2017.05.29

美術館に乾杯! オランジュリー美 その三

Img     アンリ・ルソーの‘ジュニエ爺さんの馬車’(1908年)

Img_0004     アンリ・ルソーの‘人形を抱く子ども’(1905年)

Img_0003     ユトリロの‘ノートルダム’(1910年)

Img_0001     ユトリロの‘クリニャンクールの教会’(1939年)

パリの美術館をまわると芸術心が特別に刺激されるのは美術の本にでている有名な作品とたくさん遭遇するからではないかと思う。やはりパリは‘芸術の都’である。

印象派以降の近代絵画の場合、例えばオルセーとオランジュリーを続けてみると楽しみが2倍、3倍になる画家が二人いる。睡蓮の画家、モネと素朴派のアンリ・ルソー(1844~1910)。オルセーにあるルソーで感激度が高いのは‘蛇使い’。

このジャングル画の最高傑作をみてオランジュリーに移動すると、今度は人物画のいい作品が待ち受けている。ここでルソーは5点みられるが、3点が人物を描いたもの。‘jジュニエ爺さんの馬車’と‘婚礼’はみんな直立不動で正面を向いた群像画。

ジュニエ爺さんはルソーの馴染みの食料品店の親爺のこと。つけを清算するためにルソーはこの一家が乗る馬車を描いた。手綱を握る主人の横にちゃっかり自分を描きこんでいるとことがおもしろい。人物と馬と犬は黒、白、赤の3色だけが塗られいる。このシンプルな色の組み合わせはとても印象深いので、平板な切り絵をペタペタと貼ったような人物と犬の描き方が気にならなくなる。

一方、‘人形を抱く子ども’はルソーお得意の子ども画。女の子は子どもの割には目元あたりは大人びている。つい惹きこまれるのは着ている赤の服につけられた草間彌生風の白い点々とまわりの野原に咲く花々。こんな絵を描く画家はほかにいないので見惚れてしまう。

昨日の日曜美術館で姫路の美術館でユトリロ展が開かれていることが紹介されていた。久しぶりにユトリロ(1883~1955)をみたいが、東京には巡回はないよう。残念!

オランジュリーにはユトリロは両手くらいあったように記憶している。お気に入りは真正面から描いた‘ノートルダム’と‘クリニャンクールの教会’。絵は画家の心を映すといわれるが、このなにか物悲しい情景はユトリロの孤独な気持ちがでているのかもしれない。

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2017.05.28

美術館に乾杯! オランジュリー美 その二

Img_0002_2     モディリアーニの‘ポール・ギョーム’(1915年)

Img_0003_2     モディリアーニの‘若い奉公人’(1918~19年)

Img_0001     ローランサンの‘シャネル嬢の肖像’(1923年)

Img_0006     ココ・シャネル(1883~1971)

Img_0004_2     ローランサンの‘牝鹿’(1923年)

オランジュリー美に飾られている作品はほとんどがフランスを舞台にして活躍した画家が描いたもの。イタリア人のモディリアーニ(1884~1920)がパリにやって来たのは1906年。どんな彫刻家あるいは画家人生を送ったのかは美術番組でモディがとりあげられるときに流される映画によってイメージができあがっている。

かっこいいイタリア人は多いから、そのイケメンぶりには驚かないが確かにモディは俳優になれるほどのいい男。作品はほとんど人物を描いたものだが、オランジュリーにはとてもいい男性の肖像画がある。えらの張った顔が特徴の‘ポール・ギョーム’はモディの人生を変えたやり手の画商。作品の左下には‘新しい水先案内人’と書かれている。

‘若い奉公人’は結核のため健康状態が悪くなったモディが療養のため恋人のジャンヌと出かけた南フランスで描いたもの。モディには若い女の子や少年を描いたものがあるが、これもその一枚でなぜか惹かれる。

モディの部屋の横に飾ってあるのがマリー・ローランサン(1885~1956)、この女流画家の作品をまとまった形でみれたのはこの美術館を訪問したことの大きな成果。最も長く見ていたのは‘シャネル嬢の肖像’、ココ・シャネル(1883~1971)は当時人気の高かった注目のファッションデザイナー。

実際の顔は肖像とはずいぶん違う。だからシャネルはぶんむくれて描き直しを要求した。これに対してローランサンは怒って、‘私がドレスを注文したら代金を払うわ。シャネルなんて、しょせん田舎娘よ’といって描き直しを拒否したという。薄ピンク色を多く使い柔らかいほわっとした女性画を描いていたが、気性は激しかったようだ。

