2023.03.19

美術で‘最高の瞬間‘! 渓斎英泉 風景画の名手

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  ‘木曾街道六捨九次之内 野尻’(1835~36年 千葉市美)

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  ‘木曾街道六捨九次之内 鴻巣’(1835~36年 千葉市美)

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  ‘日光山名所之内 裏見ヶ滝’(1843~46年 千葉市美)

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  ‘雪中山水図’(1830~44年 平木浮世絵財団)

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  ‘東都両国橋夕涼図’(1830~44年 平木浮世絵財団)

浮世絵に魅せられることが長くなってくると、すでにインプットされている
有名な絵師だけでなく最初はよく知らなかったがだんだん関心が深まってい
く絵師もでてくる。広重や国芳より8歳年上の渓斎英泉(1791~
1848)もそのひとり。つきあいのはじまりはかなり退廃的な雰囲気が強
い美人画。あまり深入りする絵でもないなと思っていたら、そのうち、こ
の絵師は風景画がなかなかい上手いことがわかってきた。

みた瞬間思わずのけぞったのが‘木曽街道六捨九次之内 野尻’。この中山道を
主題にした街道シリーズは英泉の絵によって天保6年(1835)頃から刊
行されたが、何らかの理由で24図ができあがったところで広重にバトンタ
ッチされた。‘野尻’は川の下流から仰ぎみるように描かれているので川が滝の
ように感じになっている。このフォルムが生み出す迫力に圧倒される。
そして、川にかかる橋は橋脚のない反橋。みるたびに英泉の画面構成力にう
なってしまう。

‘鴻巣’に足がとまるのはジグザクと奥に伸びる道を行きかう旅人たちを斜めの
線に立たせる構図。さらに人物と呼応するように折れ曲がる木々をリズミ
カルに並べているので画面全体にスピード感が生まれており、ひと目で街道
らしい光景に映る。旅好きには気持ちのいい絵だろう。‘日光山名所之内 
裏見ヶ滝’は風景画というより風俗画のイメージが強い。突き出た岩の上から
ド迫力で落下する滝を上では滝の裏から楽しむ人たちがおり、滝つぼの横か
らもこの奇観を二人の男がおしゃべりしながらみている。

英泉の画力の高さをみせつけるのが‘雪中山水図’。ぱっとみると文人画の山水
画をみているよう。これには200%参った。こんな風景画を描いていたの
か!三枚続きのワイド画面を使って描いた‘東都両国橋夕涼図’はじつに楽しい
絵。川面は花火をみて宴会に興じる人たちを乗せた舟でいっぱい。こんなに
浮かれてみたい。

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2023.03.18

美術で‘最高の瞬間‘! 国芳の風景画は人物が主役

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  ‘東都富士見三十六景 佃島晴天の不二’(1844年)

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  ‘東都富士見三十六景 昌平坂の遠景’(1844年)

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  ‘東都名所 かすみが関’(1831年)

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  ‘東都名所 両国の涼’(1831年)

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 ‘江都勝景 中州より三津また永代ばしを見る図’(1830~43年)

尊敬する北斎の‘富嶽三十六景’からヒントを得て国芳が描いた風景画が‘東都富
士見三十六景’シリーズ。エリアを江戸市中に限定し、活気ある生活風俗のなか
に富士をおいている。‘佃島晴天の不二’は確認されている5図の一枚。北斎の
富士とはちがい、国芳は人物を主役にしているところ。ここでは正面に配置し
た富士で安定感をつくり、手前に舟を漕ぐ船頭の動きのある表現と大きな網を
張り漁をする漁師の懸命な力仕事に見る者の視線を釘付けにさせる。

