2019.12.14

美術館に乾杯! 法隆寺・中宮寺 その三

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     夢殿(8世紀 国宝)

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       国宝‘救世観音立像’(7世紀)

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      中宮寺

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      国宝‘菩薩半跏像’(7世紀)

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      国宝‘天寿国繍帳’(622年)

法隆寺東院伽藍の中心建築である夢殿は八角形の円堂。名前といいその形と
いい何かロマンを感じさせるので記憶に強く刻まれている。このなかの厨子
に納められているのが聖徳太子と等身の御影(みえい、肖像)といわれる
‘救世観音立像’。やや長い顔で幅広の鼻と大きな口が印象的。そして、
視線がじっと追うのが突起物がでて左右対称に広がる天衣。この木彫彫刻
は百済観音像とともに法隆寺のお宝中のお宝である。

夢殿の目と鼻の先にある中宮寺にもすばらしい仏像がある。半跏思惟像で
有名な‘菩薩半跏像’。石段を数段上がって本堂に入るとお目当ての姿をした
仏像が現れた。これはまさに‘ピーク・エクスペリエンス(最高の瞬間)’だ
った。片足を組んで頬杖をつき静かに目を伏せている。黒く光沢を放つ神秘
的なお顔は笑いを含んだようでもあり魅了される。

京都の広隆寺にある同じポーズをとる‘弥勒菩薩半跏像’にもお目にかかったが、
これは新羅からの伝来したものなので同じ半跏像でも中宮寺のものとはだい
ぶイメージが異なる。勝手な妄想だが、フィギュアの浅田真央をモデルにし
て横で同じような恰好させれば中宮寺の仏像との美しいコラボが実現する。

国宝展が開催されるとよく声がかかる‘天寿国繍帳’は飛鳥時代の高い刺繍技術
がみられる貴重なお宝。これは聖徳太子の妃橘大郎女(たちばなのおおいら
つめ)が太子が往生した天寿国をしのんでつくらせた刺繍の帳(とばり)。
月の兎や甲羅に漢字が書かれた亀、鳳凰、蓮華などが登場するがもっとも惹か
れるのは中央にいる顔が白く緑の衣装を着ている女性。大きな目にくらっと
くる。

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2019.12.13

美術館に乾杯! 法隆寺 その二

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         国宝‘百済観音像’(7世紀 大宝蔵院)

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     国宝‘玉虫厨子’(7世紀 大宝蔵院)

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       ‘捨身飼虎図’(須弥座右側面)

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        国宝‘九面観音像’(唐時代 7~8世紀 大宝蔵院)

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        国宝‘夢違観音像’(7~8世紀 大宝蔵院)

法隆寺を楽しむ一般的なまわり方はまず西院伽藍で五重塔、金堂、大講堂を
みて、次は大宝蔵院で有名な‘百済観音像’と対面、そして、最後は東院伽藍
に向かい美しい八角円堂の夢殿を堪能する。

パリのルーヴル美で10年くらい前(?)に展示された‘百済観音像’は来年
東博で公開されることが決まっている(3/13~5/10)。このびっくり
するほど長身の観音菩薩像が東京でみられるのは嬉しい話である。前回お
目にかかったのは25年前だったはずだから、また別の印象がめばえるかも
しれない。

‘玉虫厨子’は東博であった国宝展(2014年)に出品されたので、単眼鏡
をフル稼働させ宮殿部分に使われ今でもわずかに残っている玉虫の緑色の翅
を目に焼きつけた。釈迦の前世の物語をインドを旅したとき彫刻でよく目に
したが、‘捨身飼虎図’はそのひとつ。飢えた母虎のために摩訶薩埵太子が崖下
へ身を投げ自分の肉体を虎に食わせるというショッキングな場面。

