(重文 1771年)

Img_0003     ‘浅間山真景図’(1760年)

Img_0001     ‘嵐峡泛査図屏風’(18世紀)

京博で開催されている‘池大雅展’(4/7~5/20)をみてきた。長いこと実現しなかった池大雅(1723~1776)の回顧展にやっと遭遇した。85年ぶりのことらしい。今回出品されるのは150点。5/2からの後期に展示されるのものがあるので全部はみれなかったが、見ごたえのある掛幅、屏風、襖絵が次々とでてくるので高揚しっぱなしだった。

過去に大きな回顧展は体験しなかったが、3点の国宝やいくつもある重文の作品は幸運にもほとんどみることができた。そういう鑑賞が重なって池大雅という日本の文人画家のイメージができあがった。とくに惹かれるのが愛嬌のある人物描写と山々のもこもことした形。

そして、風景画では点描画法と印象派を思わせる明るい色彩表現が強く印象に残る。同時代を生きた与謝蕪村(1716~1783)が晩年、深い精神性をみせる画風に到達したのに対し、池大雅は最後までカラリストの才能を随所に発揮し明るくのびのびとした表現を極めた。まさに比類ない天才だった。

瀟湘八景を一隻に全部描いた‘瀟湘勝概図屏風’はお気に入りの一枚。7年前、ニューオータニ美であった‘池大雅ー中国へのあこがれ’ではじめてお目にかかり大変魅了された。構図のつくり方がじつに巧みなのでうす緑や淡い橙色が目に沁みる木々の変化をゆったりした気分で追っかけられる。

風景画のなかで最も心を打たれるのが‘洞庭赤壁図巻’、これは大谷コレクションだったはずだが京博蔵となっていた。ニューオータニ美が手放したのかもしれない。青や緑で彩られたもこもこした木々の塊が横に広がる様、そして家の壁の朱色をアクセントのように組み合わせる色彩表現。どこまでものどかで軽やかな風景、つい隅から隅までみてしまう。

生涯にわたって日本各地を旅した大雅、‘浅間山真景図’は38歳のとき友人と一緒に白山、立山、浅間山を登った体験をもとに描かれたもの。これをみるといつもトルコのパムッカレでみた真っ白な石灰棚を思い出す。また、細胞膜でかこまれた細胞の集まりにもみえてくる。

今回大きな収穫だったのが‘嵐峡泛査図屏風’、大雅にこんな琳派風の絵があったの?!という感じ。光琳様式を思わせる渓流の曲線に目が点になった。木がみな左側に傾き、筏はリズミカルに川を下っている。画面にすいこまれるように長くみていた。

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2018.04.17

東近美の洋画!

Img        原田直次郎の‘騎龍観音’(重文 1890年)

Img_0001     和田三造の‘南風’(1907年)

Img_0002     安井曾太郎の‘金蓉’(1934年)

Img_0003     瑛九の‘れいめい’(1957年)

クラシック音楽に何度聴いても飽きない曲があるように、美術でも作品の前にくるとつい見惚れてしまうものがある。そんな名画中の名画との出会いがだんだんかけがえのないものになってきた。

東近美にある作品をみる間隔が1年くらいにあいてくると名画の放つ磁力がとても強く感じられる。だから、前々から魅了されているものに会うといっそう感慨深くなる。原田直次郎(1863~1899)が27歳のとき描いた‘騎龍観音’ははじめてみたころは軽くみていたが、今ではその目を見張らせる構図と緻密な描写に息を呑んでみるようになった。

海好きには潮の香りがする絵はたまらないほど惹きつけられる。和田三造(1883~1967)の‘南風’は東近美の定番洋画のひとつ。とくに印象に残るのは立っている男の逞しい筋肉、舟の床にうつる影からもわかる強い陽の光をあびる姿は勝利した日露戦争後の世の中の気分を現わしている。

久しぶりに対面した安井曾太郎(1888~1955)の‘金蓉’、このチャイナドレスを着た女性が洋画の肖像画ではMyベスト1。絵画のモデルというとすぐこの女性を思い浮かべる。やはり安井曾太郎は肖像画の名手。足を組むポーズはセザンヌを意識したにちがいない。

抽象絵画のコーナーで思わず足がとまったのが瑛九(1911~1960)の‘れいめい’、最近は宇宙の話にのめりこんでいるので、無限がどこまでも続き宇宙のはじまりまで連れていってくれそうなこの絵にすぱっと嵌る。クプカがこれをみたら裸足で逃げるにちがいない。

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2018.04.16

昨年に続いて‘加山又造展’!