‘昌平坂の遠景’は人々が行き交う賑やかな昌平坂から富士山を描いたもの。
見所は急な斜面を強調した奇抜な構図。こちら側からは馬と男が天秤を担いで
登っており、向こう側では荷車をひく裸の男と武士がようやく坂の頂点にた
どり着こうとしている。この立体的な感覚がとてもいい。同じことを感じるの
が‘東都名所’シリーズの‘かすみが関’。両側に大名屋敷が建ち並ぶ霞が関。左右
対称的な遠近感の構図だが、上り下りの坂道を見事にとらえている。坂の傾斜
が大げさに表現されているので思わず足がとまる。

10図知られるこの‘東都名所’のなかで‘両国の涼’は納涼花火の様子が描かれて
いる。納涼船には客がいっぱいおり、そこへ物売り舟が注文をとりにきている。
遠方の川面では花火が仕掛けられ、火の粉が舞う。タイムトリップしてこんな
光景をまじかにみたくなる。江戸庶民の夏の遊びを巧みな構図で描き切ってい
る。すばらしい!

国芳には子どもの遊びを描いたいい絵がたくさんある。お気に入りは‘江都勝景
 中州より三津また永代ばしを見る図’。子どもたちは正月の遊びに熱中してい
る。小さい頃を思い出す凧揚げ、こま回し、羽根つき、ここは隅田川の土手。
左の上に永代橋がみえる。国芳のやさしい心根がうかがえる心温まる一枚。

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2023.03.17

美術で‘最高の瞬間‘! 笑いがとまらない国芳の戯画

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  ‘猫の当字 ふぐ’(1840~43年)

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  ‘金魚づくし まとい’(1839~42年)

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  ‘狸のあみ打ち’(1840~43年)

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  ‘流行達磨遊び 手が出る足が出る’(19世紀)

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  ‘忠義重命軽’(19世紀)

国芳をみる楽しみのひとつが戯画。愛する猫をはじめ金魚や雀、狸、魚など
多くの生き物を登場させ明るく楽しい世界をみせてくれる。これほどバラエ
ティに富んだ戯画を描いた絵師は国芳をおいて他にいない。‘嵌め絵’、ある
いは‘絵文字’といわれる‘猫の当字’は全部で5図が知られている。‘ふぐ’、
‘なまづ’、‘かつお’、‘うなぎ’、‘たこ’、‘ふぐ’ではふの字は三匹の猫とふぐを操
って表し、ぐの字は七匹もの猫たちを動員している。こういうアイデアを
国芳はどこから思いついたのだろう。

‘金魚づくし’シリーズは金魚を擬人化して市井の風俗を描いたもので9点ある。
ブリュッセル王立美術歴史博物館のコレクションが日本で公開されたとき夢中
になってみた。鳥獣戯画の浮世絵版といったところ。生き生きとした動きで
描かれた‘まとい’をみると元気が出る。ほかでは宴会を楽しむ‘酒のざしき’や猫
が大きな顔をだして金魚やメダカを怖がらせる‘百ものがたり’がおもしろい。

ついニヤニヤしてしまうのが狸の八畳敷を題材にしたもの。回顧展をたくさん
みているのでこのシリーズはこれまで23図お目にかかった。‘あみ打ち’は
大胆にも投網で鴨を捕ているところ。‘流行達磨遊び 手が出る足が出る’はじ
つにおもしろい絵。達磨職人の家は今パニック状態。職人が目を入れると達磨
は生命を持ってしまい、次々と殻を破って人が出てくる。大声を発する真ん中
の達磨に職人は唖然としている。

‘忠義重命軽’をみたとき200%KOされた。忠義の字を担ぐ赤穂浪士たちが
しんどそうな表情をみせているのに対し、後ろでは命の字を片手で持っている。
これが武士の価値観だったのである。本を読むよりこの絵をみればすぐわかる。
国芳のこの表現力はスゴイ!

