2018.09.20

太田記念美の‘歌川広重展’!

Img_0002     ‘東海道五捨三次之内 日本橋 行烈振出’(1835年頃)

Img_0003     ‘東都名所 高輪之明月’(1831年頃)


Img_0001     ‘山海見立相撲 越中立山’(1858年)


Img     ‘大井川歩行渡’(1852年)

太田記念美では現在歌川広重(1797~1858)の没後160年を記念した回顧展(9/1~10/28)が開かれている。作品は前期(9/1~24)と後期(9/29~10/28)で総入れ替えし、全部で213点でてくる。

2007年には神奈川県立歴史博物館で没後150年展があった。10年毎に広重の特別展に遭遇できるのは嬉しいかぎり。この度は浮世絵の専門館での開催だから目に力が入る。今日の午前中に入館したが、来館者がどんどん増えていくので、開幕してから大勢の人が広重の風景画、花鳥画、美人画、戯画を存分に楽しんだにちがいない。

広重とのつきあいは長いから期待ははじめてみる絵に集中するが、流石は太田記念美。プラスαが続々と登場する。目をこらしてみたのは東海道五十三次の‘日本橋’の別ヴァージョン。静かな早朝を描いたものがお馴染みの絵だが、橋を渡ってくる大名行列の前方に多くの人数が描かれた‘行烈振出’は初版の2年後に摺られた。行列が迫ってくると皆大急ぎで道の脇に移動するのだろう。これはこれでおもしろい。

広重の名を一躍有名にした傑作‘東都名所 高輪之明月’を久しぶりにみた。満月をバックにして気持ちよさそうに飛んでいく雁の群れに思わず見入ってしまう。宗達&光悦の合作にたくさんの鶴が優雅に飛翔する作品があるが、広重の雁もこれと同様見るたびに魅了される。

初見の‘山海見立相撲 越中立山’の前では以前TVでみた中国の観光名所となっている奇岩が林立する山々を思い出した。山派ではないのでここに描かれた剣岳はとんとわからないが、構図のつくり方に惹かれて長くみていた。

今回の収穫のひとつが‘大井川歩行渡’、これもこれまで縁がなかったもの。輦台に乗ったり人足の肩車で川を渡る女がここにもあそこにもいる。ここでは旅人の主役は女たちで後ろのほうで人足の数が多い大名乗物が行き来している。タイムワープして肩車してもらいたくなった。

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2018.09.19

フェルメール展 2500円はクレイジー!

Img_0001     ‘取り持ち女’((1656年 ドレスデン絵画館)

Img     ‘紳士とワインを飲む女’(ベルリン国立美)

開幕が迫ってきた上野の森美の‘フェルメール展’(10/5~2/3)、つい最近新たに1点が追加され出品作は全部で9点となった。この最後のピースがなんとも嬉しい絵、予想もしなかったドレスデン国立古典絵画館にある‘取り持ち女’。

2003年中欧を旅行したとき、ドレスデンの絵画館ではフェルメール(1632~1675)の‘窓辺で手紙を読む女’と‘取り持ち女’と会うのが楽しみだった。ところが、どういうわけか見たい度の強かった‘取り持ち女’のほうは姿を現してくれなかった。どこかの国で開かれた展覧会に貸し出し中とのこと。ガックリ!

この初期の風俗画色の強い作品を見逃したのは返す々も残念で二度目のドレスデンが頭をちらっとよぎるが、現状ではその可能性は低く幻の絵のままだろうなと諦めていた。だから、りカバリーが日本で実現することに喜んでいる。

この絵は来年の1/9から登場する。そのため、日時の予約は1月分がはじまる11/3以降にすることにした。いい情報が入ったのでめんどくさい時間指定の予約の仕方を知っておこうと上野の森美のHPにいくと、バッドニュースが飛び込んできた。

