2017.06.21

日本の美! 紫陽花

Img      散歩の足がとまる紫陽花

Img_0002     山口蓬春の‘紫陽花’(1959年 山口蓬春記念館)

Img_0001     山口蓬春の‘紫陽花’(1957年 北海道近美)

梅雨時、詩情を感じさせる花といえば紫陽花、今日は夕方雨があがったのでいつものルートを散歩した。途中、水気をたっぷり含んだ紫陽花にみとれてデジカメのシャッターを押した。

花の名前を一から十まで知っているほど草花には精通してない。たぶん、隣の方の三分の一くらいの知識しかないだろう。それでも、日本画を長くみているので、少しずつ花の形と色合いのヴァリエーションがたまってきた。花鳥画を得意とする画家は平安のころから現代にいたるまで途切れることなく存在している。そして、花のイメージとつながっている画家も多い。

例えば、梅や燕子花ならすぐ尾形光琳を思い浮かべる。では、紫陽花というと誰か、光琳と同じくらいすぐでてくるのは山口蓬春(1893~1971)、以前鎌倉にある山口蓬春記念館によく通い、そのモダンな香りのする花鳥画を楽しんだ。

蓬春の描く花で際立って魅力的なのが紫陽花で代表作に‘榻上の花’(東近美)や‘梅雨晴’(山種美)などがある。ほかにも紫陽花の紫の美しさが心をゆすぶるのがある。それが記念館と北海道近美が所蔵するもの。最近はご無沙汰している記念館、紫陽花をみてドライブがてら出かけてみたくなった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.06.20

美術館に乾杯! プティ・パレ美 その三

Img_2     レンブラントの‘東洋風の衣装をまとった自画像’(1631年)

Img_0003_2     ドラクロアの‘ジャウールとパシャの戦い’(1835年)

Img_0002_2     シャセリオーの‘東方三博士の礼拝’(1856年)

Img_0001_2     ルドンの‘ヴィーナスの誕生’(1912年)

レンブラント(1606~1669)の‘東洋風の衣装をまとった自画像’はレンブラント本には必ず載っている初期の作品。2回目の訪問で追っかけリストの最上位に記していたのはこの25歳のときに描いた全身の自画像。貴族になりきって興味をもっていた東洋でお馴染みの衣装を着ている。

この絵を早くみたくて館内にいる人にすぐ展示してある場所を聞き急いだが、予想以上に時間がかかってしまった。そんな思い出があるのでに3年くらい前、森アーツセンターで開催されたレンブラントとフェルメール展にやって来たときは感慨深くながめていた。

ドラクロア(1798~1863)の‘ジャウールとパシャの戦い’も対面を長く待っていた一枚。ドラクロアの絵には体を大きくよじった馬がでてくるが、この絵に描かれた白と黒の馬が激しくぶつかり合う姿は息を呑むほど躍動感にあふれている。だから、馬に乗り剣を振りかざして戦うジャウール(左)とパシャ(右)より、中央にいる白い馬をみている時間のほうが長い。

今年の2月~5月に西洋美で行われたシャセリオー展にプティ・パレ蔵の‘東方三博士の礼拝’が出品されていた。これはシャセリオーが37歳で亡くなった年に描かれたもの。この画家はまさに早熟の天才、16歳で描いた自画像をみるとつい‘嘘だろう、この年でこんなに上手くかけるの!?’とつぶやいてしまう。

昨年、上野の森美であったデトロイト美展にルドン(1840~1916)の‘霊を宿す蝶’が飾ってあった。カラリスト、ルドンの作品を1点でも多くみたいと願っているので、日本で回顧展が企画されることを強く望んでいる。もし実現すれば‘ヴィーナスの誕生’にまた会えるかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.06.19

美術館に乾杯! プティ・パレ美 その二

Img_0002     モネの‘セーヌ川の日没、冬の効果’(1880年)

Img_0004     マネの‘テオドール・デュレの肖像’(1868年)

