2021.12.07

Anytime アート・パラダイス! ターナー(1)

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 ‘雨、蒸気、スピードーグレート・ウエスタン鉄道’(1844年 ナショナルギャラリー)

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      ‘吹雪’(1842年 テート美)

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 ‘国会議事堂の炎上、1834年10月16日’(1834~35年 フィラデルフィア美)

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     ‘奴隷船’(1840年頃 ボストン美)

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   ‘レグルス’(1827~37年 テート美)

イギリスの画家でコンスタブルとともに最も愛されているのがターナー
(1775~1851)。日本では2013年に東京都美で待望のターナー
展があった。どの画家でも一度回顧展を体験すると、画風の特徴や画業の流
れがつかめるので画家との距離が一気に縮まる。ターナーが好きな人にとっ
てロンドンのテート・ブリテンはなにはおいても訪問しなくてならない美術
館。ここにはターナーのための特別の展示室が5つくらいあり、傑作の数々
がずらっと並んでいる。所蔵作品が多いため、定期的にローテーションさ
れターナーファンの目を楽しませてくれる。ミュージアムションㇷ゚では美術
館がつくったターナーの図録(英語版のみ)が販売されていたので、重たい
のを覚悟で購入した。

ナショナルギャラリーにある‘雨、蒸気、スピードーグレートウエスタン鉄道’
はたんに陸橋を渡る蒸気機関車が描かれた普通の風景画とはまったく異なる。
とにかく激しくスピードがある。それを感じるのは機関車の姿が先頭をはじ
め全体がはっきり描かれてなく、まわりの空気もぼやかされているから。
印象派のモネも列車が走るところをロングショットで描いているが、ターナ
ーのこのスピード感には叶わない。雨が降るなか列車は全速力で走って来て、
新幹線のように手前にすっと消えていく感じ。

ターナーはこの絵を描くため、実際の列車に乗り込み窓から身を乗り出して
10分以上過ごしたという。この体を張って自然のリアルな光景をつかむと
いう体験を‘吹雪’でも行っている。60過ぎのわが身をマストにしばりつけ嵐
のなかに蒸気船を出した。こうして、渦巻き、逆立つ光と大気、荒れ狂う嵐
の海が目に飛び込んでくる傑作が生まれた。ところが、人々は抽象画を思わ
せるような斬新さに戸惑い、拒絶しこう言った。‘何が描いてあるのかわから
ない。まるで石鹸の泡、ターナーはもうろくした’。この批判に対してターナ
ーは‘わからない、それがどうしたというのです。大事なことはただ一つ、
観る者に深い印象を与えられるかどうかです’と切り返した。

フィラデルフィア美にある‘国会議事堂の炎上、1834年10月16日’と
ボストン美でみた‘奴隷船’に魅了され続けている。ともにターナーのジャーナ
リスト感覚が描かせた作品。どちらも赤が強烈な印象を与えている。1834
年10月16日の夜、ロンドンの中心部にある国会議事堂が炎につつまれた。
その火の粉がまいがりこちらまで飛んできている。右のウェストミンスター
橋や川岸は大勢の人々で埋め尽くされ、この大惨事をみつめている。‘奴隷船’
はむごたらしい光景が描かれている。海に浮かんでいるのは航海中に病気に
なった黒人奴隷たち。そこに魚が群がっている。正面の太陽が空を真っ赤に
染めあげるなか、船は奴隷たちを見捨てて去っていく。これは1781年、
130人の奴隷が虐殺された‘ゾング号事件’をもとに制作されたといわれて
いる。

‘レグルス’は構図のつくりかたはクロード・ロランを意識しているが、太陽
の強い光を放射状にみせるのはターナー流。紀元前3世紀頃のローマの将軍
レグロスは敵国カルタゴとの軍事取引に失敗する。その罰として両まぶたは
切り取られ太陽の目をさらされたため盲目になった。これはこの逸話にもと
づいて描かれた。これほどまばゆいと皆、盲目になってしまいそう。

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2021.12.06

Anytime アート・パラダイス! コンスタブル(3)

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  ‘チェーン桟橋、ブライトン’(1826~27年 テート美)

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  ‘ブライトンの浜’(19世紀 V&A美)