今回の入館料はな、なんと2500円!これは呆れた。上野の森美は前々から値段が高いことで好感度はよくなかったが、これでさらに低下した。高い人気を誇るフェルメールが9点、しかも初来日が3点もあるので1800円なら許容範囲。

それを平気で2500円もつける。クレイジー極まりない! 普通のブランド美術館の運営感覚からは大きく逸脱しており、フェルメールで大儲けしようとする本性丸出し。4ヶ月興行だから相当の利益をもくろんでいるのであろう。視聴率のとれないフジテレビ系の美術館がフェルメール展を開催すること自体が不幸のはじまりだった。

フェルメールが好きな人は多いからこれまで日本で行われたフェルメール作品がでてくる展覧会は皆せっせと足を運んでいる。だから、新規の作品が登場すれば心ははずむ。でも、今回は3点をみるためには大変な出費がかかる。

今回ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵の‘赤い帽子の娘’は10/5~12/20しか展示されない。同じく初来日の‘紳士とワインを飲む女’は通期の展示だが、‘取り持ち女’は1/9~2/3。そのため、3点全部目に焼きつけようとすると2回出動しなくてはならず5000円かかる。

コアなフェルメールファンならこのコストはなんともないだろうが、普通の絵画好きなら‘フェルメールには関心があるが、2500円も5000円もするのならやめとこう!と思うにちがいない。隣の方もフェルメールはいっぱいみたからパスすると、言っている。

本来ならビッグなイベントとして大いに盛り上がるところだが、これだけ料金が高い上にめんどうな日時予約があるため客足は意外に伸び悩む可能性がある。フェルメール展はこれまで何度も行われており、また海外旅行をして本物を見た人も増えているので、この条件だと観客の伸びしろはそれほど大きくない。

マーケティングセンスが悪いフジテレビ系の上野の森美だから美術ファンの心が読めずにいる。つくづく不愉快なことをするなと思う。

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2018.09.18

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十七

Img     ラウシェンバーグの‘オラクル(神託)’(1962~65年)

Img_0003 カバコフの‘自分のアパートから空へ飛び去った男’(1981~88年)

Img_0002     ぺノーネの‘息吹6’(1978年)

Img_0001     キーファーの‘至高の存在’(1983年)

ピカソの作品のひとつに画面に新聞紙などを張り付けるコラージュがあるが、ネオ・ダダのラウシェンバーグ(1925~2008)はさらに進化させ絵画と彫刻を融合した‘コンバイン’を生み出した。くっつけるものは身の回りのあるものや既製品、廃品。仕上がりが未完にみえてもそれにはこだわらず自由な創作を大切にする。

‘オラクル(神託)’でオブジェは煙を出すものだったり、自動車のドア、踏み台、、ひとつ々元の形から変化しラジオ受信機が内蔵され群となってつながっている。さて、どんな神託がくだるのか、その意味を読み取るのは一筋縄ではいきそうにない。

インスタレーションは物語仕立てだとおもしろい。ソビエトのアーティスト、イリヤ・カバコフ(1933~)の作品にはとてもわかりやすくポエチックなタイトルがついている。‘自分のアパートから空へ飛び去った男’。天井の大きな穴は男が発射機の助けを借りて勢いよく飛び出した様子をうかがわせるし、床に散らばる天井の板の破片がその瞬間のエネルギーの大きさを物語っている。

イタリアの現代彫刻家ペノーネ(1947~)の‘息吹6’はテラコッタの壺で作家の体が残した痕跡が3つの形でつながっている。ぱっとみると火山の噴火によって吹きでてきた溶岩のかたまりのようにみえる。イタリアというと周期的に大爆発するシチリアのエトナ火山がすぐ思い浮かぶ。

ドイツのキーファー(1945~)の大画面の作品をアメリカの大きな美術館は熱心にコレクションしている。シカゴ美、MoMA、グッゲンハイムでお目にかかった。ポンピドーにある‘至高の存在’も縦2.8m、横3.7mの大作。まるで廃墟になった建物のなかに立っているよう。主題や意味がつまったキーファーの作品は心の奥底にずしっとくる。そして、藁などが入った大きな画面に描かれた原始的で荒々しい風景にじわーと心をかきむしられる。

