2016.12.08

美術館に乾杯! ナショナルギャラリー その八

Img_0002     ゴヤの‘イサベル・デ・ポルセール’(1805年)

Img_0001     ル・ブランの‘麦わら帽子の自画像’(1780年代)

Img     ヴァトーの‘愛の音階’(1710年代)

Img_0003    シャルダンの‘若き女教師’(1740年)

マドリードのプラド美に行くとグレコ(1541~1614)、ベラスケス(1599~1660)、そしてゴヤ(1746~1826)の通にいっぺんでなれるのではないかと錯覚するほど多くの作品をみることができる。だから、スペイン絵画に関してはほかの美術館はパスでいいかなと思ってしまう。

でも、ナショナルギャラリーにはベラスケスとゴヤのすばらしい絵がある。ゴヤの‘イサベル・デ・ポルセール’はみた瞬間、すごい肖像画をみてしまったという気に200%させられる作品。強いインパクトをもっているのは黒のマハの衣装、これが流行に敏感な上流階級のスペイン女性の熱い生き方を示している。マネの黒好きはこの肖像画がかもしだす黒の美が原点になっているのかもしれない。

ナショナルギャラリーでルーベンス、ゴヤに続くお気に入りの女性画はとびっきり美形の画家、ル・ブラン(1755~1842)が描いた‘麦わら帽子の自画像’。この女流画家はずっと前から知っていたのではなく、5,6年前三菱一号館美で回顧展があったのを機に開眼した。エルミタージュにも自画像があるが、17年前訪問したときはまったく気がつかなかった。

貴族の心を虜にしたロココ絵画、イギリスの貴族たちもこぞって手に入れた。有名な絵のひとつがロンドンのウオーレスコレクションにあるフラゴナール(1732~1806)の‘ぶらんこ’、ナショナルギャラリーの自慢はヴァトー(1648~1721)の‘愛の音階’、楽器を弾く男が女性の持つ楽譜に体をちょっと傾けてみるしぐさが目に焼きついている。この風俗画に魅力を感じるのはこのロココ特有の雅さがとりつくろったものではなく森の中で交わされる自然な会話から生まれているように思えるから。

シャルダン(1699~1779)の‘若き女教師’もじっとみてしまう絵。勉強に手間取っている子どもに一生懸命教えている若い女性はいかにもまじめな先生という感じ。シャルダンは静物画も人物画も本当にいい絵を描く。

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2016.12.07

美術館に乾杯! ナショナルギャラリー その七

Img_2     ロランの‘海港、シバの女王の船出’(1648年)

Img_0003_3     カナレットの‘ヴェネツィアの風景’(1735~41年)

Img_0001     コンスタブルの‘干草車’(1821年)

Img_0002     ターナーの‘雨、蒸気、速度 グレートウエスタン鉄道’(1844年)

今年、カラヴァッジョ展を開催して美術ファンをおおいに楽しませてくれた西洋美、来年はなんと奇怪な画家アンチンボルトを登場させるという。会期は6/20~9/24、これはお楽しみ。このメインイベントの前に行われるのがシャセリオー展(2/28^5/28)。

西洋美がもっている中期的な展覧会計画については何もわからないが、これからの回顧展にある期待が湧いてきた。フランスロマン主義のシャセリオー(1819~1856)という渋い選択があるのならクロード・ロラン(1605~1682)があってもおかしくない、と。ただし、ナショナルギャラリーにある‘海港、シバの女王の船出’がやって来る可能性はゼロであるが。

ロランの海港の絵はナショナルギャラリーとルーヴルに通っているとその魅力が体のなかに染みわたっていく。海港の情景は旅物語のはじまりであり、話のいっぱいつまった船旅がようやく終わり重圧や緊張感から解放される場である。ロランはなかなかのアイデアマンで海や船、そして太陽を使って物語を読み取らせる新しい風景画のジャンルを生み出した。

カナレット((1697~1768)というとヴェネツィアの絵、大きな美術館にはだいたい飾ってあるが群をぬいていい絵が揃っているのがナショナルギャラリー、何回目かの訪問でそれがわかり夢中になってみたことを昨日のことのように思い出す。水の都、ヴェネツィアは憧れの街、美しい鐘楼の姿をみるとまた出かけたくなる。

