2019.05.18

美術館に乾杯! ルーヴル美 その三

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     ダ・ヴィンチの‘モナ・リザ’(1503~05年)

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     ‘岩窟の聖母’(1483~86年)

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     ‘聖アンナと聖母子’(1502~16年)

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     ‘洗礼者ヨハネ’(1513~16年)

イタリアのフィレンツェに行くとルネサンス美術を存分に堪能できるが、
西洋絵画史上最も有名なダ・ヴィンチ(1452~1519)の絵は
ウフィツィで‘受胎告知’と未完の‘東方三博士の礼拝’しかみれない。だか
ら、ダ・ヴィンチと本格的に向き合うためには仕切り直しをして、‘最後
の晩餐’のあるミラノとあの‘モナ・リザ’を所蔵するルーヴルに足を運ば
なくてはならない。

ルーヴルにはダ・ヴィンチが5点あるが、そのひとつ‘ラ・ベル・フェロ
二エール’はTVの美術番組によるとアラブ首長国連邦のアブダビに
2017年の秋に開館したルーヴル・アブダビの目玉として展示されて
いた。ルーヴルにある傑作をローテーションしながら定期的に貸し出す
ことになっているのか、それとも永久展示なのか、そのあたりは不明。
もし、後者ならルーヴルでみれるのはここにあげた4点ということに
なる。

最近、出版された‘モナ・リザ’本を本屋でぱらぱらと立ち読みしたが、
以前TVでみた誰がモデルなのかを追及するモナ・リザ物語にプラスαの
情報があまりなかったので購入するのは止めにした。モデルがジョコン
ド夫人というのは昔から言われていることだし、その話には新鮮味が
ない。この絵で魅了されるのはモナリザの微笑みを表現したスフマート
の技法と空気遠近法で描かれた背景の風景。じっくりみたら、専門家で
なくてもあちこちがスゴイなということがわかる。

‘岩窟の聖母’と‘聖アンナと聖母子’(未完)もモナリザ同様、心を奪われ
続けている。ダ・ヴィンチの楽しみのひとつが女性の金髪の描き方。
カールの描写がじつにリアルでこれだけでも1時間は絵の前に立ってい
れる。そして、聖アンナのやさしい表情。このアンナに200%癒され
ている。

ダ・ヴィンチがずっと手元に置き筆を入れていた‘洗礼者ヨハネ’は画面
が暗いため、全体像が謎に包まれている。この人物は一体男性なのか
女性なのか。その中性的なヨハネが人差し指で天を示すポーズは何を
意味するのか。これをみているとダ・ヴィンチ本人が神秘的に思えて
くる。

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2019.05.17

美術館に乾杯! ルーヴル美 その二

Img_0002_54      ボッティチェリの‘ヴィーナスと三美神’(1483年)

 

Img_0001_58      ゴッツォリの‘聖トマス・アクィナスの勝利’(1471年)

 

Img_59    ピエロ・デッラ・フランチェスカの‘マラテスタの肖像’(1451年)

 

Img_0003_51      ギルランダイオの‘孫と老人の肖像’(1490年)

 

ルーヴルにあるボッティチェリ(1445~1510)は2点のフレスコ
画がいい。レンミ荘壁画とよばれ‘ヴィーナスと三美神と新婦ジョヴァンナ’
は結婚を祝うために描かれたもの。目に優しい色彩が印象的で中央の履物
をはいたヴィーナスが右の新婦の持つヴェールに贈り物のバラの花を与え
ようとしている。

フィレンツェのメデイチ=リッカㇽディ宮の一室に黄金を効果的にちりば
ねて東方三博士の礼拝をパノラマ風に広がる風景を背景にして描いたゴッ
ツォリ(1421~1497)。この代表作のほかにみたものは少ないが、
‘聖トマス・アクィナスの勝利’は大作なので強く記憶に残っている。
これはピサ大聖堂に飾られていたが、ナポレオン時代に奪われ、今ルーヴ
ルにある。描かれているのはキリストが聖トマス・アクィナスの著作を
承認しているところ。聖人の右にいるのはプラトンで左はアリストテレス。