Img     セザンヌの‘アンブロワーズ・ヴィラールの肖像’(1899年)

Img_0001     セザンヌの‘四季 春(左) 夏(右)’(1860~61年)

美術館にでかけるときは作品の情報のできるだけ集め見逃さないように心がけているが、実際美術館のなかに入ってみると、準備した作品イメージは全体の半分にも満たないことが多い。こういう場合はアドレナリンがどっとでてくる。

プティ・パレはやはりパリにある美術館なので所蔵する印象派は美術本に載っているものがぽつぽつと出てくる。
モネ(1840~1926)の‘セーヌ川の日没、冬の効果’はマルモッタンにある‘印象、日の出’の別ヴァージョンのような作品、違いは日が沈むところ。

この絵をみたのはここではなく、モネ展(2010年)が開かれた隣のグラン・パレ。手持ちの図録やモネ本で一度もみたことがなかったので、びっくり仰天。大きな収穫だった。これだから回顧展へ出向くのはやめられない。

印象深い男性の肖像画が2点ある。マネ(1832~1883)の‘テオドール・デュレの肖像’とセザンヌ(1839~1906)の画商のヴォラールを描いたもの。デュレの絵は2010年に開館した三菱一号館美がオープニング展として開いたマネ展に出品されたから、この年は2回みたことになる。

セザンヌの人物画ではカード遊びの絵が最も気に入っているが、このヴォラールも図版で惹かれていた。ヴォラールは肖像画を仕上げるときはモデルを長く拘束するのが常だが、ヴォラールは辛抱強くモデルをつとめた。

2012年国立新美で開催されたセザンヌ展に若いころの作品として展示されたのが‘四季’、日本で再会するとは思ってもいなかったが、異様なほどに縦にのびや春の女性の体にまたもや視線を集中させた。これを見るとセザンヌは生来のカラリストだったことがわかる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.06.18

美術館に乾杯! プティ・パレ美 その一

Img    グラン・パレの向かい側にあるプティ・パレ美

Img_0001     クールベの‘黒い犬を連れた自画像’(1842~44年)

Img_0002     クールベの‘火事に駆けつける消防士’(未完成 1851年)

Img_0003     クールベの‘セーヌ河畔のお嬢さんたち’(1856~57年)

美術好きでパリへ毎年のように行っておられる方ならルーブルやオルセーのある一角は自分の庭のようなものかもしれない。パリの街がそう思えるようになりたいが、そううまくはいかない。まだエコール・ド・パリの拠点、モンパルナスにもモネが何度も描いたサン・ラザール駅に足を踏み入れてない。

広いパリのなかで土地勘がまああるのはセーヌ川を挟んでルーヴル、オルセー、グラン・パレなどがある狭い範囲。グラン・パレは大きな回顧展などが行われるところ。過去、クールベ展(2008年)とモネ展(2010年)を大混雑のなかみた。HPで定点チェックをしてないが、今年は誰の回顧展だろうか。

このグラン・パレの向かい側にあるのが1900年パリ万博のフランス館として使われのちに市立の美術館になったプティ・パレ。幸運にも2回訪れる機会があった。

ここの最も充実したコレクションはクールベ(1819~1877年)、2008年のクールベ展に遭遇したのは一生の思い出だが、作品の搬入が一番楽なのはプティ・パレの4点だったにちがいない。はじめてプティ・パレに入館した1991年のときはどういわけかクールベの印象が薄く何点みたか覚えてない。ところが、回顧展をみたのでクールベはかなり身近な存在になった。回顧展はかくも大きな力をもっている。

2010年に再度訪問したときはめぐりあわせがよくグラン・パレになかった‘火事に駆けつける消防士’に遭遇することができた。この絵は縦3.88m、横5.8mの大作でクールベがレンブラントの‘夜警’を意識して描いたもの。確かに2点は似た雰囲気がある。

