2017.12.16

2017年 感動の西洋美術 ベスト10!(3)

Img     ジャコメッティの‘歩く男Ⅰ’(1960年 マーグ財団美)

Img_0002     ゴッホの‘タラスコンの乗合馬車’(1888年 プリンストン大美)

Img_0001     カサットの‘母と子ども’(1889年 シンシナティ美)

Img_0003     ‘セーヴル磁器 壺 ポプリ・ポンパドゥール’(1753年)

一人の作家の回顧展に2回遭遇するのが理想だが、今年はジャコメッティ(1901~1966)でそれが実現した。場所は毎年数回足を運ぶ国立新美(6/14~9/4)、一度みているので薄くて細長い女性立像などを軽くみながら進んでいたら、最後の方にサプライズが用意されていた。

目の前に現れた3つの作品、‘女性立像’、‘歩く男’、‘頭部’はどれもお馴染みのものだが、びっくりしたのはその大きさ、‘歩く男’は実際の人間同じくらいある。絵画もそうだが、彫刻でも大きいとモチーフの存在感がぐんと増す。ジャコメッティのこんな大きな作品はみたことないので立ち尽くしてみていた。

現在、東京都美で開催中のゴッホ展(10/24~1/8)、新規の作品が5点ほど登場した。そのなかで大変魅了されたのが‘タラスコンの乗合馬車’、昨年はデトロイト美の自画像がやって来て今年はゴッホ展、そして年が明けると2月、国立新美にチューリヒのビュールレコレクションが所蔵する‘沈む太陽と種まく人’(東京都美に展示されているゴッホ美蔵の別ヴァージョン)がでてくる。ゴッホ好きにとってはいい流れが続く。

来年の1/28まで行われる西洋美の‘北斎とジャポニスム’、ここに嬉しい作品があった。カサット(1844~1926)の‘母と子ども’、この幼子の可愛いこと!カサットがまた好きになった。

サントリー美のセーヴル展(11/22~1/18)に手元にある世界のやきものを集めた本に載っている有名な壺‘ポプリ・ポンパドゥール’がでていた。モザイク展示を相変わらず行うのでサントリーに対する好感度は高くはないが、こういうセーヴル磁器の傑作をみせられるとこの美術館のもっている企画力はスゴいなと思う。

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2017.12.15

2017年 感動の西洋美術 ベスト10!(2)

Img_0003 ミュシャの‘スラブ叙事詩 原故郷のスラブ民族’(1912年 プラハ市美)

Img_0002     ブリューゲルの‘バベルの塔’(1568年 ボイマンス美)

Img_0001アルチンボルドの‘春’(1563年 サン・フェルナン美術アカデミー美)

3月から6月にかけて多くの美術ファンの関心を集めた西洋絵画が3つ登場した。まず、ミュシャ(1860~1939)の‘スラブ叙事詩’(3/8~6/5 国立新美)、次がブリューゲル(1525~1569)の‘バベルの塔’(4/18~7/2 東京都美)、そして、アルチンボルド(1527~1593)の‘四季’と‘四大元素’(6/20~9/24 西洋美)。

国立新美のあの広い展示室でミュシャの‘スラブ叙事詩’(20点)をみれたことは生涯の思い出。この連作はミュシャ物語には欠かせない最後の大事なピースだが、作品があるのは日本からは遠いチェコの地。どうみたって縁はなさそうと思っていた。

じつは縁ができる手前までは行った。2003年中欧を旅行し、プラハの国立美でミュシャの‘スラーヴィア’と対面したのである。日本にやって来るアールヌーヴォ調の華やかな女性画にこのすばらしい絵が加わったのでもって瞑すべしというところ。

それから14年経った今年奇跡が起こった。なんと、図版でながめていた‘原故郷のスラブ民族’や‘スラブ式典礼の導入’などが目の前に現られたのである。縦6m、横8mという超大作の威力もあって感動袋が破れる寸前だった。こんな嬉しいことがあると夢を見続けているほかの作品についてもついミューズにお願いしたくなる。

