2017.11.21

サイエンスの森! 重力とは何か

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美術でも学問でもそこそこのレベルに到達するにはそれなりに時間がかかる。美術については絵画にしろやきものにしろ、美術館へ出かけて本物を何度もみていればいい作品と普通の作品のちがいがだんだんわかってくる。

ところが、持っている知識が極めて少ないサイエンスのことになると、いくら本を読んでも理解のペースが上がらないことが多い。それでも、つきあいを続けていこうと思うのはときどき理解の小さなジャンプがおこるから。

俺でもこの理論がわかってきたよ、と喜ばしてくれるのは一握りの学者。学者だから頭がいいにきまっているが、難しいことを一般の人にわからせることができるのはそういう学者のなかでもさらに聡明な人。そんな理論物理学者を紹介してみたい。

宇宙の誕生で知られるビッグバン理論の前におきたといわれるインフレーションという現象を考えた佐藤勝彦さんもそのひとり。アインシュタインの相対性理論をマスターしようと思い立って最初に読んだのが佐藤さんの本、
★‘100分で名著 アインシュタイン 相対性理論’(NHK出版 2012年)。

この本で味をしめて佐藤さんの本を夢中になって読んだ。どの本もとにかくわかりやすい。
★ブルーバックス‘インフレーション宇宙論’(講談社 2010年)
★‘相対性理論から100年でわかったこと’(PHPサイエンスワールド新書 2010年)
★‘図解 量子論がみるみるわかる本’(PHP研究所 2009年)

もうひとり、すごい人がいる。超ひも理論をやっている大栗博司さん。
★‘重力とは何か’(幻冬舎新書 2012年)
この本は相対性理論から量子論、そして超ひも理論までカバーした名著。重力をこういう風に考えるといいのかがだんだんわかってくる。

アメリカの本でおもしろいのがある。‘マンガ超ひも理論をパパに習ってみた’はこの本に刺激を受けたのかもしれない。アメリカ最優秀教師マンリー氏の
★ブルーバックス‘相対論&量子論’(講談社 2011年)

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2017.11.20

サイエンスの森! 超ひも理論

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何かに興味をおぼえるきっかけは偶然やってくることがある。最近、大変おもしろくて刺激にとんだ本を読んだ。しかもマンガで。原作 橋本幸士 漫画 門田英子 ‘マンガ超ひも理論をパパに習ってみた’(大阪大学出版会 2016年12月) 原作は2015年2月に講談社から出版されている。

本を書いた橋本幸士さんは阪大の教授で今年44歳。39歳で教授になったそうだから、本にでてくる浪速阪教授のように天才物理学者なのかもしれない。以前、科学雑誌Newtonが特集した‘超ひも理論’に登場したことを覚えていて、名前と顔はおぼろげには知っていた。

そして、この大阪生まれの学者が頭がいいだけでなくじつにおもしろい人物であることがわかったのが先月放送されたBS2の科学番組‘コズミックフロント NEXT’。いつもとはまったくちがった番組のつくりかたになっていて、テーマは変えてあるが橋本さんの本のTV版。

感心したのは高校生の娘に最先端の宇宙の話をするパパ役をつとめた橋本さんの達者な演技。これだけうまいと学者をやめてすぐにでも俳優になれる。才能がある人はあれもこれもできるからスゴイ。この番組で本のことを知ったので、美術館巡りをしたとき原作とマンガ本ともに購入した。

相対論と量子論についてはここ2年ブルーバックスなどを買い込み多くの時間とエネルギーを注ぎこんでいるので、理解がだいぶ進んできた。で、次は専門家でも難しいといわれている超ひも理論に進むという流れになっている。

そんな気運があったので、この本はちょうどいいガイダンスになった。そして、収穫のひとつがこれまでよくわからなかった重力のホログラフィー理論が腹にストンと落ちたこと。

モーガンフリーマンの‘時空を超えて’(Eテレ)によく登場するオランダの天才トフーフトがいっている‘3次元空間の情報は空間の表面に保存される。重要なのは体積ではなく表面積’が一気に解決した。

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2017.11.19

ダ・ヴィンチの‘サルバトーレ・ムンディ’ 510億円で落札!