英国の人たちに人気の高いコンスタブル(1776~1837)とターナー(1775~1851)、その代表作‘干草車’と‘雨、蒸気、速度 グレート・ウエスタン鉄道’をみるたびにイギリス絵画もスゴイなと思う。東京都美でターナー展をみてから3年が経つ。次はコンスタブル展が実現することを心待ちにしている。西洋美、国立新美、東京都美、どこが夢を叶えてくれるだろうか。

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2016.12.06

美術館に乾杯! ナショナルギャラリー その六

Img     ルーベンスの‘シュザンヌ・フールマン’(1625年)

Img_0002     ベラスケスの‘鏡をみるヴィーナス’(1651年)

Img_0004     レンブラントの‘ベルシャザルの饗宴’(1635年)

Img_0003     プッサンの‘パンの勝利’(1636年)

海外の名の知れた美術館をまわって必ずといっていいくらい出くわすのがバロックの王、ルーベンス(1577~1640)、ナショナルギャラリーにも数多くの作品が飾られている。だから、どれをとりあげるか迷うが一点となると大好きな‘シュザンヌ・フールマン’しかない。

ルノワール(1841~1919)の初期の傑作‘桟敷席’が描かれたのは1874年、驚くのはこの250年前にルーベンスは近代の画家たちが描くようなはつらつとした肖像画を描きあげていたこと。アングルやルノワールはラファエロの聖母子とルーベンスの女性画を特別な思いでながめていたのだろう。

ベラスケス(1599~1660)というとすぐプラドをイメージするが、ここには別の顔をしたベラスケスのすばらしい絵がある。みるたびに感激する‘鏡をみるヴィーナス’、スペインでは裸婦はご法度だから王の命令でローマに出張したときにこの絵を仕上げた。縛りがなくなったので天才ベラスケスの筆は冴えわたる。描こうと思ったら裸婦でも静物でもなんでも描ける。スゴイ画家である。

ルーヴル同様、この美術館もレンブラントをたくさん揃えている。そのなかで最も印象に残っているのが‘ベルシャザルの饗宴’、レンブラントに惹かれる理由のひとつがその自然な感情表現、この絵にもそれがよくでている。注目の人物はバビロニアの新しい王の左にいる女性、まさにびっくりしている様子。‘あらー、王様動揺しているわ!なにかよくないことが起きるのかしら?’

ギリシャ神話が絵の題材として繰り返し取り上げられるが、にぎやかな場面のひとつが‘パンの勝利’、プッサン(1594~1665)が描いた一枚は大勢の男女が思いっきりはめをはずしてお楽しみの真っ最中、この絵を注文したパトロンはニヤニヤしてみていたにちがいない。

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2016.12.05

美術館に乾杯! ナショナルギャラリー その五

Img_0002     カラヴァッジョの‘エマオの晩餐’(1601年)

Img     カラッチの‘聖ペテロに現れるキリスト’(1602年)

Img_0001     ジョルダーノの‘敵を石にかえるペルセウス’(1680年)

Img_0003     ホントホルストの‘大祭司の前のキリスト’(1617年)

今年は西洋絵画の当たり年だった。国内ではカラヴァッジョ、ボッティチェリ、ティツィアーノ、ルノワール、カサットゴッホ、ゴーギャンの回顧展があり、スペイン旅行では期待のボス、ラ・トゥール展だけでなく想定外のワイエスまでみることができた。

このなかで奇跡が起きたといってもいいすぎでないのがカラヴァッジョ展、なんとこの日本に11点ものカラヴァッジョ(1571~1610)が集まったのだからスゴい。欲をいえばきりがないが勝手な妄想をいうとナショナルギャラリーにある‘エマオの晩餐’とブレラ美にあるものが一緒にみれたら最高だった。

はじめてこの‘エマオの晩餐’をみたときびっくりしたのが右の弟子の左手がこちらにドーンとむかってくること。この男の鷲が翼を広げたようなポーズと呼応するように中央のキリストも手を前に出している。二人の緊張感に包まれた姿でもう200%参りました、となる。

カラッチ(1560~1609)の‘聖ペテロに現れるキリスト’は小さな絵なので注意してないとつい見逃してしまう。カラッチの作品をみる機会はきわめて少ない。だから、気になる絵はよく記憶に残っている。それがこの絵とプラドのある‘ヴィーナス、アドニスとキューピッド’。

