2017.06.27

美術館に乾杯! ロダン美 その一

Img       ロダン美

Img_0001     ‘接吻’(1886年)

Img_0003     ‘神の御手’(1898年)

Img_0002     ‘歩く男’(1907年)

パリにある美術館はだいぶ回ったが、訪問したときからだいぶ時間がたっているところは記憶が薄れてきている。オルセーの裏手をしばらく進んだとろこにあるのがロダン美、出かけたのは1991年のことだから今は美術館に着くまでの風景はまったく忘れている。

すぐ横の名所観光のひとつアンヴァリッドはパスしてオーギュスト・ロダン(1840~1917)のかつての邸宅を選んだのやはり‘考える人’で有名なロダンをはずすわけにはいかないから。ここもマルモッタン美と同じく典型的な邸宅美。こういう展示空間がいいのは彫刻が日常生活の一コマにとけこんでいるので肩に力が入らず作品と向き合えるから。

どの部屋にあったかは覚えてないが代表作の‘接吻’の前には長くいた。これは愛というテーマにこだわり続けたロダン46歳のときの作品。また、‘フギット・アモール(愛は去りゆく)’にも思わず足がとまる。

ドキッとするほど緊張感があったのが‘神の御手’、大理石の塊から手がでてきたという感じの彫り方はインパクトがあり、ミケランジェロの彫刻をみる思い。ロダンはひょっとしてミケランジェロを相当意識していたのかもしれない。

首のない‘歩く男’を昨日紹介したジャコメッティの‘歩く男Ⅰ’と比較してみると同じテーマだが彫刻家の個性が天と地ほども離れていることがよくわかる。表現の仕方は時代が変わるとかくも変わってくる。人体にリアリティがあり生命力を力強く表現しているロダンに対し、ジャコメッティの男は孤独に苦しみとぼとぼと歩く姿。

彫刻というのはもっとパワーを感じさせるものだというイメージがあると、ジャコメッティの男はいかにも軽い。でも、その一歩々はずしりと重いことはじわっと伝わってくる。

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2017.06.26

予想を上回る‘ジャコメッティ展’!

Img_0003  ‘森、広場、7人の人物とひとつの頭部’(1950年 マーグ財団美)

Img_0001     ‘犬’(1951年 マーグ財団美)

Img     ‘歩く男Ⅰ’(1960年 マーグ財団美)

Img_0002     ‘大きな頭部’(1960年 マーグ財団美)

モデイリアーニと同じようにジャコメッティ(1901~1966)の彫刻もその作風がすぐイメージできる。彫られた人物に厚みはなく細く長い棒がすっと伸びている感じ。しかもその表面はごつごつしたしており、噴火した火山の溶岩が固まったかのよう。

それまで誰もみたことのないユニークな彫刻を生み出したジャコメッティの回顧展(6/14~9/4)が今、国立新美で開催されている。回顧展に遭遇するのは2度目。10年くらい前、神奈川県近美葉山で運よく多くの作品をみたので、今回は前のめりの鑑賞でもない。

彫刻作品は同じ形のものが複数制作されるから、会場には以前にみたかな、というものが多い。群像彫刻の‘森’は2年前あったチューリヒ美展でお目にかかった。お馴染みのジャコメッティを確認しながら進んだが、後半になるとはじめてみるインパクトのある作品が現れてきた。

‘犬’、‘猫’、9体が三角形に並ぶ‘ヴェネツィアの女’、そして圧巻なのがチェース・マンハッタン銀行の広場のためのモニュメントとしてつくられた‘歩く男Ⅰ’、‘大きな頭部’、‘大きな女性立像Ⅱ’の巨大3部作。ここにあげた4点はすべて南フランスにあるマーグ財団美が所蔵するものだが、流石ジャコメッティの世界3大コレクションといわれるだけのことはある。

これほど大きなジャコメッティの彫刻をみたことがないので、ちょっと興奮した。前半は和紙でつくった薄っぺらなひな人形を連想させるものが続き刺激に乏しかったが、見終わってみたら強く印象に残るジャコメッティ展になった。ミューズに感謝!

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2017.06.25

来年1月 またアンチンボルドの‘ルドルフ2世’がやって来る!