Img       ‘サルバトーレ・ムンデイ(救世主)’(1500年頃)

美術館には頻繁に通っているがコレクターではないから、美術品のオークションにはまったく縁がない。でも、メディアで報じられる‘史上最高の落札額!’といった話には敏感に反応する。3日前飛び込んできた落札額には200%驚いた。

NYのクリスティーズが主催するオークションにかけられた作品はダ・ヴィンチ(1452~1519)が1500年頃描いたといわれる‘サルバトーレ・ムンディ(救世主)’、落札額は日本円で約510億円! 予想の金額を大幅に上回った。気になるのは誰が落札したかだが、その情報はなし。

絵の存在は2011年の7月にでた新聞報道で知った。そして、この年の11月にロンドンのナショナルギャラリーで開催された大ダ・ヴィンチ展に出品されることはわかっていたが、タイミングがあわずロンドン訪問は実現しなかった。

そのあと、この絵は2013年ロシアのコレクターが145億円で落札したという情報があるが、そうだとするとこのコレクターが今回売りに出したいうことになる。一体誰の手に渡ったのだろうか。美術館が手に入れたのならすぐわかるので、やはり莫大な資金力をもつ個人のコレクターの可能性が高い。

今後、本物をみる機会があるだろうか。これだけ話題になると、日本の美術館だって公開へ向けて動きたくなるだろう。期待するとしたら、西洋美、国立新美、東京都美あたりか、そしてBunkamuraも狙っているかもしれない。やってくれそうな気もするが、はたして。

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2017.11.18

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その十

Img     ピカソの‘三人の音楽師’(1921年)

Img_0002     ラウシェンバーグの‘地所’(1963年)

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Img_0001     フランケンサーラーの‘白いサルビア’(1962年)

ワシントンのナショナルギャラリーにはピカソ(1881~1973)が若い頃描いたいい絵があるが、フィラデルフィアで思わず足がとまるのは‘三人の音楽師’。とても大きな絵で三人のアルルカンがヴァイオリン、縦笛、アコーデオンを陽気に奏でている。

アメリカでピカソというと、NYのMoMAの‘アヴィニョンの娘たち’やグッゲンハイムのあるものがすぐ思い起こされるが、‘三人の音楽師’も忘れられない作品。このほかに2点みたが、そのひとつが珍しい花の静物画だった。ピカソがこんな絵がを描いていたとは!

ネオダダのラウシェンバーグ(1925~2008)はピカソのコラージュのように日常の風景を切り取った写真を自由に重ねて画面をつくっていく。‘地所’は200%即物的でTVに流れるニュースの断片を視覚がしっかりとらえていくような感じ。左の下に‘自由の女神像’がみえる。

オランダ生まれのデ・クーニング(1904~1997)は作品をみるたび関心度が増していく作家、惹かれるのは抽象的な形のなかに生気が感じられるところ。青と赤の布切れがひらひら舞っているイメージがするこの作品はダンサーの競演や疾走する野生動物の群れを連想させる。

あくまで夢の話だが、どこかの美術館で二人の女性画家の回顧展と遭遇することを願っている。アメリカのジョージア・オキーフ(1887~1986)と抽象表現主義で独自の画風を築いたヘレン・フランケンサーラー(1928~2011)。フランケンサーラーのしみ込ませ技法で表現された花や風景にはリアルな描写以上に心を癒す効果がある。

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2017.11.17

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その九

Img_0001     ポロックの‘男と女’(1942年)

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Img_0002      ニューマン

Img        フランシス

美術館で企画展を催されるとき、見逃したくないのは1人の作家の作品をどーんと集めてくる回顧展。日本で頻繁に開催されるのはやはり印象派関連のもの。毎年どこかの美術館でやっている。今、東京都美ではゴッホ展が行われている。

これに対し近現代アートの場合、画集が必ずあるビッグネームの作家でさえ、まとまった形で作品を楽しめる回顧展となると滅多にしかお目にかかれない。そのため、2012年にみたポロック展(東近美)などはめぐり合わせ良さをずっと感じ続けている。

一度回顧展を体験すると、画風のイメージや作品の流れにひとつのコアができるのでまたどこかで作品をみたとき敏感に反応することが多くなる。フィラデルフィアでポロック(1912~1956)の‘男と女’をみたのは、回顧展の1年後。やはり生の絵は図版でみる以上にポロックの表現したいことが伝わってくる。

一見すると家の柱に子どもが落書きしたような感じだが、左は明らかに女。上のほうで目玉のようなものが縦に並んでいるのがおもしろい。右の男はイメージのふくらみは少しばかり。黄色の部分が鼻で口を大きくあけている?