画家のなかにはいろんな美術館でお目にかかり名前も一応知ってはいるが、前のめりになってみるほどではないというのもいる。そんな画家でも一枚によって突如その才能の開眼することもある。それをナショナルギャラリーで体験したのがナポリ生まれのジョルダーノ(1635~1705)。強い衝撃を受けたのは‘敵を石にかえるペルセウス’。これは幅が3m半もあるとても大きな絵。

この絵をみていたとき小学生が大勢やって来た。そして、引率の先生がこの絵の解説をはじめた。子どもたちはこの傑作をみればギリシャ神話の英雄ペルセウスの話を一生忘れないだろう。また、茶目っ気のある男の子は家で宿題を口うるさく言ういうお母さんに怪物メドューサの首をみせて石に変えてしまうかもしれない。

オランダのカラヴァッジェスキ、ホントホルスト(1592~1656)の‘大司祭の前のキリスト’も心に残る一枚。蝋燭の光の演出でこれほど画面が引き締まる絵が描けるのはラ・トゥールとホントホルストのほかにはいない。司祭の表情がじつにリアルで映画のワンシーンをみているよう。

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2016.12.04

美術館に乾杯! ナショナルギャラリー その四

Img  ブロンズィーノの‘ヴィーナスとキューピッドのいるアレゴリー’(1540~50年)

Img_0001     コレッジオの‘バスケットの聖母’(1524年)

Img_0003   パルミジャニーノの‘聖母子と聖ヨハネとヒエロニムス’(1527年)

ルネサンスのあとに生まれたマニエリスムの作品が多くみられるのはフィレンツェのウフィツィ美、ここでポントルモやサルト、ブロンズィーノたちをみてそのゾクゾクっとした画風の洗礼を受ける。くまのできた目とか不気味な微笑みをみてしまうとまたこの絵の前に立ったとき長くいるだろうか?とつい思ってしまう。

マニエリスムに対する正直な反応はこんなところ。でも、不思議な魅力を放っている絵がないわけではない。ナショナルギャラリーにはベストワンといっていいものがある。ブロンズィーノ(1503~1572)の‘ヴィーナスとキューピッドのいるアレゴリー’、これは忘れられない一枚。

この絵で何が表現されているかを論じたら一冊の本が書けるかもしれない。描かれたモチーフの意味をひとつ々読み取るのは絵への好奇心を高めるが、知識の量はほどほどにして人物の配置や真ん中3人の白い肌の輝きに目をむけていると時間はすぐ10分を超える。

まず視線が向かうのは右の可愛い笑顔をみせるキューピッド、そしてその向こうでちらっと顔だけをみせている女の子。その存在は謎めいている。この二人を長い腕で覆うようにしているのが精悍な顔つきをした髭の老人。この男はなぜここに登場するのか?謎解きはいろいろふくらんでいく。

コレッジョ(1494~1534)にもマニエリスムの香りがするがそれほど濃厚ではない。‘バスケットの聖母’は小さな絵で一度しかみたことがないが、聖母のやさしさに満ちた表情に即魅せられた。また幼子イエスの愛らしいこと。海外の美術館では若い夫婦が赤ちゃんを乳母車に乗せて引っ張ているが、コレッジョの絵の前ではイエスがこの赤ちゃんと入れ替わってもおかしくない。

パルミジャニーノ(1503~1540)はマニエリストのなかでは別格扱いにしている画家。ウィーンの美術史美で運よく大回顧展に遭遇したので愛着度がさらに深まった。‘聖母子と洗礼者聖ヨハネと聖ヒエロニムス’は聖ヨハネのポーズがなんといっても強く印象に残る。こちらをじっとみすえ一段上のところにいる幼児キリストを示すようにその右手を曲げている。おもしろいのはパルミジャニーノの描く聖母はキツネ目になっているところ。

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2016.12.03

二度目の‘円山応挙展’!