肖像画は正面向きに描かれものがやはり落ち着いて人物と対面できる。
ところが、ときどき真横の肖像もいいなという気分も生まれる。その筆頭
にくるのがピエロ・デッラ・フランチェスカ(1416~1510)の‘シ
ジスモンド・マラテスタの肖像’。じっと前をみつけめる姿にリアリテイが
あり魅了される。

ギルランダイオ(1449~1494)の‘孫と老人の肖像’のインパクトは
は一度見ると決して忘れられないほど強烈。それは老人の鼻のさきにでき
たぶつぶつのせい。顔の風貌はとやかくいう筋合いではないが、この鼻はあ
まり長くみたくない。だが、孫は‘御爺ちゃんの鼻おもしろい!’とすっか
りとりつかれてしまっている。

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2019.05.16

美術館に乾杯! ルーヴル美 その一

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     チマブーエの‘荘厳の聖母’(1270年代)

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  ジョットの‘聖痕を受ける聖フランチェスコ’(1290年代)

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     アンジェリコの‘聖母戴冠’(1430~32年)

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   ウッチェロの‘サン・ロマーノの戦い’(1450~56年)

シリーズ‘美術館に乾杯!’はトラックの第4コーナーをまわりゴール寸前の
ところ。最後を締める美術館はフランスのルーヴルとオルセーにすることを
決めていた。ようやく真打中の真打の登場。

美の殿堂、ルーヴル美は2010年に訪れて以来ご無沙汰している。この
とき必見リストに載せていた作品はだいたいヒットしたので数多くあるルー
ヴルの絵画はほぼコンプリートになった。ここにくるまで何度足を運んだ
ことやら。感慨深い!

古典絵画はウフィツィ同様大変充実しており、美術本にでてくる作品がここ
にもあそこにもあるという感じ。チマブーエ(1240~1302)の‘荘厳
の聖母’をみて、ジョット(1267~1337)の‘聖痕を受ける聖フラン
チェスコ’の前の立つとルネサンス絵画モードは全開する。
昨日紹介したアッシジにあるジョットの同名の作品はフレスコ画だったのに
対し、これはピサの聖フランチェスコ聖堂の主祭壇画のために描かれた板絵。
キリストの聖痕が聖人にコピーされる奇跡の神秘さに視線が固まる。

フラ・アンジェリコ(1395~1455)の‘聖母戴冠’は画面が金で埋め尽
くされ華のある宗教画の見本のような絵。数え切れないほど多くの天使や聖
人たちが聖母のまわりを囲み、ラッパを吹きリュートを奏なでて聖母の戴冠
を祝福している。金の効果の大きさを実感する。

メディチ家の宮殿に飾られていたウッチェロ(1397~1475)の‘サン
・ロマーノの戦い’は本来は3部からなる大パノラマだった。残りの2点は
ウフィツィとロンドンのナショナル・ギャラリーが所蔵している。描かれ
ているのはフィレンツェ軍がシエナ軍に勝利した1432年の戦いの場面。
中央にいる救援にかけつけたフィレンツェ軍のミケレットが逆襲して味方を
鼓舞している。ウッチェロの生涯のテーマ遠近法により立体感のある戦闘
場面に生み出されている。


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2019.05.15

美術館に乾杯! アッシジ サン・フランチェスコ聖堂

Img_57      サン・フランチェスコ聖堂

 

Img_0001_56      サン・フランチェスコ聖堂の内部

 

Img_0002_52     ジョットの‘父との絶縁’(1295~1300年)

 

Img_0003_49      ジョットの‘小鳥への説教’

 

Img_0004_26      ジョットの‘聖痕を受ける聖フランチェスコ’

 

Img_0005_9      ロレンツェッティの‘黄昏の聖母’(1326~30年)

 

ジョット(1267~1337)の嵌るとフィレンツェ、アッシジ、そして
北イタリアのパドヴァにはどうしても行きたくなる。まだパドヴァには縁が
ないが、団体ツアーでイタリア観光をするとフィレンツェが入るのは当たり
前だし、日数が長いとアッシジも行程に組み込まれることが多い。だから、
ジョットへの接近度は7割くらいになってる。

ゴシック様式の建物、サン・フランチェスコ聖堂はアッシジの町はずれにあ
り、斜面を利用して上下2つの聖堂からなっている。上堂の見どころがジョ
ットによって身廊に描かれたフレスコ画‘聖フランチェスコ伝’(28場面)。
全部をじっくりみていたら時間がいくらあっても足りないから、現地ガイド
さんは有名な場面をピックアップして話してくれる。

