2018.07.20

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その八

Img_0003     ダリの‘蜜蜂によって引き起こされた夢’(1944年)

Img     デルヴォーの‘洞窟の裸婦’(1936年)

Img_0002     ピカソの‘鏡を持つアルルカン’(1923年)

Img_0001     ドランの‘ウォータールーの橋’(1906年)

ダリ(1904~1989)のシュール画が気になりだし画集を揃えたとき、なんとしてもみたい絵が数点あった。その一枚が長ったらしい名前がついている‘目覚める1秒前にザクロの周りを飛ぶ蜜蜂によって引き起こされた夢’、そのころは所蔵先はスイスの美術館になっていた。。

7年前はじめてテイッセンを訪問した際、最も楽しみにしていたのはカラヴァッジョとこのダリの奇想天外な絵。海にできた岩の上に横たわる裸婦に突進してくるのは2頭の虎。よくみると左の虎はなんと赤い魚の口の中からでてきている。このアイデアに200%KOされた。こんなことをダリはどこから思いついたのだろうか

そして魚の後ろにはザクロがありこの割れ目から魚が飛び出してくる。ザクロー魚ー虎の連鎖の意味はダリにしかわからない、いやダリだってわからないかもしれない。ザクロは裸婦の下にもありその周りを蜜蜂が飛びまわっている。そして、蜜蜂の羽音で裸婦は夢に誘われる。その夢がザクロから魚、魚から虎と変容する不思議な世界。

同じ裸婦でもデルヴォー(1897~1994)の絵では洞窟を舞台にして鏡に映る自分の姿をじっとみている。いつものように目はフランス人形のように大きく、その白い肌が暗闇に浮かび上がる。裸婦をみて心がザワザワしないのはブーシェとデルヴォー、それは目がとてもチャーミングでそこばかりみるから。

新古典主義時代のピカソ(1881~1973)が描いた‘鏡を持つアルルカン’も忘れられない絵。キュビスムの画風が角々した形で構成されとげとげしい印象なのに対し、この頃の絵にみられる人物描写は古典絵画にならってとても穏やかで丸々している。ヴェネツィア派のベリーニにこれとよく似たポーズをとる女性の絵がある。

キュビスムと並んで絵画の革命を色彩の表現によっておこしたフォーヴィスム、その中心メンバーがマティス(1869~1954)とドラン(1880~1975)、ロンドンにあるウォータールー橋を点描風の描いた作品はちょっと離れてみると発光体のように輝いていた。色彩の力をみせつけられる一枚。ドランに乾杯!

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2018.07.19

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その七

Img_0003     ムンクの‘家の前でたたずむ女性’(1888年)

Img   キルヒナーの‘彫刻された椅子に座るフランツィ’(1910年)

Img_0002    ベックマンの‘ピンクのセーターのクアッピ’(1934年)

Img_0001     グロスの‘大都市’(1917年)

北欧旅行から2ヶ月が経ったが、コペンハーゲンとオスロでみたムンク(1863~1944)の余韻がまだ続いている。秋にはムンク展(10/27~1/20 東京都美)があるので今年はムンクのアート話に終始しそう。

ムンクの絵をたくさんみたあとで2年前ティッセンで遭遇した‘家の前でたたずむ女性’を思い出すとつくづくいい絵だなと思う。手を膝において前方をじっとみつめる姿が妙に惹かれる。この絵が描かれた1988年はムンクが25歳のときで、この2年前には亡くなった姉をモデルにした‘病める子ども’を手がけている。ムンクは姉と同様にかがんだ女性の顔を横からとらえている。

この美術館のコレクションは19世紀のドイツで鉄鋼業を営み財をなしたティッセン家のハインリッヒ・ティッセン男爵とその息子が蒐集した絵画がもとになっている。そのため、ドイツの画家の作品が多くある。日本で開催される美術館名品展のうちドイツの美術館の割合は仮に10年スパンでみると1割くらいかもしれない。だから、ここでドイツの画家にお目にかかれるのは大きな収穫。