Img_0001          ‘楚蓮香図’(1786年)

Img_0003      ‘朝顔図’(1784年 相国寺)

Img_0002     ‘雲龍図屏風’(重文 1773年)

Img     ‘七難七福図巻’(重文 1768年 相国寺)

現在、‘円山応挙展’を開催中の根津美は地下鉄銀座線の表参道駅で下車して徒歩10分くらいで到着する。慣れ親しん道順だがひとつ難点がある。地下鉄から地上に上がってくるまでに傾斜のきつい階段があり、これがだんだん辛くなってきた。中国人観光客を必ずみかけるPRADAの前をすぎるころようやく呼吸が元にもどってくる。

展覧会が日曜美術館で紹介されたことが人気に拍車をかけているようで、館内は大勢の人で賑わっている。お目当ては後期(11/29~12/18)にでてくる作品。‘楚蓮香図’は図録をざっとみて過去にみたものかなと思っていたが、目の前に現れたのは別ヴァージョンだった。ちょっと腰を曲げた楚蓮香が蝶々と遊んでいる姿に今回いっそう惹きつけられたのは着物の柄や色彩が格別綺麗だったから。3点みたなかでこれが一番いい。

‘朝顔図’はサントリー美で公開された鈴木其一の‘朝顔図屏風’(メトロポリタン美)を思い浮かべながらみていた。背景の色が冴えないが朝顔ひとつ々の描写を単眼鏡でみると流石、応挙は写生の達人、という感じ。花のなかからでてくる光のとらえかたは其一同様、じつにリアルで印象深くうつる。

後期に登場した‘雲龍図屏風’は応挙展には欠かせない作品でキラーピースといっていい。この金色の龍と対面するのは四度目、数ある龍のなかでフリーア美にある俵屋宗達の龍とこの龍に200%魅了されているので息を呑んでみていた。

前期のとき、なぜか二階の展示室にあった‘七難七福図巻’をみないで帰ってしまった。電車のなかで図録をながめこの図巻どこにあった?と合点がいかなかった。これまで開かれた企画展はすべて一階で完結していたので二階まで展示が続くことをまったく思いつかなかった。この日もTVに出演した学芸員がちょうど前にいたので展示されている場所を聞いた。

出品リストを手にもっているのに絵と向かいだすとこれを忘れてしまうのでこういうミスをしてしまう。でも、過去の回顧展で前期にひろげてあったところはみていたため救われた。‘七難’の場面で食い入るようにしてみたのは突然現れた大蛇からみんなが大慌てで逃げるところ。実際にはこんな大きな蛇はいないだろうが、心理的にはこれほど巨大で怖かったにちがいない。

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2016.12.02

待望の‘小田野直武と秋田蘭画’!

Img          佐竹曙山の‘松に唐鳥図’(重文 18世紀)

Img_0001     小田野直武の‘不忍池図’(重文 18世紀)

Img_0002          佐竹曙山の‘蝦蟇仙人図’(18世紀)

Img_0003     司馬江漢の‘江ノ島稚児淵眺望’(19世紀 仙台市博)

サントリー美の今年の企画展で最も期待していたのは‘小田野直武と秋田蘭画’(11/16~1/9)、このなかにずっと追いかけていた作品がでている。それは前期(11/16~12/12)だけしか展示されない‘松の唐鳥図’、描いたのは秋田藩のお殿様、佐竹曙山(さたけしょざん 1748~1785))。

西洋画の陰影法や遠近法を取り入れて描いた風景画や花鳥画、いわゆる秋田蘭画は府中市美が精力的に開催している江戸絵画シリーズにちょくちょくでてくるのでだいぶ目が慣れてきているが、こうしてまとまった形でみるのははじめて。

この絵で目を惹くのはなんといっても画面を斜めにのびる大きな松の幹からでた枝にとまっている赤い鸚哥、おもしろいことに根津美の円山応挙展でも同じく松と赤の鸚哥を組み合わせた作品と出会った。赤の色の強さはともに尋常ではないが、絵全体のインパクトは曙山のものに軍配が上がる。松の力強さと極上の赤の絵の具を使って描かれた鸚哥、この構図はぐっとくる。

秋田蘭画のもうひとりの主役、小田野直武(おだのなおたけ 1749~1780)は秋田藩の藩士、代表作が‘不忍池図’(展示は前期のみ)、これは一度じっくりみているので軽くみていたが、解説のプレートに芍薬のつぼみのところに蟻がいると記されていたのですぐ単眼鏡を取り出してみた。前回は見逃したが2匹の蟻が姿を現わした。たまには説明文も読んでみるものだなと思った。横に秋田県の出身という男性がいて蟻を気にしていたので単眼鏡をわたしてあげた。