‘父との絶縁’は1182年、アッシジに生まれた聖フランチェスコが24歳
のとき父親にすべての持ち物をを返し、遺産相続も放棄することを告げる
場面。父親にしてみればこれまで育ててきた息子が突然世俗を離れるといわ
れても‘ハイ、そうですか’とすぐには受け入れられない。ゲンコツを食らわ
して目を覚まさせようかと思ってもおかしくない。だが、息子は父親には目
もくれず祝福の手を差し出している天上の父のほうをみている。

‘小鳥への説教’はもっとも有名な絵。日本画の花鳥画に鳥がでてくることは
あっても、この絵のように小鳥たちが綺麗に並んで聖人の話を聞いているこ
とはない。仔犬でもよかったかもしれないが、ここは二本足で立つ鳥の姿勢
が説教を聞くにはもってこいの光景とジョットには映ったのかもしれない。

ドラマチックな場面というと‘聖痕を受ける聖フランチェスカ’が心にグッと
くる。この聖痕の奇跡はキリスト教の信者でなくても興味津々。キリストと
同じ十字架の釘の傷を両手足に受け、さらに槍による傷が右胸の同じ所にで
きるというのだから、まさに見事な奇跡!どの聖人にも聖痕ができるわけで
はなく、聖フランチェスコだけがそうなった。

地下の聖堂で期待していたのがシエナ派の主要画家のひとりロレンツェッ
ティ(1280~1348)の‘黄昏の聖母’、切れ長の目がとても美しい聖母
がじっと幼子キリストをみつめる姿に心が奪われる。

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2019.05.14

美術館に乾杯! シエナ ドゥオーモ

Img_0003_48      カンポ広場とマンジャの塔

 

Img_56      ドゥオーモの外観

 

Img_0002_51      ギベルティの‘洗礼盤 イエスの洗礼’(15世紀)

 

Img_0001_55      ドナテッロの‘ヘロデ王の宴会’(1427年)

 

Img_0005_8      ベルニーニの‘マグダラのマリア’(1663年)

 

Img_0004_25      ベルニーニの‘聖ヒエロニムス’(1663年)

 

ルネサンス美術に興味がむかったころはテレビの美術番組をビデオに収録し
ひたすら情報を集めた。そのなかに特別興味をそそるイベントがあった。
シエナで毎年7月と8月にカンポ広場で開催される裸馬競馬‘パリオ’、これは
13世紀から続いているそうだ。2006年、その勇壮な競馬が行われる
カンポ広場に足を踏み入れた。

この広場は102mの高さをもつマンジャの塔を中心に扇型に広がっており、
塔に向かって傾斜がついている。あの激しい伝統競馬の場面をイメージしな
がらぐるっとまわってみた。中世の時代、隣町のフィレンツェのライバルと
して覇権を争ったシエナにはもう一つすばらしい建物がある。1229年に
建築がはじまり14世紀の末に完成したドゥオーモ。黒大理石のラインのアク
セントが印象深く壮麗なファサードは言葉を失うほど美しい。

なかに入りびっくりさせられるのは床に施された見事な象嵌装飾。そして、
法王アレッサンドロ7世の命により1661年につくられたキージ礼拝堂に
はベルニーニ(1598~1669)の彫刻‘聖ヒエロニムス’と‘マグダラの
マリア’がある。ほかにも天使像やニッチの中の像を手掛けている。

また、ドゥオーモのアプシスの延長である洗礼堂でも15世紀の彫刻の傑作
にお目にかかれる。1417年につくられた洗礼盤の下部は六角形の水槽に
なっておりその外面を金張りブロンズのパネルで装飾している。ここにギベ
ルティ(1378~1455)の‘イエスの洗礼’、‘洗礼者ヨハネの逮捕’、
ドナテッロ(1386~1466)の‘ヘロデ王の宴会’がある。なんとも見
ごたえのあるパネル。

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2019.05.13

美術館に乾杯! ラヴェンナ サン・ヴィターレ聖堂

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Img_0002_50      サン・ヴィターレ聖堂

 