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2023.03.16

美術で‘最高の瞬間’! 国芳 パワー全開の武者絵

Img_0003_20230316223101   ‘本朝水滸伝 早川鮎之助’(1830年)

Img_20230316223101   ‘坂田怪童丸’(1836年)

Img_0001_20230316223101   ‘大物之浦平家の亡霊’(1849~52年)

Img_0002_20230316223101   ‘宮本武蔵と巨鯨’(1848~54年)

Img_0005_20230316223101  ‘国芳もよう 正札附現金男 野晒悟助’(1845年 ボストン美)

わが家にある浮世絵展覧会の図録で本棚のスペースを大きく占領しているの
は北斎と歌川国芳(1797~1861)。浮世絵専の太田記念美だけでな
く森アーツセンターギャラリーやBunkamuraのような美術館でも回顧展が開
催されてきた国芳だが、専門家の話によると、今、海外でも国芳の人気がぐ
んぐん高まっているらしい。それは迫力満点の武者絵やワイド画面の描かれ
た巨大な骸骨、鯨、鯉などが劇画のルールにもなっており、国芳の絵が現代
感覚にピッタリあってことが関係しているかもしれない。事実、はじめてみ
た頃は若い観客はあまりいなかったが、最近はいかにも劇画が好きそうな二十代の男女が夢中になっているところをよく見る。だから、海外の国芳展でも同じような客層になっているような気がする。

国芳の出世作となった‘水滸伝’シリーズの豪傑武者絵には日本版のバリエーシ
ョンもあり、‘早川鮎之助’が大変気に入っている。筋肉隆々の豪傑男は貧困の
ため釣り具や網が買えないので川の中で上流に向け板を使って流れを押しや
り、飛び上がった鮎をとったという。板を押すのは相当なパワーがいるが、
この入れ墨を入れた男は頑張っている。エライねー!
金太郎を描いた‘坂田怪童丸’も傑作。足を踏ん張って大きな鯉を抱える金太郎
の姿がとてもカッコいい。青のグラデーションを効かせた装飾性に富む現代
的なセンスにも驚かされる。

‘国芳もよう 正札附現金男 野晒悟助’をみたときは度肝を抜かれた。なんと下駄、着物には髑髏模様。しかも、それは猫の様々なポーズを集めてつくりあげている。これは髑髏をじっくりみないと見逃す。イケメンの顔と髑髏を組み合わせるのは並のデザイナーには思いつかない。いい男を印象付けるには逆にグロテスクな味付けもあったほうがいいことを国芳はよく心得ている。こういう効果的なショックを与えるのは奇想天外な発想をする国芳の真骨頂。

浮世絵の画面が横に大きくなったのは清長がはじめたワイド画面から。登場したときは美人たちの群像表現のためだったが、これが進化していき国芳の手にかかると、‘大物之浦平家の亡霊’のような合戦の表現にも使われる。これは源義経の大物浦大嵐の場面。船を呑みこもうとする波の怪物によって船体は大きく傾き、郎党たちは必死にしがみついている。船尾の弁慶が指さす先には不気味な武者たちの影がうごめいている。大嵐は平家の亡霊たちの仕業なのである。‘宮本武蔵と巨鯨’は三枚続きの画面からはみ出しそうなボリュームの鯨に圧倒される。なぜ、宮本武蔵が鯨を退治するため背に跨り一突きにしようとするのかよくわからないが、波のダイナミックな表現と見事な鯨を息を呑みこんでみているだけでテンションは上がっていく。  

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2023.03.15

美術で‘最高の瞬間‘! 広重の縦絵風景画

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  ‘名所江戸百景 大はしあたけの夕立’(1857年 太田記念美)

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  ‘名所江戸百景 亀戸梅屋舗’(1857年 太田記念美)

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  ‘名所江戸百景 深川洲崎十万坪’(1857年 太田記念美)

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 ‘六十余州名所図会 薩摩坊ノ浦 双剣石’(1853~57年 神奈川県歴博)

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  ‘甲陽猿橋之図’(1842年 山口県美・浦上記念館)

