2021.02.27

美術館に乾杯! 国立西洋美術館 その四

Img_0001_20210227220901
        コローの‘ナポリの浜の想い出’(1872年)

Img_20210227220901
        モローの‘牢獄のサロメ’(1876年)Img_0004_20210227220901
  ゴーギャンの‘海辺に立つブルターニュの少女たち’(1889年)

Img_0002_20210227221001
     セガンティーニの‘羊の剪毛’(1884年)

Img_0003_20210227221001
        ムンクの‘雪の中の労働者たち’(1910年)

回顧展に遭遇したことでその画家に対する評価がぐんと上がることがある。
そのエポック的な体験となったのが2008年、西洋美で開催されたコロー
(1796~1875)、2013年のカイユボット(ア―ティゾン美)、
2016年のメアリー・カサット(横浜美)。コローについては名前は知
ってはいたがのめりこむほど魅せられてはいなかった。でも、それは作品
に接した回数が少なかったからだと回顧展をみてわかった。

展覧会の目玉となった‘モルトフォンテーヌの想い出’やダ・ヴィンチのモナ
リザを彷彿とさせる‘真珠の女’(ともにルーヴル蔵)をパリではみた覚えが
なく、東京で感心しているのだからまったくズレた絵画鑑賞をしていたこ
とになる。人物入りの風景画‘ナポリの浜の想い出’もなかなかいい。

2年前、汐留美術館で回顧展が開かれたモロー(1826~1898)。
日本の美術館では大原、ア―ティゾン、横浜にもあり、西洋美が所蔵して
いるのはモローの代名詞ともなっているサロメ。この‘牢獄のサロメ’はヨハ
ネ斬首のヴァリエーションの1枚、左奥でヨハネの首が斬り落とされようと
している。

セガンティーニ(1858~1899)の‘羊の剪毛’やムンクの大きな絵‘雪
の中の労働者たち’にお目にかかれるのは嬉しいかぎり。大原にある‘アルプ
スの真昼’でセガンティーニの名前がインプットされ、とても気になる画家
になった。夢はスイスのサンモリッツにあるセガンティ-二美にでかけ‘生’、
‘自然’、‘死’の‘アルプス三部作’をみること。果たして、実現するだろうか。
ムンクは一足先にオスロで‘叫び’に対面し、長年の思いの丈を叶えた。この
ため労働者を描いた絵にも敏感に反応する。

西洋美が主催した印象派・ポスト印象派展で忘れられないのは1988年
にあった‘ジャポニスム展’、1994年の‘バーンズコレクション展’、そして
2009年の‘ゴーギャン展’。趣味はなんでも長く続けているとときどき信
じられないような出来事にぶちあたる。ゴーギャン(1848~1903)
の代表作、‘我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか’
(ボストン美)が日本でみれるのだから天にも昇る気持ち。‘海辺に立つブル
ターニュの少女たち’もしっかり主役をひきたてていた。

| | コメント (0)

2021.02.26

美術館に乾杯! 国立西洋美術館 その三

Img_20210226215801      ラ・トゥールの‘聖トマス’(1615~24年)

Img_0001_20210226215801   グエルチーノの‘ゴリアテの首を持つダヴィデ’(1650年頃)

Img_0003_20210226215801      レーニの‘ルクレティア’(1638年)

Img_0002_20210226215801     マンフレ―ディの‘キリストの捕縛’(1613~15年)

西洋美にしろ東京都美にしろ国立新美にしろ、ウフィツィやプラド、ルー
ヴル、エルミタージュ、ウィーン美術史美のコレクションを順繰りに取り上
げる特別展が開催されることが多く、西洋絵画におけるかなりの数の古典画
の傑作にお目にかかることができた。だが、ルネサンスの後に花開いたバロ
ック絵画に焦点をあてた大きな回顧展はなかなか実現しなかった。

この流れを変えたのが西洋美。21世紀に入りグローバルレベルの一級のバロ
ック展をたてつづけに開催した。
★ラ・トゥール展(2005年)
★グエルチーノ展(2015年)
★カラヴァッジョ展(2016年)
★ルーベンス展(2018年)