ローランサンの絵は牝鹿のイメージと結びついている。‘牝鹿’は最初にみた鹿が登場する作品かもしれない。ローランサンは40歳のときロシアの前衛バレエ団リュッスの演目‘牝鹿’の舞台美術を手掛け、その名を知られるようになった。

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2017.05.27

美術館に乾杯! オランジュリー美 その一

Img     モネの‘睡蓮 水のエチュードー緑の反映’(1916~26年)

Img_0001 モネの‘睡蓮 水のエチュードー2本の柳’(部分 1916~1926年)

Img_0002     ルノワールの‘ピエロ姿のクロード・ルノワール’(1909年)

Img_0003     ルノワールの‘ピアノを弾く娘たち’(1892年)

2010年パリに行ったとき美術館を6つもまわった。その一つがチュルリー公園にあるオランジュリー美。2000年から2006年にかけて大改装がなされ展示空間が一新されたニューオランジュリーなので、館内では終始ワクワク気分だった。

この美術館の最大の楽しみはモネ(1840~1926)が亡くなる直前まで懸命に描いた大連作‘睡蓮’、モネファンにとって合計22枚のパネルからなる8点の大作が飾られた2室は‘モネの聖地’のようなもの。普通サイズの睡蓮をずらっと並べてみるより、ここの睡蓮をじっくりみるほうが感激は何倍も大きい。たぶん多くのモネ好きはそう実感しているにちがいない。

この睡蓮に心を奪われる感覚はアメリカの美術館でポロックやロスコ、ニューマンらが制作した大きな抽象画を楽しんでいるときの心持ちと似ている。現代アーティストのなかにモネから影響を受けた人物が結構いるのは画面の大きさと世界が無限に広がる開放感のようなものが関係しているのではないかと思っている。

改装される前の美術館を訪れたのは26年前の1991年。モネ以外の画家で印象に強く残っているのはルノワール(1841~1919)。目に焼きついているのがルノワールの3男クロードが着た赤いピエロ服。一見して女の子ではないかと錯覚したが、説明書きをみて息子を確認。昨年開催されたルノワール展(国立新美)でまた会えたのは幸運だった。

‘ピアノを弾く娘たち’も一緒にやって来ると期待してたが、こちらは残留組だった。ルノワールのこの絵には別に2つのヴァージョンがあり、オルセーとメトロポリタンが所蔵している。運よく3つとも目のなかに入っているが、それぞれ可愛い娘が弾くピアノの音が心を洗ってくれる。

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2017.05.26

武蔵御嶽神社の国宝‘赤糸威鎧’!

Img     国宝‘赤糸威鎧’(12世紀 武蔵御嶽神社)

Img_0001     威の茜色

Img_0002    日本茜 BSプレミアム5月10日 ‘失われた色を求めて’より

Img_0003    日本茜の根

今月の10日、BSプレミアムで放送された‘失われた色を求めて~植物染め・伝統100色を今の世に~’(90分)を興味深く見た。番組の主役、染織家吉岡幸雄氏(70歳)は以前から美術番組で知っており、2008年日本橋高島屋で開催された‘千年紀ー源氏物語の色’展にも足を運んだ。

この吉岡氏と志村ふくみさんのおかげで植物染めの理解が進み、古来からある日本の色の美しさを強く感じるようになった。番組はその植物染めの再現がどのように行われたかを詳細に追っかけていた。吉岡氏はイギリスのヴィクトリア&アルバート博物館から植物染めを永久保存したいという依頼を受け、この2年間に50色を再現し納品している。

色は紫、茜、藍、紅、黄の4色がでてきたが、そのなかで熱く反応したのが茜(あかね)。武蔵御嶽神社(青梅市)にある国宝‘赤糸威鎧’では平安時代に染められた茜がみられるということがわかった。威の真ん中に残っている赤色が黄色がまじったような深い赤の茜で左右の薄い赤は明治36年に化学染料を使って修理されたもの。色はだいぶ褪色している。

茜は再現が難しい色、吉岡氏は奈良の五條市で3年がかりで農家の人と一緒になって日本茜を育て草の根から茜色を染めている。でもとれる量は少ないようだ。3年かけてまた育て何度も染めて濃い茜色を生み出していく計画とのこと。

今年は年初にあった‘春日大社展’(東博)で見事な鎧を4点もみることができた(いずれも国宝)。そして、武蔵御嶽神社にも日本茜がみられる鎧があるという情報を得た。俄然、この鎧をみたくなった。遠足がてら訪問するかもしれない。

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2017.05.25

新宿で‘ランス美展’!

