2019.02.17

美術館に乾杯! 国立近代美 その一

Img_0004     国立近代美 19世紀イタリア絵画の部屋

Img_0001     カノーヴァの‘ヘラクレスとリカス’(1815年)

Img     コルコスの‘夢’(1896年)

Img_0003     クールベの‘狩猟’(1867年)

Img_0002     セガンティーニの‘牧場’(1886年)

ボルゲーゼ公園のなかにある国立近代美は19世紀以降の絵画や彫刻などを展示する美術館。数多く飾られているイタリア人画家の写実的な絵画はほとんど知らないが、未来派や抽象絵画が並ぶ部屋では見覚えのある作家が続々登場し目を楽しませてくれる。

イタリアは彫刻の本場。心を奪われる彫刻家はミケランジェロ、ベルニーニのほかにもたくさんいる。ヴァチカン博に展示されている‘ペルセウス’をつくったカノーヴァ(1757~1822)もその一人。ここの大作‘ヘラクレスとリカス’(高さ3.5m)に200%KOされた。パワー全開のヘラクレスの姿はギリシャ神話で何度も襲ってくる苦境を乗り越える強いヘラクレスのイメージにピッタリ。

描かれた女性の美貌をみてMy好きな女性画に即登録したのがイタリアのコルコス(1859~1933)の‘夢’。この美術館は2度訪問したが、この絵の前にくると心拍数が上がった。フランスのルノワールやマネの描く女性とはちがいその気品のある美しさに限りない魅力を感じる。

クールベ(1819~1877)の‘狩猟’は2008年、パリのグランパレで開催されたクールベ展に出品された作品。その2年前にみたときはオルセー以外でクールベと出会うことはほとんどないので感激した。同じくセガンティ―ニ(1858~1899)の‘牧場’にお目にかかれたのも大きな収穫だった。

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2019.02.16

美術館に乾杯! サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂

Img_0004     コロセウムの上にあるサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂

Img_0001  ‘ユリウス2世墓碑’(1505~45年 サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂)

Img     ミケランジェロの‘モーセ’(1513~45年)

Img_0002      ‘レア’(1542年頃)

Img_0003     ‘復活のキリスト’(1519ー21年 サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ聖堂)

ローマでミケランジェロ(1475~1564)というとツアーのコースにも入っているシスティーナ礼拝堂の天井画をすぐ思い浮かべるが、これは画家としての作品。では本業の彫刻はローマでは何がみれるのか。全部で5点ある。

サン・ピエトロ大聖堂の‘ピエタ’はこの前紹介した。もうひとつすごいのがある。それはどのミケランジェロ本にも載っている有名な‘モーセ’。お目にかかれるのはコロセウムの上のところにあるサン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ聖堂。ミケランジェロをコンプリートするには欠かせない必見ピースなのでタクシーを飛ばして聖堂に駆けつけた。

1505年ユリウス2世から依頼された墓碑は当初の構想からかなり縮小されたものとなりほかの彫刻家たちの助力を得て1545年完成した。ミケランジェロがつくったのは‘ユリウス2世墓碑’の下段に設置されている‘モーセ’と両サイドにいる‘ラケル’(左)、‘レア’(右)の3体のみ。

高さ2.35mもある大きなモーセ像で強く目に刻まれるのは頭にはえた角と長い々顎ひげ、腕の筋肉のリアルな表現をじっとみていると映画‘十戒’でモーセを演じたチャールストン・ヘストンとダブってくる。また会ってみたい。

もう1体はドーリア・パンフィーリ美とパンテオンのちょうど中間あたりに建っているサンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ聖堂に飾ってある‘復活のキリスト’。2年前この別ヴァージョンが三菱一号美に登場したのは記憶に新しいところ。この聖堂の前の広場ではベルニーニの案によるオベリスクを支える象の彫像と遭遇した。この象には‘ミネルヴァのひよこ’というかわいい名前がついている。