Img   ‘ウェルトゥムヌスとしてのルドルフ2世’(1590年 スクークロスター城)

Img_0002     ‘夏’(1572年 デンヴァー美)

Img_0001     ‘ソムリエ’(1574年 大阪新美建設準備室)

花や魚や動物などで人物の横顔を象った肖像画を描いたアンチンボルドが宮廷画家として活躍したのは16世紀後半、日本は室町時代のころ。このユニークな肖像画をはじめてウイーンでみたときはあっけにとられた。

誰もが好きになるという絵ではない。これだけ規格外だと好き嫌いがはっきり分かれる。代表作の‘四季’と‘四大元素’についていえば、‘冬’と‘大地’は正直グロテスクすぎて長くはみれない。お気に入りは今回アメリカのデンヴァー美から出品された‘夏’と初見の花で埋め尽くされた‘春’

もう1点魅了されているのがある。2009年Bunkamuraでお目にかかった‘ウェルトゥムヌス(四季の神)としてのルドルフ2世’、アンチンボルドがミラノに引っ込んだときに描いたこの正面向きのルドルフ2世が最高傑作だろう。所蔵しているのはスウェーデンにあるお城だから一生縁がないと思っていたら、幸いなことに日本でみることができた。

その絵がまたやって来るらしい。美術館はアゲインBunkamura、来年1月からはじまる‘ルドルフ2世の驚異の世界展’(1/6~3/11)の目玉として再度公開される。まさに現代のアーチストが手がけたような新鮮なつくりものというかオブジェという感じ。

当時としてはかなり時代をとびこえた感性をもっていたアンチンボルドがこうした寓意画を描いたのは20数点。その1枚が日本にある。いつ開館するのかまったく目途がたってない大阪新美の準備室がもっている‘ソムリエ’。今回の回顧展にも展示されている。

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2017.06.24

嵌ると逃れられないアンチンボルドの怪奇!

Img  アンチンボルドの‘四大元素 水’(1566年 ウィーン美術史美)

Img_0001    アンチンボルドの‘四季’(1590年 ワシントンナショナルギャラリー)

Img_0003    HMの版画家の‘擬人化された風景’(16世紀末 アシュモリアン美)

Img_0002     ロマッツォの‘自画像’(1568年 ブレラ美)

日本の展覧会シーンにアンチンボルド(1526~1593)が登場したのは過去3回あった。10数年前に開催されたハプスブルク家展ではウィーン美術史美にある‘四季 冬’と‘四大元素 水’が飾られ、そのあとは2回Bunkamuraのだまし絵展(2009年、2014年)にはスウェーデンから傑作‘ウェルトゥムヌス(ルドルフ2世)’と‘司書’がやって来た。

風の便りによると来年の1月からBunkamuraで行われる展覧会(1/6~3/11)にまたあの‘ルドルフ2世’がお目みえするらしい。だから、1年くらい日本はアンチンボルドイヤー、まだこの怪奇画家に縁がなくても西洋美とBunkamuraに足を運べばアンチンボルドに最接近できることは請け合い。

今回の回顧展でこれほど多くのアンチンボルドが出品されているとは想像してなかった。入ってすぐワシントンナショナルギャラリーが所蔵している‘四季’に遭遇、ええー、ワシントンにアンチンボルドがあったの!?ナショナルギャラリーは5回訪問したが、顔の輪郭がはっきりせず不気味さがただようこのお化けには一度もお目にかかったことがない。普段は展示しないのだろう。

この絵はアンチンボルドが生まれ故郷のミラノに帰ってから描いたもの。その時期は‘ルドルフ2世’と同じ1590年頃、これが大きな収穫だったのに一方で残念なことがあった。

スイス在住の個人コレクターが所蔵する‘四大元素 大気’と‘火’は24日(土)からの公開だった。ありゃー、手持ちのチラシにはこの2点は載ってなく、HPでも出品リストをチェックしてないため折角の作品を見逃してしまった。知っていたら24日以降に出動したのに。今、再訪問するかどうか迷っている。

版画で足がとまったのが‘擬人化された風景’、これをみるとダリが得意とするダブルイメージは16世紀のころからもう表現されていた!ボスの絵にもこれと似たような場面がでてくる。こういう元々の構成要素とはちがうものを使ってモチーフを形にしていく方法がこの時代に存在していたのがおもしろい。

ミラノのブレタ美でみたロマッツォ(1538~1600)の自画像がどうしてここに展示してあるのか?だが、インパクトのある肖像画なので長くみていた。

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2017.06.23

待望の‘アンチンボルド展’!