こういう展覧会に遭遇すると流石、西洋美という感じがする。海外のブランド
美のように誰もが知っていて人気の高い画家の作品を多く所蔵しているわけで
はないのに、特別展が行えるというのは西洋美にラ・トゥール(1593~
1652)の‘聖トマス’やグエルチーノ(1591~1666)の‘ゴリアテの
首を持つダヴィデ’があるということも大きな強みとなっている。

2016年の展覧会シーンで話題を独占したカラヴァッジョ展に出品された
カラヴァッジェスキのマンフレーディ(1582~1622)の‘キリストの
捕縛’も西洋美の所蔵。平常展に展示されているときとは違ってカラヴァッジョ
の傑作と一緒に飾られるとみちがえるような輝きを放つ。これが回顧展のマジ
ック。同じことがグエルチーノ展に登場したレーニ(1575~1642)の
‘ルクレティア’にもいえる。こんないい絵が平常展に飾ってあった?!となる。

| | コメント (0)

2021.02.25

美術館に乾杯! 国立西洋美術館 その二

Img_0004_20210225222501
      モネの‘睡蓮’(1916年)

Img_0002_20210225222501
  ルノワールの‘アルジェリア風のパリの女たち’(1872年)

Img_0003_20210225222601
        マネの‘ブラン氏の肖像’(1879年)

Img_20210225222601
     シニャックの‘サン=トロペの港’(1901年)

Img_0001_20210225222601
       スーチンの‘狂女’(1920年)

西洋美にある西洋絵画でもっとも有名なのはモネ(1840~1926)の
絵。‘睡蓮’をはじめとして‘ポプラ並木、夏’、`セーヌ河の朝、雨’、‘舟遊び’な
ど一級のモネがずらっと揃っている。このうち‘ポプラ並木’と‘セーヌ河’は
1990年ロンドンのロイヤルアカデミーで開催されたモネの連作にスポッ
トあてた大回顧展に出品された。

入館が3時間待ちとなるほどの大盛況だったが、日本の美術館からもこの2
点を含めて6点展示されていたのでびっくりした。モネのコレクションで名
高いオルセー、メトロポリタン、ボストン、シカゴなどと一緒に西洋美蔵が
ならんでいるのだからちょっと誇らしい気持ちになった。

ドラクロアの絵を彷彿とさせるルノワール(1841~1919)の‘アル
ジェリア風のパリの女たち’も目に焼きついている。ここをはじめて訪問と
きはア―ティゾン同様、印象派の作品の質の高さに感激した。日本でこん
な大きなルノワールがみれるとは。流石、松方コレクションである。
マネ(1832~1883)の‘ブラン氏の肖像’も立派な肖像画。ところが、
女性の肖像ばかりに心が寄っていたのでファーストステージでは印象が薄い。
ところが、いつもの鑑賞パターンだが肖像画をみる回数が増えるとともに
この絵の価値がぐんと上がってきた。

日本にあるシニャック(1863~1935)でベストワンは‘サン=トロペ
の港’かもしれない。絵のサイズが大きいのと点描の色の輝きと巧みな構図で
とらえた活気のある港の光景が目を楽しませてくれる。スーチン(1893
~1943)の‘狂女’も忘れられない絵。スーチンはお目にかかる機会が少な
いので、西洋美でこの絵に遭遇したのはひとつの‘事件’がおこったようなもの。

| | コメント (0)

2021.02.24

美術館に乾杯! 国立西洋美術館 その一

Img_0005_20210224222801

Img_0003_20210224222801
     クールベの‘波’(1870年)

Img_0002_20210224222801
         ミレーの‘春’(1865年)

Img_0001_20210224222801
     ロセッティの‘愛の杯’(1867年)

Img_20210224225101
        ミレイの‘あひるの子’(1889年)