ワシントンのナショナルギャラリー同様、ロスコ(1903~1970)とニューマン(1905~1970)が揃っているのは流石というほかない。二人とも川村記念美で回顧展があったからすぐ絵のなかに入っていける。また、あまりみる機会のないサム・フランシス(1923~1994)が姿を現してくれたのも大きな収穫。

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2017.11.16

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その八

Img_0001     レジェの‘都会’(1919年)

Img_0003_2     ドローネーの‘エッフェル塔’(1911~12年)

Img     クプカの‘ニュートンの円盤’(1912年)

Img_0002     ピカビアの‘キャッチ・アズ・キャッチ・キャン’(1913年)

フィラデルフィア美の作品をみて感心するのは印象派だけでなく近現代絵画が大変充実していること。NYのMoMAやグッゲンハイムのコレクションが日本で数多く公開されたことや現地に足を運んだことが重なり、アメリカではこの2つの美術館とメトロポリタンに展示されているものが現代アートの美を心に植え付けてくれた。

そして、そうした作品の楽しみをさらに広げてくれたのが、シカゴ美、ワシントンのナショナルギャラリーとハーシュホン、フィラデルフィア美。ピカソやダリ、ポロック、ロスコ、、輝けるスターアーチストたちの作品が続々でてくる。本当にアメリカは美術大国!

フィラデルフィアにも思わず足がとまる抽象絵画の傑作がいくつもある。レジョ(1881~1955)の‘都会’とドローネー(1885~1941)の‘エッフェル塔’は隣り合わせで飾られている。必見リストに入れていたのは‘都会’のほうだが、ドローネーの代名詞となっているエッフェル塔に遭遇したのは大きな収穫だった。

日本で回顧展をみたのはレジェとクプカ(1871~1957)。名古屋で仕事をしているとき運よくであったのがククプカ展、そこに‘ニュートンの円盤’も出品されていた。だから、20年ぶりの再会となった。最近は宇宙の話に夢中だから、こういう銀河ワールドを連想させる作品には以前より2倍も3倍も反応する。

ダダとキュビスムを混合させた画風で知られるピカビア(1879~1953)、この作品のタイトルはレスリングのフリースタイルの名称。突拍子なイメージのいだきかたかもしれないが、ここに描かれた白や土色の細長い断片は大工がカンナで木材を削るときでる削りかすにみえてしょうがない。

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2017.11.15

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その七

Img   ダリの‘茹でた隠元豆のある柔らかい構造―内乱の予感’(1936年)

Img_0005     ミロの‘月に吠える犬’(1926年)

Img_0001     デュシャンの‘大ガラス’(1915~23年)

Img_0002デュシャンの‘与えられたとせよ、落ちる水、照明用ガラス’(扉部分 1966年)

Img_0003    デュシャンの‘同上’(扉からの景色)

2013年、フィラデルフィア美にでかけたとき最もみたかったのはセザンヌの‘大水浴図’、‘サンク=ヴィクトワール山’、ダリ(1904~1989)の‘茹でた隠元豆のある柔らかい構造’、そして美術館自慢のコレクションであるデュシャン(1887~1968)の作品。

ところが、ヒット率は20%。お目にかかれたのは‘サント=ヴィクトワール山’のみ、‘大水浴図’もダリもなぜか展示されてなく、デュシャンは展示室の修復でまったくみれなかった。これは大ショックだった。だが、リカバリーは意外に早くやってきて2年後の2015年に長年の願いが叶った。後押ししてくれのがワシントンのフリーア美で開催された‘宗達展’、この回顧展のおかげでフィラデルフィアにまた縁があった。

ダリの絵には副題に‘内乱の予感’とあるが、描かれた運動会の組み体操を連想させる人物表現からはすぐスペインにおける激しい争いとはむすびつかない。ただ、下からみあげた男の顔は日本の落武者のようにみえなくもないから、祖国が今混乱状態にあることはなんとなく感じられる。なにより嬉しいのはダリをコンプリートするのに欠かせない大事なピースが埋まったこと。ミューズに感謝!

