2018.12.16

2018年 感動の西洋美術 ベスト10!(1)

Img_0001 セザンヌの‘赤いチョッキの少年’(1888~90年 ビュールレコレクション)

Img_0002     デルヴォーの‘ヴィーナス’(1944年 テートモダン)

Img     アンリ・ルソーの‘豹に襲われる馬’(1910年 プーシキン美)

長いこと美術鑑賞を続けていると、展覧会そのものに関心がいくというより見たい度の大きい作品を目当てに出かけることが多くなってくる。だから、今年最も嬉しかった絵や彫刻との対面を振り返ってみるのはとても楽しい。まずは‘西洋美術のベスト10!’から(みた順で3回にわけて)。

今年の前半、西洋絵画好きの人にPRしまくったのが‘至上の印象派展 ビュールレコレクション’(2/14~5/7 国立新美)に出品されたセザンヌ(1839~1906)の‘赤いチョッキの少年’。セザンヌの追っかけが最終ゴールに近くなってきたのはフィラデルフィア美と2度縁があり念願だったセザンヌの‘大水浴図’と‘サント・ヴィクトワール山’をみることができたから。

残るはスイスにある‘赤いチョッキの少年’とモスクワのプーシキン美蔵の‘マルディ・グラ’、でもここに到達するのは時間がかかるだろうなと思っていた。ところが、幸運なことに‘赤いチョッキの少年’がわざわざ日本に出張してくれた。絵がわかるようになったころセザンヌのイメージはリンゴの静物画とこの絵でできあがっていた。その絵が目の前にあるのだから興奮する。

横浜美の‘ヌード展’(3/24~6/24)はずばり!デルヴォー(1897~1994)の‘ヴィーナス’の1点買い。この絵の存在を知ってからずいぶんと時が流れ、ロンドンのテートモダンにも何回か足を運んだのにどういうわけか姿を現してくれなかった。ようやくフランス人形のようなヴィーナスに会えた。

プーシキン美の作品は今年の展覧会を含めて3回みる機会があった。自慢のコレクションはなんといっても印象派とポスト印象派だが、近年どんどん人気が高まっているアンリス・ルソー(1844~1910)も4点くらい所蔵している。ルソー本で目をつけていた‘豹に襲われる馬’が出品されたのはありがたい。プーシキン美を訪問する計画がだんだん煮詰まってきたが、現地で残りのルソーもみれることを念じている。

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2018.12.15

2018年 感動の展覧会 ベスト10!

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今年足を運んだ展覧会は35、このなかからとくに良かったものをいつものように10選んだ。

★ビュールレコレクション展  2/14~5/7    国立新美

★池大雅展          4/7~5/20    京博

★プーシキン美展       4/14~7/8    東京都美

★琉球展          7/18~9/2     サントリー美

★藤田嗣治展        7/31~10/8    東京都美

★歌川広重展        9/1~10/28    太田記念美

★ルオー展         9/29~12/9    汐留ミュージアム

★ルーベンス展       10/16~1/20   西洋美

★東山魁夷展        10/24~12/3   国立新美

★ムンク展         10/27~1/20   東京都美

年のはじめに目をつけていた展覧会はだいたい出かけているが、その数は年々減ってきている。これは日本美術に関しては、絵画にしてもやきもの・彫刻にしてもみたいものはだいたい目のなかにいれたので鑑賞意欲が以前ほどは高くないことが関係している。

そのため、五島美の‘東西数寄者の審美眼’(10/20~12/9)のように追っかけリストに載せている芦雪の仔犬の絵をみるために訪問するというケースが多くなっている。こういう1点買いの展覧会では図録は買わないので財布からでていくのは入場券と数枚の絵葉書分だけ。だから、一度に4,5の美術館をまわっても前ほど散財しなくなった。

日本美術関連の展覧会は20回出動したが、ダントツの収穫は京博であった池大雅展。前から京博へ行くたびにアンケート用紙に‘池大雅展を強く希望!’と書き続けていた。その願いが叶ったので半端じゃない嬉しさがこみあげてきて会場では落ち着きがなかった。これで江戸絵画も一区切りつけられる。

