2017.01.18

出光美の‘岩佐又兵衛と源氏絵’!

Img_0003      ‘源氏物語 野々宮図’(重美 17世紀 出光美)

Img_0002     ‘四季耕作図屏風’(部分 17世紀 出光美)

Img     ‘職人尽図巻’(部分 17世紀 出光美)

Img_0001     ‘源氏物語 桐壺・貨狄造船図屏風’(部分 17世紀 出光美)

出光美ではじまった開館50周年記念展‘岩佐又兵衛と源氏絵’(1/8~2/5)をみてきた。ここへ来るのは一年に一回くらい、昨年は勝川春章展で肉筆美人画の傑作を存分に楽しませてもらった。

岩佐又兵衛(1578~1650)は一時期のめりこんでいたが、今はみたい作品がおおよそ目になかに入ったので
又兵衛は晴れて済マークグループ入りとなりプラスαを積み重ねていく鑑賞スタイルに移行している。今回はある1点をみるために出動した。

ここにあげた4点はすべて2004年千葉市美で開催された岩佐又兵衛展に出品された。このとき出光が又兵衛を結構な数所蔵していることを知った。タイトルにもなっている源氏絵や歌仙絵のなかで人物の印象が一番強いのは‘野々宮図’に描かれた光源氏。

又兵衛が描く人物は男でも女でもその姿を横からみたら腹を中心に三日月のつくりものを胸から膝のあたりまで貼り付けたようにみえる。この体形は着物をとったらまさに相撲のあんこ型の力士。顔をみるといつものように下にいくにつれ肉が過剰についた二重あご。この下ぶくれが又兵衛の人物描写のトレードマーク。女性をうりざね顔に描いたモデイリアーニ同様、とてもわかりやすい。

今回のお目当ては‘四季耕作図屏風’、この屏風は回顧展のとき展示替えのため見逃した。そのリカバリーになんと13年もかかった。気になる風俗画なのでずっと企画展をウォッチしていたが、本当に長いこと待たされた。だから、単眼鏡を使い耕作に汗をかく農民たちの様子を隅から隅までじっくりみた。

描かれているのは大勢のひとたちが精をだしている仕事だけではなく、その横では遊びまくっている子どもがいたり、また家族みんなで猿回しを楽しむ場面もでてくる。こういう生活のひとコマが見る者を画面にくぎ付けにさせる。やはり又兵衛の風俗画は格別おもしろい。

ユーモラスな‘職人尽図巻’も夢中になってみた。踊りの姿が洛中洛外図を思い起させる大黒さんや隣で童子とニコニコしながら遊ぶ布袋さん、頬が緩みっぱなしだった。職人は25種、いつの世でもいろんな仕事をして生きる糧をえている。

‘桐壺・貨狄造船図’は烏天狗のようなお化け鳥や貫禄十分な龍と人間が一緒に描かれているとても賑やかな場面。思わず、足をとめてみていた。

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2017.01.17

美術館に乾杯! エルミタージュ美 その十

Img_2     ‘冬宮’(宮殿広場側)

Img_0003     ‘正面階段(ヨルダン階段)’

Img_0002     ‘ブドア’(婦人用の私室)

Img_0004     ‘孔雀石の間’

エルミタージュ美は美術品を展示する建物自体が壮麗な宮殿。だから、いい絵画をみて高揚感が高められるだけでなく宮殿のなかのひとつ々の部屋に施された煌びやかな装飾やそこに置かれている宝飾品や調度品の数々が目を楽しませてくれる。

訪問してからもう17年も経っているので、どこから入ってどういう風に回ったのかは記憶が薄れている。それでも、5時間もここにいたのでサプライズの大きかった部屋はよく覚えているし、図録をみるとそのときの感動がよみがえる。

入館してすぐ‘おおー、すごい!’と思わず声を発したのが‘正面階段’、事前にビデオでみた通りのバロック風の見事なエントランス階段。これから絵画をみるというのにまるで舞踏会がおこなわれる大広間へ進んで行くような気分。