ドイツ表現主義のキルヒナー(1880~1938)、ベックマン(1884~1950)はともに4点あり、女性の肖像画’彫刻された椅子に座るフランツィ’と‘ピンクのセーターのクアッピ’が強い磁力を放っていた。大きな目と真っ赤な唇が心を揺すぶるフランツィの顔は緑色で塗られてる。これから連想されるのはコペンハーゲンでみたマティスの‘緑の筋のある女性’。表現主義は自由な色使いがあっておもしろい。

一方、手に煙草をもっているクアッピはベックマンの若い妻。こういう手つきで煙草を吸う女性はドイツ映画でよくみた覚えがある。どうでもいいことだが顔をじっとみていると女子ジャンプの高梨沙羅選手がダブってきた。

狂気的でグロテスクな人物描写が頭から離れないグロス(1873~1957)の‘大都会’は思わずのけぞる作品。グロスの持ち色の赤で描かれたこの都市は第一次世界大戦真っ只中のベルリン。未来派を彷彿とさせるスピード感は赤の使用によっていっそう騒々しくなっている。

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2018.07.18

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その六

Img_0001     コールの‘楽園追放’(1828年)

Img     ビーアスタットの‘滝の景観’(1880~87年)

Img_0003     ホッパーの‘ホテルの一室’(1931年)

Img_0002  ホッパーの‘ウェルフリート・マーサ・マッキーン号’(1944年)

ルネッサンス絵画や印象派は西洋美術史のなかではファンの多い絵画なので世界の有名な美術館へ行くとだいたいお目にかかれる。だが、美術館のある国の美術史を飾る絵は当然のこととしてほかの国でみる機会はぐっと減ってくる。

例えば、アメリカの美術館をまわってその雄大な風景画の魅力に開眼したハドソンリバー派、このグループの作品は過去に出かけたヨーロッパの美術館でみたことは一度もなかった。ところが、驚いたことにティッセンには飾ってあった!コール2点、チャーチ3点、ビーアスタット1点。アメリカでだんだん目が慣れているので夢中になってみた。

この美術館で感心するのはミュージアムショップで販売されている作品の絵葉書の多さ。大変魅了されたコール(1801~1848)の‘楽園追放’とビーアスタット(1830~1902)の‘滝の景観’が手に入ったのは幸運だった。スペイン観光にやって来るアメリカ人は大勢いるが、その人たちのニーズをよく踏まえている。なかなかの商売上手。

アメリカ人が大好きなホッパー(1882~1967)、とてもいい絵を3点も所蔵している。シカゴ美でみた大回顧展(2008年)にも出品されていた‘ホテルの一室’は画集に必ず載っている主要作品で美術館自慢の絵のひとつ。そして、立ち尽くしてみていたのが海の明るい青とヨットの白い帆が目に沁みる‘ウェルフリート・マーサ・マッキーン号’。

回顧展で心が晴れ晴れする同じようなヨットの絵を2点みたが、そのときの感動がマドリードで再現された。この海洋画はホッパーのあの孤独感の漂う静かな絵とはちがい底抜けに明るい作品なので目に焼きついている。スペインにある美術館なのにアメリカの美術館にいるような気分にさせてくれる、これが美術館への好感度を上げている理由のひとつかもしれない。

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2018.07.17

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その五

Img_0001     モネの‘チャリング・クロス橋’(1899年)

Img_0002     ドガの‘ある風景の中の競馬’(1894年)

Img_0003     ゴッホの‘オーヴェルのレ・ヴェスノ’(1890年)

Img     ゴーギャンの‘マタ・ムア(むかしむかし)’(1892年)

多くの愛好家がいる印象派は美術館へ出かけるときの大きな楽しみ。それはティッセンでも同じ。アメリカの大きな美術館と較べると作品の数ではかなわないが、強く惹かれる作品が揃っている。数で最も多いのがモネ(1840~1926)、4点あったがそのうち2点は2010年パリのグラン・パレで行われたモネ展にも出品された。