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  ‘ウォータールー橋の開通式’(1832年 テート美)

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  ‘虹が立つハムステッド・ヒース’(1836年 テート美)

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  ‘コルオートン・ホールのレノルズ記念碑’(1833~36年 ナショナルギャラリー)

今年、三菱一号館美で開催されたコンスタブル展にはテート美が所蔵する海
景画の傑作がいくつも展示された。海景画でよく知られたクールベの波の絵
やモネの絵は人物が登場しないのに対し、コンスタブルの‘チェーン桟橋、
ブライトン’には浜辺で網の手入れをする漁師に混じって流行の服を着た人々
が海の景色を楽しんでいる。海岸線が向こう側にみえるチェーン桟橋と斜め
の角度をつくり、遠くのほうまで人が描かれている。この構図のとり方に魅
了される。ヴィクトリア&アルバート美にある‘ブライトンの浜’も海岸線を
同じようにとり、海と空の青の輝きでみる者の目を楽しませてくれる。

このチェーン桟橋がロンドンのウォータールー橋に置き替わったのが1832
年に発表された‘ウォータールー橋の開通式(ホワイトホールの階段、1817
年6月18日)’2つの絵はどちらもタイトルには桟橋や橋の名前がどんとつ
いているが、絵の見どころはこれではなく手前に描かれている。開通式は摂政
皇太子(のちのジョージ4世)によって催され、皇太子は大勢の人々が見守る
なか、左側のホワイトホールの階段から王室用の豪華な船に乗って右奥にみえ
るウォータールー橋の南端に向かって進んだ。ふと、ルネサンスのヴェネツィ
ア派の絵が頭をよぎった。

‘虹が立つハムシテッド・ヒース’は感慨深い絵。若い頃、3ヶ月くらいロンドン
に滞在したことあり、地下鉄ノーザンラインの終点エッジウエア―に住んでい
た。途中にハムステッド駅があり、当時ロンドンの駐在員で同じノーザンライ
ンに住んでいた大学時代の友人とよくここで降りて遊んだ。この駅のすぐ近く
に列車の停車駅ハムステッド・ヒースがある。俯瞰の視点で印象深いダブル虹
や風車が描かれたコンスタブルの絵をみると、昔のハムステッドはこんな風だ
ったのかと想像が掻きたてられる。

鹿は日本画ではお馴染みの動物だが、西洋画ではクールベの狩猟画や角をつき
あわせて闘争する鹿がすぐ思い出される。‘コルオートン・ホールのレノルズ記
念碑’では記念碑の前にいる鹿が主役。まず、ここに目がいき、うっかりすると
前のレノルズの胸像を見逃してしまう。コンスタブルは馬、牛、犬、ロバなど
を絵の中に登場させているので、動物が好きだったのかもしれない。

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2021.12.05

Anytime アート・パラダイス! コンスタブル(2)

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  ‘水門を通る舟’(1826年 ロイヤル・アカデミー)

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  ‘跳ねる馬’(1825年 ロイヤル・アカデミー)

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 ‘主教邸の庭から望むソールズベリー大聖堂’(1823年 V&A美)

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 ‘草地から望むソールズベリー大聖堂’(1831年 テート美)

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    ‘麦畑’(1826年 ナショナル・ギャラリー)

コンスタブルをもっとみたいと思うようになったきっかけは1998年、
東京都美であったテートギャラリー展。ここで‘フラットフォードの製粉場’
に大変魅了された。このあと、もう一度日本でいい絵に遭遇した。2003
年、六本木ヒルズの森美の開館記念展に出品された‘水門を通る舟’。この絵
も‘フラットフォードの製粉場’のすぐ近くで描かれており、川をさかのぼろ
うとして水門にさしかかった舟が水門が開かれて川面が水平になるのを待
っているところ。この主題で描かれた作品はいくつもヴァージョンがあり、
マドリードのティッセン・ボルネミッサ美やフィラデルフィア美でもお目
にかかった。