Img_0001    ゴーギャンの‘バラと彫像’(1889年)

Img_0002     シスレーの‘カーディフの停泊地’(1897年)

Img_0003     ドニの‘魅せられた人々’(1907年)

Img     フジタの‘マドンナ’(1963年)

久しぶりに新宿の損保ジャパン日本興亜美へ出かけ開催中の‘ランス美展 フランス絵画の宝庫’(4/22~6/25)をみてきた。とくに期待値の高かった展覧会ではないが、チラシに載ったゴーギャン(1848~1903)の静物画が気になっていたので予定通り出動した。

この美術館で前回何をみたのかすぐ思い出せない。それだけ足が遠のいているということ。今回のお目当てはほどゴーギャン1点買いだったが、肝心の‘バラと彫像’は思ったほどぐっとこなかった。ここ数年、国内でゴーギャンのいい絵に恵まれたのでその延長で関心が強かったが、これはアベレージという感じ。こういうこともある。

でも、想定外の作品に遭遇したので楽しみのバランスはとれた。シスレー(1839~1899)の最晩年の作品、‘カーディフの停泊地’は真ん中に大きく描かれた樹が広重の浮世絵を思い起こさせる。また、印象派の兄貴格的な存在であるピサロの‘オペラ通り’がみれたのも収穫だった。

ドニ(1870~1943)の‘魅せられた人々’は人体に塗られた薄褐色やピンクがかった肌色に目がクラクラした。光の表現がこれほどストレートだと絵の印象は強烈で長く記憶にとどまる。4年くらい前、横浜美であったプーシキン美展でも同じように色彩が輝く作品をみた。

予想より作品の数が倍くらい多かったのがフジタ(藤田嗣治、1886~1968)、フジタはランスと縁が深くこの街にある‘平和の聖母礼拝堂’はフジタが建てたもの。過去にあった藤田嗣治展に内部に飾れらたフレスコ画やステンドグラスの一部がやって来た。

ざーっとみたフジタの作品で思わず足がとまったのが‘マドンナ’、モデルは映画‘黒いオルフェ’に出演した女優という。道理で魅力的な顔立ちをしている。手元にあったチラシは別の絵を使っていたので、大きなオマケをもらった気分。

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2017.05.24

個性豊かな花入!

Img     国宝‘青磁下蕪花入’(南宋時代13世紀 アルカンシェール美)

Img_0001‘黄瀬戸立鼓花入 銘 旅枕’(重文 安土桃山時代16世紀 久保惣記念美)

Img_0002     ‘瓢花入 銘 顔回’(安土桃山時代16世紀 永青文庫)

Img_0003     ‘伊賀花入 銘 生爪’(安土桃山・江戸時代16~17世紀)

茶碗や茶入とはちがい大きいため見栄えがする茶道具が花入。会場には中国絵画のあといきなり国宝の花入が目の前に現れた。アルカンシェール美が所蔵する自慢のお宝、国宝‘青磁下蕪花入’。このいかにも蕪(かぶら)という感じのする花入はお気に入りの青磁のひとつでこれまで両手ちかくお目にかかった。

以前、東博の常設展示を定期的にみていたころはこの蕪型の花入は2年くらいの間隔で出品されていた。今はどうなっているか知らないが、東博とこのユニークな形をした花入は強くむすびついており、これと出会ったときは楽しみが倍増した。丸く膨れた蕪は女性に例えると愛嬌のいい元気娘。

花入にはいろいろな形がある。鼓を立てたようなのが‘旅枕’という銘がつけられた‘黄瀬戸立鼓花入’、利休が所持していたものだが、はじめてみた。瓢箪からつくった花入は利休が自分でつくったもの。

瓢箪を花入に変えるのは茶の湯を身近なものにしようとする利休ならではの発想。利休が並みの茶人でないことの証でもある。目白の永青文庫で遭遇したときはぶったまげた!

伊賀のやきものの前に立つとMyカラーが緑&黄色ということもあり、すぐ‘見るぞ!’モードにスイッチが入る。こういう荒々しく力強いフォルムをした伊賀を古田織部はとくに好んだ。この花入も織部が所持していたもの。また、花入のかたちとしては伊賀と備前はよく似ているので、織部は備前のものもよく茶会に使っている。

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2017.05.23

魅了される茶入の名品!