ブリューゲルが描いた2作目の‘バベルの塔’も忘れられない一枚。普段この絵が展示されているロッテルダムのボイマンス美はボスやダリもあるため気になっていた美術館。そこからわざわざブリューゲルの傑作とボス2点がお出ましいただいたのだから有り難い。

ブリューゲルで残っているのはベルリンにある‘ネーデルランドの諺’と‘野外での農民の婚礼の踊り’(デトロイト美)、会えるだろうか。二度目のベルリンは可能性があるが、デトロイトは無理かもしれない。

西洋美のアルチンボルド展も大ヒット。なかでもマドリードで美術館巡りをしたとき王立サン・フェルナンド美術アカデミー美で姿をみせてくれなかった‘四季 春’をリカバリーできたのは幸運だった。アルチンボルドとブリューゲルはほぼ同世代。ブリューゲルがバベルの塔の細かいところまで信じられないほど細密に描いたのに対し、アルチンボルドは奇抜な発想によるシュールな人物画で人々をあっと言わせた。その稀有な天才に乾杯!

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2017.12.14

2017年 感動の西洋美術 ベスト10!(1)

Img_0002     ティツイアーノの‘ダナエ’(1544年 カポデイモンテ美)

Img     カッサンドルの‘ノルマンディー’(1935年)

Img_0001_2    シャセリオーの‘カバリュス嬢の肖像’(1848年 カンベール美)

昨年同様、展覧会のくくりだけでなく出会った作品ごとにみて感動の大きかったものについてもベスト10!を選んでみた(3回に分けて)。いずれもはじめてお目にかかったもの。まずは西洋美術を見た順番で。

ここ2年、ヴェネツィア派とボッティチェリが大盛り上がりだっが、東京都美の‘ティツィアーノとヴェネツィア派展’(1/21~4/2)にはティツィアーノ(1485~1576)の傑作‘ダナエ’が登場した。これを所蔵しているのはまだ訪問が実現していないナポリのカポデイモンテ美、ここの自慢のコレクションであるティツィアーノが今回4点もやって来たのだから言うことなし。念願の‘ダナエ’に会えて最高の気分だった。

ポスターの世界で革命をおこしたカッサンドル(1901~1968)の存在を知ったのは何年か前に放送された日曜美術館、ロートレックのポスターなども一緒にでてきたが、最後に紹介されたカッサンドルの斬新なポスターに目が点になった。そのひとつが豪華客船の宣伝に使われた‘ノルマンディー’、懐が豊かなフランス人はこのポスターをみたらこれに乗って海の旅を楽しもうと思ったにちがいない。

カッサンドルの作品をいつかまとまった形でみたいと願っていたので埼玉県近美で開催された回顧展(2/11~3/26)は喜び勇んででかけた。ほかにも列車の線路の造形が大きな才能を感じさせる‘エトワール・デュ・ノール’を立ち尽くしてみていた。

昨年はカラヴァッジョをとりあげその実力をみせつけた西洋美が今年は渋い画家をぶつけてきた。これまで片手くらいしかお目にかかったことのないシャセリオー(1819~1856 2/28~5/28)。

一体どんな画業だったのか興味はあったが、期待していたオルセーにある代表作がなかったので肩透かしを食らった感じ。でも、‘カバリュス嬢の肖像’と裸婦図の‘泉のそばで眠るニンフ’には思わず足がとまった。

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2017.12.13

2017年 感動の展覧会 ベスト10!