Img_0003     ‘狐’(1940年)

Img     ‘月と縞馬’(1954年)

Img_0002     ‘冬の濤’(1958年)

Img_0001     ‘月光波濤’(部分 1979年 イセ文化基金)

恵比寿にある自動車会社SUBARUのビルで加山又造(1927~2004)の回顧展‘Re又造’(4/11~5/5)が開催されていることを‘美の巨人たち’で知ったので、大観展をみたあと寄ってみた。

場所はJR恵比寿駅東口から徒歩10分くらいで到着する。このEBIS303 イベントホールははじめて行くところでふだんはどんなことをやっているのか情報がない。ここで贔屓の加山又造の回顧展に遭遇するとはまったくの想定外。いつもの美術館の展覧会と勝手がちがうのでどうなことがおこるのかちょっと緊張した。

主催者のなかにテレビ東京が名をつらねており、企画監修は有限会社加山とある。型通りの回顧展とちがうのは原作の陶板が数多くあること。例えば華麗な作風に心を奪われる‘華扇屏風’など。そして、傑作‘春秋波濤’をもとに大きな立体のつくりものを制作し絵の中に入って楽しめるというおもしろい仕掛けもある。

そのため本物の絵は厳選して展示してあり、10点くらい。その多くはこれまでみたものだった。又造は動物や鳥をいろいろ描いている。狐、鹿、狼、駱駝、キリン、象、サイ、縞馬、馬、龍、猫、犬、鴉、鶴。今回のお楽しみは狐と縞馬と猫。

波を描くことに挑んだ又造、元来水の流れや波の変化をとらえるのは大変難しい。展示されているのは‘夏の濤’と‘冬の濤’、そしてこの絵の21年後に描いた水墨画の最高傑作‘月光波濤’。これは本当にスゴイ絵。激しい波しぶきをみるたびに加山又造は真に偉大な画家だなと思う。4/18まで飾られている。

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2018.04.15

デルヴォーのヴィーナス!

Img     デルヴォーの‘眠れるヴィーナス’(1944年)

Img_0004     ドレイパーの‘イカロス哀悼’(1898年)

Img_0002     ルノワールの‘ソファに横たわる裸婦’(1915年)

Img_0001     マティスの‘布をまとう裸婦’1936年)

横浜美では現在、テートコレクションで構成された‘ヌード展’(3/24~6/24)が行われている。テーマを設け作品を集めてくる企画展は今ではひとりの作家をとりあげる回顧展、海外の美術館の名品を持ってくる美術館展と並んで定番の展示方式。

好みの順番でいうとテーマ展は回顧展、美術館展のあと。そのためこのヌード展はあるひとつの絵をどうしてもみたくて出かけた。その1点買いの絵はデルヴォー(1897~1994)の‘眠れるヴィーナス’、ロンドンにあるテートコレクションはテートギャラリーと呼ばれていたときに2度、そしてテートモダンになって1度足を運んだが、いずれもこの絵は姿を見せてくれなかった。

そんな縁の薄かったシュルレアリスム絵画と日本で遭遇することになるのだから美術館巡りはやめられない。横浜美に万歳!デルヴォーがこの絵を制作したの大戦のさなかでブリュッセルが爆撃されているころ。ヴィーナスの周りにいる女性たちが手をあげたりして悲しみの表情をみせているのはこの緊迫した状況を意識しているから。

左にはおなじみの骸骨を描き中央に眠れるヴィーナスを配置する構成はとても意味深。今街はひどいことが起こっていてもヴィーナスは裸婦の美を象徴し続ける存在であり、骸骨は博物館の部屋から出てきて‘死を忘れるな’と人々に警告する。長くみていた。