広重の風景画を常日頃一点でも多くみたいと思っているので、たとえば、
‘東海道五捨三次’シリーズが全部展示される特別展があると喜び勇んで出か
けた。また、‘木曽街道六捨九次’、‘六十余州名所図会’、晩年の傑作‘名所
江戸百景’についても運よくコンプリートできた。こうして広重との付き合
いがより深くなっていく。

‘東海道五捨三次’が横絵なのに対し、‘名所江戸百景’はすべて縦絵。風景を
縦の構図におさめるのは普通に考えるととても難しい。やはり横に広いほ
うが空間の大きさが感じられるからである。それを克服するため広重は描
き方をいろいろ工夫した。それが遠近を極端に対比させる画面構成。近景
を大きく描くことで絵に安定感を与えた。この拡大された近くのモチーフ
で目をしっかり安定させて、遠くの風景にもイメージを膨らませる。

もっとも惹かれるのはゴッホを魅了し模写までさせた‘大はしあたけの夕立’
と‘亀戸梅屋舗’。雨やモチーフの影がでてくるのは広重の風景画の特徴だが、
‘大はし’では大きな建造物である橋がドーンと意識されるので迫力のある風
景画になっている。‘亀戸’は梅の木の枝をメガネのようにして、遠くにいる
人々をとらえるというのがじつにおもしろい。そして、鳥の目線で描いた
‘深川洲崎十万坪’にも仰天する。大きく描かれた鷲が上から外界を眺めると
いう発想が斬新。

‘六十余州名所図会’にでてくる‘薩摩 坊ノ浦 双剣石’と‘甲陽猿橋之図’のお
陰で地元では有名な景勝を知ることができた。旅行がわが家では大きな楽し
みなので、いつかここを訪問することを夢見ている。‘猿橋’は縦に長い絵の
ほうが、橋のダイナミズムをより感じられるような気がする。

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2023.03.14

美術で‘最高の瞬間‘! 見たい風景を描いてくれる広重

Img_20230314223601   ‘東都名所 高輪之明月’(1831年 太田記念美)

Img_0004_20230314223601   ‘東海道五捨三次之内 箱根 湖水図’(1833~36年 千葉市美)

Img_0002_20230314223601   ‘東海道五捨三次之内 庄野 白雨’(1833~36年 千葉市美)

Img_0003_20230314223701   ‘木曽街道六捨九次之内 洗馬’(1835~38年 千葉市美)

Img_0001_20230314223701   ‘阿波鳴門之風景’(1857年 砂子の里資料館)

北斎とともに歌川広重(1797~1858)は浮世絵の風景画で世界的に
知られた浮世絵師で印象派のモネやゴッホたちに大きな影響を与えた。北斎
の風景画が傑作‘神奈川沖浪裏’のように画面構成が力強く、緊張感に満ち
劇的なのに対して、広重の絵は人々がこんな風景がみたいなと思うような
光景を描いてくれる。だから、リラックスしてみれて親しみが増す。日本人
の心の琴線にふれる詩的な情感表現で風景の美しさを見せてくれる点では愛
すべき画家である。

広重には雁の絵がいくつもあるが、もっとも惹かれているのが‘東都名所 
高輪之明月’。これをみたとき、こういう風な場面設定で雁行する雁の群れを
みれたらいい気分だろうなと思った。月がこんなに大きいのは実際にはあり
えないが、月を雁とコラボさせ深い情趣を醸し出している。ここに写実をこ
えた広重の創作世界がある。

‘東海道五捨三次’の‘庄野 白雨’と‘木曽街道六捨九次’の‘洗馬’に魅了され続け
ている。どちらも画面に斜めの線を感じ、動きのある描写が心に響く。‘庄野’
ではにわか雨に打たれながら山道を籠や自分の足で駆け抜ける人たちのあわ
てぶりがよく表現されている。これに対し‘洗馬’は吹き渡る強い風がいかだ
や舟をこぐ船頭を苦労させている。草花と木々の曲がり方をみるだけでき
つい仕事になっていることがわかる。