サントリー美に200%感謝なのが琉球展で長年追い求めていた国宝の紅型の龍模様の衣装を展示してくれたこと。これはなかなかでてこない紅型のお宝中のお宝で2014年の‘日本国宝展’(東博)にも登場しなかった。だから、天にも昇ような気持でながめていた。

今年は西洋絵画の当たり年!春はビュールレコレクション展とプーシキン美展が目を楽しませてくれ、後半は藤田嗣治、ルオー、ルーベンス、ボナール、デュシャン、そしてムンクと一級の回顧展が開催された。これに加えまだ出かけてないので、ここにはあげてないが上野の森美ではフェルメール展が多くの観客を集めている。

ムンクの最初に描かれた‘叫び’を5月オスロ国立美でみて11月には再び別ヴァージョンに遭遇したのだから、わが家は1年中‘ムンク祭り’。忘年会の席では‘ムンク展行った?’を連発している。

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2018.12.14

来年秋 京博で‘佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美’展!

Img_0001     ‘佐竹本三十六歌仙絵 清原元輔’(重文 13世紀 五島美)

今年出かけることにしていた展覧会はすべて終了し、今は感動した展覧会や作品を思い出したり恒例のベスト10にどれを入れるかと思案しているところ。と同時に、来年行われる展覧会についても各種媒体から情報を集めている。

2ヶ月くらい前、みどりがめさんから大変嬉しい情報をもらった。来年の秋、京博があの‘佐竹本三十六歌仙絵’をどどっとみせるという。流石、京博!期間は10/2~11/24。すでにわが家では京都旅行を決定している。この話を知ると嬉しさのあまり日本美術好きの人についしゃべりたくなる。それほどスゴイ企画なのである。

もとは‘佐竹本三十六歌仙絵巻’(全二巻)だったものが37枚に切断され一枚々の‘歌仙絵’になった。今年は京博の展覧会の前触れなのか6月出光美で開催された‘歌仙と古筆’展で‘柿本人麻呂’(出光美)、初見の‘山邊赤人’(個人)、‘僧正遍照’(出光美)、‘住吉大明神’(東博)と遭遇し、五島美の‘東西数寄者の審美眼’にも‘清原元輔’(五島美)と‘藤原高光’(逸翁美)が登場した。

‘山邊赤人’を含めこれまでみたのは全部で18枚、まだ半分にすぎない。最終ゴールには天国でしかたどり着けないと思っていたが、京博が強いブランド力を発揮し普通ではみられない個人蔵なども集めてくれそうなので37枚の四分の三くらいまでいけるかのしれない。

春の‘池大雅展’で江戸絵画ファンをうならせ、秋は‘京のかたな展’で多くの女性たちを熱狂させる。そして、来年は不可能と思っていた‘佐竹本歌仙絵’をみせてくれという。京博のチャレンジ精神には本当に頭が下がる。

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2018.12.13

何度見ても心を打たれる‘東山魁夷展’!

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Img_0001     ‘唐招提寺御影堂障壁画 濤声’(1975年 唐招提寺)

Img_0003      ‘フィヨルド’(部分 1963年 兵庫県公館)

Img_0002     ‘白夜光’(1965年 東近美)

Img_0004    ‘緑響く’(1982年 長野県信濃美 東山魁夷館)

パソコンがダウンしたため展覧会の会期中にアップできなかった‘東山魁夷展’(10/24~12/3)は10年ぶりに国立新美で開かれた。

大きな東山魁夷展に遭遇するのは今回が4度目。近代の日本画家で回顧展が何度も開かれるのは横山大観と東山魁夷。二人とも生涯つきあっていくことを決めている画家なので見逃さずに出かけてきた。前回の東山魁夷展は東近美、今度は国立新美。出品作は定番のものがずらっと並んでいるが、今回の目玉は唐招提寺御影堂の障壁画を再現展示し全部(1975年の一期と1980年の二期)みせていること。