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2019.02.15

美術館に乾杯! ヴィッラ・ファルネジーナ

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Img_0001     テベレ川畔にあるヴィッラ・ファルネジーナ

Img_0002    ラファエロの‘ガラテアの勝利’(1511年)

Img_0003     ‘預言者イザヤ’(1512年 サンタゴスティーノ聖堂)

Img_0004  ‘キージ礼拝堂のクーポラ’(1516年 サンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂)

ローマでは美術鑑賞の幅がとても広い。彫刻ならエトルリア、古代ローマ、ミケランジェロ、そしてベルニーニまで楽しめ、絵画ではシスティーナ礼拝堂の天井画を描いたミケランジェロとラファエロを軸にダ・ヴィンチ、ボッティチェリらルネサンスのオールスター、さらに人気のカラヴァッジョ、カラッチ、レーニ、ボッツォたちの傑作がずらっと揃う。

そのため、そうした作品が飾ってある美術館や教会にみてまわるにはかなりの時間がかかる。美術とのつきあいは長期戦と心得ひとつ々喜びを重ねていくことを胸に刻んでいる。美術館以外の場所は2度出かけたが、ベルニーニとカラヴァッジョをメインターゲットにしていた教会めぐりの合間にラファエロ(1483~1520)もちょくちょく顔をだす。

最も期待を寄せていたのはテベレ川畔にある大銀行家キージの別荘ヴィッラ・ファルネージ(後にファルネージ家の所有となったのでこの名になった)。ここではラファエロの美術本には必ず載っている‘ガラテアの勝利’にお目にかかれる。

フィレンツェのピテイ宮などでうっとりみてしまう聖母子像とは違って、ローマにあるラファエロはどれも画面が大きいので見ごたえがある。この邸宅の壁面を装飾した‘ガラテア’も縦2.95m、横2.25mのワイド画面。視線が集まるの真ん中の女神ガラテアより上で矢を射る天使とガラテアが乗っている貝殻を引っ張っている2頭のイルカちゃん。じつに可愛い!

カラヴァッジョの‘ロレートの聖母’が飾ってあるサンタゴスティ―ノ聖堂でオマケのお楽しみはラファエロの‘預言者イザヤ’。一見するとミケランジェロの天井画を彷彿とさせる。ラファエロはシスティーナ礼拝堂に何度も足を運びミケランジェロの画法を学んだにちがいない。

ポポロ聖堂にはカラヴァッジョが描いた聖ペテロの絵のほかにキージ礼拝堂でベルニーニの彫刻2体とラファエロが指揮をとったクーポラも目を楽しませてくれる。黄金に装飾されたクーポラの天井頂部はモザイクで描かれている。

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2019.02.14

美術館に乾杯! ヴィッラ・ジュリア博

Img_0001     ローマの北部にあるボルゲーゼ公園

Img        ヴィッラ・ジュリア博

Img_0002     ‘夫婦横臥像の棺’(前6世紀末)

Img_0004     ‘ヴェイオのアポロン像’(前510年頃)

Img_0003     ‘ゴルゴンのアンテフィクス’(前500年頃)

ローマの北にあるボルゲーゼ公園にはボルゲーゼ美、ローマ国立近美、ヴィッラ・ジュリア博の3つの美術館が並んでいる。折角ここへ来たのだから全部訪問した。このあたりはタクシーが少ないため徒歩で移動することになるが、公園は大変広いのちょっと疲れる。

左端のヴィッラ・ジュリア博では古代ローマ時代以前の前8~6世紀頃イタリア半島に都市文明を築いたエトルリア人が残した美術工芸品が展示されている。事前の情報からお目当てはエトルリアのテラコッタ造形芸術の最高傑作とみなされる‘夫婦横臥像の棺’。