昨年、新コロナ感染がちょっと落ち着いたとき西洋美のロンドンナショナル
ギャラリー展をみてきた。ナショナルギャラリーの傑作コレクションがやっ
と世界の美術館で公開されることになり、そのスタートが日本に決まったの
にタイミングは最悪だった。でも、だいぶ遅れたが開幕にこぎつけたので
なんとか恰好はついた。目玉のゴッホの‘ひまわり’やレンブラントの自画像
など名画がずらっと並ぶと、絵画の力はつくづく凄いなと思う。

同時に、作品を展示する場となる美術館についてもあらためてその存在の大
きさを認識する。パリのルーブル&オルセー、あるいはナショナルギャラリ
ーにあたるのが西洋美。ここへは数えきれないほどきているが、企画展をみ
たあとはほかへのまわる都合があるので平常展をみてまわる余裕がない。
またでかけるようになれば松方コレクションを存分に楽しむことにしている。

クールベ(1819~1877)をはじめてみたのは西洋美と大原にある波
の絵とア―ティゾンが所蔵する雪の鹿を描いたもの。西洋絵画への道はクー
ルベやモネによって開かれたといっていい。だから、この‘波’は感慨深い。
ミレーというとまず思い浮かぶのは山梨県美にある‘種まく人’。‘春(ダフニ
スとクロエ)’はミレーに再度感激した作品。びっくりしたのは画面の大きさ、
縦2.4m、横1.3m。これは美術館の宝のひとつ。

日本の美術館でラファエロ前派の絵に接することができるのはごく限られて
いる。ロセッティ(1828~1882)の‘愛の杯’は一瞬、ロンドンのテー
トブリテンにいるような気にさせてくれる作品。この絵の前ではいつもうっ
とりながめている。ミレイ(1829~1896)の‘あひるの子’は子ども画
の傑作。

| | コメント (0)

2021.02.23

美術館に乾杯! 日光東照宮

Img_0005_20210223224101

Img_20210223224101
     国宝 日光東照宮 陽明門(1636年)

Img_0004_20210223224201
     陽明門の牡丹彫刻

Img_0002_20210223224201
     神厩・欄間の彫刻 三猿

Img_0003_20210223224201
     東廻廊の彫刻 眠猫

Img_0001_20210223224201
     本地堂内陣天井の鳴龍

美術の教科書に登場するお寺、神社などの建築物は一度はみておきたいもの。
そのなかで絢爛豪華な黄金の輝きに圧倒されるものは一生目に焼きつく。
西では京都の金閣寺がその筆頭であり、東だと日光東照宮。東洋のバロック
建築と呼ばれる東照宮へは3回でかけた。ディズニーランドの熱狂的なファ
ンなら年間のうちかなりの日数を園内のアトラクションで楽しむのだろうが、
日光が1時間くらいで到着するのなら東照宮でも同じような行動をとるかも
しれない。

終日ながめていても飽きないため‘日暮門’とも呼ばれる‘陽明門’はありとあら
ゆる彫刻装飾で覆い尽くされている。獅子、莫、龍の彫物、組物の間や花頭
窓の羽目板などにパネル状に組み込まれた仙人像、牡丹などの植物、雲が漆
や胡粉、鮮やかな色によって塗り立てられている。全国から集められた最高
レベルの技をもった職人たち、大量に投入された木材、顔料、漆、、
徳川幕府の権力、財力をこれでもかとみせつけられる。ここでは政治と美術
が密接につながっている。

東照宮へ来たら見逃せない彫刻が二つある。欄間に彫刻された三猿、‘見ざる、
聞かざる、言わざる’のユーロラスな姿は都合が悪くなったらこれがすぐ頭に
浮かぶほど日本人にとってはリスク回避の常套手段になっている。もうひと
つ有名なのが眠猫。名匠、左甚五郎の作といわれている。目を閉じる猫とい
うのがおもしろい。

陽明門の左手にある本地堂の内陣天井に描かれた雲なしの龍。頭の下で拍手
をすると龍が鳴いているような金鈴の音が響きわたるので‘鳴龍’と呼ばれてい
る。最初に和尚さんが完璧な拍手で手本をみせてくれるから、それに続いて
2回はやってみる。びんびん響くので調子に乗ってさらに2回。楽しい思い
出である。    

| | コメント (0)

