2018.10.14

美術館に乾杯! テイト・ブリテン その四

Img_0001  ブレイクの‘アベルの死体をみつけたアダムとエヴァ’(1826年)

Img  ブレイクの‘ダンテに語りかけるベアトリーチェ’(1824~27年)

Img_0002     マーチンの‘神の怒りの日’(部分 1852年)

Img_0003     ダッドの‘妖精の樵の見事な一撃’(1855~64年)

古い時代の西洋美術に親しんでいるとギリシャ神話や聖書の話をモチーフにした絵画や彫刻に出くわすことが多い。おかげでキリスト教徒でもないのに天地創造やキリストの受難の物語に理解がすすんできた。関心を寄せているウイリアム・ブレイク(1757~1827)にも記憶に強く残る絵がある。

‘アベルの死体をみつけたアダムとエヴァ’を画集ではじめてみたときの衝撃はマグニチュード7の地震くらい大きかった。視線が集中するのが頭に手をやり恐怖におののくような顔をしたカイン、その後ろでは兄に殺された弟アベルに母親のエヴァが崩れかかり、父親のアダムが’なんということだ!’と悲しみにくれている。兄弟喧嘩の末に人類最初の殺人がおきてしまった。

テイト・ブリテンにはブレイク作品がたくさんあるが‘戦車の上からダンテに語りかけるベアトリーチェ’など8点が日本でも展示された。‘神曲’を題材にしたこの‘ベアトリーチェ’は思わず絵の隅から隅までみてしまうほどの魅力をつつまれている。

ベアトリーチェの乗った戦車を牽いているのがグリフィンの怪物。この表情がじつに可愛い、芸能プロダクションからすぐゆるキャラ界出演へのオファーがきそう。その前にいるのがダンテ。一見するとやさしい女性のようにみえる。‘神曲’というとこの絵を真っ先に思い出す。

一階の広い展示室で言葉を失ってみていたのがジョン・マーチン(1789~1854)の‘神の怒りの日’、テーマに相応しい大作で天から襲いかかってくるような巨大な岩が圧倒的な迫力で迫ってくる。真っ赤な激しい線は溶岩は飛び散っているイメージでまさに神の怒りの大きさ物語っている。こういう悲劇的なスペクタクルは誰でも描けるわけではない。マーチンに200%参った。

ダッド(1817~1886)の‘妖精の樵の見事な一撃’はいわくつきの絵。ダッドは精神病におかされあろうことか父親を殺してしまった。この絵は収容されていた精神病院で描かれたもの。画面中央で斧をふりあげているのが樵、そのまわりを様々な姿の妖精たちが見守っている。

王や女王、魔法使い、村に農民、、驚かされるのが画面いっぱいに描かれている花の描き方、花びらひとつ々が目が点になるほど精緻な描写。忘れられない一枚。

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2018.10.13

美術館に乾杯! テイト・ブリテン その三

Img_0003    ライト・オブ・ダービーの‘空気ポンプの実験’(1768年)

Img_0001    ライト・オブ・ダービーの‘ブルック・ブースビーの肖像’(1781年)

Img_0002     フュ―スリの‘短剣を奪い取るマクベス夫人’(1812年)

Img     スタッブズの‘馬に食らいつくライオン’(1769年)

画家に対する関心は作品をあるていどまとまった形でみないと本物にならない。ライト・オブ・ダービー(1734~1797)はイギリスの美術館をまわって作品の数が増えれば確実にのめりこむことはわかっている。そう確信させるのはラ・トゥールを彷彿とさせる‘夜景画’に心を揺すぶられているから。

ジョゼフ・ライトはバーミンガムから北へ50㎞くらいのダービーに生まれた。以前イギリスを仕事で回ったことがあり、ダービーはエディンバラへクルマで行く途中通ったかもしれない。この街にすごい画家がいたことを強く認識したのは6年前のこと。たしか国立新美であったエルミタージュ美展で‘外からみた鍛冶屋の光景’に大変魅了された。そしてライトはラ・トゥールの生き返りだなと、思った。