‘東海道五捨三次’の‘箱根 湖水図’は広重の豊かな色彩感覚が全開した傑作。丸みをおびた三角形をイメージさせる大きな岩山の彩色は西洋画のモザイク画をみているよう。青や黄や緑の色面はどこか抽象画的な表現をみるようで、北斎の‘滝の鯉’同様強い刺激を受けた。そして、三枚続画 ‘阿波鳴門之風景’も感動の一枚。これは雪月花三部作のひとつ、鳴門の渦を波の花に見立てて描かれている。渦潮をみているとゴーという音が聞こえてくるよう。ちなみに雪は同じく横長の‘木曽路之山河’で月は‘武陽金澤八勝夜景’

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2023.03.13

美術で‘最高の瞬間‘! 北斎の絶品花鳥画

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  ‘長春・黄鳥’(1834年 大英博)

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   ‘滝に鯉’(1833~34年 大英博)

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      ‘西瓜図’(1839年 三の丸尚蔵館)

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  ‘八方睨み鳳凰図’(1848年 岩松院)

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  ‘龍虎図’(1849年 右:ギメ美 左:太田記念美)

2005年、東博で開催された北斎展で大変魅了されたのが花鳥画。富士山
の絵が北斎の代名詞になっているので、‘富嶽三十六景’の一枚々はみる機会が
多く、図録や美術本の頁をよくめくる。一方、花鳥画をまとめてみる機会は
そうはやってこない。だから、どどっと並んだ花鳥画シリーズを夢中になっ
てみた。どれもいい絵だが、お気に入りは‘長春・黄鳥’。黄鳥は鶯のこと、鶯
とくれば花札でお馴染みの梅が一緒に描かれるが、ここではバラとの組み合
わせになっている。正面向きの鶯になぜか惹かれる。

‘滝に鯉’を2017年、あべのハルカス美でみたときは‘北斎に乾杯!’と叫び
たくなるほどテンションが上がった。水の流れのなかを上下逆方向に泳ぐ2
匹の鯉がちょっとシュールチックに描かれている。流しそうめんの帯が幾重
にも重なる空間を鯉が尾ひれや体をくねくねさせながら懸命に泳いでいる感
じ。マグリットに馬に乗った女性が登場する絵があるが、その描き方とこれ
がよく似ている。マグリットがこれをみたら裸足で逃げるにちがいない。

三の丸尚蔵館にある‘西瓜図’も感動する絵。びっくりするのが半分に切られた
西瓜の上にかぶせられている薄い半紙のリアルな質感描写。これには参った!
半紙をおかなくてもよかったのにと思うが、これが北斎のすごいところ。紙か
ら透けてみえる西瓜を食べたい気持ちがいっそう刺激される。

長野県小布施町では北斎館、北斎のパトロン高井鴻山の記念館のあと、観光
のハイライトである岩松院を訪問した。この寺の天井画、通称‘八方睨みの
鳳凰図’をみたことは生涯の思い出である。21畳敷という大きさの極彩色の
鳳凰を畳に寝っ転がってみるとどこから見てもこちらを睨んでいるようにみ
える。中央下の白い逆三角形は富士山を表わす隠し絵。

北斎が亡くなる年に描かれた‘龍虎図’は龍と虎が別々に保有されていたが、
2007年に一対の掛け軸だったことが判明した。‘雲龍図’は2001年パリ
のコレクターからギメ美に寄贈されており、‘虎図(雨中の虎)’は浮世絵専門
の太田記念美にある。浮世絵と長くつきあっていると二つが並んだところ
に立ち会えるという幸運にも恵まれる。これだから、美術館巡りはやめられ
ない。

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2023.03.12

美術で‘最高の瞬間‘! 北斎 傑作風景画セレクション

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  ‘神奈川沖浪裏’(1830~33年 すみだ北斎美)