Img_0003_47   ガッラ・プラチデイアの霊廟のモザイク装飾‘良き羊飼い’(5世紀)

 

Img_0004_24      クーポラの‘星と金の十字架’(5世紀)

 

Img_0001_54      ‘ユスティ二アヌス帝のモザイク’(548年)

 

Img_55      ‘テオドラ妃と従者たち’(548年)

 

フィレンツェとヴェネツィアを直線で結んだ真ん中あたりに位置するラヴェ
ンナを訪問したのは2010年。お楽しみはなんといっても聖堂や霊廟内の
モザイク装飾、クリムトはここの金のモザイクに感動して黄金装飾にのめり
こんだことがインプットされているので期待で胸が膨らむ。

美術本に載っているサン・ヴィターレ聖堂の有名なビザンチン様式のモザイ
クの前に古典的なモザイクがみられるガッラ・プラチディア霊廟(同じ敷地
内)もみることになっている。この前菜がまた美しい!入口の扉の上に描か
れた‘良き羊飼い’の光輪、衣服、十字架の金が輝いている。さらに目がくら
むのがクーポラに描かれた空にちりばめられた星と金の十字架、四隅の聖ヨ
ハネの鷹や聖ルカの牛にも釘づけになる。

この霊廟が建てられたのはラヴェンナが西ローマ帝国の首都だった430年
頃。このより写実的なモザイクで目を馴らした後メインディッシュのある
サン・ヴィターレ聖堂に移動した。6世紀半ばにビザンチン帝国の総督府が
この町に置かれ、聖堂は548年に完成した。なかに入ると内陣、後陣の
すばらしいモザイク装飾が待ち受けていた。モザイクのいいところは色が
褪色しないこと。だから、横に人物が並び平板な印象を与える‘ユスティ二
アヌス帝’と‘テオドラ妃と従者たち’の鮮やかな金、緑、緋色、白がどーんと
目に跳びこんでくる。これをみたのは一生の思い出。

イスタンブールのアヤ・ソフィアとラヴェンナのモザイクをみたので、次の
ターゲットはシチリア島にあるモンレアーレ大聖堂の‘万能の統治者キリスト、聖母子と聖人たち’(1190年)。まだまだ追っかけはやめられない。

     

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2019.05.12

東博の‘美を紡ぐ 日本美術の名品’!

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Img_0001_53      長澤芦雪の‘花鳥遊魚図巻’(18世紀 文化庁)

 

Img_0003_46      円山応挙の‘牡丹孔雀図’(1776年 三の丸尚蔵館)

 

Img_0002_49      与謝蕪村の‘新緑杜鵑図’(重文 18世紀 文化庁)

 

Img_0004_23      宮川香山の‘黄釉銹絵梅樹図大瓶’(重文 1892年 東博)

昨日は午前中、東博へ出かけた。お目当ての展覧会は平成館でやっている
‘東寺展’ではなくて本館の1階と2階を使って行われている‘美を紡ぐ 日本
美術の名品’(5/3~6/2)。じつは当初これは鑑賞の予定に入ってなか
ったが、チラシに載っているある絵が行動を変えさせた。それは長澤芦雪
(1754~1799)の‘花鳥遊魚図巻’。

これまで芦雪の回顧展は2度体験したがこの文化庁が所蔵する図巻は出品さ
れなかったし、手元の芦雪本にも載っていない。だから、気になってしょ
うがなかった。こういうときは1点買いでも足を運ぶというのはMy鑑賞ス
タイル。過去、芦雪の描いた図巻で心を奪われた千葉市美蔵の‘花鳥蟲獣
図巻’は長さ3.7m、これに対し‘花鳥遊魚図巻’は3倍の11.1m。その
ため、夢中になってみてしまう。お得意の雀からはじまり仔犬、啄木鳥、
そして馬鹿デカい鯉、そのあとはたくさんの小さな魚がつづき、最後はナマ
ズ。本当にいいものをみた。

こんほかは多くがすでにみたものなので、スイスイと4つの部屋を回った。
どれも名品だが、つい足がとまったのが円山応挙(1733~1795)の
‘牡丹孔雀図’や与謝蕪村(1716~1783)の‘新緑杜鵑図’。久しぶりに
みたが、昨年白内障を手術して視力がぐんとアップしたので薄みどりや濃い
青がすごく鮮やかにみえる。手術のお陰で展覧会鑑賞が以前にも増して楽し
くなった。