ライトに開眼するのが遅れたので、代表作‘空気ポンプの実験’はまだお目にかかってない。この美術館は数度訪問しているのにみたという実感がないのだから、チコちゃんから‘ボーっとみてんじゃねえよ!’と一喝されそう。次にロンドンへ行くことがあったら必見リストの最上位に載せておくつもり。

肖像画の傑作‘ブルック・ブースビー’は1998年のテイト・ギャラリー展(東京都美)に出品された。この人物はライトと同郷の作家でフランスの哲学者ルソーの親友だった。男性の肖像画としてはなにか違和感があるのは横向きに寝そべるポーズがまるで古典画の裸婦像を連想させるため。

スイス人のフュ―スリ(1741~1825)は24歳のときロンドンに渡り、そのあとずっとイギリスで暮した。この画家の作品には不気味さがまじっており怖いところがある。‘短剣を奪い取るマクベス夫人’は激しい場面が描かれている。スコットランド王を殺したマクベスが両手に血のついた短剣をもって‘ああー、大変なことをしてしまった、怖くてもう一度みにいくなんてできない’というと夫人は‘なによ情けないわね、短剣をよこしなさい’と言い返す。

動物画を得意としたスタッブズ(1724~1806)はナショナルギャラリーでも数多くみれるが、ここの‘馬に食らいつくライオン’ほど体がフリーズするものは並んでない。これほど体をよじっている馬はドラクロアの馬の絵と双璧をなす。

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2018.10.12

美術館に乾杯! テイト・ブリテン その二

Img_0001     ゲインズバラの‘ジョヴァンナ・バチェッリ’(1782年)

Img_0002     ロムニーの‘キルケーに扮したハミルトン夫人’(1782年)

Img_0003     レノルズの‘ブーケの花を着飾る三人の婦人’(1773年)

Img     ホガースの‘使用人の六つの頭部’(1750~55年)

イギリスの画家で好みの第一列にいるのはターナー、コンスタブル、ブレイク、そしてラファエロ前派。次の二列目はゲインズバラ(1727~1788)とロムニー(1734~1802)。だから、ナショナル・ギャラリー、テイト・ブリテンでまず目に力をいれて見るのはこうした画家。

これまでお目にかかったゲインズバラのなかで最も印象深いのがジョヴァンナの肖像。踊るようなポーズをとっているのは彼女が人気のバレリーナだったから。舞台用のメイクをし衣装を着ている。ゲインズバラは作品をもっとみると第一列に移るような気がする。ターゲットにしている‘デボンシャー公爵夫人ジョルジアーナ’に対面したら確実にそうなるだろうが、まだそのときが来ない。

ロムニーの‘キルケーに扮したハミルトン夫人’はTVに出演しているアイドルタレントのような感じ。小顔で目がぱっりしてしているのですごく魅せられる。どうでもいい話だが、今の日本の若い女性はこのモデルのように小顔の人が多い。昔の女性とくらべたらすごく増えたように思えるのだが、どうしてこんなに変わってきたのか不思議でならない。

レノルズ(1723~1792)はナショナル・ギャラリーに若い軍人を描いたいい絵があるが、ここの‘ブーケの花を着飾る三人の婦人’も古典の寓意画の趣があり、その高い画技に見入ってしまう。イギリス画壇の大御所にまでのぼりつめただけのことはある。

ホガース(1697~1764)の‘使用人の六つの頭部’は珍しい肖像画。みんなホガースの家で働いた人たちだが、六人まとめて描くというのがおもしろい。オランダの集団肖像画とはちがって親しみがもてる。

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2018.10.11

美術館に乾杯! テイト・ブリテン その一

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Img     ギリシャ神殿風のテイト・ブリテン

Img_0005    イギリス派の‘双子の婦人’(1600~10年)

Img_0002     ヴァン・ダイクの‘スペンサー家の貴婦人’(1633~38年)

Img_0003     リリーの‘キルデア伯爵夫人エリザベス’(1676年)