フランスのヴェルサイユ宮殿にいるような錯覚にとらわれるようなのが‘ブドア’(婦人用の私室)、キラキラ光る黄金の装飾と壁の赤が目にしみる。ウィーンのシェーンブルン宮殿にもこんな部屋があったが、こんな部屋をみせられると名画の鑑賞だけに時間を割くのはもったいない。ほかのツアー参加者と別行動をとりここに居続けたのはいい選択だった。

この宮殿での大きな収穫は‘孔雀石の間’、有名な観光名所となっているヨーロッパの宮殿をいろいろ体験したが、柱にこんな大きな緑色の孔雀石が使われた客間はみたことがない。これは一生の思い出。

王冠などの宝飾品も多くみたが、全部をみるには時間が足りなかった。そのため、図録に載っている有名な‘ゴンザ―ガのカメオ’(紀元前3世紀 アレキサンドリア)や遊牧民族スキタイ人がつくった‘黄金の鹿’(紀元前7~6世紀)にお目にかかれなかった。これは次回に楽しみ。

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2017.01.16

美術館に乾杯! エルミタージュ美 その九

Img     ドンゲンの‘黒い帽子の女’(1908年)

Img_0002     ピカソの‘アブサン好きの女’(1901年)

Img_0001 アンリ・ルソーの‘ルクセンブルグ公園 ショパンの銅像’(1909年)

Img_0003    カンディンスキーの‘冬景色’(1913年)

オランダのフォーヴィスム派、キース・ヴァン・ドンゲン(1877~1968)はアムステルダムのゴッホ美でみた‘画家の妻’というインパクトの強い肖像画で開眼した。そのきっかけとなったのがエルミタージュにある‘黒い帽子の女’、ところがここを訪問したときはまだ画家の存在を知らなかったのでこの絵をみたという実感がない。

だから、あとで図録をみてこんないい絵があった?と悔いを残すはめになった。絵画鑑賞にはこういうことがよく
起きる。絵画が好きだからといっても鑑賞のタイミングと画家に対する思い入れがいつも一致しているわけではないのでどうしてもすれ違いが生じてしまう。次回訪問するときリカバリーシストの第一列にこの絵を載せておくつもり。

ピカソ(1881~1973)は青の時代の作品とキュビスム風の人物画など5点くらいみた。そのなかで強く印象に残っているのは‘アブサン好きの女’、絵の描き方はちがうが孤独なカフェの女という点ではドガやロートレックを連想させる。左手を広げて顎にあて右手を肩のつけ体をぐっと細くみせるポーズが視線を釘づけにする。これとよく似た絵をフォッグ美でみたことがある。

アンリ・ルソー(1844~1910)の‘ルクセンブルグ公園 ショパンの銅像’は確か大エルミタージュ美展(2012年)に出品された。画面の多くをしめる緑の木々はルソーのジャングルのイメージとつなっがっているが、シチューキンが蒐集した豹が水牛を襲う‘熱帯林にて’はどういうわけか縁がなかった。今はジャングル画をコンプリートしようと意気込んでいるので惜しいことをした。

カンディンスキー(1866~1944)の抽象画はポンピドーやグッゲンハイムにあるものほど高揚感はえられなかったが、具象的な要素が残る‘冬景色’の明るい色の組み合わせに大変魅了された。

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2017.01.15

美術館に乾杯! エルミタージュ美 その八

Img     マティスの‘ダンス’(1910年)

Img_0001     マティスの‘赤い部屋’(1908年)

Img_0002    マティスの‘画家の家族’(1911年)

Img_0004     マティスの‘会話’(1909年)

エルミタージュで最も印象に残る画家は3人いる。オランダが生んだ大巨匠レンブラント、そして近代絵画ではゴーギャンとマティス(1869~1954)。今日は60点も所蔵しているマティスをどんと4点並べてみた。