今回嬉しい展示があった。それは宮川香山(1842~1916)の‘黄釉
銹絵梅樹図大瓶’。これは香山の後期の代表作で重文に指定されている。
これまで何度もお目にかかっているのに、この美しい形をした大瓶の絵葉
書がミュージアムショップにない。そのため、鑑賞の余韻を形で味わえなかっ
た。だが、これからは図録があるため作品の印象をリフレインできる。

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2019.05.10

美術館に乾杯! サンタ・マリア・デラ・サルーテ教会

Img_53       サンタ・マリア・デラ・サルーテ教会

 

Img_0003_45   ティツィアーノの‘王座の聖マルコと聖人たち’(1510年)

 

Img_0004_22      ティツィアーノの‘イサクの犠牲’(1542~44年)

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ティツィアーノの‘アベルを殺すカイン’(1542~44年)

 

Img_0005_6      ティントレットの‘カナの婚礼’(1561年)

 

団体ツアーでヴェネツィアを観光するときはアカデミア美への入館は行程に
なく、まずサン・マルコ寺院とドゥカーレ宮殿に行きそのあとはヴェネツィ
アガラスのお土産店へ直行するという流れ。そのため、ヴェネツィア派に
関心がある人はドゥカーレ宮殿でティントレットの巨大な絵やヴェロネーゼ
の天井画をみるだけでは思いの丈は満たされない。

だから、自由時間を使ってアカデミア美に向かい感動の袋が目いっぱい膨れ
たところで幸せのドーパミンの大放出とあいなる。そして、‘ベリーニやティ
ツィアーノ、ティントレットもいいじゃない!’とルネサンス絵画の楽しみ方
の幅が広がってくる。そういう方にとって2度目以降のヴェネツィア訪問の際、
名所まわりのオプションとして価値があるのはペギー・グッゲンハイム美か
ら歩いて5分くらいのところにあるサンタ・マリア・デラ・サルーテ教会。

ここでティツィアーノ(1485~1576)が4点みられる。‘玉座の聖
マルコと聖人たち’と聖具室にある3点の天井画‘イサクの犠牲’、‘アベルを殺
すカイン’、‘ダヴィデとゴリアテ’。とくに印象深いのが迫真的な場面が動きの
ある構図で演出されている‘イサクの犠牲’。宙を舞いアブラハムを制止する
天使の姿はティントレット(1519~1594)の絵をみているよう。
そのティントレットは‘カナの婚礼’を描いたものがある。いつものように遠近
法の焦点を左にずらす構成が宴会の大きさをみせてくれる。

この次のヴェネツィアがいつになるかまだ実行計画はないが、どこの教会を
目指すかはおおよそ決めてある。真っ先に向かうのはドゥカーレ宮殿の前方
にみえるサン・ジョルジョ・マジョーレ教会。ここにティントレットの傑作
‘最後の晩餐’がある。これは最後に残っているティントレットの欠かせない
ワンピース。なんとしても目になかに入れたい。ほかに4つくらいヴェネツ
ィア派が楽しめる教会がある。時間があれば貪欲にまわるつもり。

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2019.05.09

美術館に乾杯! ペギー・グッゲンハイム美 その五

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     ポロックの‘月の女’(1942年)

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     ロスコの‘犠牲’(1946年)

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     ジャコメッティの‘立っている女’(1947年)

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     マリーニの‘町の天使’(1948年)

目利きのコレクターは同時にパトロンでもあり、才能に恵まれたア―ティス
トを世の中に送り出す役目も果たす。ペギー女史は1942年ニューヨーク
にヨーロッパで収集した現代アートのコレクションを披露する‘今世紀美術画
廊’を開設し、まだ売れてないアメリカやヨーロッパの作家たちの展覧会を行
った。後にビッグネームになるマザーウェル、ロスコ、ポロックらである。

とくにポロック(1912~1970)がこのギャラリーの星で1943年
にはじめての個展が開かれた。‘月の女’はその頃描かれた作品。この美術館を
訪れたとき事前につくった必見リストの一番最初に載せていた。ポロックの
初期の作品では同じ年に描かれた‘男と女’(フィラデルフィア美)とともに絵
の完成度では群を抜いていい。月をすぐ連想する黒い三ケ月の頭がとても印
象的でさらにミロやピカソの画風も顔をだすため物語がいろいろ浮かぶ。