テムズ河畔にたたずむテイト・ブリテンはイギリス美術を展示する国立の美術館。ターナー、コンスタブル、ラファエロ前派など人気の絵画がずらっと飾られており多くの美術ファンが押し寄せる。はじめて訪れたのはかなり前だが、その頃はイギリス絵画だけでなくとピカソやダリなどの近代絵画も展示されていた。そのため館内では忙しくみた覚えがある。

現在のテイト・ブリテンになってからは2度足を運ぶ機会があった。おかげでどんな展示レイアウトになっているかはおおよそ頭に入っている。フロアは1階だけ、そしてターナーの作品はターナーギャラリーに集められている。コンスタブル、ブレイク、ロセッティ、バーン=ジョーンズ、ミレイたちの絵は正面入り口を進んだ左右の部屋でお目にかかれる。

イギリス絵画が輝きはじめるのはターナーやコンスタブルがでてきたころから、だから、それ以前に描かれた作品はよく知らない。だが、地方の画家が17世紀のはじめに描いた‘フ双子の婦人’には思わず吸い込まれた。双子の絵はこれまで見ただろうか、という好奇心が湧き長く見ていた。

この姉妹は同じ日に結婚し同じ日に子どもを授かった。よくみると二人はほとんど同じ顔立ちだが、右の婦人のほうが目が濃く、生まれた赤ちゃんも同じように右の子のほうがくっきりした目をしている。記憶に強く残る肖像画だった。

1632年チャールズ1世のお抱え画家になるためにロンドンに招かれたヴァン・ダイク(1559~1641)はここには1点だけある。それが‘スペンサー家の貴婦人’。婦人が着ている衣服の絹地の質感描写が目を釘づけにする。この絵は20年前日本にやって来た。

ヴァン・ダイクが亡くなったあと才能豊かな肖像画家として名を馳せたのがピーター・リリー(1618~1680)、‘キルデア伯爵夫人エリザベス’はお気に入りの一枚。モデルの美しさは目を見張るばかり。彼女の美貌が伝説となるほどだったことは一目でわかる。

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2018.10.10

美術館に乾杯! テイト・モダン その十六

Img_0002    ムニョスの‘コーナーにむかって’(1989~92年)

Img     ゴーバーの‘無題’(1989~92年)

Img_0004     シャーマンの‘無題A,B,C,D’(1975年)

Img_0001     ダマスの‘アイボリーブラック’(1997年)

現代アートを展示した会場に足を踏み入れると、普段の生活とはかけ離れた世界に遭遇することがある。スペインの彫刻家ホワン・ムニョスの‘コーナーにむかって’は謎の中国人にとり囲まれた気分になる。ベンチに座ったり立ったりしている7人の男性は皆同じ顔立ちで同じ服装をしている。

そして、その姿になにかギョッとする思いがおこるのは彼らが全員にこやかに笑っているから。明らかに東洋系の人物なので身近な感じがするのはいいのだが、はてこの大げさでない品のいい笑いは何なんだ!という気もする。ムニョスの作品をみたのはこれとかなり前に行われた森美の開館記念展に出品されたものだけ。2008年ビルバオのグッゲンハイム美で回顧展があったらしい。日本にも作品がたくさんやって来ることを期待したいが実現は難しそう。

ゴーバー(1954~)の作品はだまし彫刻の類。部屋の壁から男の右足がにょきっと出ている。素足ではなくちゃんと靴もソックスもズボンもはいている。こんなものが急に現れたら誰だって肝を冷やす。薄明りの夜にみたら、あまりの怖さで猛スピードで逃げ出すだろう。ドイツのゲオルグの逆さまになった人物の絵ははじめは違和感があるが時間が経つと慣れてくる。ところが、この切断された足は何度見ても怖さは消えないだろう。

シンディ・シャーマン(1954~)はアメリカの女性写真家。彼女はかなりハードな前衛でオリジナルの自分の姿をあれこれ違うキャラクターに変えて撮っていく。まるで七変化の舞台を演じる役者のよう。髪型や衣装を変え男や少女、老婆などに扮していく。こういう変装上手は日本にもいる。名画のなかの人物や女優になりきる森村康昌、二人をくらべるとシンディのほうが別人にみえる。