絵を所蔵しているロンドンのロイヤル・アカデミーにはこの絵のほかに
‘干し草車’に次いで有名な‘跳ねる馬’がある。舟曳き道に置かれた柵を跳び
越えようとしている馬の躍動感あふれる姿に惹きつけられる。2010年、
この絵がみたくてモネの連作展で訪問したことのあるロイヤル・アカデミ
ーに喜び勇んででかけたが、修復作業のため展示されてなかった。残念!
そのリカバリーが実現する時を待っているが、果たして。

そのショックを和らげてくれたのがアカデミーのあと向かったヴィクトリ
ア&アルバート美に飾ってあった‘主教邸の庭から望むソールズベリー大聖
堂’。13世紀と14世紀にゴシック様式で建設された聖堂で、このソール
ズベリー大聖堂はイングランドで最も高い尖塔をもっている。ソールズ
ベリー主教のフィッシャーから依頼をうけてコンスタブルはこの見栄えの
する大聖堂を描いた。左で杖で陽光に白く輝く尖塔を妻に示しているのが
主教。この主教はコンスタブルの友人でもあったのだが、この絵の出来映
えに満足しなかった。そこで、尖塔の上空をもっと明るくして描いたのが、
NYのフリックコレクションにある別ヴァージョン。そして、この本画と
ほとんど変わらないほど完成度の高い習作がメトロポリタンにある。こち
らは日本にやって来たことがある。

‘草地から望むソールズベリー大聖堂’は南からみたもので、V&A蔵とはち
がって大聖堂は中景に描かれ虹に囲まれるように美しい姿をみせている。
これはテート美の所蔵であるが、2010年のロンドン美術館巡りでどうい
うわけかナショナル・ギャラリーで遭遇した。壮大な風景画という感じで息
を呑んでみていた。この絵の横にあったのが縦長の‘麦畑’、喉がかわいたの
か地面にはいつくばって水をのんでいる少年とまわりにいる犬や黒いロバが
目に焼きついている。

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2021.12.04

Anytime アート・パラダイス! コンスタブル(1)

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   ‘フラットフォードの製粉場’(1816~17年 テート美)

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   ‘干し草車’(1821年 ナショナルギャラリー)
   
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   ‘白馬’(1819年 フリックコレクション)

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 ‘舟造り、フラットフォードの製粉場付近’(1815年 V&A美)

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 ‘ウェインヴァンホー・パーク、エセックス’(1816年 ワシントンナショナルギャラリー)

今年、展覧会をみるため美術館に足を運んだのはわずか3回。新型コロナの
感染の影響で美術と接する機会がこれほど少なくなると、名画は一体どこへ
いったのか、と悲観的な心境になっていく。だから、2月に三菱一号館美で
みた‘コンスタブル展’は希望の光を消せないでくれた有り難い特別展だった。

長いこと待っていたコンスタブル(1776~1837)の回顧展で目玉
作品のひとつだったのが‘フラットフォードの製粉場’。日本には2度目のお披
露目、前回みたのは1998年東京都美にあったテートギャラリー展なので
23年ぶりの対面となった。この間、ロンドンのテートブリテンに足を運ん
だが、どういわけかここでは姿がみえずほかの作品が並んでいた。海外の
ブランド美術館は人気の画家のいい絵をたくさん持っているのでローテーシ
ョンの関係でこうことはよくある。そのため、この絵については2回とも
日本でみるという不思議なことがおこった。そんなこともあり最も気に入っ
ている絵になった。

ナショナルギャラリーにも大変有名な絵がある。‘干し草車’が描かれたのは
‘フラットフォードの製粉場’同様、コンスタブルの故郷、サフォーク州の田園
風景。川の水辺に一軒の農家が建っていて浅瀬には干し草を積む荷車が乗り
入れている。夏の光が川面や木の葉に反射する描写がとても印象的で牧歌的
な風景画が心を和ましてくれる。絵はフランスの画商に買われ、1824年
のパリのサロン(官展)で金メダルをとり、海外での評価が高くなったのに、
本国のイギリスではさっぱり売れなかった。風景画というジャンルがまだ低
く見られており、ありふれた農村は人々の興味を引かなかったのである。