ミロ(1893~1983)の‘月に吠える犬’はミロの魅力がたっぷりでたユーモラスな絵。夜を表すのに地平線の上の黒は当たり前として、感心するのは大地の茶色、カタルーニャの風景にはピッタリの色。そして、左に梯子を垂直に立て、右では赤ん坊が楽しむビニール製のおもちゃのような犬がパラシュートが横になった感じの月をながめている。やはりミロはいい。

デュシャンの熱狂的なコレクターが集めた作品がフィラデルフィア美にはこれでもかというほどある。その数30点以上。だから、ここはデュシャンの聖地になっている。その代表作が通称‘大ガラス’、‘彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁さえも’。

一見するとデパートのショーウィンドウのイメージ、8年かけてつくられたが、上半分が花嫁、下半分は独身者たちの欲望を表現している。こんな情報がインプットされてなければ博物館に飾ってある機械装置の模型と何ら変わりない。まさにレデイ・メイドの集合体。

‘与えられたせよ(1)落ちる水(2)照明用ガラス’は心がザワザワしてくる作品。空っぽの部屋があり、壁にレンガで囲まれた木製の扉がある。真ん中をよくみると小さな穴が二つある。この作品のことを知らないとそのまま通りすぎるかもしれない。

ここから中をのぞくとギョッとする光景が現れる。猟奇殺人の現場に居合わせたよう。草が生い茂った空地に裸婦が火のともったガスランプを左手にもち横たわっている。デュシャンはこの‘覗き穴’を20年にもわたってNYで秘密裏に制作していた。

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2017.11.14

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その六

Img    アンリルソーの‘カーニヴァルの夕べ’(1886年)

Img_0003     マティスの‘青い衣装の婦人’(1937年)

Img_0002     モディリアーニの‘青い瞳’(1917年)

Img_0001     シャガールの‘三時半(詩人)’(1911年)

ヨーロッパのブランド美術館では鑑賞後に寄るミュージアムショップに日本語に翻訳された美術館のガイドブックがだいたい置いてある。ルーブル、オルセー、プラド、ロンドンナショナルギャラリー、エルミタージュ、ウイーン美術史美、、、

ところが、アメリカは違っている。手元にあるのはメトロポリタンとワシントンのナショナルギャラリーだけ。日本で美術館展を何度も行っているあのボストンでさえ日本語版がない。シカゴ、フィラデルフィアも同様。2013年にはじめてフィラデルフィアに行ったとき、当然のこととして図録を購入する予定だったが、販売されていたのは分厚い英語版。専門書すぎたので買うのはやめた。だから、館内で写真撮影したものが図版代りになっている。

幸いなことに手元の美術書にはフィラデルフィア美蔵の作品が頻繁にでてくる。アンリ・ルソー(1844~1910)の‘カーニヴァルの夕べ’は初期の傑作としてTASCHEN本の最初にでてくる。ここにはルソーは3点あるはずだが、展示されていたのはこれとライオンの絵の2点。2回とも同じ組み合わせだったから、残る1点は倉庫に眠っているのかもしれない。

マティス(1869~1954)の‘青い衣装の婦人’は日本でも公開されたが、マティスの描いた女性画ではもっとも華やかで心を奪われる一枚。アメリカにはほかに2点いいのがある。‘音楽’(オールブライト・ノックス・アート・ギャラリー)とまだ縁がない‘桃色の裸婦’(ボルティモア美)。ボルティモアにはこのマティスとゴーギャンのいい絵があるので一度訪問したいのだが、はたして。

モディリアーニ(1884~1920)もアメリカのコレクターはしっかり集めている。シカゴ、MET、ワシントンナショナルギャラリー、フィラデルフィア、MOMA、グッゲンハイム、クリーブランド、デトロイト。‘青い瞳’は日本にもやって来た。

2015年に対面が叶ったのがシャガール(1887~1985)の‘三時半(詩人)’。胴体に逆さにくっついた緑の顔、普通にみるとギョッとする絵だがマグリットのシュール表現とも重なり不思議な魅力がある。

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2017.11.13

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その五

Img    モネの‘鉄橋 アルジャントゥイユ’(1874年)

Img_0002     ルノワールの‘浴女たち’(1887年)

Img_0001     マネの‘エミール・ベローの肖像’(1873年)

Img_0003     ゴッホの‘花瓶の12輪のひまわり’(1889年)