Img_0001     ‘春’(1563年 王立サン・フェルナンド美術アカデミー美)

Img_0002     ‘秋’(1572年 デンヴァー美)

Img_0003     ‘司書’(16世紀 スコークロステル城)

Img     ‘庭師・野菜’(16世紀 クレモナ市美)

ウィーン美術史美に出かけると他では味わえない二人の画家の作品と遭遇する。ひとりはブリューゲル、もうひとりはアンチンボルド(1527~1593)、そのアンチンボルドの回顧展(6/20~9/24)が上野の西洋美ではじまった。今年行われる西洋絵画展ではブリューゲルの‘バベルの塔’とともに大きな期待を寄せていたのでわくわく気分で乗り込んだ。

最も有名な‘四季’と‘四大元素’が全部揃ってみられるのだから、つくづく日本は美術大国だなと思う。この8点のうち一番のお目当てはマドリードの王立サン・フェルナンド美術アカデミー美からやって来た‘春’、今回登場した4点のうちこの‘春’はウイーン美術史蔵の‘冬’とともに1563年に描かれた最初のヴァージョン。

以前マドリードで美術館めぐりをしたとき、どういうわけか姿を現してくれなかった。まさか日本でリカバリーできるとは思ってもいなかった。素直に嬉しい! 横向きの顔や衣装には白百合や白薔薇など花で埋め尽くされているが、手元の美術本には80種が詳細に載っている。花だけに集中すると博物図鑑をみているよう。

第一ヴァージョンでは行方不明になっている‘秋’の別ヴァージョンがみれたのも大きな収穫。ルーヴルにも‘四季’があることは前から知っているが、いつ行ってもこれが飾ってあったためしがない。だから、この秋がみれて‘四季’はコンプリート、唇に栗を使っているのがおもしろい。

‘司書’は2014年Bunkamuraで開催された‘だまし絵パート2’で仰天した作品、頭を開きっぱなしの本で表現するところが最高にいい。髪の感じがピッタリ。これをみたらダリでもマグリットでも裸足で逃げるにちがいない。アンチンボルドは元祖シュルレアリスト!そして、この絵の面白さが当時の宮廷人に支持されるというのも驚き。

今回新規にお目にかかった作品の中でぐっときたのが‘庭師・野菜’、この絵を逆さまににみると野菜の鉢になる。はじめ野菜をくっつけて鼻や唇をつくり顔全体をととのえたあとひっくり返し微調整して野菜の盛られた鉢に仕上げたのではないか、こう推測すると野菜の鉢にみられる不自然な構成が理解できる。

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2017.06.21

日本の美! 紫陽花

Img      散歩の足がとまる紫陽花

Img_0002     山口蓬春の‘紫陽花’(1959年 山口蓬春記念館)

Img_0001     山口蓬春の‘紫陽花’(1957年 北海道近美)

梅雨時、詩情を感じさせる花といえば紫陽花、今日は夕方雨があがったのでいつものルートを散歩した。途中、水気をたっぷり含んだ紫陽花にみとれてデジカメのシャッターを押した。

花の名前を一から十まで知っているほど草花には精通してない。たぶん、隣の方の三分の一くらいの知識しかないだろう。それでも、日本画を長くみているので、少しずつ花の形と色合いのヴァリエーションがたまってきた。花鳥画を得意とする画家は平安のころから現代にいたるまで途切れることなく存在している。そして、花のイメージとつながっている画家も多い。

例えば、梅や燕子花ならすぐ尾形光琳を思い浮かべる。では、紫陽花というと誰か、光琳と同じくらいすぐでてくるのは山口蓬春(1893~1971)、以前鎌倉にある山口蓬春記念館によく通い、そのモダンな香りのする花鳥画を楽しんだ。

蓬春の描く花で際立って魅力的なのが紫陽花で代表作に‘榻上の花’(東近美)や‘梅雨晴’(山種美)などがある。ほかにも紫陽花の紫の美しさが心をゆすぶるのがある。それが記念館と北海道近美が所蔵するもの。最近はご無沙汰している記念館、紫陽花をみてドライブがてら出かけてみたくなった。

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2017.06.20

美術館に乾杯! プティ・パレ美 その三

Img_2     レンブラントの‘東洋風の衣装をまとった自画像’(1631年)

Img_0003_2     ドラクロアの‘ジャウールとパシャの戦い’(1835年)

