2021.04.20

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十八

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        国宝‘竜首水瓶’(飛鳥時代 7世紀)

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     国宝‘海礒鏡’(奈良時代 8世紀)

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     ‘如来坐像’(重文 飛鳥時代7世紀)

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        康円の‘四天王眷属立像’(重文 鎌倉時代1267年)

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     ‘伝源頼朝坐像’(重文 鎌倉時代13世紀)

美術品のお宝はバラエティに富んでおり、古い時代の日本では中国やペルシ
ャなどからの影響にみられるものが数多く存在する。‘竜首水瓶’は横から
見たときの形がとてもいい。注ぎ口に象られた龍の頭は一瞬カモノハシが
浮かぶ。そして、下膨れの胴体にもつい視線が集中する。東博では法隆寺
献納宝物を展示する特別の部屋が設けられているが、この水瓶や‘海礒鏡’は
とくに目を奪られる。この大型鏡は均等の配置された山形の島と埋め尽く
された渦巻きの波文に夢中になってみてしまう。

‘如来坐像’は法隆寺金堂にある‘釈迦三尊像‘の中尊の連想させる形をしてい
る。高さ30銭cmほど小さな像だが、存在感があり大きくみえるのが飛鳥
像のマジックかもしれない。横に並んでいる20~40cmくらいの‘菩薩半
跏像’や‘観音菩薩立像’、‘十一面観音立像’にも大変魅了される。

本館1階で‘遮光器土偶’同様、目に焼き着いているのが運慶三代目の世代を
代表する康円(1207~?)が1267年に造立した‘四天王眷属立像’の
持国天と増長天、これは持国天のほう。手や足に動きがあり、個姓の強い
表情は一度みると忘れられない。もう2体は静嘉堂文庫と熱海のMOAに
ある。

‘伝源頼朝坐像’も記憶によく残っている武士の肖像彫刻。これは鎌倉の鶴岡八
幡宮に安置されていたもので、鎌倉時代以降に流行した武士が俗体形をとっ
た姿。頭にかぶる烏帽子、狩衣、指貫によって安定感のある美しい三角形
坐像が誕生した。同じスタイルでつくられた北条時頼と上杉重房の坐像が
それぞれ建長寺、明月院にある。

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2021.04.19

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十七

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     ‘遮光器土偶’(重文 縄文時代晩期 前1000~前400年)

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     国宝‘袈裟襷文銅鐸’(弥生時代 前2~前1世紀)

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        国宝‘埴輪 挂甲の武人’(古墳時代 6世紀)

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     ‘饕餮文瓿’(商時代後期 前13~11世紀)

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     ‘龍濤螺鈿稜花盆’(重文 元時代14世紀)

縄文時代の遺跡から出土した土偶の人気は近年世界的に高くなっており、
2009年の秋に文化庁海外展‘土偶’がロンドンの大英博物館で開催された。
嬉しいことにその年の暮れにそれらが特別展が披露された。東博にある
‘遮光器土偶はもちろん出品された。本館1階でお馴染みとなっているこの
土偶は大きな目がとてもユーモラス。これくらい愛嬌があるとゆるキャラ
で売り出せばTVの子ども番組やイベントには引っ張りだこになること請け
合いである。

古墳時代のスターは‘埴輪 挂甲の武人’。埴輪で国宝に指定されているのは
これだけ。映画‘大魔神’(知っている人は知っている)ではこの優しい顔の
埴輪がだんだん怖い大魔神に変身していく。当時の武人はこのように冑を
かぶり脛あて、腕の籠手などで完全武装していた。カッコいい姿なら誰で
も形にして残したいと思うだろう。

香川県で出土した国宝の‘袈裟襷文銅鐸’は弥生時代につくられた絵画銅鐸と
して有名。レリーフ状に描かれているのはスッポン、トンボ、カマキリな
ど7つの生き物。ラスコーも洞窟壁画でも銅鐸でも特徴をシンプルにとら
えた原始的な描写は生命の力が強く感じられる心を突き動かす。

青銅器で惹かれるのは日本では銅鐸で中国のものは饕餮文の文様が刻みこ
まれた各種の容器。古代中国の商時代につくられた瓿(ほう)は横幅が高
さより大きい壺型の容器で儀式に使う酒や水を蓄えたもの。丸く膨らんだ
真ん中の身の部分には目を開いた獣の顔のような文様が描かれている。
元の時代に制作された螺鈿の龍のお盆も忘れられない。五爪の龍が朱や緑
を生み出す貝を見事に使い分けて表現されている。これに遭遇したのは
生涯の思い出。