酒宴で寝台(クリネ)の上に夫婦が仲良く横たわり、飲食や音楽を楽しみながら談笑する姿がじつにいい。エトルリア社会では女性の地位が高かったので女性も宴会に参加しで夫と一緒にエンジョイした。ギリシャでは絶対にありえない光景。

動きのある彫刻もエトルリアの特徴、ギリシャのアルカイック彫刻が静的なのに較べると‘ヴェイオのアポロン像’や‘ヘラクレス像’は今にも動き出しそうな感じ。さらに気を引くのがゴルゴン(メドゥ―サ)の首、東北のナマハゲのようにたくさんの蛇を操るゴルゴンはとっても怖くみえる。

アンテフィクスは神殿の屋根の下端につける軒鼻飾りのことで、装飾のモチーフとしてゴルゴンや酒の神ディオニソスの供の女マイオスの頭部などが使われた。

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2019.02.13

美術館に乾杯! バロック・イリュージョン (2)

Img     イエズス会の総本山 ジェズ聖堂

Img_0003     ポッツォの‘聖イグナティウスの祭壇’(1696~1700年)

Img_0001  ポッツォの‘カフェ・プロフェッサの回廊の壁画’(1682~86年)

Img_0002     真近でみるとゆがんでいる壁画

Img_0004     ボッロミーニの‘プロスぺトカの間’(17世紀 スパーダ宮)

ポッツォ(1642~1709)が絵画の技法だけでなく数学や建築の知識を総動員してつくった天井画が楽しめるサンティニャーツィ聖堂、運よく2010年2回縁があった。場所がわからず苦労したのは1月のとき。その原因は手元の美術本をみててっきりイエズス会の総本山のジェズ聖堂に行けば天井画をみれると勘違いしたから。

確かに翼廊部にある絢爛豪華な‘聖イグナティウスの祭壇’はポッツォがつくったことは情報とあっているし、世界で最も大きいラピスラズリの玉がどんとすえられている。でも、身廊に描かれた天井画がどうもイメージとちがう。さて、肝心のボッツォのイリュージョンはどこでみれるのか?

そこで、聖堂と同じ敷地内にあるローマの神学校、‘コレッジョ・ロマーノ’に足と運びきょろきょろしていたら入口でもらったパンフレットに載っている‘カフェ・プロフェッサの回廊’が現れた。なにかポッツォの匂いがしてきた。この回廊の天井と壁画はボッツォがローマにやって来て最初に描いたもの。

回廊の天井はかまぼこ型になっているが、実際は天井や壁にはいっさい凸凹がない。ある地点からみると完璧な遠近法になっていて、奥にはあるはずのない部屋があるようにみえる。そして、進んでいくと横の壁から赤ちゃんや男女が飛び出してくる。まさにだまし絵の連続。男女を真近でみると体全体を横にぐっとひきのばして描かれている。

結局、ジェズ聖堂ではお目当ての天井画はみれなかったが、ボッツォの仕掛けたイリュージョンの一端は目にすることができた。ここでいい出会いがあった。一人のイタリア人男性が壁画を模写しており、話をすると本命のサンティニャーツィ聖堂のある場所を教えてくれた。で、喜び勇んで移動した。近くにあるのですぐ到着した。

ローマにはおもしろいだまし絵がもうひとつある。めざしたのはナヴォーナ広場から歩いて10分ちょっとのところにあるスパーダ宮。人数がある程度集まると係員が‘プロスぺトカの間’(遠近法のギャラリー)に連れて行ってくれる。左右に列柱を並べた小規模なギャラリーで遠くの先には小さな兵士の彫像がみえる。

ギャラリーの長さは30m以上あるようにみえるがじつは9mしかない!これはベルニーニ(1598~1680)のライバルだったボッロミーニ(1599~1667)の遊び心によって生まれただましのテクニック。奥に行くほど柱の長さが短くなり、道幅も狭くなっている。錯覚を利用したバロック・イリュージョンの真骨頂がここにある。