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今年みた展覧会をふりかえって心に残るものをいつものように10選んでみた。出かけた美術館は京都・大阪への遠征を含めてちょうど40展。そこからのベスト10なのですぐ決まる。

★春日大社展       1/17~3/10       東博

★ミュシャ展       3/8~6/5         国立新美

★海北友松展       4/11~5/21       京博

★ボイマンス美展     4/18~7/2        東京都美

★アルチンボルド展    6/20~9/24       西洋美

★ボストン美の至宝展   7/20~10/9       東京都美

★歌麿大作 吉原の花   7/28~10/29      岡田美

★狩野元信展       9/16~11/5       サントリー美

★運慶展         9/25~11/26      東博

★国宝展         10/3~11/26      京博

昨年はカラヴァッジョ展など西洋絵画にいいのが多かったが、今年は日本美術の存在感をぐんとまし7つ入った。絵画、彫刻、やきもの、工芸などこれぞ日本美術の真髄!という感じでその充実した内容は長く記憶に残るものとなった。

とくに嬉しいのは長年追っかけていた作品と例年以上に多く会えたこと。4つもある。春日大社のびっくりするほどすばらしい鎧兜、京博の国宝展に出品された龍光院の曜変天目茶碗、箱根の岡田美に里帰りした歌麿の肉筆画‘吉原の花’、そしてボストン美蔵の英一蝶の‘涅槃図’。この感動の余韻はあと半年はもつ。

回顧展で期待値通りの大きな満足がえられたのが京博の海北友松展と東博の運慶展。展示の最後に登場した友松の‘月下渓流図屏風’には200%しびれた。こんないい絵がアメリカの美術館におさまっていたとは!一生忘れられない鑑賞体験だった。

西洋絵画はミュシャの‘スラブ叙事詩’とボイマンス美のブリューゲルの‘バベルの塔’がみられたことが最大の収穫。ルーヴルとかプラドにある作品だと日本で見る機会があるかもしれないが、この2点はチェコとオランダの美術館の所蔵。

だから、日本に登場するなんてことは奇跡に近い。でも、実現してしまうのだから日本は美術大国。つくづくいい美術環境のなかで暮しているなと思う。

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2017.12.12

美術館に乾杯! ボストン美 その十六

Img     ホックニーの‘ギャロビー・ヒル’(1998年)

Img_0004     ルイスの‘デルタ ガンマ’(1960年)

Img_0003     ピカソの‘ザビニの女たちの略奪’(1963年)

Img_0001        ゴーキー

今年東京都美が行ったボストン美展で嬉しいことがあった。最後の展示室に思ってもいなかったホックニー(1937~)の‘ギャロビー・ヒル’が現れたのである。手前は大きなカーブにより空間が凸凹にゆがんでいるのにそれから先は平坦な農地が遠くまでのびていくという現代感覚の風景画。

じつはこの絵は2008年に入館したとき、館案内のパンフレットに掲載されていた作品。すぐ気に入り探したのだが、アメリカ館の新設工事のため展示されてなかった。そして、2年前もホーマーに夢中になっていたせいで会えなかった。その絵を日本でみることになるとは!こういうことがあるから美術館通いはやめられない。

イギリス現代アートのレジェンドであるホックニーは今年80歳。BS2が3カ月前にとりあげた大英博の北斎展に登場した。この人があのホックニーか、という感じ。‘北斎はもっと長く生きて絵を極めたいと語ったが、私もそう思っているよ’とインタビューに応えていた。ホックニーは富士山も描いているが、北斎が好きなんだろう。ますます好きになった。いつか回顧展に遭遇することを7夢見ている。

ルイス(1912~1962)の‘デルタ ガンマ’はきりっとした色彩の美が目にしみる一枚。画面の中央はキャンバスの地のまま、赤や黄色などの明るい色の帯は両サイドで対照的に斜めにのびている。この帯は絵筆で描いたのではなく画面を動かして絵の具をしみこませたもの。色彩の力に強く惹かれる。

ボストンにあるピカソ(1881~1973)はコルトーナやダヴィッドらも絵画化した‘ザビニの女たちの略奪’、しばらくながめていると1937年に描いた‘ゲルニカ’の馬のいななきや女の悲痛な叫びが重なってくる。