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2021.04.18

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十六

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        上村松園の‘焔’(1918年)

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        速水御舟の‘京の舞妓’(1920年)

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        安田靫彦の‘御産の祷’(1914年)

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     小林古径の‘異端(踏絵)’(1914年)

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        前田青邨の‘竹取’(1911年)

東博が所蔵する近代日本画には強く印象に残る2点の女性画がある。
上村松園(1875~1949)の‘焔’と速水御舟(1894~1935)の
‘京の舞妓’。画家には一般的なイメージから外れる作品が1点や2点あること
がある。あの優しい美人画を描いた松園の場合、‘焔’がそれにあたる。はじめ
てみたときすぐ思い浮かんだのが怖い幽霊、髪の端を噛んで感情を異常に昂
ぶらせているこの女は光源氏の正妻である葵上に激しく嫉妬する年増の六条
御息所。女性の嫉妬は一度発火すると手が付けられないほど燃えさかる。

御舟の‘京の舞妓’で目が点になるほどの磁力を放っているのは舞妓の着物の青
の輝きと畳の超リアルな描写。畳の目が緻密描かれているので本物の畳をみ
ているよう。畳のショックはもう一回あった。石田徹也が親爺の卓袱台返し
を描いた絵にでてくる畳も御舟のように畳そのものだった。

東博にある安田靫彦(1884~1978)は‘御産の祷’と‘夢殿’が平常展に
ときどきでてくる。みてて楽しいのは‘御産の祷’、安田には珍しく漫画チック
な味わいのある作品で松園の‘焔’にあたる絵ともいえよう。描かれているのは
藤原道長の娘、中宮彰子の御産の安全を願う儀式。おもしろいのが御産の
苦しみを肩代わりする女官の迫真の演技。几帳の奥で阿闍梨が護摩を焚いて
加持祈祷するのにあわせて半裸でトランス状態に入っている。女性が子ども
を産むというのは大変なことだった。だから、祈りにも熱が入る。

小林古径(1883~1957)は6点くらいあるが、お気に入りは‘異端
(踏絵)’。踏絵が時代劇のワンシーンにでてくると可哀想でまともにはみれ
ないが、この絵は緊張しないように描かれている。3人の清楚な女性信者が
順番を待っている。‘桜ちゃんのあと私ね。そのあとが梅ちゃん、さらっと
キリスト様を踏んで平気でいようね。大丈夫だから’、なんて中央の霧子は心
のなかでつぶやいているのだろうか。

主要作品が7点もある前田青邨(1885~1977)は平常展の顔かもし
れない。いずれも大きな絵や長く横にのびた絵巻で繰り返し展示されるので
目に焼きついている。‘切支丹と仏徒’、‘大同石仏’、‘花売’、‘京名所八題’、
‘竹取’、‘御輿振’、‘朝鮮之巻’。魅了され続けているのが‘竹取’。かぐや姫を迎
えに来た天人たちをなんとか邪魔しようと屋根の上まであがって警護する役
人たちだが、天人たちのオーラの前ではなにもできず、ただただ昇天する
かぐや姫を驚き戸惑いながらながめているだけ。この群像表現は信貴山縁起
絵巻の飛倉をみる人々の姿、表情を連想させる。

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2021.04.17

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十五

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     横山大観の‘瀟湘八景’(重文 1912年)

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     今村紫紅の‘熱国之巻’(重文 1914年)

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     下村観山の‘弱法師’(重文 1915年)

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     菱田春草の‘微笑’(1897年)

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     橋本雅邦の‘狙公’(1897年)

横山大観(1868~1958)の絵は東近美に‘生々流転’(重文)があ
るが、東博にも牧谿の模写なども含めて回顧展によく出品されるものが
10点くらいある。そのなかでもっとも魅了されるのが‘瀟湘八景’。
大観はお馴染みの画題を竪幅で構成するという斬新な発想で明るい色彩
を使いでおおらかに表現している。これをみた夏目漱石が‘平民的で呑気なと
ころがいい’と褒めている。