‘チャリング・クロス橋’はモネがロンドンを旅行して描いた連作(36点)の一枚。冬の午後の光景だが、右にかすかにみえる国会議事堂がシルエットで描かれ霞のかかるテムズ川の水面に光がきらきら映る光景が目に焼きついている。

ドガ(1834~1917)は踊り子をモデルにしたものよりカフェにいる冷え切った関係の男女などを描いた風俗画タイプや動きのある競馬のほうに惹かれている。この絵に登場する馬は全部で10頭、これまでみたなかでは最も多い。

ゴッホ(1853~1890)もいいのがある。緑と黄色で画面がおおわれている‘オーヴェルのレ・ヴェスノ’。色彩がとても鮮やかなので思わず足がとまり、うわっと声が出た。こんないいゴッホがあるのだから流石という感じ。ほかに若い頃の暗い横長の絵があった。

ゴッホとくればゴーギャン(1848~1903)、3点みたが‘マタ・ムア(むかしむかし)’がすばらしい。これは2010年秋ロンドンであったゴーギャン展(テートモダン)に出品された。縦長の画面はちょっと前に終了したプーシキン美展に展示された‘孔雀のいる風景’(1892年)がダブってくるが、女性たちを二分する中央の大きな樹の幹が強く印象に残っている。

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2018.07.16

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その四

Img     ハルスの‘風景の中の家族の肖像’(1648年)

Img_0003    ヴァトーの‘満足なピエロ’(1712年)

Img_0002     ゴヤの‘パケーテ親爺’(1820年)

Img_0001     フリードリヒの‘復活祭の朝’(1828~1835年)

西洋美術史に登場する画家が生存した時期を頭のなかに入れるのには時間がかかる。気になる画家については生まれた年や亡くなった年をインプットされていても、作品をみる機会が少ない画家の場合はそのつどメモの助けをかりることになる。

例えば、オランダのハルス(1582~1666)、印象派以前のオランダ出身の画家のなかでレンブラント、フェルメール、ホントホルストとともにお気に入りの画家なのに、いつからいつまで生存したか正確に覚えていない。レンブラントより24年前に生まれている。

ティッセンにあるハルスは家族の肖像を描いた大きな絵。ハルスの絵に登場する人物は笑ったりくだけた表情をしているので肖像画というより風俗画を楽しんでいる感じ。妻に笑顔で話しかけている夫の姿がじつにいい。ついそばにいって会話の内容を聞いてみたくなる。

フランスにはピエロを描く伝統がある。そのはじまりはロココのヴァトー(1684~1721)、これを受け継ぐのがルオーとあのピカソ。この雅宴画ではピエロを挟んで着飾った4人の男女が横に並んで座っている。女性の奏でるギターにあわせてピエロはひょうきんに踊りだすのだろうか。

この美術館のコレクションはドイツ人実業家が蒐集したものなので、プラドとはちがいスペイン絵画は少ない。ベラスケスはなくお目にかかったのはエル・グレコ、リベラ、ゴヤ(1746~1828)だけ。ゴヤは2点みたが、一度みたら忘れられないのが画面いっぱいに盲人を描いた‘パケーテ親爺’。黒い絵に近くゴヤがフランスへ亡命する前に仕上げたもの。

ドイツロマン派のフリードリヒ(1774~1840)はイギリスのターナー(1775~1851)やコンスタブル(1776~1837)とほぼ同じ時代を生きた画家。3人とも風景画を得意としたが、フリードリヒの描く風景はどこか宗教的でロマン派特有の崇高さにつつまれている。この画家の回顧展に遭遇することを密かに願っているが、今のところその気配はない。

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2018.07.15

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その三

Img     カラヴァッジョの‘アレクサンドリアの聖カタリナ’(1598年)

Img_0001     ルーベンスの‘ヴィーナスとキューピッド’(1611年)

Img_0002     レンブラントの‘自画像’(1643年)

Img_0003     ジョルダーノの‘ソロモンの裁判’(1665年)