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2018.09.17

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十六

Img_0003     ステラの‘マス・オ・メノス’(1964年)

Img_0001     ジャッドの‘積み重ね’(1972年)

Img     ウォーホルの‘10人のリズ’(1963年)

Img_0002     オルデンスバーグの‘ゴースト・ドラム・セット’(1972年)

戦後のアメリカではポロックらを中心に抽象表現主義のスーパーハリケーンが吹き荒れたたが、激しい感情表現は性分に合わないという作家が現れる。ネオ・ダダのジョーンズが登場し、このジョーンズに影響を受けたステラ(1936~)はモチーフをぐっと単純化し最小限の表現によって作品をつくるミニマル・アートを生み出した。

ステラに目が慣れているのは千葉の川村記念美がもっているコレクションのおかげ。お好みは赤や緑などの明るい色彩に心を奪われる‘分度器’シリーズ。ポンピドーにあるのは‘ランニングV’シリーズ、ストライプが角々と折れ曲がるので日本の屏風をみているような気になる。

ジャッド(1928~1994)の‘積み重ね’もミニマル・アートのひとつ、壁にくっつけられた直方体のブロックが等間隔で配置されている。こうした作品でヴァリエーションをつくるならこちらにつきでている面の色の変化しかない。赤になったり緑になったり。これは建築物の軽いアクセントとしてつくられた装飾と同じ。ここには感情も物語もない。あるのは小さなブロックの連続体のみ。

日常的な現実をアートの世界にどどーんと持ち込んだのがポップ・アートの旗手、ウオーホル(1928~1987)。マリリン・モンローの写真を自在に色をつけて一枚々ちがう表情に変えてみせる。どういうわけか違和感がなく、人々は新しいモンローがまたスクリーンに戻って来たのではないかと興奮させられる。ウォーホルはエライやっちゃ!人気がでるはず。エリザベス・テーラーだって10変化。魔性の女にみえてくる。

オルデンスバーグ(1929~)は日用品を色や材質を変えて並べ見慣れたものとは異なる風景をつくりだす。目の前にあるのは白一色の‘ゴースト・ドラム・セット’、まるでドラムセットが雪を被ったかのよう。ポップ・アートは気軽にモノを変容しその風景を素直に楽しむ。難解な抽象アートとは無縁な世界。

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2018.09.16

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十五

Img_0003     デ・クーニングの‘女’(1952年)

Img_0001     ゴーキーの‘風景ーテーブル’(1945年)

Img     フランシスの‘魅力的な青の中で’(1955~57年)

Img_0002  トゥオンブリーの‘パトロクロスの死を悼むアキレウス’(1962年)

デ・クーニング(1904~1997)の‘女’シリーズをはじめてみたのは1993年上野の森美で開催されたMoMA名品展。激しい線で表現された女はまるでギャク漫画にでてくる人物のよう。抽象画といっても顔はすぐイメージできるのでとっつきは悪くない。大きな目と突き出た歯は一度みたら忘れようがないほど強烈なインパクトをもっている。

アルメニアに生まれ迫害を逃れてアメリカに移ったゴーキー((1904~1948)はアメリカの美術館をまわるとよく遭遇する。その画風は抽象表現主義とシュルレアリスムが合体したような感じ。‘風景ーテーブル’は色彩に目をそらさせないほどの強さがみられるが画面のところどころにミロを思わせるコミカルなモチーフがでてくるので緊張とリラックス感が半々といったところ。

サム・フランシス(1923~1994)の回顧展にめぐりあうことを夢見ているがなかなか実現しない。出光美や東京都現美に大きな作品があるからこれに海外の美術館が所蔵するものを加える、国立新美あたりは展示室が広いのでうってつけの美術館なのだが、、このときポンピドーの大作‘魅力的な青の中で’はもちろん含まれる。ポロックのドリッピングやスティルの抽象表現の影響をうけただけでなく、日本に滞在し余白や墨のにじみなども吸収したフランシス。まとまった形でみれるようミューズにお願いし続けている。