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  ‘飛越の堺つりはし’(1834年 大英博)

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  ‘下野黒髪山きりふりの滝’(1833年 東洋文庫)

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  ‘潮干狩図’(重文 1807~10年 大阪市美)

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  ‘女波図’(1845年 北斎館)

手元にある浮世絵関連の図録で数が一番多いのはやはり葛飾北斎(1760
~1849)。2005年、はじめて大規模な北斎展(東博)に巡り合って
以来、北斎の回顧展があるという情報が入ると欠かさず足を運んできた。
2017年にも大阪のあべのハルカス美で感動の特別展が開催されたので
ウキウキ気分で新幹線に乗り込んだ。

北斎の風景画でもっとも有名なのが‘富嶽三十六景 神奈川沖浪裏’。この巨大
な波の化け物が下の小舟に襲いかかるようにもみえるという意表をつく表現
が日本人だけでなく世界中の浮世絵ファンや美術愛好家たちを魅了してきた。
最近よく聴くフランスの作曲家ドビュッシーもこの絵に霊感を受け交響詩‘海’
を作曲した。遠くで静かにそびえる富士山を画面の下に配置する構図にして、
ダイナミックに揺れる波の光景を圧倒的な迫力でみせるというのは北斎にし
か描けない世界。この構想力は本当にスゴイ!

諸国名橋奇覧シリーズでお気に入りなのが‘飛越の堺つりはし’。現実にはあり
えない橋がさもありそうに描いてみせるのが北斎流。これをみるたびに映画
‘インディ・ジョーンズ 最後の聖戦’の有名な奇跡のシーンを思い出す。
そして、諸国滝廻りの‘下野黒髪山きりふりの滝’には‘神奈川沖浪裏’でみた波
の怪物の存在とつながる感じがする。エネルギーを相当ため込んだ滝の暴れ
ん坊がそのパワーを見せつけているように映る。

風景画を肉筆で描いた‘潮干狩図’は東博の回顧展でお目にかかった。潮のひい
た広い砂浜のあちこちで潮干狩りを楽しむ人々の様子が生き生きと描かれて
いる。視線を画面のなかで移動させると近景、中景、遠景に描かれたモチー
フのサイズが変化していくので、目の前の大空間をみている感じ。こういう
風景画はあるようでなかなかみれない。

長野県小布施町にある北斎美を訪問したことは生涯の思い出である。ハイラ
イトは北斎が85歳ころに描いた2台の屋台の天井画、画像は‘女波図’でもう
ひとつの‘男波図’とセットになっている。‘神奈川沖浪裏’の荒れ狂う波濤が
再現したかのようで背景の回転するトンネルのなかに次第に吸い込まれてい
く状況をイメージさせる。まるでブラックホールに飲み込まれる場面をみて
いるよう。

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2023.03.11

美術で‘最高の瞬間‘! 写楽との競争を制した豊国

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  ‘役者舞台之姿絵 まさつや’(1794年 太田記念美)

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  ‘役者舞台之姿得 あかしや’(1794年 メトロポリタン美)

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  ‘子供の戯れ’(1798~1800年 太田記念美)

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  ‘楊弓’(1798~1800年 ブルックリン美)

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  ‘新吉原桜之景色’(部分 1811~12年 マノスコレクション)

写楽が大首絵という大胆な表現で役者絵に新風を吹き込んだとき、なんとし
ても競争に勝ちたいと思ったのは歌川豊国(1769~1825)。寛政
6年(1794)5月、華々しいデビューを飾り民衆の度肝を抜いた写楽だ
が、その‘あまりに真を描かんとて’と当時評された画風のため人気を失い
10ヶ月ほどで姿を消してしまった。はじめは土俵際まで追いつめられた
豊国が競争を制し、役者絵の第一人者としての地位を確たるものにした。