アメリカ館に展示されていた現代アートはポロック、ゴーキー(1904~1948)、マッタ。数は多くないが、作品の質は高い。抽象画だが丸や四角の形が柔らかくすっと作品のなかに入っていけるゴーキーをながくみていた。

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2017.12.11

美術館に乾杯! ボストン美 その十五

Img_0001     オキーフの‘白バラとヒエン草’(1927年)

Img     オキーフの‘鹿の頭蓋骨とペダーナル’(1936年)

Img_0003     ジョセフ・ステラの‘古いブルックリン橋’(1941年)

Img_0002     デイヴィスの‘熱い都市の風景’(1940年)

現代アートの作品はアメリカ人作家はアメリカ館で展示し、ピカソなどは印象派などヨーロッパ絵画のくくりで従来のところに登場する。女流ア―ティストのオキーフ(1887~1986)はアメリカ生まれなので、アメリカ館にある。

オキーフを多く飾っているのはメトロポリタン、2008年に出かけたときは地下にある展示室でなんと20点も楽しむことができた。そして、シカゴ、ワシントンナショナルギャラリー、ボストンでみたのは2,3点。オキーフに目が慣れてくると、この画家の作品がモチーフの巨大化に特徴があることに気づく。

異常に大きく描かれたものは花びらと頭蓋骨。花の絵を普通に描くと静物画になる。ところが、これを画面からはみだすほど拡大すると花びらの姿が変容し抽象画のイメージになってくる。‘白バラとヒエン草’は具象3割、抽象7割という感じ。空中に浮遊する巨大な白いバラはまるで異次元の世界で遭遇した物体のよう。

‘鹿の頭蓋骨とペダーナル’は2年前心を打たれた作品。代表作の‘夏の日々’(ホイットニー美)をみる縁がなかなかやって来ないので、この絵に会えたのは望外の喜び。アメリカの大自然と鹿やバッファローの頭蓋骨を組み合わせるアイデアは絵画という芸術形態のもっている表現力の凄さかもしれない。白骨化した動物の頭がアメリカの大地にあることで地殻変動や大陸移動といった地球の成り立ちにまで思いが広がっていく。

オキーフの描く頭蓋骨は画面の中心に置かれているので視線がこれにグッとよっていくが、ジョセフ・ステラ(1877~1946)の‘古いブルックリン橋’でも同じような感覚がある。こういうエネルギーが中心に凝縮された作品は不思議な磁力を放っている。

デイヴィス(1894~1964)の‘熱い都市の風景’はどこかミロのゆるみのまじったコミカルさを感じさせる。一見子どもでも描けそうと勝手な感想をもつが、よくみると縦、横、斜めの構成は入念に練られた色彩と形態に支えら。並の創造力ではこんな絵は描けない。

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2017.12.10

美術館に乾杯! ボストン美 その十四

Img     ゴッホの‘郵便配達夫ルーラン’(1888年)

Img_0001     ベルナールの‘画家の祖母’(1887年)

Img_0003     コプリーの‘少年とリス’(1765年)

Img_0002     セイヤーの‘カリタス’(1895年)

多くの人が好きな画家とそれより知名度の低い画家がいたとき、あえて後者のほうに走る人がいる。こういうのを天邪鬼というが、この人種の特徴は美術の世界のど真ん中にいる画家に熱心でなくクセ玉的な存在を過度に持ち上げ目立とうとする。これで名を売る美術評論家がとても多い。くれぐれもご注意を。

こんな人は人気のゴッホ(1853~1890)については表向きはいいねなんていう。だが、それが本音ではなく演技だということはすぐバレる。好みは人それぞれだからそれでいいのだが、カッコつけたもの言いに性格が出る。ゴッホは圧が強いから疲れるのよね、というほうが好まれる。