2021.02.22

美術館に乾杯! 三内丸山遺跡

Img_20210222223101

Img_0003_20210222223101
     復元された6本の巨大列柱と大形竪穴住居(縄文時代)

Img_0004_20210222223201
     ‘板状土偶’(重文 前3000~2000年)

Img_0001_20210222223201
       ‘土器’

Img_0005_20210222223201
       ‘硬玉(ヒスイ)の大珠’

Img_0002_20210222223201
       ‘縄文ポシェット’

1994年に発見され大きな話題になった三内丸山遺跡には関心を寄せてい
たが、青森からシャガールが巨大な舞台装飾画を見に来いと呼んでくれた
だけでなく瓢箪から駒がでるようにビッグなオマケまでつけてくれた。
青森県美のすぐ近くという申し分のない所に5000年前の縄文遺跡がある
のだから、野球でいうと豪華なダブルヘッターをみるようなもの。

遺跡で目を釘づけにするのが直径1mのクリの巨木を使った6本柱。高さは
15m、大型の高床建物という説や望楼、見張り台、柱を建て祭りを行った
というトーテム・ポール説などが議論されている。大形の竪穴住居は長さ
32m、幅10m。共同作業場とか集会所、冬の共同家屋が考えられている。

出土した土偶の数は1600点にのぼる。その板状土偶のなかに壊れないで
すべてが残っているいるものがあり、叫び顔を思わせるので‘叫ぶ土偶’と呼
ばれている。つくられたのは縄文時代中期の前3000年~前2000年の
頃。土器の形は三内丸山が栄えた縄文時代中期には前期に比べてだいぶ意匠
が装飾的になっている。

遺跡からは硬玉(ヒスイ)、黒曜石など産地が遠くにあるものが出土されて
おり、既に広範囲に交易が行われていたことを物語っている。ヒスイは新潟
県の糸魚川付近から運ばれてきたもの。そして、目が点になるのがおしゃれ
アイテムのポシェット。イグサ科の植物で織られていて、なかには半分に割
れたクルミが入っていた。


| | コメント (0)

2021.02.21

美術館に乾杯! 青森県立美術館

Img_0001_20210221222701

Img_0003_20210221222701
     シャガールの‘月光のアレコとゼンフィラ’(1942年)

Img_0004_20210221222701
     シャガールの‘カーニヴァル’(1942年)

Img_0005_20210221222701
   シャガールの‘サンクトペテルブルクの幻想’(1942年)

Img_0002_20210221222701
      奈良美智の‘あおもり犬’(2006年)

Img_20210221222701
          棟方志功の‘御吉祥大辨財天御妃尊像図’(1966年)

Img_0006_20210221222801
         工藤甲人の‘夢と覚醒’(1971年)

青森県美は2006年7月に開館した。これを記念して開催されたのが
シャガール展。なんとこの美術館はシャガール(1887~1985年)がア
メリカに亡命しているときに描いたバレエ‘アレコ’の背景画の3点を所蔵して
いるのである。フィラデルフィア美にあるもう1点も一緒に展示するという大
イベントが繰り広げられることになった。これは見逃せない。9月、東北自動
車道を走り青森をめざした。

この舞台装飾画は高さ9m、幅15mの大画面、‘月光のアレコとゼンフィ
ラ’(1幕)、‘カーニヴァル’(2幕)、‘ある夏の午後の麦畑’(3幕)、‘サンク
トペテルブルクの幻想’(4幕)。青森でこんなすばらしいシャガールがみれる
とは!日本は本当に美術大国、いつか国立新美に飾ってくれないかと心から願
っている。

ここではサプライズがまだあった。弘前出身の奈良美智(1959~)の立体
作品‘あおもり犬’が屋外トレンチに設置されていた。ディズニーのアニメにでて
くる犬のように愛嬌があり、ずうたいも高さ8.5mと超特サイズだから見る
者は大きく癒され心配事がふっとんでいきそう。棟方志功(1903~
1975)の弁財天を描いた肉筆画にも大感激。これまでみた志功の仏画では
これがNO.1。やはり地元にはいいのがある。