アメリカの美術館もコンスタブルの傑作を所蔵している。魅了されているの
はNYのフリックコレクションにある‘白馬’とワシントンのナショナルギャ
ラリー蔵の牛と白鳥が主役をつとめている‘ウェインヴァンホー・パーク、
エセックス’。どちらもどこにでもあるような風景で絶景と唸らせるほども
場所ではない。でも、光の描写、白い雲の描き方による美しい風景と感じ
られる風景画をうみだした。これがとても新鮮にだった。
ヴィクトリア&アルバート美でみた‘舟造り、フラットフォードの製粉場付近’
は中央に置かれたつくりかけの舟の存在感がまわりに小さく描かれた人々に
よって大きくなっている。

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2021.12.03

Anytime アート・パラダイス! コルモン カザン

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  コルモンの‘カイン’(1880年 オルセー美)

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 カザンの‘一日の仕事の終わり’(1888年 オルセー美)

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  メッソニエの‘フランス戦役、1814年’(1864年 オルセー美)

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 リボの‘殉教者聖セバスティアヌス’(1865年 オルセー美)

美術史全般にわたって通じている美術史家や研究者とは違い、趣味で絵画を
楽しんでいるとどうしても好きな絵だけで絵画の世界がまわっていると思い
がち。だから、はじめてのオルセーでは頭のなかは大半がモネやルノワール
らの印象派とゴッホ、ゴーギャンの傑作で占領されている。これが訪問を重
ねるとほかの画家にも注意が向かうようになり、画家の名前はしっかり覚え
られないが絵の印象は強く残るものがでてくる。

コルモン(1845~1924)の‘カイン’はそんな絵のひとつ。この絵が忘
れられないのは画面の大きさ、縦5.8m、横7mの特大画面に先史時代の人
々が逞しい姿で描かれている。じっとみていてすぐ思い浮かぶ絵があった。
それは青木繁の有名な‘海の幸’(1905年 ア―ティゾン美)。コルモンの
絵のほうが先なので青木繁はこれを知っていて、銛で仕留めた獲物を担ぐ漁師
に変奏したのだろうか。

Bukamuraであったミレー展(2003年)に一緒にやって来たのがカザン
(1841~1901)の‘一日の仕事の終わり’。オルセーでは存在感が薄か
ったのに、絵の前で思わず足がとまった。タイトル通りの光景で重労働の仕事
を終えた農夫が母親から乳をもらう赤子を愛しそうにみている。カザンは
1881年に描かれたシャヴァンヌの‘貧しき漁師’を意識したにちがいない。
どことなく似た雰囲気が漂っている。絵の描かれた1888年というと、
ゴッホの‘アルルのはね橋’、‘夜のカフェテラス’やゴーギャンの‘説教のあとの
幻影’が生まれた年。同じ年にカザンの絵が存在したことに気づくようになった。

メッソニエ(1815~1891)のナポレオンを描いた‘フランス戦役、
1814年’はダヴィッドら新古典主義のナポレオンの流れで目にとまったが、
画家の名前は知らないまま。リボ(1823~1891)の‘殉教者聖セバステ
ィアヌス’はカラヴァッジョが近代に蘇ったよう。この時期フランスでこんな
絵が描かれていたとは。

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2021.12.02

Anytime アート・パラダイス! ドーミエ

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    ‘洗濯女’(1863年頃 オルセー美)

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   ‘三等車’(1862~64年 メトロポリタン美)

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  ‘蜂起’(1848年以降 フィリップス・コレクション)

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  ‘クリスパンとスカパン’(1864年頃 オルセー美)

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   ‘国会議員達’(1832年 オルセー美)

念願のオルセーへ喜び勇んで入館したときは、頭の中は教科書や美術本に載
っている画家で満杯状態。クールベ、ミレー、マネ、モネ、ルノワール、
セザンヌ、ドガ、ロートレック、スーラ、ゴッホ、ゴーギャン、アンリ・
ルソーを興奮しながらみた。だから、ほかに画家のついては注意が向かわず
、‘見れど見ず’のため記憶にあまり残ってない。絵画趣味が入口の段階では
こういう結果になる。