曙山の‘蝦蟇仙人図’をみるのは二度目、ここでハットすることに気づいた。なんと三足の蝦蟇と後ろの松の幹がダブルイメージになっている!松の表皮の菱形模様がそのまま蝦蟇の体のつぶつぶに連続し、よくみると蝦蟇は幹が変容した姿、これは気がつかなかった。曙山、なかなかやるじゃん、という感じ。

大きな収穫だったのが司馬江漢(1748~1818)、画集に載っていてまだお目にかかってないものが数点あった。とくに足がとまったのは‘江ノ島稚児淵眺望’、この展覧会は一回で終わりのつもりだったが後期に江漢がまた登場するのでそうもいかなくなった。

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2016.11.30

美術館に乾杯! ナショナルギャラリー その三

Img     マンテーニャの‘ゲッセマネの園の苦悩’(1460年)

Img_0001     ティツイアーノの‘バッカスとアリアドネ’(1520~23年)

Img_0003     ティントレットの‘天の川の由来’(1580年)

Img_0002    ヴェロネーゼの‘愛の寓意 Ⅱ侮蔑’(1570年代)

日本で海外のブランド美術館のコレクションが度々開催されるが、北イタリア生まれのマンテーニャ(1431~1506)にお目にかかった記憶がない。代表作がある美術館ですぐ思いつくのはルーヴルとナショナルギャラリー、見る機会が限られている分一度目のなかにはいったものは強く印象付けられている。

‘ゲッセマネの園の苦悩’はこの絵の主役はキリストや眠っている弟子たちではなくこの舞台をつくっている岩の塊ではないかと思ったりもする。手前の岩が何層にも重なるフォルムはインパクトがあり、後ろのほうにもとんがり帽子のような岩山が連なっている。BSプレミアムの‘体感!グレートネイチャー’にでてくる地球絶景がふと頭をよぎる。

ヴェネツィア派の作品を多く所蔵しているのはもちろん本家のアカデミア美、ほかでいいのが揃っているのはルーヴル、プラド、そしてナショナルギャラリー、もうひとつあげるならミラノのブレラ美。ナショナルギャラリーで数が多いのがティツイアーノ(1506~1576)、傑作ぞろいだがキリスト物語でもギリシャ神話でも人物描写に動きがあるものが多い。

‘バッカスとアリアドネ’はバッカスの風になびく赤いケープが目に焼きついている。おもしろいのは劇的に出会ったアリアドネとバッカスの間にヒョウがいること。ヒョウやチーターは獰猛な動物というイメージがあるからドキッとする。

動きのある絵画構成で目を楽しませてくれるのがティントレット(1518~1594)、‘天の川の由来’はお気に入りの一枚。今は宇宙論に200%のめりこんでいるから、こういう絵には敏感に反応する。赤ん坊のヘラクレスが本当のお母さんでもないゼウスの妻ヘラのお乳をあまりに一生懸命飲むものだからその乳は天空に飛び散ってしまった。天の川がこうしてできた。

ヴェロネーゼ(1528~1588)というとルーヴルの大きな絵が有名だからヴェネツィア以外ではルーヴルが一番いいものをもっていると思いがちだが、ナショナルギャラリーのほうが作品郡としては充実しているというのが正直なところ。4点ある‘愛の寓意’や‘アレクサンドロス大王の前のダレイオスの家族’などが飾ってある部屋は圧巻!

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2016.11.29

美術館に乾杯! ナショナルギャラリー その二

Img  ヤン・ファン・エイクの‘アルノルフィニ夫妻の肖像’(1434年)

Img_0001    ホルバインの‘大使たち’(1533年)

Img_0003    ボスの‘嘲弄されるキリスト’(1490~1500年)

Img_0002     ブリューゲルの‘東方三博士の礼拝’(1564年)

海外の美術館をまわってみてつくづく思うのは絵画の世界は広く、すごい画力を持った画家が数多くいるということ。海外にそうたびたび出かけられるわけではないので、美術館を訪問する機会がめぐってきたときは狙った作品を全神経を傾けてみることにしている。そんな画家のひとりがヤン・ファン・エイク(1390~1441)。