数多くある仏像のなかで顔がふっくらしているものはどこか親近感がわく。
中国の唐の時代に白檀を使ってつくられた‘九面観音像’は小さな像だが頭の
八面も興味深く大変魅了される。また、白鳳時代の金銅仏の傑作‘夢違観音像’
も心を打つ。悪夢を吉夢に変えてくれるスーパーパワーの持ち主だから有り
難い存在。仏像に縁があるといろいろご利益がある。

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2019.12.12

美術館に乾杯! 法隆寺 その一

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Img_0001_20191212235201       法隆寺 五重塔 金堂(7世紀 国宝)

Img_0004_20191212224701      回廊(7世紀末 国宝)

 

Img_0003_20191212224701     国宝‘釈迦三尊像’(623年 金堂)

 

Img_0002_20191212224701     国宝‘広目天立像’(7世紀 金堂)

 

Img_20191212224701     国宝‘塔本塑造 北面’(711年 五重塔)

 

世界遺産となっている法隆寺を訪問したのは2回。はじめは京都・奈良への
修学旅行、2度目はこれからずいぶんと間が開いた。社会人になるとなかな
か旅行ができないが、いくつの歳のころ出かけたかはもう忘れてしまった。
そのため、また行くとなるとガイドブックのお世話になりそう。

西院伽藍は中門から入ると右に金堂、左に五重塔が現れる。視線が向かうの
はやはり五重塔、はじめてみたときは‘これが法隆寺の五重塔か!’という思い
がして気持ちが高ぶった。金堂と五重塔をぐるっと囲んでいる回廊にある
太い柱もすごく印象に残っている。胴の中央の膨らみ具合がじつに頼もしく
安定感のある建築物を実感する。

金堂の見どころはなんといっても止利仏師がつくった‘釈迦三尊像’、これは
一度どこかの美術館で行われた特別展でみたことがある。四隅に置かれた
四天王像はお馴染みの多聞天、持国天、増長天、広目天。5年前の国宝展
(東博)には代表で広目天が展示された。下にいる邪鬼のとぼけたような
顔がおもしろい。

五重塔のなかにある塔本塑造で北面の涅槃像土が強い磁力を放っている。
山岳を背景に入滅する釈迦の手前で号泣する弟子たちの姿は胸にぐっとく
るほどリアル。この真に迫る泣き顔は忘れられない。

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2019.12.11

美術館に乾杯! 大和文華館 その三

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     尾形光琳の‘流水図乱箱’(18世紀前半)

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   尾形光琳・乾山の‘銹絵楼閣山水図四方火入’(18世紀)

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    尾形乾山の‘色絵夕顔文茶碗’(18世紀)

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    英一蝶の‘僧正遍昭落馬図’(17世紀後半)

ヨーロッパの美術館でもアメリカの美術館でも印象派の作品を集めたがる。
とくにアメリカは古典絵画の市場には後から参入したため思うように名画
が手に入らない分、モネやゴッホらの絵を夢中になって購入する。
日本画の場合でみてみると、ブランド美術館が熱心に蒐集しようとするの
が琳派の絵画や工芸品。大和文華館にも尾形光琳(1658~1716)
と尾形乾山(1663~1743)のいい絵とやきものがある。

光琳・乾山の兄弟は着物の販売を商いとする家に生まれたので、小さい
ときからみ着物の絵柄となるモチーフや文様には目が慣れている。そのた
め、‘流水図乱箱’で表現した流水のフォルムが光琳のしなやかな頭のなか
からふっと浮かんでくるのかもしれない。まるで現代アートをみている
よう。

光琳が絵を担当し、乾山がそれをやきものに仕上げた合作は角皿など数
多くあるが、‘銹絵楼閣山水図四方火入’もそのひとつ。光琳の山水画はぱっ
とみると雪舟の絵を彷彿とさせる。器の形に合わせて画題を選ぶのは光琳
の引き出しの多さを物語っている。

乾山の‘色絵夕顔文茶碗’はお気に入りの一品。黒地に白で夕顔の花を大きく
描き、それと負けないくらいのインパクトで緑の蔓を寄せていく。黒、白、
緑のコントラストがとても洒落ており強く印象に残る。見慣れた形の茶碗
に大胆な色彩の取り合わせをもってくるという発想が時代を突き抜けて
いる。乾山に乾杯!