これまで日本の美術館で遭遇したマティス展は2004年西洋美で行われたもの一回だけ。回顧展は2度体験するのが理想なので普通はまだマティスに大接近したとはいえないのだが、エルミタージュですばらしい絵をどっとみたので色の魔術師といわれるマティスの神髄はつかんだ気でいる。

ご承知のようにマティスの初期のパトロンがシチューキン(1854~1936)。1900年にパリでマティスに会ったシチューキンは当時評価されてなかったマティスの絵に嵌った。色彩が主役のこの新しい絵をどんどん注文していく。そうして集めた作品は現在エルミタージュとモスクワのプーシキン美に展示されているが、エルミタージュにには38点ある。

作品が展示されているのは3階、ここでみたマティスは生涯の思い出、最も心を打つのはやはり‘ダンス’、色の数は赤、青、緑の3つだけ。手をつないで踊る男女5人の飛翔するような動きがシンプルな造形と少ない色で描かれている。

マティスの画面は赤がとくに印象深い。その代表作が‘赤い部屋’、2012年国立新美で開かれた大エルミタージュ美ではじめて公開されたので同じ思いをした方も多いのではなかろうか。日本にはプーシキンにある‘金魚’もやって来た。となると、次にエルミタージュ美展があるときは‘ダンス’を期待したくなる。果たして、

‘画家の家族’はとても平板は絵。おもしろいのは中央でチェスを楽しんでいる子どもたちの床がこちらに滑り落ちてくるようにみえること。でも、暖炉の横で夫人が座ってるソファは安定している。マティスの赤好きがここでも表れており、男の子にも無理やり赤の服を着させている。これだとサーカスの道化師にみえてくる。

マティス自身と夫人をモデルにしたのが‘会話’、青を背景にして2人を横向きでしゃべらせる構図がなかなかいい。左の男性をみたとき瞬間的にパジャマ姿かいな、と思った。ベッドからおきてきて‘おはよう、朝食はできている’とかなんとかいってるのだろうか。

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2017.01.14

美術館に乾杯! エルミタージュ美 その七

Img_0001     モネの‘庭の貴婦人 サン=タドレス’(1867年)

Img     シスレーの‘小都市ヴィルヌーブ・ラ・ガレンヌ’(1872年)

Img_0003     セザンヌの‘煙草を吸う男’(1890~92年)

Img_0004     セザンヌの‘カーテンのある静物’(1899年)

大きな美術館にはどこも質の高い印象派とポスト印象派が誇らしげに飾っている。エルミタージュもすばらしいゴーギャンコレクションをはじめここにもあそこにも足のとまる作品がある。

モネ(1840~1926)で魅了されたのは初期の作品‘庭の貴婦人 サン=タドレス’。眩しいほど強い光は婦人の後ろからさし白い服を発光体のように変えている。モネの絵をみる楽しみはこの光の実感を風景画で共有できること。嬉しいことに2011年パリのグランパレで開催された大モネ展で再会した。

シスレー(1839~1899)がたくさん展示された展覧会が2013年の秋、東京富士美で行われた。モネと較べるとどうしてもシスレーは分が悪いが、その理由はシスレーの風景画がワンパターンなところがあるから。ヴァリエーションがあまりないのでいい絵をしっかり目のなかにいれて‘これでもういいや’となる。

そのいい絵のひとつがエルミタージュの‘小都市ヴィルヌーブ・ラ・ガレンヌ’。川の向こう側に建つ家々をこのように手前に木を配しそれを窓枠のようにして描くのは日曜画家がすぐ真似したくなる構図。素人の写真でもこういう風に撮ると‘上手いわね!’とお世辞をいわれる。

セザンヌ(1839~1906)は傑作が2点ある。TASCHENの表紙の絵に使われている‘煙草を吸う男’とみていていい気持になる‘カーテンのある静物’。セザンヌは2015年12月再訪したフィラデルフィア美で念願の‘大水浴図’と対面できたので追っかけはひと段落した。