今年は東京都美にボストンの‘郵便配達夫ルーラン’がはじめてやって来た。何度もボストン美展があったのにこの絵はこれまで姿を現してくれなかった。それはサージェントの‘ボイトの娘たち’、カサットの‘桟敷席にて’とともに美術館の至宝として扱われているから。ゴッホが描いた男性の肖像画ではオルセーにある‘ガシェ博士’とともに最高傑作。

ゴーギャンと一時期行動を共にしていたベルナール(1868~1941)の‘画家の祖母’は記憶に残る一枚。ベルナールはゴーギャンやゴッホの回顧展で展示されることがあるが、単独の展覧会を一度みてみたい気もする。だが、作品を多く集められるかどうか。

2015年に訪問したとき、アメリカ館で収穫だったのがコプリー(1738~1815)の‘少年とリス’とセイヤー(1849~1921)の‘カリタス’。画集でみてるとそれほどぐっとこないが、本物と対面して大変魅了された。絵画は奥が深い。

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2017.12.09

美術館に乾杯! ボストン美 その十三

Img_0001      ロートレックの‘カフェ・ミーにて’(1891年)

Img     ドガの‘モルビッリ夫妻’(1865年)

Img_0003    ホッパーの‘ブルックリンの部屋’(1922年)

Img_0002     セザンヌの‘赤い肘掛け椅子のセザンヌ夫人’(1877年)

ロートレック(1864~1901)の油彩を楽しむにはアメリカの美術館をまわるにかぎると強く感じたのは2008年にシカゴ美などを訪問したとき。この話は何度も書いているが、シカゴでは‘ムーラン・ルージュにて’と遭遇し上機嫌だった。

その後、ワシントンナショナルギャラリーの‘バレエを踊るマルセル・ランデ’やフィラデルフィアの‘ムーラン・ルージュにて:踊り’にも会うことができた。ボストンにあるのは‘カフェ・ミーにて’、これはロートレックが尊敬するドガ(1834~1917)の‘アプサント’を意識したことは明らかで、二人の関係はどうみても冷えきっている。

ドガの‘モルビッリ夫妻’は確か日本にやって来た。肖像画というのはモデルの内面が感じとれるものがやはり惹きつけられる。夫の腕に手をそえる妻のしぐさがとてもいい。きっと固く結ばれた夫婦なのだろう。

ドガが人間関係に恵まれなかったり仕事にちょっと疲れた人々の様子をふとみつめたように、ホッパー(1882~1967)は近代化の波がパリよりもっと早いスピードで進んだニューヨークで孤独を噛みしめながら生きていく人たちを音を遮断して描いた。女性の背中にどこか淋しさがただよう‘ブルックリンの部屋’は忘れられない一枚。

セザンヌ(1839~1906)は肖像画を描くときモデルをあまりに長く拘束するので人物は限られたという話がモノグラフによく載っている。妻のオルタンスは辛抱強い女性だったにちがいない。‘赤い肘掛け椅子のセザンヌ夫人’はいくつかあるオルタンスの肖像のなかでは最も出来がいい。

ここでは赤い肘掛け椅子は強いアクセントになっているが、あと1ヶ月もするとビュールレ・コレクションの‘赤いチョッキの少年’に会える。ワクワクしている。

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2017.12.08

美人画の名手 菊川英山!

Img     ‘青楼美人合 岡本屋内 稲岡 茂枝’(1812~13年)

Img_0001     ‘風流美人揃 五色墨 猫を抱く美人’(1814~17年)

Img_0002     ‘風流青楼美人六玉川之内 陸奥 千鳥玉川’(1814~17年)

Img_0004     ‘花車子供遊’(1814~17年)

太田記念美で行われている‘菊川英山展’(11/3~12/20)の後期をみてきた。チケットの半券をみせると200円引。普通は100円引だから美術館に対する好感度は上がる。