人気の美術館を訪問したとき展示室でするルーチンは決まっている。必見リストに載せている作品をまず優先してみること。そして、関心の高い画家については作品が何点あるかカウントすること。とにかく忙しい。

2013年にメモした印象派の作品をみてみると、モネ18点、セザンヌ8点、ルノワール6点、マネ5点、ゴッホ3点、ロートレック、ドガ、カサット、モリゾ1点ずつ。圧倒的に多いのがモネ(1840~1883)、モネの作品は手元にある画集や図録から沢山目の中に入っているが、そこに載ってないものがぞくぞくでてくる。モネの大ファンだから天にも昇る気分だった。

そのなかでとくに魅せられているのが‘鉄橋 アルジャントゥイユ’。この絵は2010年にパリのグラン・パレで開催された大モネ展にも出品された。列車の煙や鉄橋を支える柱の白が発光体のように輝く様が目に焼きついている。この光の描写をみたら、もうモネから逃れられない。

ルノワール(1841~1919)の‘浴女たち’は対面を心待ちにしていた作品。ところが、左手を後ろにおいて座っている裸婦のお尻のところにかなり目立つ傷があった。これは想定外!修復で消せないのだろう。残念でならないがこういうのは一度みると傷物という感じがして、どうしてもテンションが下がる。

マネ(1832~1883)は海洋画なども印象に残ったが、お気に入りは‘エミール・ベローの肖像’、こういうでっぷりした体格の人物はビールがよく似合う。横にすっといって一緒に飲みたくなる。調子に乗ってこの銅板画家の作品を褒めると、まあ一杯やれ俺のおごりだ、とご機嫌になるかもしれない。

ゴッホ(1853~1890)の‘ひまわり’は大きな収穫だった。これをみたので残るひまわりはミュンヘンのノイエピナコテークにあるもの。いつかコンプリートを達成したい。

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2017.11.12

美術館に乾杯! フィラデルフィア美 その四 

Img_0002    セザンヌの‘大水浴図’(1906年)

Img_0003     セザンヌの‘サンク=ヴィクトワール山’(1890年)

Img_0001     ロートレックの‘ムーラン・ルージュの踊り’(1890年)

Img     ドガの‘踊りのレッスン’(1881年)

アメリカの大きな美術館ではどこへ行っても質の高い印象派・ポスト印象派の作品が目を楽しませてくれるが、フィラデルフィア美にもすばらしい絵がここにもあそこにも飾ってある。

では、美術館一番の自慢の絵はどれか、シカゴ美だったらそれはスーラの‘グランド・ジョット島の日曜日の午後’だが、ここで別格の扱いを受けているのはセザンヌ(1839~1906)は‘大水浴図’、2度目の訪問で長年の夢を叶えた。

稀代のコレクター、バーンズが水浴図の別ヴァージョンを手に入れたとき、自分のもっているほうがフィラデルフィア美のものよりいい、と言い放ったいうが、この大作の前に立ったとき‘感情にまかせてずいぶん盛ったな!’と思った。この絵に会えたことは生涯の喜び。

セザンヌのもうひとつの傑作は強い緑や黄色を使ってモザイク画のように描いた‘サンク=ヴィクトワール山’、この絵も‘大水浴画’同様、画集には必ず載っている美術館の宝だから、日本の展覧会に貸し出されることはまずない。フィラデルフィア美訪問はつくづく大仕事だったなと思う。

最近、セザンヌに関するいい話が入って来た。東京都美は来年春に‘プーシキン美展’(4/14~7/8)をやるようで、出品作にセザンヌの‘サンク=ヴィクトワール山’が含まれている。これも長く気になっていた作品。国立新美の‘至上の印象派展 ビュールレ・コレクション’(2/14~5/7)に‘赤いチョッキの少年’が登場するから、楽しみが2つ重なる。

美術館に入館するとき現地ガイドから配られる‘フロアガイド’に使われているのがロートレック(1864~1901)の‘ムーラン・ルージュの踊り’、これはアメリカの美術館におさまっている珠玉の油彩のひとつ。大変魅了されている。

そして、ロートレックが師事していたドガ(1834~1919)の‘踊りのレッスン’も印象に強く残っている一枚、西洋美の‘北斎とジャポニスム’にドガの‘観覧席前の競争馬’(オルセー美)がでていたが、この絵の人物の配置にも浮世絵の影響がでている。

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