青森県出身の工藤甲人(1915~2011)の‘夢と覚醒’は以前から目をつけ
ていた作品。シャガール展のおかげで対面が実現した。これは‘昭和の日本画
100選’(1989年、朝日新聞社主催)に選ばれており、画家の代表作。
ぱっとみてすぐ浮かぶ西洋の画家がいる。シュルレアリストの元祖ボスとマッ
クス・エルンスト。枯木のほこらにいる半身の女性はボスの‘快楽の園’を連想
させる。枯木のインパクトのあるフォルムに視線が集中するが、その上をみる
と蝶々が2羽飛んでいる。このあたりは日本画伝統の花鳥画のアレンジ。

| | コメント (0)

2021.02.20

美術館に乾杯! 棟方志功記念館

Img_0005_20210220223401

Img_20210220223401
       ‘花矢の柵’(1961年)

Img_0004_20210220223401
      ‘’華狩頌’(1954年)

Img_0001_20210220223501
     ‘宇宙頌 東西の柵’(1953年)

Img_0002_20210220223501
     ‘門世の柵’(1968年)

Img_0003_20210220223501
     ‘御鷹図’(1963年)

旅行に出かけるきっかけはいろいろあるが、‘思い立ったが吉日!’ということ
が作用して遠くまで行くことがある。2006年クルマで青森をめざしたと
きはこの気分だった。お陰で本州の一番北にある青森の県立美、棟方志功
記念館、三内丸山遺跡を訪問することができた。青森市生まれの棟方志功
(1903~1975)の板画に魅了され続けている。最近は回顧展に遭遇
しないが、棟方の情報が入ってくれば首都圏なら足を運ぶことは200%決
めている。

これまで棟方の版画を楽しんだのは日本民藝館、倉敷の大原美、鎌倉の棟方
板画館(現在は閉館)、そして青森の記念館。たびたび行われる回顧展に縁
があったので竹久夢二同様、図録の数が断トツに多い。版画という性質上同
じ作品をこれらの美術館が所蔵していることがあるが、そのほかにそこの館
にしかないものがある。背景の黄色によって黒で描かれた馬や人物が浮き上
がっている‘花矢の柵’は記念館でしかみれないもの。県庁舎玄関の上を飾って
いる壁画の原画で縦2.5m、横7.1mの大きな木版。本家の棟方館だから、いい
絵がある。モノクロの‘華狩頌’といっしょにみると馬の躍動感に感動する。

ボディペインティングというのは前衛芸術ではよくみられる手法。これを
連想させる‘宇宙頌’も女性の体の力をぐんと感じさせる作品。画面の上下に体
を密着させて飛んでいる二人の女性は白い顔に青や赤の模様をつけて楽しん
でいる。こういうのに外国人コレクターはとびつく。歌麿の大首絵のような
色香をふりまいているのが‘門世の柵’。色白の肌、大きな目、真っ赤なほっぺ、
棟方のヴィーナスに乾杯!

志功が好んで描いた生き物が鷹や鯉、岩にとまった鷹の横からみた姿はざざ
っと描いているのに猛禽類の鋭い嘴や足の爪の感じがよく伝わってくる。
モチーフをリアルに描写しないからこそ動きやパワーを表現することができ
る。これが絵画のもっている大きな力。

| | コメント (0)

2021.02.19

美術館に乾杯! 中尊寺 瑞巌寺

Img_20210219223401

Img_0002_20210219223401
      中尊寺 金色堂新覆堂 

Img_0003_20210219223401
         金色堂全景

Img_0001_20210219223401
      国宝 金色堂(1124年)

Img_0006_20210219223401
     国宝 瑞巌寺本堂(1609年)