今年横浜美であったテイト・モダン展の出品作にマーレン・ダマス(1953~)の‘アイボリーブラック’も含まれていた。彼女は南アフリカの出身で後にオランダへ移住した。この少女の肖像はどことなくアフリカのプリミティブで神秘的な雰囲気がよくでている。

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2018.10.09

美術館に乾杯! テイト・モダン その十五

Img_0003     ウォーホルの‘マリリン 折り書き札’(1962年)

Img     リキテンスタインの‘ワーム’(1963年)

Img_0001     ケリーの‘ブロードウエイ’(1958年)

Img_0002     オルデンスバーグの‘ソフト排水管(青ヴァージョン)’(1967年)

ウォーホル(1928~1987)というとすぐ思い浮かべるのがマリリン・モンローをモデルにしたポートレイト、いろいろなヴァージョンのなかでテイトに飾ってあるのは色つきのモンローと黒白のモンローが切手のシートのようにセットで組み合わさったもの。

普通の肖像画は同じポーズなら一枚限り、さらに依頼される場合はポーズや衣装を変えて描かれる。ところが、モンローの写真を元ネタに使って肖像画に仕立てるときは背景や顔の色などを変えると何枚でも作れる。ウォーホルに惹きつけられるのはこの色の選択の上手さ。ポップアートのパワーはこの複製のマジックによって生み出される。

リキテンスタイン(1923~1997)の回顧展に遭遇することをずっと夢見ている。これまでリキテンスタインの漫画をみたのはそれほど多くなく両手くらい。そのため、お目にかかった作品はよく覚えている。‘ワーム’は縦1.7m、横4mの大作、漫画を読む習慣がないのでこうした鑑賞体験はとても新鮮で体が軽くなる。

3年前に亡くなったケリー(1923~2015)はリキテンスタインと同じ年に生まれている。幾何学的抽象の名手でその魅力を支えているの明快な色彩。NYにいるとき描かれた‘ブロードウエイ’、タイトルは誰もが知っている街だがこのほんの少し左に傾いた赤の色面からではモンドリアンの絵のようにブロードウエイのイメージは沸いてこない。むしろ、赤を得意としたニューマンの作品がダブってくる。

日用品をびっくりするほど大きくし布やビニールでかたどった‘ソフト・スカルプチャー’で一世を風靡したオルデンスバーグ(1929~)、作品になったのはトイレ、ドラムセット、ベースボールバット、、、‘ソフト排出管’はビニールは使われていないがヴァリエーションのひとつ。排出管に掛けられているものからは象の耳、トランク、磔などが連想される。

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2018.10.08

美術館に乾杯! テイト・モダン その十四

Img     ステラの‘ハイエナスタンプ’(1962年)

Img_0002     ジャッドの‘無題’(1990年)

Img_0004     ルイットの‘2つのモジュラーキューブ’(1972年)

Img_0001     フレイヴィンの‘タトリンのための記念碑’(1966~69年)

SF映画ではよく時空をつきぬけて進んで行くシーンがでてくるが、ステラ(1936~)の‘ハイエナスタンプ’はこの無限に続く迷路がぴったりくる作品。遠近法でつくられた奥行きのある空間は床、天井そして左右の壁に塗られた明るい色面が直角に折れ曲がりながら渦となって焦点にむかっていく。明快な色彩の組み合わせが強く印象に残る。

ミニマル・アートやコンセプチュアル・アートの代表的な作家ジャッド(1928~1994)がつくる作品はとても簡単、底と蓋のない箱が壁に下から均等な間隔でいくつも張り付けられている。この箱には色のヴァリアーションがあるが使われているのは一色のみ。テイトにあるのは青だが、ほかには赤であったり、また一つの側面に緑だけ塗ったものもある。

ジャッドと同じ年に生まれたルイット(1928~2007)は作品のスタイルはジャッド同様シンプルそのもの。‘2つのモジュラーキューブ’はジャングルジムを連想させる格子状の立体作品。こういう遊び器具があると幼児は喜ぶ。でも、つくっている作家は感情や想像力は極力抑えて物が発する力に美がうまれるよう精巧に作り上げていく。余計な感情を入れないほうがかえって心を打つものができるのかもしれない。