サイ・トゥオンブリー(1928~2011)の作品にはプッサンの絵のような名前ががついている。題材はホメロスのイリアスからとった‘パトロクロスの死を悼むアキレウス’。この作家の絵にでてくる落書きのような頼りない線は島の岩場にゆらゆら漂う海藻のイメージ、それにたいそうなタイトルをつけるのがトゥオンブリー流。死がもたらす果てしない悲しみがじわーと伝わってくる。

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2018.09.15

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十四

Img_0003     ポロックの‘絵画(黒、白、黄、赤とシルバー)’(1948年)

Img_0001    ロスコの‘No.14(暗色の上のブラウン)’(1963年)

Img     ニューマンの‘エリコ’(1968~69年)

Img_0002     ケリーの‘イエロー・レッド・カーブ’(1972年)

2008年からはじまったアメリカの美術館めぐり、主要な美術館を訪ねる回数が増えるとともにアメリカ人作家が生みだした現代アートにもだんだん目が慣れてきた。彼らの作品の特徴のひとつが画面のサイズがとても大きいこと。

その代表が抽象表現主義のポロック(1912~1950)。アクションペインテイングのイメージは落ち着いてみれないほど荒々しくカオス的。ところが、不思議なもので何度もこの大画面の前に立つとドロッピングによって生まれた細い線の重なりが局地的にきりっとした色彩美を生み出していることに気づく。ポンピドーにある‘絵画(黒、白、黄、赤とシルバー’もそれを感じさせてくれる。

ポロック同様、人気の高いロスコ(1903~1970)は輪郭がぼんやりした四角形の色面を地の色に重ねるのが特徴。それによって浮き上がってくる色はいろいろあり、ここでは重たい色にブラウンの組み合わせになっている。画家の気分によってこの色面は変わるが、ロスコ芸術に嵌るのはこういう暗色系かもしれない。

ロスコの色面は画面の上下に並んでいるのに対し、ニューマン(1905~1970)の画面はいろんな色で描かれた垂直の縞模様(ジップ)で左右に分けられる。画面の形は横か縦にのびる長方形だが、ポンピドーにあるのは珍しく三角形。その頂点から下にまっすぐ引かれた赤の線の強いこと。この赤により画面に崇高さが生まれている。

アメリカの美術館に足を運んだことでそれまで知らなかった才能豊かな画家たちに遭遇した。ケリー(1923~2005)もそのひとり。‘イエロー・レッド・カーブ’は明るい黄色と赤が目に沁みる作品。逆三角形を黄色と赤にわける境界線がわずかに弧を描いているため立体的な形になり動きがでている。これが楽しい。

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2018.09.14

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十三

Img     ぺヴスネルの‘世界’(1947年)

Img_0003     フレイヴィンの‘タトリンのための記念碑’(1974年)

Img_0001     スタルクの‘タブレットW.W’(1990年)

Img_0002     ヴェランの‘サイ’(1999~2000年)

20世紀に入ってアートの表現世界はどんどん広がっていき絵画、彫刻、建築それぞれの垣根がとっぱらわれいろんな融合の形が生まれてきた。そして、テクノロジーとアートの結びつきも強くなった。彫刻家ぺヴスネル(1884~1962)の‘世界’では金属の薄片が素材に使われており、彫刻というより建築的な造形性を感じさせる作品。

フレイヴィン(1933~1996)はライト・アート(光の芸術)に独自の表現をみいだした作家。‘タトリンのための記念碑’は明るい蛍光管を何本も縦に置いただけだが、日常生活に光は満ち溢れているからアートを別に意識しなくても気軽に作品を受けとめられる。