チラシに大きく扱われていたマティス(1869~1954)の‘布をまとう裸婦’は拍子抜けするほど小さめの絵。これよりは2度目の来日となるドレイパー(1863~1920)の‘イカロス哀悼’のほうが画面に吸い込まれる。ギリシャ神話に親しんでいるので、こういうリアルに表現された神話画は夢中にさせる。

ルノワール(1841~1919)の‘ソファに横たわる裸婦’はロンドンでみたという記憶がない。ふだんは倉庫にしまってあるのだろう。チラシをみてどうかなと思っていたが、本物はルノワールらしさがよくでていた。

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2018.04.14

東近美で楽しむ傑作日本画!

Img        菱田春草の‘賢首菩薩’(重文 1907年)

Img_0001     小林古径の‘機織(はたおり)’(1926年)

Img_0002     冨田渓仙の‘紙漉き’(1928年)

Img_0003     小倉遊亀の‘O夫人坐像’(1953年)

最近は年に一度くらいしか足を運ばなくなった東近美。以前と較べて驚いたことがある。それは外国人が多くいること。この人たちはおそらく企画展の大観展ではなく展示されている日本画や西洋画をみるためにやって来た人。

ガイドブックには東京にある大きな美術館は載っているだろうから、観光客の数が増えるとこういう光景は当たり前なのかもしれない。4階の10室で日本画をみていたら、片岡球子の舞楽のようすを描いた‘渇仰’をアジアではない地域から来たとおぼしき男性が熱心にみていた。われわれと同じようにこのパワーのある絵に惹かれているのかと思うと同志的なつながりを感じてしまう。

所蔵品はだいたいみているのでとくに大きな刺激をうけることはないが、いい絵がずらっと並ぶと気分がだんだんハイになってくる。菱田春草(1874~1911)の‘賢首菩薩’はいつものように点描の色彩に視線がむかう。一見するとよく描かれる仏教画だが、目をこらしてみると袈裟の橙色の強さに目を奪われる。春草が補色の効果や点描によって色彩の印象を強めることに腐心したことがよくわかる。

いい風俗画が2点でていた。小林古径(1883~1957)の‘機織(はたおり)’と冨田渓仙(1879~1936)の‘紙漉き’、はじめてみたとき本当によく描けた絵だなと感心した。とくにいいのは仕事に集中している女性の姿。‘機織’では右の女性の腰をかがめて手で織を確認するポーズ。そして、‘紙漉き’は水のなかで手を勢いよく動かし越前和紙を漉いているところ。

小倉遊亀(1895~2000)の‘O夫人坐像’は久しぶりにお目にかかった。図録の解説文を読んでいたらこの肖像画を描いたころから安井曾太郎の肖像に似ていると評されたとあった。今まで気づかなかったが、確かにそんな風にみえる。

ここにあげた作品は5/27まで展示されている。

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2018.04.13

生誕150年 横山大観展!

Img    ‘白衣観音’(1908年)

Img_0001           ‘彗星’(1912年)

Img_0003     ‘霊峰十趣・秋’(1920年 今岡美)

Img_0002     ‘海に因む十題 波騒ぐ’(1940年 霊友会妙一記念館)

竹橋の東近美ではじまった‘生誕150年 横山大観展’(4/13~5/27)を早速みてきた。日本画家で回顧展が頻繁に行われるのが横山大観(1868~1958)と東山魁夷(1908~1999)。今年は二人そろってあり春が大観で秋に魁夷が行われる。

大観については5年前に横浜美で今村紫紅や冨田渓流らの作品を一緒に展示した共同展があったが、単独の回顧展としては10年ぶり。大観の絵は出かけた展覧会が多いので目に入った作品はかなりな数にのぼる。そのため、隣の方からは‘また行くの!?’といわれてしまうが、プラスαに期待をこめてどうしても足が向かう。

今回のお目当ては100年ぶりに見つかったという‘白衣観音、これは茨城県近美にある‘流燈’の1年前に描かれたもの。大観と春草は1903年にインドへ出かけており、その影響でインドの女性をモチーフにした作品を手がけた。