こういう済マークをつけた画家の場合、画集をみるのがとりわけ楽しくなる。エルミタージュにあるこの2点をみるたびにいい絵だなと思う。‘煙草を吸う男’は2010年ロンドンのコートールド美へ行ったとき、不意に現れた。ここで特別展‘セザンヌのカード遊びをする人たち’が開かれており、この絵が出張してきていた。オルセーのカード遊びの絵もこの絵も大のお気に入りなので夢中になってみた。

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2017.01.13

美術館に乾杯! エルミタージュ美 その六

Img     ゴーギャンの‘果実を持つ女’(1893年)

Img_0001     ゴーギャンの‘タヒチの牧歌’(1893年)

Img_0004     ルノワールの‘女優ジャンヌ・サマリーの肖像’(1878年)

Img_0002     ゴッホの‘アルルの女たち’(1888年)

ここ数年はゴーギャン(1848~1903)のいい絵が毎年姿を現してくれる。昨年は東京都美の‘ゴッホとゴーギャン展’でスコットランド国立美蔵の‘三人のタヒチ人’をみることができた。ゴッホ同様、ゴーギャンは一生付き合っていきたい画家なのでこの流れが途切れないことをミューズにお願いしている。

ゴーギャンを存分に楽しめる美術館というとまずあげられるのがオルセーとエルミタージュ、オルセーに足を運ぶ人は多いからゴーギャン好きはここで満ち足りた気分になる。そしてもう一度この感動を味わいたいと思ったらサンクトペテルブルクをめざすといいかもしれない。エルミタージュでも傑作が出迎えてくれる。

その数15点。これらはシチューキンとモロゾフが集めたもので19世紀後半から20世紀のはじめのフランス絵画のなかでは数質とも群をぬいている。‘果実を持つ女’は傑作中の傑作、メトロポリタンにある‘アベ・マリア’とともに長くベストワンの座を占めている。

‘タヒチの牧歌’もお気に入りの一枚。ぱっとみると平板的な画面にみえるが、じっとみているとゆるやかな凹凸のある地面に塗られた鮮やかな色彩や空間を前後にわけるように配置された太い幹の木によって奥行きのある画面になっていることに気づく。この構図はオルセーにある‘悦び(アレアレア)’とよく似ている。

ルノワール(1841~1918)の‘女優ジャンヌ・サマリーの肖像’は‘果実を持つ女’とともにエルミタージュの思い出を象徴する作品。どこからみても女優といった華のある立ち姿、200%KOされた。じつはこの絵は日本に一度やって来た。会ったのは確か損保ジャパン美だったことは覚えているが、1999年以前にみたか後にみたかはあやふやになっている。

ゴッホ(1853~1890)は4点ある。‘アルルの女’は動きのある人物描写と左手前に描かれた2人の女性が身につけている服にみられる点描風の赤い点々が目に焼きついている。そして、亡くなる年に描かれた風景画‘潅木’も画面をおおう草木の緑が心をとらえてはなさない。

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2017.01.12

美術館に乾杯! エルミタージュ美 その五

Img     フラゴナールの‘盗まれた接吻’(1780年代末)

Img_0001     シャルダンの‘食前の祈り’(1744年)

Img_0002     ルブランの‘自画像’(1800年)

Img_0003     ジェロームの‘仮面舞踏会後の決闘’(1857年)

今回とりあげる作品は全部現地でみてないかお目にかかったとしても記憶にないもの。いずれも購入した3冊の図録に載っており、後で当時情報不足だったことが悔やまれてならなかった作品。でも、幸運にもミューズのご配慮によって日本で行われた展覧会でリカバリーできた。

その大変お世話になった美術館は三菱一号館美。フラゴナール(1732~1806)の‘盗まれた接吻’とルブラン(1755~1842)の‘自画像’は2011年の‘ルブラン展’に出品され、シャルダン(1699~1770)の‘食前の祈り’は2012年に行われた一級の‘シャルダン展’に登場した。