カラヴァッジョ(1571~1610)の作品を全点コンプリートしようと意気込んでいコアなファンにとってマドリードは訪問が欠かせない街かもしれない。ここに3点ある。先般紹介したプラドの絵、そしてティッセン・ボルネミッサにある‘アレクサンドリアの聖カタリナ’、そして王宮が所蔵する‘サロメ’。

まだ縁がない‘サロメ’の展示情報がしっかり押さえられてないのに対し、‘聖カタリナ’は二度もみてしまった。この絵が飾られている部屋では皆食い入るようにみている。やはり、カラヴァッジョは人気があり明暗のコントラストを強くきかせた画風は多くの人の心をとらえている。

ルーベンス(1577~1640) にはティツィアーノの作品を模したものがいくつかあるが、‘ヴィーナスとキューピッド’もそのひとつ、模写といってもワシントンのナショナルギャラリーにある本画と遜色のない仕上がりなのでルーベンスの作品として存分に楽しめる。ヴィーナスの白い肌を浮き上がらせる衣装の濃い赤が目に焼きつく、

生涯を通して数多く描かれたレンブラント(1606~1669)の自画像、世界中の美術館におさまっている一点々にはそれぞれレンブラントの内面が色濃くでており、圧倒的な存在感がある。この自画像は帽子をかぶり二本の金鎖をつけており、37歳くらいのレンブラント。ヨーロッパやアメリカの人はだいたい実年齢より歳をとっているイメージだが、この顔は30代にはみえない。

ナポリ生まれのジョルダーノ(1634~1705)はこの街で活躍したカラヴァッジェスキのリベラから刺激を受けており、その強い写実主義はこの大作でいかんなく発揮されている。ソロモンの裁判のハイライトを動きのある人物配置と明暗のコントラストでみせる表現力はこの画家が高い画力をそなえていたことを如実に示している。

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2018.07.14

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その二

Img     デューラーの‘博士たちの中のキリスト’(1506年)

Img_0001     ホルバインの‘ヘンリー8世’(1537年)

Img_0003     エル・グレコの‘受胎告知’(1576年)

Img_0002     カナレットの‘ヴェネツィアのサンマルコ広場’(1724年)

ドイツルネサンスのど真ん中にいたデューラー(1471~1528)はヴェネツィアへ行きイタリアで才能を輝かせていたダ・ヴィンチやヴェネツィア派の大親方ベリーニから多くのことを学んだ。天才は天才を知るといわれる通り、デューラーは先達たちの画法を貪欲に吸収し、独自の画風を生み出していく。

‘博士たちの中のキリスト’に登場する博士たちの表情にはダ・ヴィンチから刺激を受けた性格描写がみられ、また女性のような顔だちをした12歳のキリストにはどこかベリーニが描く静かな聖母の雰囲気を感じてしまう。こういう作品をみると絵画の歴史というのは画法の受け渡しによって新しいものが生まれてくることがよくわかる。

フランドル絵画やドイツのデューラーやホルバイン(1497~1543)が心を惹きつけてやまないのは対象の描写がおどろくほど精緻だから。人物であれば髪や肌のリアルな再現、そして金属や衣装の生地などの質感をそのまま感じさせる筆使いはまさに神業的。

ホルバインの‘ヘンリー8世’はじつは縦28cm、横20cmの小さな肖像画。だから、ホルバインに関心がないと見逃してしまう。でも、ホルバインの肖像画に心酔していると画面の大きさは気にならない。顔を画面に目いっぱい接近させると国王の豪華な衣裳が目に焼きつく。半端ではない特技をホルバインは持っていたからこそ、このアクの強い国宝の宮廷画家がつとめられた。

スペインのトレドへやって来る前ヴェネツィアでティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼから色彩表現を学んでいたエル・グレコ(1541~1614)、‘受胎告知’はイタリア時代に描かれたもの。床の奥にのびるモザイク模様は明らかにティントレットの影響。