光琳より6年早く生まれてきた英一蝶(1652~1724)は風俗画の
名手。人物をおもしろ可笑しく描くのはお手のもの。‘僧正遍昭落馬図’は思
わずニコッとなる。落馬した原因は遍昭が道端に咲く女郎花(おみなえし)
に見惚れていたから。疾走する馬と僧衣がまくれ足が跳び上がっている
遍昭の姿が平行的な位置取りになっているため、落馬を実感しやすい。
一蝶は動的描写が天才的に上手い。

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2019.12.10

美術館に乾杯! 大和文華館 その二

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 李迪の国宝‘帰牧図’(南宋時代 12~13世紀)‘騎牛’(上)‘牽牛’(下)

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    雪村の‘呂洞賓図’(重文 室町時代 16世紀)

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      文清の‘維摩居士図’(重文 1457年)

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    周文の‘山水図屏風’(重文 室町時代 15~16世紀)

中国絵画の名品を集めた特別展をこれまで根津美などで4回くらい体験した。
出品作の定番になっているのが南宋時代の前~中期にかけて活躍した李迪の
‘帰牧図’。中国絵画は画面全体が茶色地のことが多く細部がとらえにくいと
ころがあるが、単眼鏡でしつくこみると高い技巧を駆使して描かれているこ
とがわかってくる。

興味深いのは右幅の‘騎牛’、牧夫は牛の上に乗り雉子をつるした棒を手にも
ちしゃがんでいる。こんな格好で牛に乗るの?という感じだが、牛はこの
オッサンの乗り方にはおかまいなくほいほい進んでいる。上手いなと思
わせるのは柳の枝を牛と牧夫を覆うようにひきのばして描いていること。

毎日手や足を動かす体操をルーチンの運動として行っているが、首をまわ
すのは軽め。だから、雪村の‘呂洞賓図’をみると首が痛くなるのではない
かと心配になる。これほどまで首をまげてみているのはちょっと小ぶりの
龍。呂洞賓を頭の上に乗せている龍とくらべると圧倒的に小さい。
さて、これから龍同士の主導権争いがはじまるのだろうか。

文清は大徳寺の26世住持に登用された絵師。‘維摩居士図’はとても生感覚
のある肖像画。このリアルな人物描写はカラヴァッジョの宗教画を思い起
こさせる。カラヴァッジョがローマのどこにでもいる人たちをモデルに使
いお馴染みのキリストや聖人の物語を表現したのと同じように、文清は
眉間に深い皺をつくる男を維摩居士に見立てて描いている。

周文の‘山水図屏風’は10点くらいある山水図のなかでは淡彩を使わず墨だ
けで描いたもの。余白を多くとり、角々した岩を塊にして配置する画面構成
はシンプルで素朴なところがある。靄がかかっているが、ドローンをとばし
てもなんとか動かせそう。

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2019.12.09

美術館に乾杯! 大和文華館 その一

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        大和文華館

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   国宝‘婦女遊楽図屏風(松浦屏風)’(江戸時代 1640年代)

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    国宝‘一字蓮台法華経’(12世紀)

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    国宝‘寝覚物語絵巻’(12世紀後半)

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    ‘婦人像’(重文 桃山時代 16世紀)

日本画でも西洋画でもときどき感激がマックスになる作品に出会うことが
ある。大和文華館でそれがおきたのは‘婦女遊楽図屏風’(六曲一双)と対面し
たとき。ちょうど修復が完成した時期だったので鮮やかな色彩で輝いて
いた。