オール障壁画のなかで一番惹かれているのが‘濤声’、描くのが大変難しい波をこれほどリアルに詩情性豊かに表現できるのだから東山魁夷の画業は神業的な高みに達している。TV東京の‘美の巨人たち’で2回にわたって障壁画を取り上げていたが、つくづくスゴイ画家だなと思う。

今年は5月に北欧を旅行したので‘フィヨルド’に熱く反応した。ノルウエーのソグネフィヨルドをクルーズしたとき、ガイドさんがこの絵に描かれた場所が‘サーグ滝(のこぎり滝)’であることを教えてくれた。東山魁夷とこの滝の迫力と美しさを共有できたことを喜んでいる。

フィンランドのクオピオの湖と森林を東山は2枚描いている。出品されている‘白夜光’と回顧展ではみたことがない泉屋博古館分館蔵の‘スオミ’。この2枚と国立劇場にある‘雪原譜’に魅了され続けている。同じ光景がどこまでも広がる静かで神秘的な北欧の大自然、また現地でみているような錯覚にとらわれる。

誰れもが知っている‘緑響く’は鏡のような湖面に映りこむ木々の風景が完璧に美しい。そして、そのひんやりとした自然のなかにとけ込む白い馬。ノルウエーで湖にできた鏡面対称風景をたくさんみたので、この絵がぐっと身近なものになった。

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2018.12.12

五島美の‘東西数寄者の審美眼’!

Img         長澤芦雪の‘降雪狗児図’(18世紀 逸翁美)

Img_0002     円山応挙の‘嵐山春暁図’(18世紀 逸翁美)

Img_0001     本阿弥光悦の‘黒茶碗’(17世紀 逸翁美)

Img_0003     尾形乾山の‘銹絵染付流水文手桶水指’(18世紀 逸翁美)

10年くらい前大阪の池田市にある逸翁美を訪問したことがある。でも、どの電車(阪急電鉄だろうが)に乗ってどこで降りたかは記憶が消えている。ここは阪急電鉄や宝塚歌劇団などをつくった小林一三(1873~1957)の屋敷だったところ。一三の雅号が逸翁(いつおう)だったため逸翁美という名がついている。

3日前の9日までこの逸翁のコレクションが五島美で披露されていた。特別展のタイトルは‘東西数寄者の審美眼’(10/20~12/9)、西のとびぬけた数寄者が小林一三なら東は東急電鉄をつくった五島慶太(1882~1959 雅号は古経楼)。二人が集めた絵画、書跡、茶道具などは並みのコレクターの財力と美意識なら手の届かないものばかり。とにかくスゴイ美術品が並んでいる。

五島美のものはこれまで何度も足を運んだからほとんどみている。そのため、お目当ては池田でみれなかった逸翁美の作品。もっともみたかったのが長澤芦雪(1754~1799)の‘降雪狗児図’、円山応挙(1733~1795)と芦雪の描いた可愛らしい仔犬の絵はたくさんみたが、どういうわけかこの降り注ぐ雪に遊ぶ仔犬には縁がなかった。やっと対面することができた!

応挙の‘嵐山春暁図’は情報ゼロだったので思わず‘こんないい応挙があったのか!’と小さな声でつぶやいてしまった。春桜のシーズンに京都に行くとこんなすばらしい光景に出会えるのだろうが、今は外国人が爆発的に増えているので新幹線に乗る元気はない。

本阿弥光悦(1558~1637)の‘黒茶碗’は運よく現地でお目にかかれたが、尾形乾山の‘銹絵染付流水文手桶水指’は展示なし。美術本のどこかに載っていたような気もするので目が釘づけになる。手桶に流水文の文様は豪華すぎるきらいもあるが、馴染んでしまうと心を軽やかにしてくれる。

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2018.12.10

根津美の‘新・桃山の茶陶’!