イタリア観光でフィレンツとともに人気のあるヴェネツィア、この街でいつも大勢の人で賑わっているのがサン・マルコ広場、カナレット(1697~1768)はじつに見事な風景画を残した。ヴェネツィアは2010年に足を運んで以来、ご無沙汰している。旅先の優先順位に変化がなければ、数年後にはビバ!イタリアモードになりそうだが、果たして。

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2018.07.13

美術館に乾杯! ティッセン・ボルネミッサ美 その一

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Img_2     ギルランダイオ‘トルナブオーニの肖像’(1448~1494)

Img_0002    ファン・エイクの‘受胎告知’(1437年)

Img_0004     クリストゥスの‘枯れ木の聖母’(1450年頃)

Img_0003     カルパッチョの‘風景の中の若い騎士’(1510年)

日本の美術館で行われる展覧会のひとつに海外の美術館が所蔵する作品をごそっともってくる美術館名品展がある。定番のように開かれるのがルーヴル、オルセー、プラド、ボストン、エルミタージュ、プーシキンといった世界的に名の知られたブランド美術館。

何度も開催されるこうした美術館がある一方で、何十年に一度そのコレクションが披露されることもある。プラドのすぐ近くにあるティッセン・ボルネミッサ美はまだ作品がスイスの私設美術館にあったころ自慢の絵がやって来たようだ。そのとき(随分前だが)、ダリの有名な魚の口から虎が飛び出してくるシュール画が出品されたらしい。それ以降は2度目の公開には至っていない。

7年前この美術館に足を踏み入れたときは一番のお目当てはダリの絵とカラヴァッジョの‘アレクサンドリアの聖カタリナ’だった。目を奪われる作品はこれくらいかと思っていたが、これが大間違い。古典絵画から印象派、近現代アートまで揃っており、こんないい美術館がマドリードにあったの!という感じ。

ルネサンス絵画で目を楽しませてくれたのはギルランダイオ(1448~1494)の‘トルナブオーニの肖像’。目が点になるのが巻き毛の金髪や身につけている黄橙色の衣装の精緻な描写。あまり大きくない肖像画だが、これほど画力がすごいと横向きの女性に釘づけになる。

同様な緻密さで描かれたファン・エイク(1390~1441)の‘受胎告知’は典型的なだまし絵、まるで彫刻をみているよう。近づくと立体の大天使や聖母マリアの造形ではなく、二次元の画面に描かれた人物画。小品だが、あのファン・エイクを今みているのだ、と夢中になってしまう。

ファン・エイクの技法の継承者のひとりがクリストゥス(1410~1475)、‘枯れ木の聖母’は似たような絵はほかにお目にかかったことがない異色の聖母子像、潅木の輪のなかに聖母子がおり木の枝から垂れ下がる15個のaの文字は‘アヴェ・マリア’の頭文字。

フランドル絵画から大きな影響を受けたヴェネツィア派、その一人カルパッチョ(1460~1526)のとてもいい絵がある。縦2.18m、横1.51mの大作‘風景の中の若い騎士’。アカデミア美でカルパッチョに開眼したので、この絵にも敏感に反応する。

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2018.07.12

美術館に乾杯! プラド美 その十四

Img  ラ・トゥールの‘ハーディガーディを弾く盲人’(1610~30年)

Img_0003     ブーエの‘敗北した時’(1624年)

Img_0002     レンブラントの‘アルテミシア’(1634年)

Img_0001     ティエポロの‘アブラハムのもとに現れた天使たち’(1770年)

美術館へでかけて大きな満足を感じるのは好きな画家の絵が飾ってあるとき。嬉しいことにプラドでは思い入れの強いカラヴァッジョ(1571~1610)とラ・トゥール(1593~1652)に出会える。この二人を楽しめる美術館は3つしかない。ルーヴル、メトロポリタン、そしてプラド。

プラドが所蔵するラ・トゥールは‘ハーディガーディを弾く盲人’と‘手紙を読む聖ヒエロニムス’の2点。手元にいい作品があると回顧展の開催にも積極的になる。2016年の2月から6月にかけてここで超一級のラ・トゥール展が開催され、世界中から主要作品が集結した。画集で魅了された作品がいっぺんにみれたのだからテンションが上がりっぱなしだった。