この絵同様大きな収穫だったのが初登場の‘彗星’、1910年(明治43)地球に接近したハレー彗星に大観は心を大いに揺すぶられたようだ。‘西洋画ではジョットが彗星を描いている、俺も描くぞ’、と熱が入ったのだろうか。大観、やるじゃない!展示は4/13~5/6

青が目に沁みるのが‘霊峰十趣・秋’。‘春、秋、夜、山’が並んでいるが、メナード美蔵の‘夜’以外ははじめてでてきた。3点とも個人の所蔵、毎日みられるのだから羨ましい。

出品作90点のうち美術本に載っている代表作はだいたい登場する。チラシで目を惹く‘夜桜’と‘紅葉’は後半の5/8~5/27の展示。また、重文の‘生々流転’は全期間展示、‘瀟湘八景’は4/13~4/19の出品となっている。だから、これで大観は済マークをつけたい人は2回の出動が必要かもしれない。

名作シリーズの‘海山十題’は7点出品されるが、お気に入りは‘波騒ぐ’(全期間)、勝手に決めている‘波の絵三大傑作’はこれと東山魁夷の‘唐招提寺御影堂障壁画 濤声’、加山又造の‘月光波濤’。じっとみていると岩にあたる波しぶきの音が聞こえてきた。

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2018.04.12

大相撲の女性禁制とウィーンフィル!

Img    1990年代後半まで男性楽団員だけだったウィーンフィル

小さい頃から大相撲をみているので土俵に女性があがれないことはわかっている。この女性禁制問題が過去にもときどき話題になったが、これを変えようという動きは相撲協会からはでてこない。この慣習というか伝統をかたくなに守っている。

こういう方針がたたきこまれているので、春巡業興行であいさつに立った舞鶴市長がぶっ倒れたとき女性がすぐでてきて懸命に救命処置をしているのに行司は条件反射的に‘女性は土俵から下りてください’と場内放送してしまう。

アナウンスした人はたぶん市長は貧血かなにかで倒れたのだろうくらいにしか思ってなかったはず。だから、市長のことより土俵に女性がひとり、ふたりとあがっていることで頭がいっぱい。だまっているともっと女性がでてきそう。いけない!いけない!なんとしても女性を排除しなくては。

傍からみれば、おろおろする男たちより心臓マッサージを一心にしている女性のほうが頼りになるとうつる。それを男性に替われと指示する。何を言ってるの、人の命がかかっているのに!市長は女性たちの適切な初動対応が功を奏して無事だった。本当によかった。

この大相撲の女性禁制をみてて長年、男性の楽団員だけだったウィーンフィルのことが頭をよぎった。現在はNHKのクラシック音楽番組はほとんどパスだが、2004年くらいまではよくみていた。ウィーンフィルが女性楽団員を採用したのは1990年代の後半。そのため、当時でもウィーンフィルの演奏会で女性奏者をみたという記憶はうすく以前と変わらず男性ばかりの感じ。

だが、今では1割は女性の楽団員で占められブルガリア出身のヴァイオリン奏者がコンサートマスターにもついている。かつては男性ガチガチだったウィーンフィルも時代の流れに逆らえず女性の奏者の数を増やしている。さて、大相撲はどうするのか。変えてもらいたいが、抵抗がものすごくあるからこのままだろう。

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2018.04.11

美術館に乾杯! グッゲンハイム美 その十三

Img     レジェの‘大パレード’(1954年)

Img_0001     リキテンスタインの‘戦闘’(1968年)

Img_0002     ギルバート&ジョージの‘夢’(1984年)

Img_0004     カルダーの‘モビール’(1941年)

印象派やポスト印象派のあとキュビスムやフォーヴィスム、抽象絵画など近代絵画の様々な様式が登場した。そのど真ん中にいて活躍した画家たちに心が向かうのはスポーツ選手や映画スターにあこがれるのと同じ心理。本屋にいけば美術本が発行されているので、画家たちがどんな作品を描いてきたかおおよそつかめる。