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2019.02.12

美術館に乾杯! バロック・イリュージョン (1)

Img_0001     サンティニャツィオ聖堂

Img_0004     聖堂内部 サプライズの身廊天井画

Img_0002     ポッツォの‘聖イグナティウス・デ・ロヨラの栄光’(1694年)


Img_2        ‘ヨーロッパ’

Img_0003_2        ‘アメリカ’

美術館や教会をまわるときはガイドブックによっておおよその場所を確認するが、なかにはガイドブックに載ってないことがある。2010年のローマ訪問で期待の大きかったサンティニャツィオ聖堂(カトリック・イエズス会)にたどりつくのに大変苦労した。

ドーリア・パンフィーリ美から北に向かって200mくらいのところに建つこの聖堂にはサプライズの天井画がある。カトリックの教えを世界に広めるイエズス会の伝道活動の勝利が描かれており、中心にいるのがイエス・キリストから祝福を受けるカトリック・イエズス会の創始者聖イグナティウス・デ・ロヨラ。

そして、天井の4隅は世界の4大陸が擬人化され女性の姿で表されている。この大陸の描き方に目が点になる。女性のまわるにいる筋肉隆々の男や赤ちゃんがまるで中に浮いているよう。例えば‘ヨーロッパ’では男が天空を駆けめぐっている感じ。また‘アメリカ’ではインディアンの女性に突き落とされる異教の男たちは今にも崖から落ちてきそう。

3Dを思わせるイリュージョン天井画を生み出したのはトレント生まれのイエズス会士、アンドレア・ポッツォ(1642~1709)。17世紀後期バロックに活躍したポッツォの絵画や建築をみるのはこのときがはじめて。天井画のことは美術本でずいぶん前に知ったが、建物と絵画が一体となった不思議な立体感はここに来ないと味わえない。イリュージョン芸術家、ポッツォに乾杯!

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2019.02.11

美術館に乾杯! ローマの教会でカラヴァッジョ三昧 (2)

Img_0003     サンタゴステイーノ聖堂の内部

Img_0001     ‘ロレートの聖母’(1603~06年)

Img_0004  ‘聖ペテロの磔刑’(1601年 サンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂)

Img_0002  ‘聖パウロの回心’(1601年 サンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂)

Img     ‘洗礼者ヨハネ’(1605~06年 コルシーニ美)

サンタ・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂から北にむかって300mくらい歩いたところにあるのがサンタゴスティーノ聖堂。ここにカラヴァッジョ(1571~1610)のすばらしい絵がある。その‘ロレートの聖母’をはじめてみたときはおおげさにいうと体が震えた。

キリストを抱く聖母も跪く男女もイタリアのどこにでもいそうな人物。マリアの美しい顔と男の汚れた足の裏が違和感なく目のなかに入ってくるこの現実感がカラヴァッジョの最大の魅力、宗教画というより風俗画をみている気分なので肩の力を抜いてみられる。

最終目的地であるサン・ピエトロ大聖堂へ向かう途中ここへ立ち寄った巡礼者たちは‘おらたちと同じ格好をしたやつが絵のなかにいるだべ、ちょっとみてみるか’と口をポカンとあけて聖母と幼子キリストの姿に手を合わせたにちがいない。

かつてローマの北の表玄関だったポポロ門の脇に立つのがサンタ・マリア・デル・ポポロ聖堂、そしてこの前は中央に高さ36mのオベリスクがあるポポロ広場、このオベリスクは紀元前13世紀のもので初代皇帝アウグストゥスがエジプトから運んできた。

これをみるだけでもここへやって来る価値があるが、ひと通りみたら2点のカラヴァッジョをみるため急いでポポロ聖堂へ入った。‘聖ペテロの磔刑’と‘聖ペテロの回心’が飾ってあるのは主祭壇左手のチェラ―ジ礼拝堂。どちらもペテロはひっくり返る形で描かれており、光をうける体全体が強く目に焼きつく。カラヴァッジョは見る者が絵にできるだけ近づいてみることを目論んでまわりの男たちや馬を配置している。