Img_0001     ‘鼠志野茶碗 銘山の端’(重文 17世紀 根津美)

Img     ‘黒織部茶碗 銘冬枯’(重文 17世紀 徳川美)

Img_0002     ‘織部松皮菱形手鉢’(重文 17世紀 北村美)

Img_0003     ‘耳付水指’(17世紀)

根津美で行われている‘新・桃山の茶陶’(10/20~12/16)をみてきた。過去の経験から根津美と五島美で開催されるやきもの展は決して見逃せない。予想通り、この展覧会も二重丸。集めてくる桃山期のやきものは流石と思わせるものばかりだった。

日本の美術館にある鼠志野茶碗でとびぬけていいのは根津美にある‘銘 山の端’と五島美の‘峯紅葉’(共に重文)。薄い青がじつに美しい‘山の端’にはやさしさと優雅さが満ち々ている。12/4まででていた国宝の‘志野茶碗 銘卯の花墻’とこの鼠志野があれば志野はもう満腹になる。

現代アートを思わせるモダンな模様が目を惹く‘黒織部 銘冬枯’にも魅了される。17世紀、美濃でやきものをつくっていた陶工は頭にはちょんまげをつけていたが、美に対するセンスは現代のア―ティストと変わらないほどの前衛芸術家。ちょっとやそっとでは叶わない。

昨年京都へ行ったとき、北村美へ出向き長年の思いの丈をはたしたのが‘織部松皮菱形手鉢’、また出会うとは想定していなかったが、Myカラーの緑に心が弾みそのユニークな菱形の造形に目は釘づけになった。隣にいたやきもの通は連れの女性に‘これが一番いい織部’と解説していた。その通り!

今回の収穫のひとつが伊賀焼の‘耳付水指’、下の方がぷくっと膨れた形は心地よいボリューム感がある。この力強さと伊賀特有の緑のビードロ釉が強く印象に残った。こういう個人が持っているいい茶陶をさらっと並べておくところが根津美のブランド力。満足度200%のやきもの展だった。

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2018.12.09

マルセル・デュシャンと日本美術!

Img_0002     ‘デュムシェル博士の肖像’(1910年 フィラデルフィア美)

Img_0001   ‘階段を降りる裸体No.2’(1912年 フィラデルフィア美)

Img ‘彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも’(1915~23/1980年 東京ヴァージョン)
Img_0003     ‘泉’(1917/1950年 レプリカ フィラデルフィア美)

東博では今日まで‘マルセル・デュシャンと日本美術’が開かれていた。10/2から2ヶ月の会期だったこの展覧会は東博とフィラデルフィア美による交流の一環として企画されたもの。チラシの入手が遅れたのでデュシャンと日本美術がどういう風にコラボするのかイメージできなかったが、そのことにこだわらずデュシャン(1887~1968)にだけ専念してまわった。

デュシャンの聖地ともいえるフィラデルフィア美へは2度足を運んだので、デュシャンへの思い入れは相当強い。最初に訪れた2013年は展示室が改築中だったため、数点しかみれず肩透かしを食った。そのコレクションの全貌に接したのは2015年のとき。あの‘与えられたとせよ:(1)落ちる水(2)照明用ガス’もしっかり目に焼きつけた。

今回そのときみたものがほとんどやって来ている。これは太っ腹。ただ、‘与えられたとせよ’と有名な‘彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(大ガラス)’はなく、‘大ガラス’については1980年に制作された東京ヴァージョン(東京大学博物館)が代役をつとめていた。

初期の‘デュムシェル博士の肖像’はぱっとみるとシャガールの画風と似ている。隣に飾ってある‘芸術家の父親の肖像’は以前あったフィラデルフィア美展に登場した。横浜美のデュシャン展(2005年)にも出品された‘階段を降りる裸体N0.2’は明らかにイタリアの未来派を意識している。初登場の‘急速な裸体たちに囲まれるキングとクイーン’も同じタイプの作品。未来派にのめりこんでいるので反応はとてもいい。

絵画以外の作品は‘大ガラス’をはじめとしてよく目にするものがずらっと展示されている。歴史的な作品‘泉’、‘自転車の車輪’、‘瓶乾燥機’、‘櫛’、目がまわりそうになる‘ロトレリーフ(光学円盤)’、、、

まわりに若い外国人がたくさんいた。欧米ではデュシャンの人気は群を抜いて高いことを再認識した。

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2018.12.08

リヒテンシュタイン侯爵家自慢のルーベンスコレクション!

