2018.04.26

府中市美の春の定番、江戸絵画展!

Img          円山応挙の‘鯉魚図’(1781年)

Img_0002     円山応挙の‘龍虎図’(1778年)

Img_0001         渡辺崋山の‘市河米庵像’(重文 1837年 京博)

Img_0003     司馬江漢の‘七里ヶ浜図’(18世紀後半)

府中市美で行われている江戸絵画展‘リアル 最大の奇抜’(3/10~5/6)をみてきた。前期をパスし後期(4/10~5/6)に出動したのはお目当ての絵をみるため。作品は通期で119点、出ずっぱりがあるので
その半分よりは多い68点が飾られていた。

圧巻は最後の部屋に登場する円山応挙(1733~1795)と府中市美が数多く所蔵している司馬江漢(1747~1818)。チラシに使われている応挙の‘鯉魚図’(通期展示)が気になってしょうがなかった。これまで応挙の描いき鯉はかなりの数みてきたが、リアルな描写ということではこのアクロバチックに跳びはねる鯉の印象が一番強いかもしれない。こういういい絵がまだあったのか、という感じ。大きな収穫だった。

‘龍虎図’もはじめてみる絵。府中市美はこれまで開催してきた江戸絵画シリーズでサイズはそれほど大きくはない初見の応挙をたくさんみせてくれて。その大半は個人蔵。だから、学芸員の作品を揃えてくる力は本当にすばらしい。

じつはお楽しみの絵は渡辺崋山(1793~1841)の‘市河米庵像’だった。この絵をみたくて府中まで遠征したといっていい。描かれた人物の顔の横のこぶが目に焼きついているこの肖像画を所蔵しているのは京博。以前よく京都へ行ってたときはいずれ平常展にでてくるだろうと期待していたが、全然姿をみせてくれなかった。

そのうち京都が遠くなるとこの絵のことはだんだん薄れてきていた。
だが、‘待てば海路の日和あり’である。崋山の写実力は尋常ではなくまるで本人と対面しているよう。これで崋山にも済みマークがつけられる。

16点展示された江漢のなかで心を揺すぶるのは‘七里ヶ浜図’と‘馬入川富士遠望図’。西洋画の遠近法を上手く消化し誰もが知っている富士を描くというのは江漢の逞しい画家魂の証。この新しい絵へ挑戦する気持ちが北斎に受け継がれ、傑作‘富嶽三十六景’が生まれた。

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2018.04.25

美術館に乾杯! ホイットニー美 その四

Img_0003     ポロックの‘ナンバー27’(1950年)

Img     ロスコの‘無題’(1954年)

Img_0002     デ・クーニングの‘女と自転車’(1952~53年)

Img_0001     ゴーキーの‘婚約Ⅱ’(1947年)

抽象画のなかでポロック(1912~1950)の魅力は激しさと繊細が入り混じった密度の濃い絵画空間。これまで日本で運よく回顧展(2012年 東近美)にめぐりあったのに加え、MoMAやメトロポリタンでも代表的な大作をみてきた。

でも、画集をみるとまだ3割ほどでしかなく、鑑賞欲を刺激する作品は多く残っている。そのなかで次のターゲットにしているのがオルブライト・ノックス美(バッファロー)にある‘ナンバー10’とホイットニーにある‘ナンバー27)’、ともにアクセントのある色彩が効いていて、無数の線と点が複雑に絡み合った宇宙的な空間には限りない美しさを感じる。

ポロックの色彩がエネルギッシュに飛び散っているのに対し、ロスコ((1903~1970)の下から上に積み重ねられた四角の色面は神秘的な静けさをたたえ空間に浮かんでいるようにみえる。色と色の境界をにじみをつかってぼかしているのはただ色をみせるのではなくアートへ昇華させるロスコの天才的なアイデア。‘無題(ブルー。イエロー、レッドの上にグリーン’は画面全体をぐっとしめている青と緑の帯がなかなかいい。

デ・クーニング(1904~1997)の代名詞、‘激情する女シリーズ’に大変魅了されている。画家の出身地オランダでは数多くの自転車が街を走っているが、タイトルに自転車がついていてもこの女はどういう風に乗っているのかイメージできない。そのため、記憶に強く残るのは女の大きな目とむき出した歯。

アルメニアからの移民だったゴーキー(1904~1948)はミロを彷彿とさせる画風が特徴。MoMAにある‘苦悶(アゴニー)’からは悲痛な叫びが聞こえてくるが、この‘婚約Ⅱ’は伴侶を得た喜びがそのまま画面に現れている。