2016年西洋美で開催されたカラヴァッジョ展に登場した‘洗礼者ヨハネ’はちょっと引っ込み思案な性格を感じさせる若者がモデルをつとめている。この絵があるコルシーニ美はラファエロの有名な‘ガラテアの勝利’が描かれた別荘ヴィッラ・ファルネージの目と鼻の先に位置するこじんまりとした邸宅美。

訪問したときは想定外の休館日でガックリ!だが、4ヶ月後に開かれた大カラヴァッジョ展(2010年)で運よくリカバリーできた。ミューズに感謝。

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2019.02.10

美術館に乾杯! ローマの教会でカラヴァッジョ三昧 (1)

Img_0004     ローマでみれるカラヴァッジョ(拡大で)

Img_0002     サン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂

Img_0001     ‘聖マタイの召命’(1600年)

Img_0003     ‘聖マタイの殉教’(1600年)

Img     ‘聖マタイと天使’(1602年)

イタリアで美術を楽しむときは訪問した都市にある美術館や博物館の情報だけでなく教会に飾られている祭壇画、壁画、彫刻についてもしっかり押さえておく必要がある。ローマではベルニーニ(1598~1680)同様、カラヴァッジョ(1571~1610)を求めて3つの教会に足を運んだ。

まず前のめりになって向かったのはナヴォーナ広場の近くにある‘サン・ルイジ・デイ・フランチェージ聖堂’、この聖堂はカラヴァッジョファンにとっては聖地みたいなところ。入って左奥のコンタレッリ礼拝堂にはマタイ三部作がどーんと飾られている。真ん中が‘聖マタイと天使’で左が‘聖マタイの召命’、そして右にあるのが‘聖マタイの殉教’。

ここに2回立ったが、毎度ひっきりなしに人々がやって来て食い入るようにながめている。出世作となった‘聖マタイの召命’は右上からさしこむ光がテーブルに座っている男たちを照らしているところに視線が集中する。そのため、右にいるキリストは後ろ向きの男によって体の大半が隠れ存在感が薄くなっている。

普通キリストはこんな風には描かれないが、カラヴァッジョはキリストをイケメンに演出したもののこの場面での威厳を過大に大きくせず風俗画のワンピースとして配置している。‘マタイ君、ちょっと一緒にきてくれないか’、‘ええー、私ですか?!’こんな感じだろうか。

これに対し‘聖マタイの殉教’は緊迫した場面が描かれている。今まさにマタイを手にかけようとする刺客の怖いこと。真っ赤になった顔が若い男の真剣度を物語っている。そして、主役の刺客を食うほどのインパクトがあるのが‘ああー、大変だ!マタイのおじちゃんが殺されるー’とばかりに口を大きくあけ手と体をひねっている少年。
この圧倒的な激しさを明暗の強いコントラストによって描くのがカラヴァッジョ流。

ところで、絵の前には小さな箱がありコインを入れるとライトアップされる仕掛けになっていたが、現在もそのままだろうか。また行ってみたい。

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2019.02.09

美術館に乾杯! ローマはベルニーニのためにあった (3)

Img_0002         サンタンドレア・アル・クィリナーレ聖堂

Img_0003     ‘クーポラ’(1658~61年)

Img_0004‘インノケンティウス10世の肖像’(17世紀 ドーリア・パンフィーリ美)

Img_0005  ‘ガブリエル・フォンセカの胸像’(1668~73年 ルチーナ聖堂)

Img     ‘サン・タンジェロ橋の天使像’(1670年)