タトリンはテクノロジーとアートとのコラボを唱えロシア構成主義を生み出した。この活動はレーニン率いる新生ロシアの理想社会にも適っており、建築、デザインで国づくりに貢献した。蛍光管がつくる形はロシアではよくみられる建築スタイル。

2010年にポンピドーへ行ったとき、新規の作品で大変魅了されたのがデザインの世界的スター、フリップ・スタルク(1949~)のオブジェ‘タブレットW.W’とヴェラン(1963~)の赤い‘サイ’、二人ともフランス人。‘タブレット’は色あいが新進気鋭の陶工がつくる青磁の作品を思わせる。これと遭遇したのは大収穫。

ヴェランの赤いサイにも200%KOされた。重量感のあるサイが目の覚める赤で彩られて目の前にいる。今にものっしのっしと動きだしそう。こんな楽しいつくりものがあると子どもたちは喜ぶ。次はどんな動物がどんな色で現れるのだろうか。期待したい。

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2018.09.13

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十二

Img_0001    クラインの‘青い時代の人体測定(ANT82)’(1960年)

Img レイスの‘メイド・イン・ジャパンーグランド・オダリスク’(1964年)

Img_0002     ニキ・ド・サンファルの‘花嫁’(1963年)

Img_0003     メサジュの‘槍’(1992~93年)

ヌーボー・レアリスムの象徴的な存在だったクライン(1928~1962)は柔道も強く講道館から6段をもらっている。34歳で亡くなったのは残念というほかないが、残した作品は今も強い磁力を放っている。

‘青い時代の人体測定(ANT82)’は公開パフォーマンスによって生まれた。裸の女性の身体に青の絵の具を塗りカンヴァスに押しつけてその跡を残す。中国の魚拓と同じことをやっている。その姿はぱっとみると横に並んだ赤ちゃんを連想するが、じつは大人の女性。これをみると金粉を体に塗った芸人を思い出す。

若いころアルマンの助手だったレイス(1936~)は代表作‘メイド・イン・ジャパンーグランドオ・ダリスク’でその名が知られた。アメリカでウォーホルがポップ・アートのトップランナーなら、フランスにはレイスがいるという感じ。ウォーホルが女優マリリン・モンローをモデルにしたのに対し、レイスはアングルの名画‘グランド・オダリスク’を引用する。

この裸婦の色使いはマティスを超えている。赤の背景に緑の肌。この色彩対比がピタッと嵌った。さらにこの絵にはおもしろいものが描き込まれている。オダリスクの頭上にはなんと蠅がいる。メトロポリタンにクリストゥスが描いた修道士の肖像があるが、ここにも蠅が枠の上にいる。レイスはこの絵を意識したのかもしれない。レイスに乾杯!

3年前、国立新美で回顧展が行われたニキ・ド・サンファル(1930~2002)。彼女は肝っ玉のすわった前衛ア―ティストで‘射撃絵画’という物騒な表現で一躍注目された。ティンゲリーやクラインからも影響をうけたが、‘花嫁’や‘出産’のような女性の根源的な存在を強烈に表現するオブジェをつくり続けた。

サンファルの再来ではないかと思わせるのがフランスのメサジュ(1943~)。日本にはじめて登場したのは2008年の森美でも回顧展。なぜこの展覧会に足を運んだのか忘れたが、予想外にその作品に嵌りめぐりあわせの良さをミューズに感謝したほど。ポンピドーの図録にも載っている‘槍’は勿論出品された。

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2018.09.12

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十一

Img_0001     デュシャンの‘泉’(1917年)

Img_0004     ボイスの‘グランドピアノへの同質の浸透’(1966年)

Img     アルマンの‘ホーム、スイート・ホーム’(1960年)     

Img_0002     セザールの‘圧縮・リカール’(1962年)

ピカソがキュビスムの誕生をつげる‘アヴィニョンの娘たち’を描いたのは1907年、その10年後、今度はニューヨーク・ダダイズムのデュシャン(1887~1968)が現代美術のシンボルとなった‘泉’を発表する。アートは新しい地平をもとめて加速度的に進化していく。