プレイヴィン(1933~1996)は蛍光管を使ったライト・アートでその名を知られた。芸術のとらえ方はどんどん多様化し、色彩は絵画からだけから受けとよめるものではなく蛍光管から発せられる薄緑がかった光の色によっても見る者に刺激を与えられる。‘タトリンのための記念碑’はポンピドーにあるものの別ヴァージョン。その形は宇宙観測衛星を打ち上げるロケットの発射台のよう。

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2018.10.07

美術館に乾杯! テイト・モダン その十三

Img_0001     ジョーンズの‘0から9の重複’(1961年)

Img_0003     トゥオンブリーの‘四季’(1993~94年)

Img     ラウシェンバーグの‘年鑑’(1962年)

Img_0002     ハーストの‘薬店’(1992年)

抽象ア―トが誰もが知っているものを扱ったものだとドギマギせずみれる。ジョーンズ(1930~)の‘0から9の重複’で画面に埋め尽くされているのは0から9までの数字。でも、一つ一つの数字はクリアにつかめずなんとなくこれは8でその下は4といった具合。

最初に書いた数字がまちがっていて書き直すときは正しい数字をその上に書くことはあるが、これは一回しかしない、また違ったら横に書く。こういうことは日常生活でよくあることだが、ア―ティストをこの書き直しを数字を大きく色つきにして何度も繰り返してみせる。すると、見る者はこういう発想がアートなんだと感心する。

トゥオンブリー(1928~2011)の‘四季’は頼りなさそうな線で落書きのようの表現されているが、なぜかいろいろ刺激される。左から春、夏、秋、冬、わかりやすいのは黄色の夏と黒と白の冬、そしていい感じなのが色彩の豊かな秋。なにかしっくりくる。

抽象表現主義とポップアートの橋渡しをしたのがジョーンズとラウシェンバーグ(1925~2008)、‘年鑑’は新聞や雑誌の写真と絵画やプリントが組み合わされている。この‘コンバイン’という作風はピカソの作品から現代的に発展したものだが、とりこまれる暮らしの断片は建物とか海の風景のように大きなスケールのもの。そのためその光景の深さと純化した絵画の色面やドローイングをつなげてみてしまう。

イギリスのダミアン・ハースト(1965~)のインスタレーション‘薬店’は慣れまで時間がかかる。医療と薬はハーストのお気に入りのモチーフ。これは死への抵抗であり一時的な延命行為とみる。重いテーマだが、いつもお世話になっている薬局のようにきれいに整理された棚には数々の薬が置かれている。

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2018.10.06

国立新美の‘ボナール展’!

Img_0001     ‘猫と女性’(1912年 オルセー美)

Img_0003     ‘ル・カネの食堂’(1932年 オルセー美)

Img     ‘桟敷席’(1908年 オルセー美)

Img_0002     ‘化粧室’(1914~21年 オルセー美)

国立新美で9/26からはじまった‘ボナール展’(12/17まで)をみてきた。これまでボナールの作品をまとまった形でみたのは10年くらい前、葉山の神奈川県近美であったマチス&ボナール展だけ。でもこのときは心に響くのがあまりなかったので、ボナールで印象深いのはメトロポリタン、ワシントンのフィリップス・コレクション、ブリュッセルの王立美でみたものくらいにとどまっていた。

ところが、今年はボナールを見直す機会に2度出くわした。はじめはプーシキン美、ここにびっくりするほど大きなとてもいい絵がでていた。そして、今行われている大回顧展。初期のナビ派をやっていた頃の作品にはあまり惹かれていない。お好みは室内の様子を描いたものと裸婦図。

黄色や赤の輝きに心を奪われる作品がどどっと並んでいるのが5つ目のコーナー‘室内と静物 芸術作品―時間の静止’、‘猫と女性’と‘ル・カネの食堂’はチラシに使われているもの。学芸員がこの2点を使いたくなる気持ちはよくわかる。絵から少し離れてみるとほかの作品と較べて一際明るい色彩に深く魅了される。