Img_0002_2     シャセリオーの‘東方三博士の礼拝’(1856年)

Img_0001_2     ルドンの‘ヴィーナスの誕生’(1912年)

レンブラント(1606~1669)の‘東洋風の衣装をまとった自画像’はレンブラント本には必ず載っている初期の作品。2回目の訪問で追っかけリストの最上位に記していたのはこの25歳のときに描いた全身の自画像。貴族になりきって興味をもっていた東洋でお馴染みの衣装を着ている。

この絵を早くみたくて館内にいる人にすぐ展示してある場所を聞き急いだが、予想以上に時間がかかってしまった。そんな思い出があるのでに3年くらい前、森アーツセンターで開催されたレンブラントとフェルメール展にやって来たときは感慨深くながめていた。

ドラクロア(1798~1863)の‘ジャウールとパシャの戦い’も対面を長く待っていた一枚。ドラクロアの絵には体を大きくよじった馬がでてくるが、この絵に描かれた白と黒の馬が激しくぶつかり合う姿は息を呑むほど躍動感にあふれている。だから、馬に乗り剣を振りかざして戦うジャウール(左)とパシャ(右)より、中央にいる白い馬をみている時間のほうが長い。

今年の2月~5月に西洋美で行われたシャセリオー展にプティ・パレ蔵の‘東方三博士の礼拝’が出品されていた。これはシャセリオーが37歳で亡くなった年に描かれたもの。この画家はまさに早熟の天才、16歳で描いた自画像をみるとつい‘嘘だろう、この年でこんなに上手くかけるの!?’とつぶやいてしまう。

昨年、上野の森美であったデトロイト美展にルドン(1840~1916)の‘霊を宿す蝶’が飾ってあった。カラリスト、ルドンの作品を1点でも多くみたいと願っているので、日本で回顧展が企画されることを強く望んでいる。もし実現すれば‘ヴィーナスの誕生’にまた会えるかもしれない。

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2017.06.19

美術館に乾杯! プティ・パレ美 その二

Img_0002     モネの‘セーヌ川の日没、冬の効果’(1880年)

Img_0004     マネの‘テオドール・デュレの肖像’(1868年)

Img     セザンヌの‘アンブロワーズ・ヴィラールの肖像’(1899年)

Img_0001     セザンヌの‘四季 春(左) 夏(右)’(1860~61年)

美術館にでかけるときは作品の情報をできるだけ集め見逃さないように心がけているが、実際美術館のなかに入ってみると、準備した作品イメージは全体の半分にも満たないことが多い。こういう場合はアドレナリンがどっとでてくる。

プティ・パレはやはりパリにある美術館なので所蔵する印象派は美術本に載っているものがぽつぽつと出てくる。モネ(1840~1926)の‘セーヌ川の日没、冬の効果’はマルモッタンにある‘印象、日の出’の別ヴァージョンのような作品、違いは日が沈むところ。

この絵をみたのはここではなく、モネ展(2010年)が開かれた隣のグラン・パレ。手持ちの図録やモネ本で一度もみたことがなかったので、びっくり仰天。大きな収穫だった。これだから回顧展へ出向くのはやめられない。

印象深い男性の肖像画が2点ある。マネ(1832~1883)の‘テオドール・デュレの肖像’とセザンヌ(1839~1906)の画商のヴォラールを描いたもの。デュレの絵は2010年に開館した三菱一号館美がオープニング展として開いたマネ展に出品されたから、この年は2回みたことになる。

セザンヌの人物画ではカード遊びの絵が最も気に入っているが、このヴォラールも図版で惹かれていた。セザンヌは肖像画を仕上げるときはモデルを長く拘束するのが常だが、ヴォラールは辛抱強くモデルをつとめた。

2012年国立新美で開催されたセザンヌ展に若いころの作品として展示されたのが‘四季’、日本で再会するとは思ってもいなかったが、異様なほど縦にのびた春の女性の体にまたもや視線を集中させた。これを見るとセザンヌは生来のカラリストだったことがわかる。

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2017.06.18

美術館に乾杯! プティ・パレ美 その一

Img    グラン・パレの向かい側にあるプティ・パレ美

Img_0001     クールベの‘黒い犬を連れた自画像’(1842~44年)

Img_0002     クールベの‘火事に駆けつける消防士’(未完成 1851年)

Img_0003     クールベの‘セーヌ河畔のお嬢さんたち’(1856~57年)