ドラクロアより10年後に生まれたドーミエ(1808~1879)の油彩
画やインパクトのある彫刻を落ち着いてみれたのは2回目以降のこと。目に
焼きついているのはガラスケースのなかに飾られている油絵具で彩色され
た粘土の胸像‘国会議員達(中道政治体制の著名人)’。社会風刺画がそのまま
彫刻になっているので、‘この政治家は権力欲で凝り固まっているな、この男
は何を企んでいるのか、’といった具合に民衆の側に立った視点でみてしまう。
この36体の連作がドーミエとのつきあいのはじまりだった。

でも、縁のあった油彩はほんの片手くらいしかない。お気に入りは‘洗濯女’。
主役はお母さんではなく、急な階段を登ってきた子ども。この動きのある
人物描写が心をとらえて離さない。ここにはミレーの‘編物のお稽古、Ⅰ’と
同じような優しい空気が流れている。一方、メトロポリタンにある‘三等車’は
急激な工業化が生んだ近代社会の‘光と影’が表現されている。列車は様々な人
たちで満席、車窓からの光が浮き彫りにしているのは村から町に卵を売りに
行く老女と乳飲み子をかかえた母親。お婆さんの横では孫の男の子が眠って
いる。今、昔の日本映画をみているが、こんなシーンがよくでてくる。

ワシントンのフィリップス・コレクションが所蔵する‘蜂起’も忘れられない
ドーミエ。1848年の革命とルイ=フィリップ退位に着想を得たものだが、
視線が集中するのは右手をあげる男性。スケッチ風にざざっと描かれてい
るのに、蜂起した人々の感情の激しさがバシッと伝わってくる。光のあたる
人物と暗闇の人物を上手くバランスさせて革命のエネルギーを強く表現する
ところがドーミエ流。‘クリスパンとスカパン’は劇場の照明でも光のコント
ラストを使い役者の顔のデフォルメぶりを際立たせている。

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2021.12.01

Anytime アート・パラダイス! ルパージュ

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  ‘干し草’(1877年 オルセー美)

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 ‘10月、じゃがいもの収穫’(1878年 ヴィクトリア国立美)

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  ‘乞食’(1880年 ニューカールスベア美)

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  ‘登校する娘’(1882年 アバディーン市美)

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  ‘眠りこけた小さな行商人’(1882年 トゥルネー美)

2018年、北欧へでかけたとき念願のノルウェーのフィヨルド見学だけで
なく、絵画の鑑賞でも収穫がたくさんあった。オスロ国立美でお目当ての
ムンクの‘叫び’に200%感動しただけでなく、最初の訪問地、デンマーク
の首都コペンハーゲンにあるニューカールスベア美も一生の思い出になった。
事前の必見リストに載せていたニューカールスベア美の名画はゴーギャンと
マネだったが、ほかにもビッグなオマケが続々と登場したのでここが一級の
絵画コレクションを所蔵する美術館であることがだんだんわかってきた。

そのオマケのひとつが1880年から1890年の10年間にフランスで
発達した自然主義を代表する画家ルパージュ(1848~1884)の‘乞食’。
大きな画面に存在感のある乞食が中央に立ち姿で描かれている。すぐには
画家がわからなかったのでプレートをみたら、あのオルセーにある‘干し草’
の画家だった。クールベ、マネ、印象派が描く人物画や風俗画は近代の感性
が前面にでてくるので身近な感じになってくる。モネより4歳年下のルパ
ージュはマネの表現なども吸収しながら、農民や老人や子どもたちをはっと
するほどのリアルさで描写した。

出世作となった‘干し草’はミレーの農民画とは違い宗教的で静かすぎること
もなく、農村に生る人々を真正面から大きくとらえているが、この絵の翌年
に描かれた‘10月、じゃがいもの収穫’も同じ調子で画面にリズムがあり元気
に働く女性の姿に共感をおぼえる。手前に女性を大きく描き、そのむこうは
ロングショット感覚の構成なので広々した農村のイメージがつかみやすい。

1882年に制作された‘登校する娘’は強い目力と美女ぶりにあっけにとら
れる。同じフランス人のマネやルノワールの女性画にはこんな雰囲気はなく、
似ているのはロシアの画家やベルギーのフレデリック。‘眠りこけた小さな
行商人’は貧しい環境なのに明るい表情をみせる男の子を描いたスペインの
ムリーリョの絵を彷彿とさせる。疲れたせいかつい寝入ってしまったこの子
の表情が忘れられない。