Img_0001 ‘エリクトニオスを発見するケプクロスの娘たち’(1615~16年 リヒテンシュタイン侯爵家) 

Img ‘マルスとレア・シルウィア’(1616~17年 リヒテンシュタイン侯爵家)

Img_0004 ‘クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像’(1615~16年 リヒテンシュタイン侯爵家)

Img_0002 ‘ヴィーナス、マルスとキューピッド’(1630年代 ダリッジ絵画館)

上野の西洋美では現在‘ルーベンス展’(10/16~1/20)が開催されている。日本でルーベンス(1577~1640)の回顧展をみるのははじめてのこと。ルーベンスの作品は元来大きなものが多くこれらをもってくるのは大変なことだとわかっているので、これまでは日本の美術館でルーベンスをみることははなから期待していない。

ところが、6年前国立新美にリヒテンシュタイン侯爵家が所蔵するルーベンスの傑作が8点もやって来たあたりから流れが変わってきた。今回西洋美がチャレンジしてくれたルーベンス展には2度目の公開となるリヒテンシュタイン侯爵家のルーベンスコレクションを軸にして海外の美術館などから40点が集結している。

ここはヨーロッパの美術館かと錯覚させるほどすばらしい作品が並んでいるのが最後の部屋。最も魅了されるのがリヒテンシュタイン侯爵家の‘エリクトニオスを発見するケプクロスの娘たち’と再登場した‘マルスとレア・シルウィア’。まさに一級のルーベンス。いろんな事情で日本ではルーベンスの傑作はほとんどお目にかかれないが、ようやくルーベンスの真髄をみてとれる絵が披露された。本当にすばらしい!

そして、ロンドンのダリッジ絵画館から出品された‘ヴィーナス、マルスとキューピッド’の完成度の高さにも惚れ惚れする。ヴィーナスの肌の輝きをみて2010年にプラド美で遭遇したルーベンス展で味わった感動が蘇った。この絵は以前からマークしていたが、ロンドンに行かずにみれるのだから言うことなし。流石、西洋美!

入館してすぐ出迎えてくれるのが‘クララ・セレーナ・ルーベンスの肖像’、この愛らしい少女の絵も再度お目みえ。じつはリヒテンシュタインのコレクションにはもう一枚みたい肖像画がある。‘ルーベンスの息子アルベルトと二コラ―ス’(1626年)、クララよりこちらを望んでいたが叶わなかった。どうやらウィーンにある館へ足を運ぶしかなさそう。

ほかにもエルミタージュ美やローマのボルゲーゼ美の画集に載っている作品やマドリードからやって来た大作‘聖アンデレの殉教’などが飾られている。もういちど出かけるかもしれない。

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2018.12.07

魂を揺すぶる‘ルオー展’!

Img     ‘ヴェロニカ’(1945年 ポンピドーセンター)

Img_0001_2     ‘聖顔’(1933年 ポンピドーセンター)

Img_0002     ‘パシオン’(1943年 富山県美)

Img_0003     ‘秋 または ナザレット’(1948年 ヴァチカン美)

日本の美術館では出光美とともにルオー(1871~1958)のコレクションで有名なパナソニック汐留ミュージアム。ここで9日まで行われている‘ジョルジュ・ルオー 聖なる芸術とモデル二テ’もムンク展同様、期待を大きく上回る一級の回顧展だった。

日曜美術館で紹介されたことも影響しているのだろうかあまり広くない館内は大勢の人であふれかえっていた。人の多さでいうとここ数年の企画展ではダントツの一位。人々に足を向かわせるのは出品作の質の高さ。ポンピドーセンターからは嬉しい絵がやって来た。再会を楽しみにしていた‘ヴェロニカ’と‘聖顔’、そして‘受難’、宗教風景画の‘エジプトへの逃避’、‘キリスト教的夜景’も飾られている。