シモン・ブーエ(1590~1649)はラ・トゥールとほぼ同時代を生きたフランスの画家。‘敗北した時’は時が流れて歳をとるのが嫌いな‘希望’と‘美’の女神が擬人化された‘時’に勝つという話が描かれている。時を演じるのは髭をはやしたサトゥルヌスで砂時計と鎌をもっている。二人の女神は‘私たちにはいつも希望がありはじける若さがあるのだからね、わかったでしょう、時のおじいちゃん’とかなんとか言ってるのだろうか。

オランダでさっそうと登場した天才レンブラント(1606~1669)の絵は豪華な衣裳と宝石を身につけた女性‘アルテミシア’、黒の背景に生感覚で描かれた人物が浮かび上がると思わず画面に惹きこまれる。こうしたかぎりない美につつまれるというよりは堂々とした姿の女性を描かせたらレンブラントの右に出る者はいない。

18世紀に活躍したヴェネツィア出身の画家、ティエポロ(1699~1770)は晩年にマドリードを訪問し、ここで‘アブラハムのもとに現れた天使たち’を描いた。みどころは天から降りてきた中央の天使の上半身が光をうけて輝いているところ。片方の足を上にあげているのでアブラハムもとに今駆けつけてきたという感じ。この動的描写が幻想的な雰囲気を醸し出している。

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2018.07.11

美術館に乾杯! プラド美 その十三

Img_0003     ルーベンスの‘レルマ公騎馬像’(1603年)

Img_0002     ルーベンスの‘愛の園’(1633~34年)

Img      ヴァン・ダイクの‘茨の冠のキリスト’(1618~20年)

Img_0001  ジョルダーノの‘平和のアレゴリーを描くルーベンス’(1660年)

ヨーロッパの美術館をまわるとどこでもルーベンス(1577~1640)にお目にかかる。だから、慣れてくると忙しいから今回はパスということもおこる。でも、ここのルーベンスは数だけでなく完成度の高いものが揃っているからまたみておこうかという美術館もある。ルーヴル、ロンドンのナショナルギャラリー、ミュンヘンのアルテ・ピナコテーク、そしてプラド。

プラドのルーベンスとは深い縁がある。2010年ここを訪れたとき運よく所蔵品によるルーベンス展に遭遇し、なんと89点もみることができた。まだ少しは残っているだろうが主要な作品は全部見せますという感じ。大賑わいだった。やはり、ルーベンスはヨーロッパでは絶大な人気がある。

そのなかで長くみていたのが‘レルマ公騎馬像’、この堂々とした肖像はルーベンスがスペインに滞在したとき描いたもの、レルマ公は政治の実質上のトップだった人物。絵を依頼されたルーベンスは人馬がこちらにむかってくるという大胆なポーズで見事に仕上げた。これを後の画家たちが真似たため騎馬像の新しいタイプになった。

ウィーン美術史美にある‘ウエヌスの祭り’同様、画面に釘づけになるのが‘愛の園’。目を見張らされるのは優雅な女性たちや恋を成就させようと熱い思いを告白する男性貴族の身につけている衣装の鮮やかな色彩、赤、青、金色、、ロココの雅宴画より人物たちを密集させて大きい描かれているので気分も華やぐ。

ヴァン・ダイク(1599~1641)というとかなり脚色して王や貴族の見栄えのする肖像を描いたイメージだが、‘茨の冠のキリスト’は宗教画の傑作。ぱっとみると師であるルーベンスよりカラヴァッジョの描き方のほうを連想する。カラヴァッジョがこれをみたら裸足で逃げるかもしれない。

ナポリ生まれのジョルダーノ(1634~1705)はロンドンのナショナルギャラリーにある‘フィネウスとその一味を石に変えるペルセウス’をみて開眼した。こういう画家の見方を一変させる絵に出会うとそれ以降作品への反応が変わる。プラドにも思わず足がとまる‘平和のアレゴリーを描くルーベンス’がある。

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