今村紫紅(1880~1916)の‘熱国之巻 朝之巻 夕之巻’は大好き
な絵。これが登場するときはいつも喜び勇んで出かけた。熱国インドの風景
が絵巻という伝統的な表現スタイルを用いて描かれている。目を惹くのは明
るい朱色や緑と大地と海にみられる点描風の筆致。絵巻に最接近すると金粉
を贅沢に散らす装飾的な描写にも目がクラクラする。印象派的な色彩感覚と
琳派の装飾性もあじわえる大傑作である。インドへは2度旅行したのでこの
絵には強い愛着を覚える。

下村観山(1873~1930)の代表作‘弱法師(よろぼし)’はみてて
不思議な感覚になる作品。これは右隻で父をさがして摂津の天王寺にさまよ
う盲目の俊徳丸が左に描かれている日輪を拝している場面。枝が複雑にのび
る梅林の古木は三渓園のものをモデルにしている。気になるのが俊徳丸の姿、
歳をとった老人にしかみえない。

東博にある菱田春草(1877~1930)は大作の‘微笑’。霊鷲山での説法
で釈迦は十大弟子に金の華をひねって微笑んだ。すると、迦葉(釈迦の視線
の先にいる老僧)だけがその意味を理解し微笑んだという。このシーンが
縦1.5m、横2.7mの大画面に描かれている。この絵と同じ年に橋本雅邦
(1835~1908)のおもしろい猿回しの絵‘狙公’が描かれている。

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2021.04.16

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十四

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     李迪の国宝‘紅白芙蓉図’(南宋時代1197年)

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     毛松の‘猿図’(重文 南宋時代13世紀)

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        梁楷の‘李白吟行図’(重文 南宋13世紀)

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     因陀羅の国宝‘寒山拾得図’(元時代 14世紀)

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     李氏の国宝‘瀟湘臥遊図巻’(南宋1170~71年)

東博に入館し正面に進むと本館で右手にある別館が東洋館。ここの2階で定
期的に展示される中国絵画や書にもよく足を運んだ。絵画でもっとも惹かれ
るのが国宝の‘紅白芙蓉図’。描いたのは南宋時代中期(12世紀末)に活躍
した李迪(りてき)。明るい色彩の紅白の芙蓉がふわっと浮び上っている感
じが印象的。裏彩色が使われており絹の表裏に色がのることで色彩に微妙な
グラデーションが生まれている。日本の花鳥画に較べると細密度が高く密度
が濃いのはこうした高い技術を駆使しているから。

毛松(もうしょう)の猿の絵の前では一瞬体がとまる。これ以上進むと猿が
跳びかかってくるかもしれない、と思うのである。毛のふさふさし本物の猿
が休んでいるよう。牧谿が好んで描いた手長猿とちがい、この猿は小さい頃、
動物園や大分県の高崎山でみたあの顔と尻が真っ赤な猿。そのため、すごく
愛着を覚える。この絵ははじめ武田信玄がもっていた。

南宋時代は画院の最盛期にあたり、梁楷は画院の最高位にのぼりつめた画家。
でも、禅僧画家とも交流し、画院の枠を超えた規格外の天才だった。東博に
ある‘李白吟行図’は唐の詩人李白の姿が描かれている。全体的に少ない筆だが
、風に吹かれる衣は薄い墨でささっと描写しているのに対し、顔や頭の髪は
ちょっと丁寧にきりっと描いている。こういう芸当は並の画家にはとてもで
きない。

因陀羅のユーモラスな禅宗画‘禅機図断簡’は東博にもある。画題は定番の‘寒山
拾得図’。元時代に生きた画僧因陀羅は梁楷とはちがい濃墨とかすれた筆触で
登場人物を笑わせ、みる者を惹きこむ演出を行った。寒山拾得のおどけた顔
をみると‘どれだけおもしろい話をしているのお二人さん’と声をかけたくなる。

李氏の‘瀟湘臥遊図巻’は東博にある風景画のなかでは群をぬく傑作。何度かお
目にかかったが、いつもいい気持でこの大作をながめている。東博には残念
ながら牧谿の‘瀟湘八景図’はないが、これがその代わりをしている。 

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2021.04.15

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十三

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        鈴木春信の‘見立蟻通明神’(江戸時代18世紀)