ここまでは熱心な美術ファンにステップアップするためのお決まりのルーティン。さて、そこからはミューズのご機嫌次第。にっこり笑って回顧展を呼び込んでくれるか、そこまでは面倒みきれないわ!と良い返事がもらえないことになるか。

レジョ(1881~1955)は名古屋にいるとき幸運にも愛知県美で回顧展に遭遇した。今から24年前のこと。以来、2度目は経験してない。そして、望みがいまだ叶わないのがポップアートのリキテンシュタイン(1923~1997)。

グッゲンハイムにあるレジョの‘大パレード’は底抜けに楽しい絵。描かれているのはサーカスの団員たち。中央の男は女性を抱えており、その前の道化師はマンドリンを弾いている。とてもおもしろい表現なのは色のついた透明な帯を縦と横にのばし、さらに円形にしていること。

この効果は抜群で画面に奥行きを与え平板な人物描写を浮き上がらせている。そのため、この色の帯をさっとなびかせればサーカスの舞台が一段と活気づき個性あふれる団員のパフォーマンスはのりのりになる。レジョは何をヒントにこの描き方を思いついたのだろうか。なかなかのアイデアマンである。

リキテンスタインのトレードマークになった点々(ドット)もひらめきの勝利かもしれない。お馴染みの漫画に登場する女性の顔はこの印刷の網点で描かれているが、‘戦闘’ではドットが用いられているのは兵士の顔ではなくヘルメットや軍服。

ギルバート(1943~)&ジョージ(1942~)はイギリスのポップアートの旗手、人物を撮った3つの写真を巧みに組み合わせて若者がいだく夢を表現している。強く印象に残るのが黒の格子をいれた緑の背景と立ち姿の若者の赤シャツとアップ画像の髪の赤のコントラスト。

日本でグッゲンハイム展があったとき、会場に数多く展示されていたカルダー(1898~1976)の動く彫刻‘モビール’。天井からつるされたアルミニウムの葉は上と下ではサイズが異なり、じっとみているとそれぞれの葉の動きは一様ではなく、突然不規則な変化が現れる。これならみてて飽きない。

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2018.04.10

美術館に乾杯! グッゲンハイム美 その十二

Img_0002     ステラの‘ハランⅡ’(1967年)

Img_0001     ケリーの‘青、緑、黄色’(1968年)

Img_0003     ロスコの‘無題’(1949年)

Img     トゥオンブリーの‘無題’(1960年)

ロスコ(1903~1970)とステラ(1936~)との距離が縮ったのは川村記念美に作品が多く展示されているから。この美術館はニューマンを手放し日本絵画も売却しているので財政面ではかなりきつくなっているようだが、最後の砦であるロスコとステラのコレクションまで処分することはないだろう。

グッゲンハイムの図録(英語版)にはステラの分度器シリーズの進化系‘ハランⅡ’が載っている。半円におさめられた虹の明快な色彩が心をとらえてはなさない。しかもカンバスのサイズが大きいので色彩の力がどっと迫ってくる感じ。円形を多用したステラに対して、ケリー(1922~2015)はビッグサイズの矩形に見慣れた色彩を並べ軽快な色面をつくっている。

これが小さな画面だと抽象画の美に昇華されない。日常生活ではこの作品のように青や緑、黄色はみてすぐ忘れるほどあふれている。でも、視野からはみ出すほどの大きな色彩の壁に出会うことはまれ。抽象画のアートは色を非日常的にみせることで生まれる。これは一種のマジック。

絵の具がにじみ色と色の境界がぼやけているロスコの絵画世界。そこには強い磁力が放出されておりポロックのアクションペインティング同様、画集にでているものは一点でも多く目のなかにいれようという気になる。それにはアメリカの美術館をまわるのが一番。

NYのMoMA,メトロポリタン、グッゲンハイム、そしてワシントンのナショナルギャラリー、フィリップス・コレクションでみたロスコが印象深い、そのなかでベストはフィリップスのロスコルームに飾られている3点。群を抜く完成度だった。

細くて短い線が弱い筆致で走り書きのようにひかれているトゥオンブリー(1928~2011)の作品、これまでお目にかかった数が片手ほどにすぎないが、この軽くて弱々しい表現が妙に心に残っている。

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