ナショナルギャラリーにはファン・エイクのとっておきの絵がある。‘アルノルフィニ夫妻の肖像’、その絵解き話は美術史家のパノフスキーにたくさん教えてもらった。それもおもしろいがこの絵で視線が一番に向かうのは後ろの鏡、そこに人物が4人も映っている。鏡と同様、そのリアルな質感描写にびっくりするのが金属のシャンデリアと蝋燭、左に立つ商人の顔はちょっと気持ち悪い、だから可愛い天使のような奥さんばかりみている。

ハンス・ホルバイン(1498~1543)の‘大使たち’は事前にあることをインプットしておかないと後で悔いを残すことになる。それは絵の中央下に描かれている不思議な物体?前からみるとわからないが、画面の右から真横にみると、なんとドクロが現れる!こんなグロテスクなだまし絵を緻密な描写した人物や楽器のなかに挿入するのだからホルバインはかなりのアヴァンギャルド思考。

6月プラド美でみた大ボス展の余韻にまだ浸っている。‘嘲弄されるキリスト’もそこに展示されていた一枚。キリストを痛めつけられる場面がクローズアップで描かれている。こういう光景をみると気の弱い中学生の男の子が学校の片隅でいじめられているところをイメージする。

このボスと画風がよく似ているのがブリューゲル(1525~1569)の‘東方三博士の礼拝’、気になるのは聖母や三博士の着ている服のサイズがやけに大きくダボダボなところ。後ろに立っている男たちと比べてキリストも含めて前にいる5人は顔が非常に小さく描かれているので紙人形のような感じがする。

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2016.11.28

美術館に乾杯! ナショナルギャラリー その一

Img_0001    ダ・ヴィンチの‘岩窟の聖母’(1492~1508年)

Img_0002     ボッティチェリの‘ヴィーナスとマルス’(1480~90年)

Img    ラファエロの‘教皇ユリウス2世’(1511~12年)

Img_0003 ピエロ・デラ・フランチェスカの‘キリストの降誕’(1470~75年)

これまで数限りなくみてきた美術品のなかで心に強く残ったものを西洋美術については‘ズームアップ 名画の響き合い!’、日本美術は‘近代日本美術の煌き!’によって時代を通観する形で紹介してきた。ここで焦点をあてたのは近現代に生み出された作品、そこで第三弾としてそれ以前の時代のものを中心にした‘美術館に乾杯!’を立ち上げることにした。

運のいいことに日本だけでなく海外の美術館にも足を運ぶことができ、アートに親しんできた。訪れたのは大きな美術館だけでなく邸宅風の美術館や小さな美術館もある。どの美術館もそれぞれコレクションに個性があり、多様性豊かな美術の世界を見せてくれた。そこで出会った思い出の作品をできるだけ多くとりあげたい。

スタートはロンドンにあるナショナルギャラリー、この美術館はルーヴルやメトロポリタンのように彫刻や工芸などはなく絵画のみ。大きな美術館の多くは日本でそのコレクションを公開し‘名品展’を開いてくれる。ところが、ナショナルギャラリーだけはそれが実現しない。だから、ロンドンに出向かないかぎり傑作の数々とお目にかかれない。これは美術館の基本的な方針だから仕方ないが、残念なことではある。

館内に展示されている作品の質の高さはもうエベレスト級。とにかく名画がここにもあそこにもあるという感じ。ダ・ヴィンチ(1452~1519)は‘岩窟の聖母’にぞっこん参っている。いつも長くみているのは聖母マリアと天使のきれいにカールされた金髪。このリアルな描写をみるたびにダ・ヴィンチにひれふしている。

ボッチチェリ(1445~1510)の‘ヴィーナスとマルス’は左右に男女が広がる構図がとても印象深い。古代ローマの屋敷における食事の光景をみるような感じ。それにしてもヴィーナスのアンニュイなこと。

古典絵画の肖像画のなかで強い磁力を放っている作品のひとつがラファエロ(1483~1520)が描いた‘教皇ユリウス2世’、軍人教皇といわれたユリウス2世、頑固そうで厳しい目つきをした顔をみると戦場では大声をあげて兵士たちを叱咤していたにちがいない。

ピエロ・デラ・フランチェスコ(1416~1492)の‘キリストの降誕’からはまさに美しい歌声が聴こえてくる。画面の空気が楽器の音や女性たちの合唱によって振動する絵というのはそうはない。動と静が美しく融和した絵画が描けるというのがスゴイ。

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