喜多川歌麿の美人画のDNAを引き継ぐといわれる菊川英山(1787~1867)だが、歌麿が亡くなった1806年は二十歳のころ。英山は長生きの家系だったのかを80歳まで生きた。同世代では歌川国貞(1786~1864)がいる。そして、10歳若いのが広重(1797~1861)と国芳(1797~1858)。

この回顧展にでた作品は全部で200点、後期はその半分。以前から英山の描く女性のハッとする色っぽさに魅了されていたが、英山の美人画をこれほど多く楽しめたのは本当に幸せだった。これまで美人画の浮世絵師列伝に入れていたのは春信、春章、清長、歌麿。これからは英山を加えることにした。

見事な遊女の半身像に思わず足がとまるのが‘青楼美人合 岡本屋内 稲岡 茂枝’、上の女性の口紅は高価な緑色の笹色紅、歌麿がこれをみたら裸足で逃げたかもしれない。

‘風流美人揃 五色墨 猫を抱く美人’と‘風流青楼美人六玉川之内 陸奥 千鳥玉川’では英山流のゾクッとするほど女性美が心をかきむしる。とびっきりの美形で色白、ここですぐ頭をよぎるのが女優の沢尻エリカ、そして、女性を引き立てる猫と千鳥の群れにも視線がむかう。

感心してみていたのは‘花車子供遊’。清長、国貞、国芳にも気持ちが和む子どもの風俗画があるが、英山がこれほど上手に子どもたちを描いていたとは。英山に乾杯!

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2017.12.06

美術館に乾杯! ボストン美 その十二

Img_0001     ゴーギャンの‘我々はどこから来たのか’(1897年)

Img     ルノワールの‘ブージヴァルのダンス’(1882~83年)

Img_0004         モネの‘ラ・ジャポネーズ’(1876年)

Img_0002     マネの‘街の歌い手’(1862年)

好きな画家の大回顧展が海外の美術館であると日程をやりくりをして見に行きたくなるが、幸運なめぐり合わせはそうたびたびやって来ない。印象派やポスト印象派で大きな思い出となっているのはモネ(1840~1926)とゴーギャン(1848~1903)。

2010年、開館10年目を迎えたロンドンのテートモダンで大規模なゴーギャン展が開催された。一番嬉しかったのはスコットランド国立美が所蔵する‘説教のあとの幻影’に会えたこと。画集に必ず載っているこの絵といつか対面したいと思っていたが、ふだん展示されているのはエジンバラ。ここは遠い。はたして縁があるだろうか、という感じだったのでこの展覧会は本当に有り難かった。

回顧展はこのあとワシントンのナショナルギャラリーに巡回したのだが、どういうわけかボストン美にある代表作‘我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか’は出品されなかった。そして、メトロポリタンにある‘マリア礼賛’もワシントンへ行かなかった。

飛車角落ちという感じだが、美術ファンが望む申し分のないラインナップというのはなかなか実現しない。これを思うと、‘我々はどこから来たのか’が2009年、東近美にやって来たのは特別な展示だったことがわかる。日本に貸し出したので翌年のロンドン行きは難しかったのかもしれない。

ゴーギャンの絵と同様、ルノワール(1841~1919)の‘ブージヴァルのダンス’も美術館の至宝。大きな絵でルノワールの全作品のなかでも5本の指に入る傑作。日本で過去2度お目にかかったから、トータルで5回会った。もうすばらしいの一言!

モネの人物画ではすごくインパクトのある‘ラ・ジャポネーズ’もいい思い出。妻カミーユの小顔と着ている着物の赤の強さは忘れられない。今、西洋美で‘北斎とジャポニスム’が行われているが、この肖像画にも人々を魅了したジャポニスムが色濃く描かれている。

来年1月から世田谷美ではじまるボストン美展に出品されるのがマネ(1832~1883)の‘街の歌い手’、三菱一号館美のマネ展(2010年)にも登場したが、再会するため足を運ぶかもしれない。

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