フラゴナールには観る者の視線をいやがおうでも画面に向かわせる特別な表現力がある。それは劇的で思わせぶりな男女のからみの描写。ルーヴルにある‘錠前’とエルミタージュにある‘盗まれた接吻’がその代表作。
ロンドンのウォレスコレクションで‘ブランコ’と‘追憶’をみて、見損なった大事なピース‘盗まれた接吻’も目に入った。だから、フラゴナールはもう済みマークをつけている。

美貌の画家ルブランに開眼したのはまったく三菱一号館のおかげ。回顧展をみるまでこの女流画家をどういうわけか知らなかった。とにかくルブランはうっとりするような美形、この絵をみるたびに女優の沢口靖子が目に浮かぶ。どこか雰囲気が似ている。

シャルダンの風俗画はオランダの影響を受けたのだろうが、好みはシャルダンのほう。エカテリーナ2世(1729~1796)もシャルダンが好きだったようだ。‘食前の祈り’は腰を少し曲げたお母さんと手前の手をあわせた男の子が目と目をあわせるところがじつにいい。

ジェロームの(1824~1904)の‘仮面舞踏会後の決闘’は図録でずっと気になっていた絵だが、ありがたいことに3年前のエルミタージュ美でお目にかかることができた。決闘に敗れて死んだ男を赤い服を着た男が下から緊張した面持ちでみている。こういう絵は一生忘れられない。

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2017.01.11

美術館に乾杯! エルミタージュ美 その四

Img_0001_3     レンブラントの‘放蕩息子の帰還’(1668年)

Img_2     レンブラントの‘ダナエ’(1636年)

Img_0002_2     スルバランの‘聖母マリアの幼年時代’(1660年)

Img_0004_2    ムリリョの‘犬と少年’(1650年代)

ブランド美術館の場合、自慢のコレクションがある。例えばプラド美ならボスとティツィアーノ、エルミタージュはレンブラントとゴーギャンにひときわ質の高い作品が揃っている。レンブラント(1606~1669)は専用の部屋に20点ぐらい飾られている。レンブラント好きな人は天にも昇るような気分になるにちがいない。

そのなかでとくに心を揺すぶられるのが画集に必ず載っている‘放蕩息子の帰還’、‘ダナエ’、‘女神フローラに変装したサスキアの肖像’。父が息子にみせる深い情愛がジーンと伝わってくる‘放蕩息子の帰還’に対して、‘ダナエ’はとてもドラマチックな作品。

ティツィアーノが同じ題材で描いたものではゼウスは部屋の上から降り注ぐ黄金の雨に変身してダナエと交わるが、レンブラントの絵ではゼウスはどこにいるのか?そう光に姿を変えてやって来る。ゼウスは色事となるといろいろ知恵がまわる。このあたりがじつに人間臭い。

ご承知の方もおられると思うが、‘ダナエ’は1895年大災難にあった。ひとりの青年が硝酸をかけたため頭部や手、足が大きな損傷を打けた。ダナエの裸体があまりに挑発的にみえたためこの男は瞬間的に過剰妄想の状態に陥ってしまった。美術館のなかでもときどき信じられないことが起きる。

3月森アーツセンターで開催される‘大エルミタージュ美展’(3/18~6/18)に出品されることが決まっているスルバラン(1598~1664)の‘聖母マリアの幼年時代’は記憶に強く残っている一枚。赤い服をきた可愛い女の子とまた会えるのが楽しみ。

ムリリョ(1617~1682)の‘犬と少年’も少年の笑顔が目に焼き付いている。日々の生活は決して楽ではないのにそれを微塵も見せず明るく元気に生きる少年の姿になにか救われたような気持になる。この絵画には強い力がある。

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2017.01.10

美術館に乾杯! エルミタージュ美 その三

Img     カラヴァッジョの‘リュート弾き’(1595年)

Img_0001     ホントホルストの‘幼少期のキリスト’(1620年)