美術好きでパリへ毎年のように行っておられる方ならルーブルやオルセーのある一角は自分の庭のようなものかもしれない。パリの街がそう思えるようになりたいが、そううまくはいかない。まだエコール・ド・パリの拠点、モンパルナスにもモネが何度も描いたサン・ラザール駅に足を踏み入れてない。

広いパリのなかで土地勘がまああるのはセーヌ川を挟んでルーヴル、オルセー、グラン・パレなどがある狭い範囲。グラン・パレは大きな回顧展などが行われるところ。過去、クールベ展(2008年)とモネ展(2010年)を大混雑のなかみた。HPで定点チェックをしてないが、今年は誰の回顧展だろうか。

このグラン・パレの向かい側にあるのが1900年パリ万博のフランス館として使われのちに市立の美術館になったプティ・パレ。幸運にも2回訪れる機会があった。

ここの最も充実したコレクションはクールベ(1819~1877年)、2008年のクールベ展に遭遇したのは一生の思い出だが、作品の搬入が一番楽なのはプティ・パレの4点だったにちがいない。はじめてプティ・パレに入館した1991年のときはどういわけかクールベの印象が薄く何点みたか覚えてない。ところが、回顧展をみたのでクールベはかなり身近な存在になった。回顧展はかくも大きな力をもっている。

2010年に再度訪問したときはめぐりあわせがよくグラン・パレになかった‘火事に駆けつける消防士’に遭遇することができた。この絵は縦3.88m、横5.8mの大作でクールベがレンブラントの‘夜警’を意識して描いたもの。確かに2点は似た雰囲気がある。

自画像をみるたびにクールベのイケメンぶりに感心する。若いころの自画像が5,6点あるがどれも所蔵したくなるいい絵。そして、女性の肖像も心を揺すぶる。ちょっと離れたところから息をのんでみているような気持にさせられるのが‘セーヌ河畔のお嬢さんたち’、回顧展でも大勢の人が緊張した面持ちでじっとみていた。

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2017.06.17

美術館に乾杯! マルモッタン美 その三

Img_0001     モリゾの‘舞踏会の若い女’(1875年)

Img_0003     ルノアールの‘ヴィクトリーヌ・ド・べリオ嬢’(1892年)

Img     ドニの‘妻と娘の肖像’(1906年)

Img_0002     カイユボットの‘白と黄色の菊’(1893年)

2015年東京都美で開かれた‘モネ展’には、マルモッタンが所蔵するモネ以外のコレクションも出品された。目立つ存在ったのがルノワール(1841~1919)の描いたモネと妻カミーユの肖像2点。ほかにもブーダン、シニャックなどもでていたが、モネが主役の展覧会なのでこういうときは脇役の絵はあまり主張しすぎないものが並ぶ。

グッとくる作品に会いたければパリでブローニュの森をめざすといい。同じ女流画家でもカサット(1844~1926)に比べると関心度は半分のモリゾ(1841~1895)だが、マルモッタンにある‘舞踏会の若い女’は例外的に魅せられている。手元にある回顧展(2007年損保ジャパン美)の図録にはこれを上回る作品は載ってない。

ルノワールが描いた‘ヴィクトリーヌ・ド・べリオ嬢’は日本にはまだ一度もやって来てない。この女性は‘印象、日の出’などモネの作品をたくさん所蔵していた医師ド・べリオ(ルーマニア生まれ)の一人娘、彼女が印象派のパトロンであった父の収集したモネの作品をこの美術館に寄贈したため、ここがやがてモネの聖地となっていく。

ドニ(1870~1943)がブリュターニュ半島の港町ペロス=ギレックに滞在したときに描いた妻と娘マドレーヌの肖像画は強く惹かれる一枚。現代版の聖母子像でラファエロが重なってくる。どの赤ちゃんも動くものは人でも犬でもじっとみているが、この子の目線の強さはじつにリアル。

マルモッタンというとシカゴ美の至宝となっているカイユボット(1848~1894)の‘パリの通り、雨’の習作があった美術館と思いつく人は印象派の相当な目きき。

ここにはいい静物画もある。鮮やかな色彩が目に焼きつく‘白と黄色の菊’、風景画や肖像画に加え、カイユボットは静物画でも豊かな才能を発揮している。もっと長生きしていたら、もっとビッグな画家になっていたことだろう。

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