ロスコ(1903~1970)の水彩画‘犠牲’はシュルレアリスムの影響が色
濃く残っている。ロスコも1944年に最初の個展をペギーのギャラリーで
行っており、これはその2年後に描かれた。ダリのような神秘的なシュルレ
アリスムとは違い、無邪気なミロを連想させる軽い感じのシュールさが味わ
い深い。

ジャコメッティ(1901~1980)の‘立っている女’はペギーのために
特別に鋳造したもの。モディリアーニ同様、ジャコメッティの彫刻は表現様
式が強烈に立ち上がっている。その特徴はやせ細った人物像。なかでも女性
像はべろべろ飴とか浜松のお土産のうなぎパイのようにペタッとしている。
そして、視線を下にやると俄然立体的で異様に大きい足が目に入る。だから、
安定感がすごくいい。この像には不思議な魅力がある。

中庭にはオブジェなどが置いてあるが、インパクトが最もあるのがマリーノ
・マリーニ(1901~1980)の‘町の天使’。馬に乗った天使が天を見
上げ手を横に広げる形が胸に突き刺さる。具象の彫刻で水平と垂直のライン
がこれほど力強く感じられる作品はあまりお目にかからない。八重洲駅口に
あるブリジストンにはこれとよく似た‘騎士’がある。ところで、新ブリジス
トン美はいつオープンする?

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2019.05.08

美術館に乾杯! ペギー・グッゲンハイム美 その四

Img_0001_48      モンドリアンの‘コンポジション’(1939年)

 

Img_0003_43      ドゥ―スブルフの‘反=構成 Ⅷ’(1926年)

 

Img_51      ドローネーの‘いっせいに開かれた窓’(1912年)

 

Img_0002_47      カンディンスキーの‘赤い染みのある風景No.2’(1913年)

今週末飲み会に集まる人たちの近況報告をみていたら、秋にギャラリー蔵で
水彩画の個展を行うという人がいた。親しい友人も何年か前銀座の画廊で
それまでに描きためた作品を何点も披露している。そういう絵をみるたびに
世の中にはプロの画家でなくても鋭い感性と豊かな技量をもっている芸術家
がたくさんいるなと思う。

そういう絵に刺激されたからといって自分も描いてみるかという気持ちには
とてもなれない。身の程をわきまえている。でも、抽象絵画なら試しに白い
紙をもってきて多色サインペンで円や三角形、四角形を気ままに並べてみ
ようかという衝動にかられることがある。

このように素人を妄想させるのはモンドリアン(1872~1944)の絵
のせい。1939年に描かれた‘コンポジション’を一度コピーしてみたら現代
ア―ティストの一歩が踏み出せるのではないかとつい錯覚してしまう。ちょ
っと太めの黒い線が水平と垂直に無造作に引かれている。色は右下にちょこ
っと赤がみえるだけ。だから、この赤をほかの場所に移してみるのもおもし
ろいかもしれないと勝手にイメージを膨らます。でも、すぐにそうすれば
作品がどんどん崩れていくことは想像できる。

ドゥ―スブルフ(1883~1931)ははじめモンドリアンと行動を共
にしていたが、次第に水平線と垂直線のみの静的な抽象画より動きを表現し
たくて別の道を歩んだ。多用したのは45度に傾斜した直線、これにより
画面は様々な向きをした三角形で構成されグンと運動するイメージがでて
きた。

抽象絵画という新しい地平が切り開かれるといろんな形が加速度的に生まれ
てくる。フランスのドローネー(1885~1941)は光と色彩を追及し
た。‘いっせいに開かれた窓’は分析的キュビスムから刺激を受けた作品。
画家には窓から見える建物の風景はこんな平面的な色彩により断片化された
形にみえたのだろう。

カンディンスキー(1886~1944)の初期の抽象絵画はところどころ
にモチーフの残像がでてくる。‘赤い染みのある風景No.2’は音楽を表現した
カンディスキーならではの非具象的な表現に移行するための準備段階の作品。
明らかに山々が赤に染まる光景をぼやけたまま写し取っている。

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