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     鳥居清長の‘吾妻橋下の舟遊び’(18世紀)

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        喜多川歌麿の‘婦人相学十躰 浮気之相’(重文 18世紀)

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        東洲斎写楽の‘奴江戸兵衛’(重文 1794年)

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        歌川豊国の‘役者舞台之姿絵 高らいや’(1795年)

浮世絵を存分に楽しみたい思う人にとってお気に入りの美術館は皆同じかも
しれない。東京で浮世絵のメッカは太田記念美、東博の平常展、すみだ北斎
美。太田では人気の浮世絵師の回顧展が度々開催される。そのため、定期的
にHPで展覧会スケジュールをチェックすることにしている。2年前には長い
こと待った歌川豊国展が開かれた。東博については2005年の北斎展の
あと2011年に写楽展があったが、それ以後回顧展はご無沙汰。そろそろ、
喜多川歌麿展を期待したいところだが、果たして実現するだろうか?

美人画ですぐ思い浮かべるのは鈴木春信(1725~1770)のアンニュ
イな女性の姿、鳥居清長(1752~1815)の嘘だろうと?をつけたく
なる背の高い女姓、そして歌麿(1753~1806)の清々しいくらい
色香のあるアイドル娘。春信の‘見立蟻通明神’は得意の動きのある表現が目に
焼きつく。とにかく可愛い子ども女が春信の魅力。これに対し、清長の美人
画はヴァリエーションが多くないのでどうしてもワイドスクリーンの大作に
関心がいく。東博では見事な3枚続き‘吾妻橋下の舟遊び’、‘飛鳥山の花見’、
‘吉原歓々桜遊興’に魅了され続けている。

歌麿をどれかひとつ持って行っていいよ、と仮にいわれたら、ノータイムで
‘婦人相学十躰 浮気之相’をお願いしたい。歌麿の筆致には触感が強く働い
た感じがするが、これはルノワールにもクリムトにもいえる。浮気の相がで
ているといってもいやらしさはなく健康なエロチシズムが心をザワザワさせ
る。まだまだ歌麿は終わらない。

東洲斎写楽の大首絵役者絵のうちもっとも惹かれているのは‘三世大谷鬼次
の奴江戸兵衛’と‘市川鰕蔵の竹村定之進’、歌舞伎役者の生の姿をこれほどリ
アルに描かれたら、役者はいい気はしなかったにちがいない。‘俺の鼻がこ
んなに大きくないぞ!写楽は嫌な奴だな’、とブツブツいうのもわよくわか
る。大げさに顔貌をデフォルメしたのがたたり、ライバルの歌川豊国
(1769~1825)の描く‘役者舞台之姿絵 高らいや’などに人気を奪
われていった。

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2021.04.14

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十二

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        菱川師宣の‘見返り美人図’(江戸時代17世紀)

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        懐月堂安度の‘遊女と禿図’(江戸時代18世紀)

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     宮川長春の‘風俗図巻’(江戸時代18世紀)

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     勝川春草の‘美人図’(江戸時代18世紀)

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     鳥居清倍の‘竹抜き五郎’(重文 17~18世紀)

美術品とのつきあい方は人それぞれ。名品をゲットするため画商のところへ
頻繁に顔を出しオークションに通うコレクター、作品を制作することに多く
の時間を割いているア―ティスト、展覧会にでかけることで美術との関わり
を深めている人。これまでもこれからも最初の2つは無いので、とにかく視覚
体験の積み重ね一本でいこうと決めているが、新型コロナ感染の影響が重く
のしかかり思うように美術館へ足を運べない。

こんな状況だからこそ過去の楽しい美術館通いのことが思い出される。
一時期、東博本館の2階にある浮世絵の展示コーナーによく通っていた。所蔵
する浮世絵は膨大な数にのぼるため、展示替えの度にまだみていない作品と
遭遇する。だから、追っかけリストに載せているものとの出会いもそろそろあ
りかなと期待するが、これが案外時間がかかり未だに姿をみせてくれないのが
たまっている。こうなると運を天にまかせ自然体でいるほかない。

浮世絵は版画なので同じものがほかの美術館でも所蔵されていることはよく
ある。そのため、東博でしかみたことのない肉筆画は鮮明に記憶される。
美人画の系譜でいうと、最も有名なのが菱川師宣(?~1694)の‘見返り
美人図’。歩くのをとめて振り返る瞬間をスナップショットのようにとらえる
のはまさに映画監督の感性である。