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2018.04.24

美術館に乾杯! ホイットニー美 その三

Img     ジョーンズの‘3つの旗’(1958年)

Img_0001     ジョーンズの‘思念競争’(1983年)

Img_0002     ウォーホルの‘36回のエセル・スカル’(1963年)

Img_0004  リキテンスタインの‘クリスタル・ボウルのある静物’(1973年)

どの美術館にも自慢のお宝的な作品がある。ホイットニー美ならオキーフの‘夏の日々’とジャスパー・ジョーンズ(1930~)の‘3つの旗’は絶対見逃せない。

星条旗が張り付けた板を3つ重ねたような‘3つの旗’、お馴染みのアメリカの国旗をみているのか、それとも絵あるいはオブジェを楽しんでいるのか、そんなことを思ってしまう作品である。これはまさにデュシャンのあの便器が進化したアメリカヴァージョン。

芸術とは関連のなさそうな日常的なものをモチーフにした表現はウォーホル(1928~1987)やリキテンスタインの(1923~1997)のポップ・アートを呼び込む役割を果たした。アートは科学の発展と同様にバトンの受け渡しによって生まれてくる。

1983年に制作された‘思念競争’はジョーンズの家の浴槽の壁に描かれたもの。ピカソがはじめたコラージュの変形、おもしろいのは真ん中にダヴィンチのモナリザがあり、右端には髑髏がおかれていること。何を組み合わせるかは即興的に決まったのだろう。じっくり構想したら理屈っぽくなる。

ウォーホルの‘36回のエセル・スカル’は5年前、メトロポリタンでみたことがある。ポップアートのコレクターだった女性の様々な表情を簡易写真機でとったもの。数枚だとインパクトはないが36枚も並ぶと俄然強く磁力を放ってくる。対象を極端に大きくするとか尋常ではない数にするのは作品に力を与える常套テクニック。

静物画というとセザンヌの林檎とオレンジが最高だが、ぱっとみると平面的な印象なのに透明感のあるクリスタル・ボウルにリンゴやブドウ、バナナがてんこ盛りされボリューム感たっぷりに描かれている。スッキリした描写は果物の美味しさを実感させてくれる。

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2018.04.23

美術館に乾杯! ホイットニー美 その二

Img     オキーフの‘夏の日々’(1936年)

Img_0003        オキーフの‘ひとつのリリーと赤’(1928年)

Img_0002     ワイエスの‘ウインター・フィールド’(部分 1942年)

Img_0001       ジョセフ・ステラの‘ブルックリン橋’(1939年)

画集を一定の数揃えそれを気の向くままながめていると、なんとしてもお目にかかりたい絵がでてくる。何回かアメリカの大きな美術館をまわりそんな思いのこもった作品をみることができた.。

アメリカの画家に絞ってみると、MoMAではワイエスの‘クリスティーナの世界’、シカゴ美ではホッパーの‘夜更かしをする人々’、ボストン美ではサージェントの‘エドワード・ダーリー・ボイトの娘たち’とホーマーの‘見張り’、風景画の極めつきはメトロポリタンにあるハドソンリバー派の大作。

だが、まだみぬ傑作がいくつかある。その筆頭がホイットニー美にあるオキーフ(1887~1986)の‘夏の日々’。絵の存在を知ってかれこれ33年にもなるが、残念ながら姿を現してくれない。だから、ふと妄想する。この絵を目玉にして2度目のホイットニー美展をどこかの美術館がやってくれないかと。

アメリカの荒野の空中に現れた大きな鹿の頭蓋骨、ヨーロッパでは頭蓋骨は絵に描かれて‘メメントモリ(死を忘れるな)’と警鐘を鳴らす。動物の骨だろうが、これは死の象徴であり軽くはみれない。3年前ボストン美でこれとよく似た構図の絵をみたが、まだ満足できない。いつかこの絵の前に立ちたい。

オキーフは花の絵も多く描いている。花のサイズは画面いっぱいを占めるほど馬鹿デカい。これくらい大きくなると具象画というよりは一種の抽象画、色の力がぐっとでてきて花のお化けに圧倒されてしまう。

2016年、ボスの大回顧展をみるためマドリードのプラドへ出かけたが、そのあと寄ったティッセン・ボルネミッサ美でサプライズの展覧会が待ち受けていた。それは夢みたいなワイエス(1917~2009)の回顧展。まさに目の前にお宝がザクザクでてきたような感じ。