描かれた遊女たちは等身大の大きさ。だから、三味線を弾いたり文を読ん
だりと思い思いのポーズをとる遊女たちが目の前いるようだった。そして、
目が吸いこまれていくのが身に着けている衣裳の模様。日本の着物が生み
出す晴れやかで生き生きした意匠の凄さをみせつけられた。5年前、
大浮世絵展で再会したが、時間が経ったせいか色の力が少し落ちていた。

12世紀につくられた‘一字蓮台法華経’は印象深い装飾経の名品。金泥で描
かれた円の下に蓮台を彩色しその上に経文が墨書されている。漢字と蓮の
コラボがぴたっときまっているのがすばらしい。右の見返し絵には法会を
とりおこなう僧侶と男女。大勢描かれているので法会の雰囲気がひしひしと
伝わってくる。

ここには国宝の絵巻がもう一点ある。‘寝覚物語絵巻’。これは特別な展覧会
にしかでてこないが、2014年に東博で開催された国宝展に出品された。
画像は一段で右には枝のフォルムが気を引く満開の桜のもとで楽器を奏でる
3人の童子が描かれている。左に視線を移すと角々した屋敷のイメージと
なり建物を高い視点からみた俯瞰の光景に変わる。こういう画面構成はおも
しろい。

‘婦人像’ははっとさせられるほど存在感がある。この武将の妻はおはぐろを
し眉をそり落としている。ふっくらとした顔つきだが前をじっとみつめる目
の鋭いこと。こんないい女性肖像画はなかなかみられない。

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2019.12.08

美術館に乾杯! 松伯美術館

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    上村松園の‘鼓の音’(1940年)

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    上村松園の‘花がたみ’(1915年)

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    上村松篁の‘熱帯花鳥’(1963年)

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    上村淳之の‘飛鴨’(1986年)

京都にくらべると奈良の街についての方向感覚はだいぶ低下する。京都か
ら奈良まで行くのに便利な近鉄線ならよく知っているのでドギマギしないが、
奈良と大阪をつなぐ近鉄線はとたんに心もとなくなる。これに乗り西の方へ
進み学園前駅で下車すると二つの美術館へ行くことができる。距離的に近い
のが大和文華館でタクシーを利用したほうが樂なのが松伯美術館。

松伯美の建物の形は記憶が薄れているが、すぐ横に池があったことはよく
覚えている。ここは上村松園(1875~1949)、松篁(1902~
2001)、敦之(1933~)の親子三代の作品を展示している美術館
で1994年に開館した。2010年、大阪の国立国際美でやっていた
ルノワール展をみるため奈良から移動する途中に折角の機会だから寄って
みた。

11点ある松園で一番のお気に入りは‘鼓の音’。構図は絵の出来映えを左右
する大きな要素であるが、この絵は鼓をたたく女性がきれいに三角形構図
におさまっている。こういう画題を絵にするとき松園は瞬間的にこの構図
がひらめいたのだろうか。鼓の音色を生で聴くことはほとんどなく昔
NHKEテレの能舞台をみせる番組で耳にしたくらい。その小気味いい鼓の
音には関心がある。だから、銀座シックスの地下にできた能楽堂へ一度足
を運ぼうと思っている。

‘花がたみ’は松園の回顧展には欠かせない一枚。歌舞伎好きの友人が今週
京都の南座の舞台をみにいくと忘年会で語っていたが、この絵に描かれて
いる紅葉のように赤く染まっていることだろう。愛する人が天皇になるた
め別離を余儀なくされたこの女性の精神のバランスを崩した姿をみるとつ
いミレイの‘オフィーリア’を連想する。気が変になると無表情になること
をメンタル病院で教えてもらった松園は能面のイメージで描いた。

松園の息子の松篁も母親同様文化勲章を受章した。花鳥画の名手だが、
ほかの人にはない斬新な鳥も登場する。‘熱帯花鳥’はハワイへ写生旅行を
したとき目にした光景をモチーフにしたもの。目の覚める赤の花びらと尾
っぽが大きな円を描くように曲がっている鳥が強烈なインパクトを放って
いる。