懐月堂安度の‘遊女と禿図’は着物が太い墨の輪郭線で形づけられているのが目
に強い刺激となっている。明治以降の近代日本画では橋本明治が舞妓さんを顔
から着物までこんな太い黒の線で輪郭線をひいている。宮川長春(1682
~1752)の‘風俗図巻’はいつも傘踊りの動感描写に釘づけになる。
勝川春春(1726~1792)は肉筆美人画で一世を風靡した。燕が一緒に
描かれた‘美人図’も平常展の定番。

一度見たら忘れられないのが鳥居清倍(1688~1704)の‘市川団十郎
の竹抜き五郎’。竹を抜き取るのは怪力の五郎にしかできない芸当だから市川
団十郎の荒事がぴたっとはまる。これは東博の浮世絵通いで得られた大きな
収穫の一つ。類似のキン肉マンに出会うと敏感に反応する。

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2021.04.13

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十一

Img_20210413221201      狩野秀頼の国宝‘観楓図屏風’(室町時代16世紀)

Img_0001_20210413221201      狩野長信の国宝‘花下遊楽図屏風’(桃山時代16世紀)

Img_0002_20210413221201      ‘月次風俗図屏風’(重文 室町時代16世紀)

Img_0004_20210413221201        国宝‘洛中洛外図屏風(舟木本)’(桃山時代17世紀)

Img_0003_20210413221201      住吉具慶の‘洛中洛外図巻’(江戸時代17世紀)

春の桜、秋の紅葉は日本人にとって心を豊かにさせてくれる自然の大きな恵
み。東博にある‘観楓図屏風’は京都洛北、紅葉の名所高尾で紅葉狩りを楽し
む人々の様子が描かれている。右側が女性たちのニコニコ顔の宴で左端では
車座になった男たちが派手に酒宴を楽しんでいる。川の側で美しい紅葉を少
人数で独占しているのだから最高のエンターテイメントだろう。

狩野永徳の弟、長信(1577~1654)の‘花下遊楽図’もじつに楽しい絵。
視線が集中するのは春の花の海棠(かいどう)の下で体を思いっきり曲げたり、
手足を上げて踊っている男装の待女たち。阿国歌舞伎の伊達姿になりきる女心。
ポップな流行に夢中になるのは昔も今も変わりない。

風俗画に惹かれるきかっけとなったのは‘月次風俗図’と葉山の山口蓬春記念館が
所蔵している‘十二ヶ月風俗図’。東博のあるものは八曲一双の屏風に一年の各月
に行われる年中行事の模様が描かれている。右は正月の羽根突きや松囃子、左
は4月の田植え。時代を一気にタイムスリップし正月の賑わいのなかに潜りこ
んだ気分。

舟木本‘洛中洛外図’には半端でない思い入れがある。平常展に登場したとき(まだ重文の頃)、3日通い小学館から出版されている‘洛中洛外図舟木本 町のにぎわいが聞こえる’ に解説された場面をすべて単眼鏡を使って確認した。この屏風は永徳の上杉本とはちがい画面が暗いため人物描写ひとつ々をみつけるのは難儀した。1扇ごと上下、左右をなめるようにみていき本に載っている部分はどこにあるのか?こんな苦行はもうできない。

お気に入りは左隻の‘寺町通 祗園祭礼’。目を惹くのが馬鹿デカい武者の母衣の飾り。ド派手な装飾が神輿とともに祇園会を一層盛り上げている。ここに描かれている都に暮らす様々な階級、職業の人々はなんと2728人。これに対し、住吉具慶(1631~1705)の‘洛中洛外図巻’は熱気さの点ではおとなしいが、人々のきびきびした動きのある描写がなかなかいい。なんだか宮川派の浮世絵をみているよう。

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2021.04.12

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その十

Img_0002_20210412222601      ‘浜松図屏風’(重文 室町時代16世紀)

Img_20210412222601      ‘松図屏風’(重文 室町時代16世紀)

Img_0001_20210412222601      ‘四季草花小禽図屏風’(室町時代16世紀)

Img_0005_20210412222701      ‘日月山水図屏風’(重文 室町時代16世紀)