2回おこなったベルニーニ巡り、2度目は大カラヴァッジョ展にあった2010年。念願のカラヴァッジョをみて興奮がさまやらぬなかすぐ近くにあるベルニーニ(1598~1680)が設計した‘サンタンドレア・アル・クィリナーレ聖堂’に寄った。なかに入り上を見上げると飛翔するような感覚になる楕円形のクーポラ。金彩の漆喰装飾と可愛い天使を息を呑んでみていた。

バルベリーニ家出身のウルバヌス8世が亡くなったあと教皇についたのがパンフィーリ家から選出されたインノケンティウス10世(在位1644~1655)。ドーリア・パンフィーリ美では専用の部屋にベラスケスがローマにやって来たとき描いた教皇の肖像画とベルニーニがつくった肖像彫刻が一緒に飾ってある。2つをみるとインノケンティウス10世は厳格で気難しい人物のイメージ。そのため、学問・芸術にはあまり興味が示さなかった。

サン・ロレンツォ・イン・ルチーナ聖堂にある‘ガブリエル・フォンセカの胸像’はだまし絵のようにこちらに飛び出してくる感じがとても印象深い。この人物はポルトガル人でインノケンテイウス10世の外科医だった。深い精神性のみられる祈りの姿が心を打つ。

ベルニーニは71歳のとき‘サン・タンジェロ橋の天使像’の2体をつくった。全部で10体ある天使は受難を表す持物をもっているが、INRIの銘と茨の冠をもつ天使がベルニーニの作。だが、実際に橋の上に置かれているのはコピー。仕事場にやって来た教皇が風雨にさらすのは忍びないとコピーに替えさせた。

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2019.02.08

美術館に乾杯! ローマはベルニーニのためにあった (2)

Img_0003    ローマ観光の人気スポット ‘ナヴォーナ広場’

Img     ‘四大河の泉 ガンジス’(1648~51年)

Img_0001     ‘トリトーネの噴水’(1642~43年)     

Img_0002     ‘蜂の噴水’(1644年)

Img_0004     ‘バルカッチャ(おんぼろ船)の噴水’(1628~29年)

ローマの街を歩いているといたるところで噴水と出会う。一番有名なのが‘トレビの泉’、最新のニュースによると観光客が投げ入れるコインを今後は遺跡の維持・補修にかかる費用に充てるという。財政の悪化はこんなところに影響が出ている。

ローマの噴水を装飾的でダイナミックなものに変えたのがベルニーニ(1598~1680)、ウルバヌス8世(在位1623~1644)の依頼に応えて数多くの噴水を手がけた。そのなかで最も大きいのがナヴォーナ広場にある‘四大河の泉’、擬人化した彫刻は‘ガンジス’(画像)、‘ドナウ’、‘ラプラタ’、‘ナイル’

教会にある‘聖テレサの法悦’などとは対照的に広場に置かれた彫刻は見る者の心を高揚させるバロックの気分にあふれた力強いものが多い。トム・ハンクスが主演した映画‘悪魔と天使’で最後に残った司教が犯人に殺されかかるところが‘四大河の泉’、映画の舞台になるといっそう印象が深まる。

ベルニーニが44歳のころつくったのがバルベリーニ広場にある‘トリトーネの噴水’、4頭のイルカの尾の上に大きな貝があり、そこにさらに半人半魚の海神トリトーネが乗り水を吹き上げるほら貝を吹いている。この気を引く造形には強いインパクトがあり一度見たら忘れられない。

そして、この噴水から目と鼻の先のところにあるのが‘蜂の噴水’、アイチャッチとなる垂直に立つ貝と3匹の蜂の組み合わせがじつにユニーク、この蜂はパトロンのウルバヌス8世の生家バルベリーニ家の紋章。ベルニーニは権力に好かれる術をよく心得ている。

先月‘ブラタモリ’に登場したスペイン広場では現在、ジェラートを食べるのは禁止されている。階段の前の小さな広場にあるのが父親との合作‘おんぼろ船の噴水’。これはベルニーニが30歳ころの作品。

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