白い陶器の男性用便器に偽名のサインをして、‘これはどこにでもあるもの(レディメイド)だが、私が選んでアートにした’といきなり言われても、アートの専門家だって‘おいおい、それってあり?’と面食らうのだから普通の美術ファンはとても話の輪のなかに入れない。笑えるのは便器を‘泉’とする表現力。やはりデュシャンのもつパロデイ的な感覚は半端ではない。

ドイツのボイス(1921~1986)は‘グランド・ピアノへの同質の浸透’をはじんめてみたとき、頭をよぎったのはアフリカ象。ピアノを覆うフェルトの色が象に似ていてしかも3つの足とペダルがあるので直感的に象のイメージと重なった。そのため、この作品には親しみを覚える。不思議なのは赤十字のマーク。ピアノと赤十字がどうして結びつくのか。

ヌーヴォー・レアリスムの中心メンバーとしてイブ・クライン(1928~1962)とともに活躍したアルマン(1928~2005)とセザール(1921~1998)。強い衝撃をうけるのがアルマンの作品、木箱にたくさんのガスマスクがびっしり集積されている。ガスマスクには戦争の悲惨さ残虐性がつきまとうので長くはみていられない。

彫刻家セザールは大理石像をつくりたかったが資金がなかったので金属を溶接する作品をつくった。これがきっかけになり廃品を圧縮して形を整えたオブジェが生まれた。一見すると大型の冷蔵庫の感じ。このほかにMoMA
でアメ車のビュイックを押しつぶしてこんな形にしたものをみた。

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2018.09.11

美術館に乾杯! ポンピドー・センター その二十

Img     カルダーの‘魚の骨’(1939年)

Img_0002_2     ソトの‘開かれた空間’(1967年)

Img_0004_2     ティンゲリーの‘部分 地獄、小さなはじまり’(1984年)

Img_0001     ビュリの‘9平面上の81個のボール’(1966年)

抽象美術に目を慣らしてくれた展覧会が1990年代に2度あった。最初は1991年の池袋のセゾン美(今はない)で開催されたグッゲンハイム美術館名品展、そして1997年にも東京都美でポンピドー・コレクション展が行われた。

グッゲンハイム展でとても親しみを覚えたのがカルダー(1898~1976)の動く彫刻、‘モビール’。彩色されたいくつもの金属板が針金で軸の棒に結びつけられて天井から吊り下げられている。じっとみているとゆるやかに動いている。同じものを子どもたちにつくらせたら喜んで手を動かすにちがいない。ポンピドーでもカルダーは楽しめるがそのひとつが‘魚の骨’。たしかに猫が食べ終えた魚の形に似ている。

ベネズエラ出身のソト(1923~2005)のつくったキネティック・アートも印象に強く残る。‘開かれた空間’は平面の前に無数のピアノ線がでており、これがびよんびよんと振動している。これはピアノ線が長いのはミソ。長いほど振動が大きくなるのでみていておもしろい。

ポンピドー展で作品の衝撃度が大きかった作家のひとりがティンゲリー(1925~1991)、ポンピドーセンターに着いて建物のまわりを歩いていると‘噴水彫刻’が目にとびこんでくるがこれはティンゲリーの作品。‘地獄、小さなはじまり’は巨大な動くオブジェ。電動モーターで動くのはどれも廃材。その数30以上。機械いじりが好きな人には恰好の遊び場となるにちがいない。

ベルギーのビュリ(1922~2005)の‘9平面上の81個のボール’は子どもから大人まで楽しめる玩具のたぐい。角々と曲がる斜めの木の板に木製の小さな球体が珠の裏側に仕込まれたモーターによって上から下へと落ちていく。角度のついた坂でもざーっとすべることなく一歩ずつ進む様子はまるで尺とり虫が動いているよう。息を呑んでみていた。

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