こういう機会に恵まれワイエスの作品がまとまった数で目のなかに入ると、次はあの絵を追っかけようという気になる。死んだ烏が横たわる‘ウインターフィールド’は今一番気になっている作品。でも、平常展に出品されることがあるのだろうか。

ボストン美でジョセフ・ステラ(1877~1941)に開眼した。といってもブルックリン橋の絵一枚だが、同じモチーフで構図を少し変えたヴァージョンがホイットニー美にもある。みれるだろうか。

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2018.04.22

美術館に乾杯! ホイットニー美 その一

Img_0003     NYマジソン街に建つホイットニー美

Img_0002     ホッパーの‘日曜日の早朝’(1930年)

Img_0001     ホッパーの‘踏切’(1922~23年)

Img     ホッパーの‘二階の日ざし’(1960年)

NYミュージアムマイルにある美術館にひとつでメトロポリタン美から歩いて10分ほどの近さに位置しているのがホイットニー美。まだ、一度しか足を運んでないので、MoMAやグッゲンハイムに較べると美術館の外観や内部のレイアウトなどの記憶が薄くなっている。

1993年に訪問したときは事前に得た作品情報から必見リストをつくっていた。例えば、女流画家オキーフの‘夏の日々’などに心をときめかしていたが、入館してみると想定していた平常展示がどの階へ行っても遭遇せず肩透かしを食らった。

目の前に現れたのは現代アートの企画展で知らない作品ばかり。あとでわかったのだが、所蔵作品は年間プランで設定された期間のみに展示されていた。今はどうなっているかわからないが、またNYへ出かける機会があれば展示状況をしっかりチェックするつもり。

これまでホイットニー美の20世紀アメリカ美術コレクションに縁があった展覧会は2回、2008年シカゴ美で運よく遭遇した大ホッパー展と10年くらい前?府中市美で行われたホイットニー美展。この府中でみたアメリカ人ア―ティストの作品がアメリカ現代美術に目をむけさせるひとつのきっかになった。

ホイットニーが所蔵しているコレクションで美術館の宝となっているのがホッパー(1882~1967)、その数はなんと2500点。シカゴ美の回顧展でも寂寥感のただよう‘日曜日の早朝‘や’‘踏切’、眩しい日ざしが印象的な‘二階の日ざし’などがどどっと出品されていた。

NYの美術館がありがたいのはアメリカの人気の画家が集中的にみれること。抽象絵画のポロックやロスコ、ウォーホル、抽象&具象のオキーフ、そして国民的な画家ホッパー。ホッパーについてはシカゴで代表作‘夜更かしの人々’をみてNYにやって来るともう済みマークがつけられるかもしれない。

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2018.04.21

カラリスト 池大雅!

Img_0002     ‘四時烟景図 秋’(18世紀)

Img_0003          ‘帰去来図’(18世紀)

Img_0001     ‘蘭亭曲水図屏風’(重文 部分 1763年 静岡県美)

Img     ‘垂柳報芳菲図’(1766年)

池大雅の7年後に生まれた曽我蕭白(17301781)が35歳のとき描いた‘群仙図屏風’、はじめてお目にかかったときそのどぎつい色彩表現に200%驚いた。龍に乗った男の青の衣装、童子やブロテスクな蝦蟇仙人の真っ赤な唇、そして黄色い鶴。

蕭白が発したこの強烈な色彩に対し、大雅の色は柔らかくて綺麗。まるで近代の水彩画をみているよう。日本の絵師は皆中国の絵画をお手本にするから水墨画が基本、これにどのくらい色彩を散りばめるかは絵師の色彩表現への思い入れで決まる。

大雅は若いときから意欲的に色を表現してきた。三十歳のころの‘四時烟景色図 秋’には大雅のカラリストぶりがよくでている。柳を薄青で描き舟や家は淡い朱色。そして遠くの草木は薄緑。世の中に多く存在する日曜風景画家ならこんな色合いの水彩画は得意かもしれない。

のどかな田園の風景を描いた‘帰去来図’のやさしい色使いにも心が和む。こういう画題だとほかに絵師なら色彩を使ってもせいぜい薄緑のグラデーション、大雅は3倍も4倍もカラフル。だから、お手本の枠をこえ自然のなかで自由に生きる陶淵明の心情をそのまま画面になかにうつしとっている。

蕭白同様、大雅も赤のもっている力をよく心得ている。静岡県美が所蔵する自慢の大雅作品、‘蘭亭曲水図屏風’では部屋にある長い台の赤が美しいアクセントを放っている。また、‘垂柳報芳菲図’でも庵でおしゃべりする高士たち囲んでいる台の赤にまず視線が向かう。

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2018.04.20

心温まる池大雅の人物描写!