Img_0002     ダイクの‘自画像’(1623年)

Img_0003     プッサンの‘ポリュペモスのいる風景’(1649年)

エルミタージュに出かけたのは1999年のことだから、それまでにみたカラヴァッジョ(1571~1610)の作品はほんの片手くらいのとき。だから、ここに飾ってある‘リュート弾き’の驚くべき写実描写をみたときはカラヴァッジョが一生つきあっていく画家になるような気がした。そして、2年後岡崎美で日本ではじめて開かれたカラヴァッジョ展にめぐりあった。

カラヴァッジェスキのなかでとくに魅了されているのがジェンティレスキとホントホルスト(1592~1656)、ホントホルストに開眼したのはずっと後なのでその頃はその名前は知らない。そのため図録に載っている‘幼少期のキリスト’にそれほど心が揺れなかった。

画家のイメージが変わったのはロンドンのナショナルギャラリーで‘大祭司の前のキリスト’をみてから。それ以降‘幼少期のキリスト’への思いがだんだんつのっていったが、3年くらい前開かれたエルミタージュ美展に運がいいことにこの絵が含まれていた。まさに‘待てば海路の日和あり’。

エルミタージュにはダイク(1599~1641)の絵が20点くらいあるそうだが、‘自画像’が自慢の一枚かもしれない。こんなイケメンなら当時の美術界の貴公子みたいな存在だったにちがいない。そのさっそうとした姿は忘れようがない。

プッサン(1594~1665)の‘ポリュペモスのいる風景’はみたのかもしれないが記憶にまったくない。ダ・ヴィンチやレンブラントなどへ関心がいっていたのでみれどみず状態だったのだろう。2008年メトロポリタンですばらしいプッサン展に遭遇したので、次にエルミタージュを訪れるときは12点展示されているというプッサンにしっかりむかいあいたい。

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2017.01.09

美術館に乾杯! エルミタージュ美 その二

Img        ジョルジョーネの‘ユーディット’(1500~05年)

Img_0001     ティツィアーノの‘ダナエ’(1546~1553年)

Img_0002     ウェイデンの‘聖母を描く聖ルカ’(15世紀半ば)

Img_0003       クラーナハの‘ヴィーナスとキューピッド’(1509年)

ティツィアーノ(1485~1576)の兄貴分にあたるジョルジョーネ(1476~1510)を楽しむ機会が少ないので作品に出会うと特別な思いにかられる。エルミタージュではギョッとする作品が待ち受けていた。ちょっと勝手の違う‘ユーディット’、切り落としたホロフェルネスの首を左足で押さえ冷ややかにみつめている。これは一度みたら忘れられない。

1/21から東京都美ではじまる‘ティツィアーノ展’にナポリのカポデイモンテ美が所蔵する‘ダナエ’が出品される。これが最初に描かれたダナエで後に描かれたエルミタージュの別ヴァージョンは基本的な構成はプラドにあるものと同じ。ゼウスが変身した黄金の雨から等間隔で美女と老女を配するところがじつに上手い。このペアリングなら白い肌のダナエがいっそう魅惑的にみえる。

ウェイデン(1399~1464)の‘聖母を描く聖ルカ’にも少しだけちがうところがあるだけでほとんど同じにみえるものがボストン美にある。聖ルカはご存知のように画家たちの聖人、これとお目にかかったころはまだウェイデンに開眼しておらず、ルーヴルにあるファンエイクの絵によく似ているなと、いうほどの印象しかなかった。でも、今はこの画家のスゴさがわかっているので次回会うときはじっくりみるつもり。

エルミタージュにはクラーナハ(1472~1553)が2点ある。弓矢をもったキューピッドがとても可愛い‘ヴィーナスとキューピッド’と顔の描き方がウイーン美術史にあるユーディットと同じ‘女性の肖像’、驚くのはヴィーナスの肢体もつ異様さ、小さな顔とくらべて腰回りがなんとも大きく腿の太いこと。

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