‘猫と女性’でおもしろいのは白い猫が前足の片っぽをあげていること。ちょっとしたことだが、このポーズのほうが猫の様子を実感しやすくすぐ画面に入っていける。静かな雰囲気に動きをだすところが心憎い。そして、‘ル・カネの食堂’はテーブルの端を画面からはみ出す描き方がいい。見る者はそれを補正するので部屋を大きく感じられる。若い頃浮世絵の技法を学んだことが別の画風に変わっても生きている。

‘桟敷席’はルノワールやカサットらもモチーフにしているが、ボナールの絵もなかなかいい。男女が2人ずつ描かれているが、強い目力の女性が主役で男2人は刺身のつまみたいでまったく目立たない。真ん中に立っている男は可哀想に目から上をカットされている。せめて目ぐらいは描いてやったらいいのに。

裸婦図が並んでいるのはこのコーナーの前。惹かれたのは背中にあたる光を印象的に描いている‘化粧室’とドガの見慣れた裸婦図を一緒に思い出す‘浴盤にしゃがむ裸婦’(ともにオルセー蔵)。

印象派とフォーヴィスム、表現主義をミックスしたような作品に200%やられた。ところで、三菱一号館美ではじまるフィリップス・コレクション展には最も気に入っている‘棕櫚の木’は含まれているのだろうか。今のところこれはパスの予定だが、ボナールがみれるのなら出かけるつもり。

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2018.10.05

気になる‘横山操展~アトリエより~’!

Img_0002     スケッチブック‘溶鉱炉’(多摩美大)

Img_0003     未完の‘富士’(多摩美大)

Img     ‘白梅図屏風’(1963年 福井県美)      

Img_0001     ‘茜’(1973年 多摩美大)

近代日本画でお気に入りの画家は大半回顧展を体験してきたが、運がなくてまだ残っている画家もいる。横山操(1920~1973)もその一人。現在、三鷹市美術ギャラリーで開かれている‘横山操~アトリエより~’(8/4~10/14)をみてきた。ギャラリーは三鷹駅(南口)前からすぐのCORAL5階にある。

展覧会の情報はだいぶ前からインプットされていたが、出かけるかどうか迷っていた。背中を押してくれたのは1ヵ月くらい前の日曜美術館、もう何年もみていないアートシーンをチャンネルを変えないでそのままにしていたら横山操展が最初にとりあげられた。そこに驚きの作品があった。光琳の定番名画を引用した‘紅白梅図屏風’、ええー、横山操がこんな装飾的な絵を描いていたの!すぐ三鷹に行くことを決めた。

1963年に制作された二つの屏風は福井県美の所蔵。ともに破損された状態で発見され、‘紅梅図屏風’のほうは一部が上から下まで欠落している。見ごたえのある紅白梅図で流石、横山操という感じ。黒く深い作品だけでなくはっとするような華やかな絵も描いてみせる。才能があるから何でも描ける。仲の良かった加山又造(1927~2004)が昭和の琳派といわれるすばらしい作品を描いたから、横山も琳派をやってみるかとなったのかもしれない。

もう一点、みたかったのが同じ題名で何点も描いた‘茜’、横山は1971年脳卒中で倒れ大事な右手が使えなくなるが絵を描きたい一心で懸命にリハビリにはげみ左手でこの絵を描いた。本当にスゴイ画家。描いた年に亡くなったことを思うと感慨深い。

また、スケッチブック‘溶鉱炉’やアトリエに残されていたイーゼルにかかっていた未完の‘富士’や三十代の作品‘舞妓’なども長くみていた。

1999年から2000年にかけて東近美と新潟県近美で行われた横山操展は運悪く横浜を離れていたので見逃した。それから20年近く経った。もし、どこかの美術館で回顧展をやってくれるとすぐ駆けつけるのだが、期待したいのは大きな作品を展示できる国立新美とアゲイン東京近美。願いが叶うだろうか。

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