Img_0001     ‘五百羅漢図’(重文 18世紀 萬福寺)

Img_0003     ‘東山清音帖 洞庭秋月’(重文 18世紀)

Img     ‘柳下童子図屏風’(重文 18世紀 京都府)

Img_0002     国宝‘十便図 釣便図’(1771年 川端康成記念会)

画家への関心がひとつの作品との出会いによって一気に高まることがある。池大雅(1723~1776)の場合、川端康成が所蔵していた国宝‘十便図’をみたことが決定的となり、大雅とは離れられなくなった。

京博の展示(通期)では最後の部屋に与謝蕪村(1716~1783)の‘十宜図’とペアで飾ってある。でているのは1組だけ、期間を10にわけて全部みせることになっている。十便図は‘課農便図’をみたが、最も気に入っている‘釣便図’との対面はならなかった。もうでたか、あるいはこれからかもしれない。

今回長くみていたのは普段は萬福j寺にある‘五百羅漢図’、2年前東博であった禅展に出品されたが、このときみたのは展示替えのため4幅のみ。残りを含め8幅がみれたので最高の気分。愛嬌のある丸顔の羅漢たちが象や虎などに乗って集結。波の描き方も柔らかく心が鎮まる。

瀟湘八景を扇面に描いた‘東山清音帖’では‘洞庭秋月’がいい。舟に乗った男は体をちょっと傾けて横笛を吹いている。この微妙に体を動かす表現が心を揺すぶる。すぐにも瞬間移動して湖のほとりにかけつけたくなる。

‘柳下童子図屏風’を久しぶりにみた。橋の真ん中にいる子どもの姿に自然と肩の力が抜ける。一人は腹這いになって小魚やエビを捕ろうと夢中になっているが、どうやらそれが叶わないらしい。この童子の顔も羅漢同様丸々している。こういう人物表現をみると池大雅は本当に心根が優しかったのだろう。


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2018.04.19

待望の‘池大雅展’!

Img     ‘瀟湘勝概図屏風’(重文 18世紀)

Img_0002     ‘洞庭赤壁図巻’(重文 1771年)

Img_0003     ‘浅間山真景図’(1760年)

Img_0001     ‘嵐峡泛査図屏風’(18世紀)

京博で開催されている‘池大雅展’(4/7~5/20)をみてきた。長いこと実現しなかった池大雅(1723~1776)の回顧展にやっと遭遇した。85年ぶりのことらしい。今回出品されるのは150点。5/2からの後期に展示されるのものがあるので全部はみれなかったが、見ごたえのある掛幅、屏風、襖絵が次々とでてくるので高揚しっぱなしだった。

過去に大きな回顧展は体験しなかったが、3点の国宝やいくつもある重文の作品は幸運にもほとんどみることができた。そういう鑑賞が重なって池大雅という日本の文人画家のイメージができあがった。とくに惹かれるのが愛嬌のある人物描写と山々のもこもことした形。

そして、風景画では点描画法と印象派を思わせる明るい色彩表現が強く印象に残る。同時代を生きた与謝蕪村(1716~1783)が晩年、深い精神性をみせる画風に到達したのに対し、池大雅は最後までカラリストの才能を随所に発揮し明るくのびのびとした表現を極めた。まさに比類ない天才だった。

瀟湘八景を一隻に全部描いた‘瀟湘勝概図屏風’はお気に入りの一枚。7年前、ニューオータニ美であった‘池大雅ー中国へのあこがれ’ではじめてお目にかかり大変魅了された。構図のつくり方がじつに巧みなのでうす緑や淡い橙色が目に沁みる木々の変化をゆったりした気分で追っかけられる。

風景画のなかで最も心を打たれるのが‘洞庭赤壁図巻’、これは大谷コレクションだったはずだが京博蔵となっていた。ニューオータニ美が手放したのかもしれない。青や緑で彩られたもこもこした木々の塊が横に広がる様、そして家の壁の朱色をアクセントのように組み合わせる色彩表現。どこまでものどかで軽やかな風景、つい隅から隅までみてしまう。

生涯にわたって日本各地を旅した大雅、‘浅間山真景図’は38歳のとき友人と一緒に白山、立山、浅間山を登った体験をもとに描かれたもの。これをみるといつもトルコのパムッカレでみた真っ白な石灰棚を思い出す。また、細胞膜でかこまれた細胞の集まりにもみえてくる。

今回大きな収穫だったのが‘嵐峡泛査図屏風’、大雅にこんな琳派風の絵があったの?!という感じ。光琳様式を思わせる渓流の曲線に目が点になった。木がみな左側に傾き、筏はリズミカルに川を下っている。画面にすいこまれるように長くみていた。

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2018.04.17

東近美の洋画!