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2021.11.30

Anytime アート・パラダイス! ブルトン ボヌール

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  ブルトンの‘落穂拾いの召集’(1859年 オルセー美)

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 ブルトンの‘アルトワ地方の小麦の祝別祭’(1857年 アラス美)

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     ブルトンの‘泉にて’(1892年 カンペール美)

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  ボヌールの‘二ヴェルネ地方の耕作’(1849年 オルセー美)

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 トロワイヨンの‘シュレンヌの丘の眺め’(1859年 オルセー美)

海外の美術館でも東博のように何度も足を運べるようになると美術鑑賞がた
まらなく楽しくなるのだが、そう簡単には事は進まない。もし、そんな夢が
叶ったらどの美術館を定番にするか。それはもう決めてある。気軽に行ける
国で好きな絵がたくさんある美術館というと、やはりパリのルーヴル、オル
セー、そしてNYのメトロポリタン。このなかで順番を一番にしたいのは新
しくなった展示スタイルをまだみてないオルセー。

ときどきみる美術館の図録には過去の鑑賞では目に力が入ってなかったが、
今ならたぶん熱心にみる絵が載っている。その筆頭がブルトン(1827~
1906)の‘落穂拾いの召集’。ミレーも同じ落穂拾いを描いているが、こち
らは大勢の女性たちが集団で作業にとりくんでいる。視線が集中するのは
中央の前向きの3人。集めた落穂の束を頭の上に置いたり脇に抱えている女
たちはに宗教画にでてくる天使のように思えてくる。

‘アルトワ地方の小麦の祝別祭’はイギリスのフリスの‘ダービーの日’とか
レーピンの‘クールスク県の十字架行進’がすぐむすびつく大作。こういう絵は
農村の生の感覚はよくでているので、なんだか行列のすぐ近くでみているよ
うな気になる。‘泉にて’も息を呑んでみてしまう。岩からあふれでる水を汲み
水瓶を頭にのせるこの女性はギリシャ彫刻でよく目にする女神像のよう。

牛の力強い姿がどんと目に入ってくる‘ニヴェルネ地方の耕作’を描いたのは
女流画家のローザ・ボヌール(1822~1899)。彼女は動物画を得意
としていたが、この時代、女性が一人で外を出歩くことは許されなかった。
パリ郊外で開かれた馬の市を描きたくなったローザはズボンをはき男装をし
てでかけ思いをとげた。トロワイヨン(1810~1865)の‘’シュレンヌ
の丘の眺めはコンスタブルが頭をよぎるが、広々とした青空の構図と日に照
らされた人物や馬の写実的な描写がなかなかいい。

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2021.11.29

Anytime アート・パラダイス! ルソー ドービニー

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 ルソーの‘ノルマンディーの市場’(1830年代 エルミタージュ美)

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 ルソーの‘グランヴィル近郊の眺め’(1833年 エルミタージュ美)

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 ルソーの‘ランド地方の農園’(1844~67年 クラークコレクション)

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 ドービニーの‘沼、ロンプレの近く’(1870年 ルーヴル美)

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  ドービニーの‘ボッタン号’(1869年)

ルソーという名の画家は2人いるが、最初に覚えるのはバルビゾン派の風景画
家、テオドール・ルソー(1812~1867)のほう。オルセーを訪問する
と何点かみれるるので印象派の前に光が描写された風景画としてひとまず心に
刷り込まれる。だが、モネのような強烈な光で色彩が輝く感じではないので前
のめりになることはない。だから、コローの風景画と似たりよったりの受け止
め方が続くが、そのイメージがいい意味で壊されることが2度あった。

1回目の‘センス・オブ・ワンダー’は1999年、サンクトペテルブルクのエル
ミタージュ美でみたルソー。‘ノルマンディーの市場’はオルセーやルーブルに
あったルソーのイメージとまるで異なっていた。小品だが木々がなく建物と
市場に集まる人々の光景が力強く描かれていた。そして、‘グランヴィル近郊の
眺め’は思わず足がとまるほどいい絵。この農村の一角は地面に傾斜があったり
凹凸ができているので静かな空気が流れているのにどこか動きのある情景にみ
えてしまう。