Img_0002 ‘唐物肩衝茶入 北野肩衝’(重文 南宋・元時代13~14世紀 三井記念美)

Img_0001     ‘唐物肩衝茶入 松屋肩衝’(重文 13~14世紀 根津美)

Img     ‘唐物茄子茶入 銘 富士’(重文 13~14世紀 前田育徳会)

Img_0003     ‘唐物鶴首茶入 利休鶴首’(13~14世紀)

中国で南宋から元の時代にかけてつくられた茶入には不思議な魅力がある。久しぶりに行われた‘茶の湯’展はこの小さな茶入の名品にお目にかかれる絶好の機会。最も有名な‘唐物肩衝茶入 銘 初花’(徳川記念財団)はすでに展示は終了しているが、ほかの名品は会期の最後までみることができる。

今、肩衝茶入の‘北野肩衝’と‘松屋肩衝’、そして茄子茶入の‘銘 富士’が一緒に並んで飾られている。これは圧巻!茶入に嵌ったのはこの褐色の色。この色がサイズの小さいこのやきものに重厚な印象を与えている。また、色の魅力に加えバラエティに富む形が視線を釘づけにする。

安定感のある肩衝、下がぷくっと膨れた茄子、また鶴の首を思わせるものもある。そして形とともに茶入の魅力を決定づけるのが釉薬がたれてできる‘なだれ’の景色。‘なだれ’の好みは人それぞれだが、多くの茶人たちの心を虜にした名品のなだれがつくりだす景色は格別。今回ははじめてみた‘富士’と利休が所持していた‘利休鶴首’をじっくりみていた。

このほかにも茶入は‘古瀬戸’や‘瀬戸’などのぐっとくるものが多くでていた。2年前あった古田織部展についでこの茶の湯展でもこれほどの数の名茶入にお目にかかれて幸せいっぱい。ミューズに感謝!

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2017.05.22

極上の中国絵画!

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Img_0001     牧谿の‘遠浦帰帆図’(重文 南宋時代13世紀 京博)

Img_0002  伝趙昌の‘茉莉花図’(重文 南宋時代12~13世紀 常盤山文庫)

Img_0003    伝馬麟の‘梅花双雀図’(重文 南宋時代13世紀 東博)

Img_0004     伝梁楷の‘六祖破経図’(南宋時代13世紀 三井記念美)

‘茶の湯’展(4/11~6/4)には数々の名碗のほかに南宋時代に描かれた唐絵のオールスターがずらっと展示されている。かつては‘南宋絵画展’や‘東山御物展’でみたものがこの度は茶の湯に欠かせないものという本来の姿で現れた。これは深く楽しめる。

牧谿(もっけい)の絵がいくつかでている。そのなかでとくに魅了されるのは瀟湘八景図のひとつ‘遠浦帰帆図’。これまで幾度となくみたが、みるたびに感動する。心をとらえるのは何といっても風に乗ってスピードをあげて岸辺に進む帆舟の姿。陸地に立つ木々の曲がり具合をみると相当強い風が吹いている。

墨の濃淡を使って表現された動的描写は見事というほかない。画面全体をもやがかかったようにして光や大気の変化がとらえられており、風の強い緊張をはらんだ天候の気配がストレートに伝わってくる。3年前にみたときと同じように風の音が聞こえてきた。

この瀟湘八景図を含めてとりあげた4点ははじめてみるものではないが、足が自然にとまったもの。‘茉莉花(まつりか)図’は目に優しいきれいな緑色が印象的、そして馬麟が描いたとされる梅と雀の絵は巧みな構図のとりかたに心を打たれる。日曜画家でもこういう構図はつい真似てみたくなるにちがいない。

三井記念美が所蔵する伝梁楷の‘六祖破経図’も長くみていた。速い筆さばきで六祖和尚がお経をびりっと破るところが描かれている。お経を破るなんてことしていいの?禅の教えは言葉で会得するものではない、むしろそんなものはないほうがよい。この境地に至れば体で禅の悟りをえたことになる。

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2017.05.21

大盛況の‘茶の湯’展!