父親松篁と同じ花鳥画家の道を歩んできた敦之は今年86歳、毎年期待し
ている文化勲章がなかなか実現しない。作品のすばらしさからすると受賞
に値すると思うのだが、、‘飛鴨’は鴨はこんな風な姿で飛んでいたなと、
イメージさせるところがこの絵の魅力。敦之は鳥の飛翔を表現するのが
本当に上手。

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2019.12.07

美術館に乾杯! 奈良県立美術館

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        曽我蕭白の‘酒呑仙人図’(18世紀)

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        長澤芦雪の‘幽霊図’(1794~99年)

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        上村松園の‘春宵’(1936年)

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 池田遙邨の‘けふもいちにち風を歩いてきた 山頭火’(1987年)

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    富本憲吉の‘赤地金銀彩羊歯模様蓋付飾壺’(1953年)

奈良国立博物館があるところから道路をはさんで向こう側にあるのが奈良
県立美術館。訪問したのはここで応挙と芦雪のダブル回顧展(2006年)
が開催されたとき。長澤芦雪(1754~1799)の作品をまとまった
形でみたのははじめてだったので、1点々よく覚えている。師匠の応挙同様
、芦雪にも幽霊の絵がある。大阪の藤田美術館が所蔵する三幅対のものよ
りこの幽霊のほうがグロテスクで不気味。

曽我蕭白(1730~1781)の描く人物は寒山拾得のような中国画に
おける定番の画題とともに蕭白独自に作り出した‘酒呑仙人図’もある。これ
ほどだらしなく甕のお酒を飲む姿は仙人というよりただのアル中のオッサン。
着ている衣服の輪郭がくるくる巻きの線で表現されているのは酒で目が回っ
てるこの酒好きにはピッタリかもしれない。

上村松園(1875~1949)の代表作‘序の舞’が描かれたのは1939
年(昭和11)で松園が64歳のとき。‘春宵’はこの画業の充実した同じ年
の作品。料亭の廊下で仲居が芸妓にそっと耳打ちしている。‘さっき太郎の
旦那が入って来るのをみたよ’とかなんとかつぶやいているのだろうか。

池田遙邨(1895~1988)は晩年にとりくんだ‘山頭火シリーズ’を亡
くなるまで全部で28点仕上げた。‘けふもいちにち風を歩いてきた 山頭
火’はその一枚。よほど強風なのか背中に受ける風の圧力によって薄と一緒
に山頭火の体も折れ曲がっている。俳句と絵が一体になった表現は心を
打つ。

奈良県安堵村の大地主の家に生まれた富本憲吉(1886~1963)は
人の真似をせず自分独自のモダンな模様によって多くのやきものファンに
支持された。そのシンボルが金銀で彩色された羊歯の模様。壺や皿、瓶、
筥に花をうえつけるこの模様に200%魅了されている。ここにある‘赤地
金銀彩羊歯模様蓋付飾壺’も傑作。

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2019.12.05

美術館に乾杯! 奈良国立博物館 その三

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        国宝‘牛皮華鬘’(平安時代 11世紀)

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         ‘一字金輪曼荼羅’(重文 平安時代 12世紀)

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         ‘千手観音像’(重文 平安時代 12世紀)

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         ‘親鸞聖人像’(重文 鎌倉時代 13~14世紀)

京博に対する好感度が大変高いのは期待する絵師の回顧展にチャレンジして
くれるから。雪舟、伊藤若冲、曾我蕭白、狩野山楽・山雪、海北友松、
そして、昨年は待望の池大雅。一方、奈良博で楽しませてもらってるのは
仏教美術、過去2度大きな特別展に遭遇した。1995年の‘日本仏教美術
名宝展’と2007年の‘美麗 院政期の絵画’。このとき購入した図録は最高
のテキストで絶対手放せないお宝になっている。