ポンピドーのルオーだけでもスゴイのにさらにヴァチカン美からも‘聖顔’、‘パックス(平和)’、‘聖心’、‘秋 またはナザレット’の4点が出品されている。このうち一点は現地でみているはずだが、どの絵だったかは覚えていない。

‘ヴェロニカ’の美しさに魅了され続けている。ひかれる最大の理由は大きな目。どうでもいいことだが、このヴェロニカをみるといつも女優の優香を思い出す。この絵の横に並んでいるのが画面が絵の具の塗り重ねにより信じられないほど盛り上がっている‘サラ’。いい気持でみていた。

ルオーが何点も描いた‘聖顔’、10点もまとめてみれたのは大きな収穫だった。ポンピドーの‘聖顔’はなぜかモローの‘出現’に描かれた洗礼者ヨハネの首が重なってくる。顔の赤がヨハネの首からしたたる血とつながるからかもしれない。

富山県美が所蔵する‘パシオン’はこれまでまったく縁がなかった。思わず足がとまるほどとてもいい絵。上の中央にいるキリストよりまわりの4人の男の存在感が強く印象に残った。国内にあるこんないいルオーと遭遇したのだから回顧展の有り難さに手を合わせたくなる。

キリスト物語を自然の風景のなかに描いた作品が最後にどっと展示してある。‘秋 またはナザレット’が日本でみれたのはこの上ない喜び。汐留ミュージアムがまた好きになった。

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2018.12.06

待望のムンク展!

Img     ‘叫び’(1910年)

Img_0001     ‘生命のダンス’(1925年)

Img_0002     ‘青いエプロンをつけた二人の少女’(1905年)

Img_0003     ‘自画像、時計とベッドの間’(1940~43年)

パソコンの想定外の故障により1ヵ月もお休みしてしまいました。本日から再開しますのでまたおつきあい下さい。

東京都美で開催中の‘ムンク展’(10/27~1/20)は予想以上の人気でおおいに盛り上がっていた。わが家は今年はムンクイヤーなので期待の回顧展。2007年にも西洋美で公開されたオスロ市にあるムンク美のコレクション、今回は真打の‘叫び’が含まれているのでぐぐっと前のめりになる。

5月オスロに行ったとき、オプションでムンク美鑑賞に参加した人たちの話を聞くと‘叫び’はみられなかったとのこと。これは意外でこの絵は常時展示しているわけではないらしい。だから、日本でお目にかかれるのは特別の出来事かもしれない。

オスロ国立美にいつも飾ってある‘叫び’が描かれたのは1893年、このときムンク(1863~1944)は30歳、それから17年後に再度描かれたのが今回登場した‘叫び’、国立美にあるものと較べて一番目立つ違いは人物の顔の描き方。この人物には目ん玉がなく目のまわりが緑でまるく輪郭されているため幽霊のイメージがより強くなっている。

2つの‘叫び’を同じ年にみれたのは大きな喜び。ミューズに感謝!念願の絵との対面が果たせたのであとは気軽にみれるかなと思っていたら、チコちゃんではないが‘ボーっとはみてられない’作品が続々現れてテンションは上がったまま。西洋美にも出品された‘生命のダンス’や‘絶望’、‘赤と白’が‘叫び’と一緒に展示されているのだから予想を大きく上回る豪華なラインナップであることはまちがいない。

しかも、はじめてみる作品で思わず足がとまるものが多い。こんないい絵があったのという感じ。とくに目を奪われるのがムンクの画業人生の後半に描かれたもの。色彩が明るくなりまるでマティスのフォービスムやドイツ表現主義のイメージ。

お気に入りは‘青いエプロンをつけた二人の少女’と‘庭のリンゴの樹’、そして‘自画像、時計とベッドの間’。こうした絵をみるとムンクの色彩には力があるなとつくづく思う。心をこめてムンクに乾杯!

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