Img        原田直次郎の‘騎龍観音’(重文 1890年)

Img_0001     和田三造の‘南風’(1907年)

Img_0002     安井曾太郎の‘金蓉’(1934年)

Img_0003     瑛九の‘れいめい’(1957年)

クラシック音楽に何度聴いても飽きない曲があるように、美術でも作品の前にくるとつい見惚れてしまうものがある。そんな名画中の名画との出会いがだんだんかけがえのないものになってきた。

東近美にある作品をみる間隔が1年くらいにあいてくると名画の放つ磁力がとても強く感じられる。だから、前々から魅了されているものに会うといっそう感慨深くなる。原田直次郎(1863~1899)が27歳のとき描いた‘騎龍観音’ははじめてみたころは軽くみていたが、今ではその目を見張らせる構図と緻密な描写に息を呑んでみるようになった。

海好きには潮の香りがする絵はたまらないほど惹きつけられる。和田三造(1883~1967)の‘南風’は東近美の定番洋画のひとつ。とくに印象に残るのは立っている男の逞しい筋肉、舟の床にうつる影からもわかる強い陽の光をあびる姿は勝利した日露戦争後の世の中の気分を現わしている。

久しぶりに対面した安井曾太郎(1888~1955)の‘金蓉’、このチャイナドレスを着た女性が洋画の肖像画ではMyベスト1。絵画のモデルというとすぐこの女性を思い浮かべる。やはり安井曾太郎は肖像画の名手。足を組むポーズはセザンヌを意識したにちがいない。

抽象絵画のコーナーで思わず足がとまったのが瑛九(1911~1960)の‘れいめい’、最近は宇宙の話にのめりこんでいるので、無限がどこまでも続き宇宙のはじまりまで連れていってくれそうなこの絵にすぱっと嵌る。クプカがこれをみたら裸足で逃げるにちがいない。

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2018.04.16

昨年に続いて‘加山又造展’!

Img_0003     ‘狐’(1940年)

Img     ‘月と縞馬’(1954年)

Img_0002     ‘冬の濤’(1958年)

Img_0001     ‘月光波濤’(部分 1979年 イセ文化基金)

恵比寿にある自動車会社SUBARUのビルで加山又造(1927~2004)の回顧展‘Re又造’(4/11~5/5)が開催されていることを‘美の巨人たち’で知ったので、大観展をみたあと寄ってみた。

場所はJR恵比寿駅東口から徒歩10分くらいで到着する。このEBIS303 イベントホールははじめて行くところでふだんはどんなことをやっているのか情報がない。ここで贔屓の加山又造の回顧展に遭遇するとはまったくの想定外。いつもの美術館の展覧会と勝手がちがうのでどうなことがおこるのかちょっと緊張した。

主催者のなかにテレビ東京が名をつらねており、企画監修は有限会社加山とある。型通りの回顧展とちがうのは原作の陶板が数多くあること。例えば華麗な作風に心を奪われる‘華扇屏風’など。そして、傑作‘春秋波濤’をもとに大きな立体のつくりものを制作し絵の中に入って楽しめるというおもしろい仕掛けもある。

そのため本物の絵は厳選して展示してあり、10点くらい。その多くはこれまでみたものだった。又造は動物や鳥をいろいろ描いている。狐、鹿、狼、駱駝、キリン、象、サイ、縞馬、馬、龍、猫、犬、鴉、鶴。今回のお楽しみは狐と縞馬と猫。

波を描くことに挑んだ又造、元来水の流れや波の変化をとらえるのは大変難しい。展示されているのは‘夏の濤’と‘冬の濤’、そしてこの絵の21年後に描いた水墨画の最高傑作‘月光波濤’。これは本当にスゴイ絵。激しい波しぶきをみるたびに加山又造は真に偉大な画家だなと思う。4/18まで飾られている。

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