三菱一号館美で開催されたアメリカのクラークコレクション展に出品された
‘ランド地方の農園’は画面の大半を占める木々の向こうにみえる青空はとても明
るく透明感があるため、印象深い風景画として深く記憶された。2回目のルソ
ーとの感動の対面は2018年の北欧旅行でおきた。その絵はデンマーク・
コペンハーゲンにあるニューカールスベア美に展示されていた‘モンブラン:
嵐の効果’、びっくりするほど大きな絵で遠くに描かれた雪をいただいたモンブ
ランが嵐のせいで揺れ動いているようだ。こんないい絵がルソーにあったとは!
この絵でルソーの評価がぐんと上がった。

2年前、新宿の損保ジャパン日本興亜美で以前から気になっていたドービニー
(1817~1878)の回顧展が開かれた。バルビゾン派の中核メンバーの
ドービニーが60点もならぶのは日本でははじめてのこと。収穫の作品はセー
ヌ川やオワーズ川を航行したアトリエ船、‘ボッタン号’を描いたもの。コロー的
なところやコンスタブル調の描き方がいろいろ浮かんでくる。この回顧展の前
は鑑賞作品が極めて少なく、ルーヴルにある‘沼、ロンプレの近く’にみられる沼
の水面の反射の表現に視線が釘付けにされていた。

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2021.11.28

Anytime アート・パラダイス! コロー(3)

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   ‘真珠の女’(1858~68年 ルーヴル美)

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   ‘青い服の婦人’(1874年 ルーヴル美)

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   ‘鎌を手にする収穫の女’(1838年 ボストン美)

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  ‘森の中の若い女’(1865年 ア―ティゾン美)

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 ‘アゴスティーナ’(1866年 ワシントンナショナルギャラリー)

回顧展を一度経験すると画家との距離がぐんと近くなる。コローが森と並ん
で描いたのが女性像。でも、魅力的な肖像画がいくつもあることに気づかせ
てくれたのは2008年西洋美で開催されたワールドクラスのコロー展。
ここに登場した‘真珠の女’と‘青い服の婦人’(ともにルーヴルの所蔵)に魅了
され続けている。ルーヴルでコローが展示されているシュリー翼の3階は
一通りまわったが、2点とも姿をみせてくれなかった。どうしてなかったの
だろう? だから、西洋美では息を呑んでみていた。

どこか哀愁を漂わる‘真珠の女’は明らかにダ・ヴィンチの‘モナリザ’を意識し
て描かれている。手を組み合わせたポーズは‘モナリザ’だが、この若い娘の顔
はラファエロの描いた‘ヴェールを被った婦人の肖像’(1514年 ピッティ宮殿
)から着想を得ている。こんなすばらしい女性画をコローが描いていたとは!
女性の絵は情報がまったく消えていた。‘青い服の婦人’はコローが亡くなる
1年前の作品。マネの肖像画となんら変わらないモダンな感じが心をとらえて
離さない傑作である。左手に扇子をだらっともった美形の婦人のどこか物思い
にふけるような姿は胸を打つ。

一方、明るいキャラクターの女性はモデルになった‘鎌を手にする収穫の女’は
ふだんTVのバラエティやドラマに出演する女性と会っているような気分。
仕事の手を休めて休息している農民がこれほど愛嬌がある女性だと、つい調子
に乗ってお手伝いを申し出たくなる。‘その鎌を渡して、あそこをザァーっと
刈ってくるから’。ア―ティゾン美(旧ブリジストン美)にある‘森の中の若い
女’は回顧展の前に知ってはいたものの小品なのでいつもさらっとみていたが、
不思議なことにコロー展効果でこの笑顔が忘れられなくなった。

ワシントンにあるナショナルギャラリーでは見ごたえのある女性の肖像画‘アゴ
スティーナ’に遭遇した。この絵も回顧展の後だったので、事前につくった必見
リストに載せていた。果たして、ギリシャ彫刻の連想させる女性が優しい自然
を背景にしてポーズをきめていた。ボストン、フリック・コレクション同様、
ナショナルギャラリーもいいコローをしっかり蒐集している。

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