国宝に指定されている‘牛皮華鬘’をはじめてみたときは仏堂の荘厳具の華麗
さにとても魅了された。これは牛の皮に漆を塗り固めたものに彩色を施した
もの。透かし彫りになっていて極楽浄土に棲むとされる想像上の鳥、迦陵
頻伽(かりょうびんが)が文様として描かれている。この鳥は上半身は人、
下半身は鳥の形をとる。ギリシャ神話ではケンタウロスのように勇ましい姿
で登場するが、東洋では美しさが気を引くハイブリッドなボデーで現れる。

この博物館へ足を運んだお陰で曼荼羅図にも目が慣れてきた。‘両界曼荼羅’、
‘星曼荼羅’、‘法華曼荼羅’、ここにあるのは‘一字金輪曼荼羅’、‘大仏頂曼荼羅’、
‘阿弥陀浄土曼荼羅’の3つ。見ごたえのあるのは赤い円相内に大日金輪が大
きく描かれている‘一字金輪曼荼羅。とくに目が寄っていくのが下の7頭の
獅子。ぐるっと回って座っているので立体感がある。

‘千手観音像’は仏像にくらべると千手のイメージが弱いが、観音様の体を囲
むようにでている多くの手はかなりシュール感覚に映るのでじっくりなが
めていると刺激が増してくる。頭は十一面で、手は千の数もある。やはり
仏のパワーは数の多さに比例するので千の手は大きな威力を発揮する。

‘親鸞聖人像’は意外に見る機会がなく、まだ1回しかお目にかかってない。
人物を表す絵画と彫刻のなかで僧を描いたものはリアル感があるので親鸞
聖人もこんな顔をしていたのかなと、しげしげとみてしまう。

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2019.12.04

美術館に乾杯! 奈良国立博物館 その二

Img_0001_20191204221501       国宝‘刺繍釈迦如来説法図’(唐時代 8世紀)

 

Img_20191204221601         ‘普賢菩薩像’(重文 平安時代 12世紀)

 

Img_0002_20191204221601         周文の国宝‘山水図’(1445年)

 

Img_0003_20191204221601        ‘力士立像’(重文 奈良時代 8世紀)

 

刺繍で描かれた仏画をみる機会は数少ないため、‘刺繍釈迦如来説法図’はすご
いものをみたという思いが強い。制作が完了するまでどれだけの時間と労力
がかかったことか。菩薩や弟子たちに囲まれた中央の朱衣の釈迦如来をみる
と、その強烈な赤に刺激されてエル・グレコの傑作‘聖衣剥奪’が目の前を
よぎる。

いろんなヴァリエーションがある‘普賢菩薩像’。その違いが生まれるのは普賢
菩薩が乗る白い象の描き方が変わっているから。ボリュームのある象が一頭
だけ描かれているのは東博のものと同じだが、こちらの象のほうがだいぶ
大きいので綺麗な顔で描かれている普賢菩薩が食われてしまいかねない。

如拙と周文は室町時代に水墨画を描いた絵師としては突出した存在だった。
ともに相国寺の禅僧で同時代の絵師たちに大きな影響を与えた。‘山水図’は
余白を多くとり全体に靄がかかったような光景に形のいい枝ぶりをもつ松や
書斎、葦辺の舟がさらさらと描かれている。周文の作品は少ないので、この
絵に遭遇するのは貴重な体験である。

絵でも彫刻でも一度みたら忘れないものがある。‘力士立像’もそのひとつ。
視線が向かうのが顔のえらがはったようにみえる顎ひげ。また口のまわりの
立派な髭と太い眉毛も目に焼きつく。そのひょうきんな表情からはエネルギ
ッシュな動きが持ち味の力士のイメージが湧いてこない。いっそのこと
ゆるキャラをかかえる芸能事務所に登録しておくのがいいかもしれない。

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