Img_0004_20210219223401
     本堂 孔雀の間

Img_0005_20210219223401
     本堂 上段の間

東北観光の名所として一度は行っておきたいところはやはり岩手県平泉の
中尊寺。今はコロナ感染の影響で人出は少ないだろうが、通常の状態に戻っ
たら金色堂は大勢の観光客であふれかえるにちがいない。岩手県は盛岡や
釜石などはまだ縁がなく中尊寺と花巻しか訪問してないので中尊寺は特別な
思い出であり続けている。

駐車場から金色堂まではなだらかな傾斜の砂利道を500m?くらい登っ
ていったような記憶がある。金色堂は一辺5.5mの小堂。中央檀には阿
弥陀如来坐像、観音・勢至菩薩、六地蔵、持国・増長天王が安置されており、
この檀中には藤原清衡の遺体が納められている。この仏像群は京都や奈良で
お馴染みのものなのでとくに体が熱くなることはない。

感激の極みは須弥壇や周囲の柱に施された飾り金具や螺鈿細工や漆の蒔絵の
数々。燦然と輝く装飾工芸を一度見てしまうとこれが基準になりほかの螺鈿
などがみれなくなる。奥州藤原文化は黄金の輝きに彩られていた。本当に
スゴイ!

宮城県は仙台には行くことはいったが伊達政宗の銅像をみただけなので、
観光スポットの思い出は松島の遊覧と瑞巌寺のふたつだけ。でも、宮島、
天橋立と一緒に語られる松島を訪問できたのは生涯の喜びである。中尊寺が
みちのくに生まれた平安文化のシンボルなら、瑞巌寺には桃山文化の粋が集
まっている。本堂の孔雀の間や上段の間に金碧で描かれた障壁画には度肝を
抜かれた。まるで京都の寺や神社をまわっているよう。

| | コメント (0)

2021.02.18

美術館に乾杯! 羽黒山五重塔 山寺 蔵王御釜

Img_0003_20210218224301

Img_20210218224301          国宝‘羽黒山五重塔’(1368~75年)

Img_0002_20210218224301       山寺 納経堂、開山堂、五大堂(左より)

Img_0001_20210218224301      火口湖 蔵王御釜

東北でもっとも充実した旅だったのが山形県。米沢で念願の狩野永徳の
‘洛中洛外図(上杉本)’をみたあと山形に移動して西洋絵画や与謝蕪村の絵
などを堪能。そして、次に目指したのが出羽三山のひとつ羽黒山にある
五重塔(国宝)。合祭殿のある山頂の麓にあり杉木立のなかにドーンと建
っている。創建は承平年間(931~938)平将門の建立と伝わってい
るが、現在の塔は応安年間(1368~75)の再建によるもの。杮葺き
の屋根が重なる塔の高さは29m。それまでみた五重塔で感動の大きさが
断トツなのが東寺、醍醐寺にあるもの。これに羽黒山の五重塔が加わった。
生涯の思い出である。

天童市から南へ10㎞くらい下ったところにある山寺(宝珠山立石寺)で
は忘れられない‘事件’がおきた。山門をくぐって奥の院まで石段を登って
いったのであるが、途中で息が切れて一休みしなければ進めなくなった。
特段傾斜がきつい石段ではなく通常ならなんてことはないのに、なぜ
かフーフーいっている。旅行のあと病院で検査するとバセドー氏病にかか
っていた!汗をたくさんかき脈拍が高かったのはこのためだった。医師か
らは‘これほど脈拍が高いと山寺の石段はきつかったでしょう?’と同情され
た。山寺で印象深いのは舞台式御堂である五大堂からのすばらしい眺め。
そして、山寺とセットになって記憶に刻まれているのが芭蕉の名句‘閑さや
岩にしみ入る蝉の音’。芭蕉像と句碑をすばらくみていた。

蔵王のシンボル‘御釜’も絶景だった。心に沁みるのが火口湖の乳白色のま
じったコバルトブルーの水。蔵王温泉の旅館で夕食にでた米沢牛を美味し
くいただきながら、御釜の美しさを語りつくした。

| | コメント (0)

«美術館に乾杯! 山形美術館 その三