豊国の代表作、‘役者舞台之姿絵’シリーズは写楽が登場する4ヶ月前の正月に
売り出された立ち姿の役者絵。翌寛政7年5月まで40図以上が出版された。
もっとも惹かれているのが‘まさつや’。写楽も大首絵で描いている三代目大谷
鬼次が両手を開いて見得をする姿がぐぐっと心につき刺さる。メトロポリタン
美が所蔵する‘あかしや’も雨の表現と役者の動きを連想させる場面が忘れられ
ない。

何度も通っている太田記念美で豊国との距離が大きく縮まる絵と遭遇した。
つい頬がゆるんでしまう‘子供の戯れ’はじつにおもしろい。障子の腰板に子供
たちが舌をだしたりして滑稽な姿を映して遊んでいる。‘楊弓’ではっとするの
は矢場に使われている線遠近法。ここだけはトンネルのようで見事に奥行き
ができている。おおげさにいうと、豊国スゴイ!

‘新吉原桜之景色’は5枚続きの大ワイド画面。これほど横に長い画面ははじめ
てお目にかかった。これは2009年ギリシャのマノスコレクションが日本で
公開されたときに出品された。豪華な衣装に身をつつんだ花魁が満開の桜並木
を楽しみながら優雅に歩いている。花見で‘最高の瞬間’!だった。

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2023.03.10

東博の‘東福寺展’にサプライズの絵が!

Img_0004_20230310221001   国宝 ‘無準師範像’(南宋1238年)

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吉山明兆の‘五百羅漢図’(重文 南北朝1386年) 
  上が第1号 下が第48号(根津美)

Img_20230310221101   吉山明兆の‘達磨・蝦蟇鉄拐図’(重文 室町15世紀)

Img_0001_20230310221101   ‘二天王立像 吽形’(重文 鎌倉13世紀)

Img_0005_20230310221101   ‘迦葉・阿難立像’(重文 鎌倉13世紀)

今年前半に開催される日本美術関連の特別展でとくに関心が高かったのが、
3/7から東博ではじまった‘東福寺展’(5/7まで)。過去に有名な寺院の
名前がついた展覧会を数多くみてきたので展示の構成についてはイメージ
できている。そして、東福寺には2度出かけたことがあり、また‘京都五山
 禅の文化‘展(2007年 東博)にも遭遇しているから、東福寺のため
につくした偉いお坊さんの肖像や彫刻は二度目の対面となる国宝の‘無準師
範像’だけは除いて軽くみて、お目当ての絵のところへ進んでいった。

その絵とは吉山明兆(1353~1431)が三十代前半の頃描いた‘五百
羅漢図’。14年かけておこなった修復が完成し全幅(49幅)が初公開さ
れるのだから、一大イベントといっても過言でない。京都五山展ではわず
か5幅しかみれなかったので、期待で胸が膨らむ。会期中に三度足を運ぶ
と全部みれるので‘楽しみ三段重ね’となりそう。最初の展示は3/7~
3/27で東福寺にある第1号~15号と根津美の第48号(展示は3/19
まで)。

展示はただ16幅並べるのでなく、数幅には羅漢たちが何を行っている
場面かが噴き出しをいれた漫画チックなイラストにより理解できるように
なっている。これは気が利いている。拍手々!極彩色がまぶしい青、緑、
赤の衣装を着た羅漢たちがこれほど大勢現れると圧巻である。はじめは
全体のイメージをつかむため説明書きをパスして進み、二度目にどんな
神通力を発揮するのか、龍王や水神のところに飛来する様子などをじっく
りみて目に焼き付けた。物語のおもしろさは期待以上だった。みての
お楽しみ!次の展示が待ち遠しい。

ほかの作品では五山展でも出品された大作‘達磨・蝦蟇鉄拐図’が強い磁力
を放っており、巨大な仏像‘二天王立像 吽形’の圧倒的な迫力やリアルな
人物描写に惹かれる‘迦葉・阿難立像’も息を呑んでみていた。

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