Img_0004_20210412222701      ‘武蔵野図屏風’(江戸時代17世紀)

室町時代は中国の宗・元時代の新しい水墨画が入ってきてその影響を受け雪舟
らの独自水墨画が生まれた。その一方で、平安期以来の伝統にのっとったやま
と絵の屏風や絵巻もたくさんつくられた。この四季折々の自然や風俗が描かれ
たやまと絵の傑作が東博にはずらずらっと揃っている。墨でない色つきの風景
画も目をおおいに楽しませてくれる。

‘浜松図屏風’はとても賑やかな四季花鳥画。上部には洛中洛外図でお馴染みの
金雲が描かれ、風にたなびく春の柳や飛び交う鳥たちを劇場的にみせている。
そして、左端に目をやると浜辺では漁夫が網を引き塩を焼いている。海辺の松林
は古くから日本人の好きな光景だった。‘松図屏風’は10年くらい前?に重文に
指定された。古来から吉祥の意味がこめられている常緑の松がこれほど見事に
表現されると気持ちがいい。

‘四季草花小禽図’は狩野元信の代表作‘四季花鳥図’を彷彿とさせる屏風で緩やか
な水のながれのまわりに咲く草花や小さな鳥たちがとけこむ様に魅了される。
やまと絵の主流であった土佐派とくらべると岩や草花の描き方にちょっとエッジ
をきかせるのが狩野派流。

大阪の金剛寺にある国宝の絵と同じ画題で描かれた‘日月山水図屏風’は右隻に
日輪(太陽)と満開の山桜、左隻に三日月と静かな秋の景色というのが定番。
はじめてこれをみたとき太陽と月を別々に描くという発想が新鮮だった。
‘武蔵野図’は‘日月山水図’が頭にあると下の丸い円が太陽とくっつくが、これは
沈む月。絵の主題は秋の月を秋草と一緒にめでることなので明け方の情景が描か
れている。

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2021.04.11

美術館に乾杯! 東京国立博物館 その九

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     国宝‘平治物語絵巻 六波羅行幸巻’(鎌倉時代13世紀)

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     ‘後三年合戦絵巻’(重文 南北朝時代1347年)

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      ‘駿牛図’(重文 鎌倉時代13世紀)

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     ‘厩図屏風’(重文 室町時代16世紀)

日本画のなかには一部が海外に流失したものがあり、それが一番いいものだ
ったりすることがある。その代表例が‘平治物語絵巻’。描かれたのは鎌倉時代
で10巻をこえる大絵巻だったが、現在残っているのは3巻のみ。ボストン
美にある‘三条殿夜討の巻’、東博の‘六波羅行幸の巻’、静嘉堂文庫美の‘信西の
巻’(重文)。東博でまず合戦絵に目を馴らし、その後静嘉堂文庫で信西の首
を息を呑んでみた。

ふつうはこれで平治物語絵巻は終わり。美術本でボストンに後白河法皇の御所、
三条殿が紅蓮の炎で焼き払われるシーンが描かれたものがあることは知ってい
ても、遠いアメリカの美術館の倉庫に厳重に保管されているのだからまず縁が
ないと思っていた。ところが、奇跡が起こった。なんと2012年に里帰りし
てくれた。これで嬉しいことに3巻がコンプリートした。生涯の思い出である。

東博にある合戦絵で凄惨な戦いのシーンがでてくるものがある。それは殺りく
の場面が震えあがるほどリアルに描写された‘後三年合戦絵巻’。平常展ではか
なりの年数がかかったが、上、中、下巻をみることができた。千葉の国立歴史
民俗博にある‘前九年合戦絵巻’と比べると‘後三年合戦’のほうが暴力的な描写が
ここにもあそこにもという感じ。西洋画でいうとブリューゲルの‘死の勝利’を
みているとき重い気分になるのと似ている。

平安時代から貴族の乗り物として牛車が登場すると、いい牛(駿牛という)の
姿を描くことが多くなった。平常展でときどき‘駿牛’をみかけるが、はじめは
なぜ牛を単独で描くのかよくのみこめなかった。牛は横を向いたり、まっすぐ
前をみているのもいる。そして、‘厩図屏風’が室町末期から江戸のかけて描か
れたのは武士にとって馬は宝物の同じだったことのあらわれ。これは左隻で
躍動する駿馬がカッコいい。

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