Img     ‘御所丸茶碗 古田高麗’(朝鮮時代16~17世紀)     


Img_0001     ‘黒織部沓茶碗’(江戸時代17世紀)

Img_0002     ‘祥瑞蜜柑水指’(重文 明時代17世紀 湯木美)

Img_0003     尾形乾山の‘銹絵染付鎗梅文香合’(江戸時代18世紀 北村美)

現在、東博で開催中の‘茶の湯’展(4/11~6/4)をみてきた。会場には着物を着たひと目でお点前を楽しんでいることがわかる女性が大勢いた。展覧会のなかでこういう茶の湯の気分をまさに味わえるのは貴重な体験である。

やきものの鑑賞を長く続けているので今回登場している凄いラインナップの多くは一度や数度みている。そのため、こうしたものは軽く見てあるお目当ての茶碗をめざして進んだ。それは利休の後の展示コーナーに飾られている‘御所丸茶碗 古田高麗’。

展覧会がはじまって一か月も経っているのにのんびりかまえそろそろ出かけようかと思ってた矢先、日曜美術館でこの特別展が取り上げられた。そこにアッと驚く‘古田高麗’がでてきた。‘ええー、この名品がでているの!?’、展示期間を確認すると通期の展示。俄然、出かける楽しみが跳ね上がった。

これまで御所丸茶碗はいくつかみたことはあるが、この‘古田高麗’にはまったく縁がなかった。その存在を知ったのは2014年12月に放送された日美の‘古田織部特集’、これは個人が所有する‘知る人ぞ知る’すごい名碗。それが今回東博に登場したのだから、天にも昇るような嬉しさ。

古田織部(1544~1615)が朝鮮半島の金海で焼かせたというこの‘古田高麗’、胴に帯状のへこみがあり、その下に面取りが連続して入っている。この自由でおおらかなフォルムがじつにいい。一度でいいから手にもってみたいが、これは叶わぬ夢。

これがみれたのであとは楽な気分で初見のオマケを楽しんだ。展覧会にはじめて出品された‘黒織部沓茶碗’をじっくりみた。織部の名品がまだあったのか!という感じ。湯木美が所蔵する‘祥瑞蜜柑水指’の端正な形と青の輝きに出会ったのも大きな収穫。

京都の北村美にある尾形乾山の‘銹絵染付鎗梅文香合’も長く追っかけていたもの。小さな香合だが、梅の白い花びらの美しさが目に沁みる。

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2017.05.19

美術館に乾杯! ブレラ美 その八

Img_0001    ボッチョーニの‘自画像’(1908年)

Img_0002     ボッチョーニの‘ガレリアの暴動’(1910年)

Img     ボッチョーニの‘伸縮性’(1912年)

Img_0003     カッラの‘魔法にかけられた部屋’(1917年)

ブレラが所蔵するl近代絵画で最も魅了されたのは20世紀初頭におきた未来派のボッチョーニ(1882~1966)。この34歳で早死にした才能豊かな画家が心をくだいたのは都市のもつ‘現代性’と‘スピード’を表現すること

これまで未来派運動を進めたバッラ(1871~1958)、ボッチョーニ、セヴェリーノ(1883~1966)らの作品と縁があった美術館はNYのMoMAとローマの国立近代美とブレラ。おかげでスピードとダイナミズムを感じさせる具象と抽象がうまいぐあいに混ざったフォルムを存分に楽しむことができた。

ボッチョーニの街の風景をバックにした‘自画像’はよくみると手にパレットをもってりるが、顔をみてすぐ後ろの建物に視線を移すとボッチョーニが画家であることをうっかり忘れてしまう。‘ガレリアの暴動’の舞台はミラノの名所であるアーケード、‘ヴィットーリア・エマヌエーレ2世のガレリア’、警官と労働者のデモ隊が衝突した場面が描かれている。

‘伸縮性’は一見するとフォルムが連続する抽象絵画のようにみえるが、しばらく画面をながめていると真ん中に右から左に進む馬と騎手が真横から描かれていることがわかる。加山又造の作品に馬が疾走する姿を連続的に描いた‘駆ける’があるが、これは明らかに未来派の影響、又造はボッチョーニのこの絵をみたのかもしれない。

デ・キリコ(1888~1978)とともに形而上絵画をつくりだしたカッラ(1881~1966)が1917年に制作した‘魔法のかけられた部屋’はかなり複雑な空間構成。頭のなかが混乱しないためには配置されたモチーフをみる位置を適度に変えてみるといいが、それでもマネキンや魚などがずれ落ちる感じは消えないまま。

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