自画像をみるたびにクールベのイケメンぶりに感心する。若いころの自画像が5,6点あるがどれも所蔵したくなるいい絵。そして、女性の肖像も心を揺すぶる。ちょっと離れたところから息をのんでみているような気持にさせられるのが‘セーヌ河畔のお嬢さんたち’、回顧展でも大勢の人が緊張した面持ちでじっとみていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.06.17

美術館に乾杯! マルモッタン美 その三

Img_0001     モリゾの‘舞踏会の若い女’(1875年)

Img_0003     ルノアールの‘ヴィクトリーヌ・ド・べリオ嬢’(1892年)

Img     ドニの‘妻と娘の肖像’(1906年)

Img_0002     カイユボットの‘白と黄色の菊’(1893年)

2015年東京都美で開かれた‘モネ展’には、マルモッタンが所蔵するモネ以外のコレクションも出品された。目立つ存在ったのがルノワール(1841~1919)の描いたモネと妻カミーユの肖像2点。ほかにもブーダン、シニャックなどもでていたが、モネが主役の展覧会なのでこういうときは脇役の絵はあまり主張しすぎないものが並ぶ。

グッとくる作品に会いたければパリでブローニュの森をめざすといい。同じ女流画家でもカサット(1844~1926)に比べると関心度は半分のモリゾ(1841~1895)だが、マルモッタンにある‘舞踏会の若い女’は例外的に魅せられている。手元にある回顧展(2007年損保ジャパン美)の図録にはこれを上回る作品は載ってない。

ルノワールが描いた‘ヴィクトリーヌ・ド・べリオ嬢’は日本にはまだ一度もやって来てない。この女性は‘印象、日の出’などモネの作品をたくさん所蔵していた医師ド・べリオ(ルーマニア生まれ)の一人娘、彼女が印象派のパトロンであった父の収集したモネの作品をこの美術館に寄贈したため、ここがやがてモネの聖地となっていく。

ドニ(1870~1943)がブリュターニュ半島の港町ペロス=ギレックに滞在したときに描いた妻と娘マドレーヌの肖像画は強く惹かれる一枚。現代版の聖母子像でラファエロが重なってくる。どの赤ちゃんも動くものは人でも犬でもじっとみているが、この子の目線の強さはじつにリアル。

マルモッタンというとシカゴ美の至宝となっているカイユボット(1848~1894)の‘パリの通り、雨’の習作があった美術館と思いつく人は印象派の相当な目きき。

ここにはいい静物画もある。鮮やかな色彩が目に焼きつく‘白と黄色の菊’、風景画や肖像画に加え、カイユボットは静物画でも豊かな才能を発揮している。もっと長生きしていたら、もっとビッグな画家になっていたことだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.06.16

美術館に乾杯! マルモッタン美 その二

Img_0002    モネの‘ヨーロッパ橋、サン・ラザール駅’(1877年)

Img     モネの‘雪の中の汽車’(1875年)

Img_0001     モネの‘ルーアン大聖堂、朝’(1893年)

Img_0004     モネの‘睡蓮’(1916~1919年)

印象派やポスト印象派の作品はみるのはライフワーク、だから、画集に載っている名画を求めて世界中の美術館に出かけてきた。コンプリートとはいかないがかなりのところまできているが、この挑戦に終わりはなく足腰が動くかぎり美術館巡りをしていくつもり。

見た作品の数に多少の濃淡はあるものの印象派9人衆はそこそこレベリングはされている。そのため、どことどこの美術館に足を運べばおおよそ済みマークがつけられるかイメージできている。ヨーロッパ、アメリカ、ロシアへとまんべんなく行かないと満足の基準値をクリアできない画家がいる一方で、あるひとつの都市、国を訪問すればだいだいOKになる画家もいる。

マネ、ルノワール、ゴーギャン、セザンヌ、スーラ、ロートレック、ドガは前者で、モネ、ゴッホは後者。ゴッホについてはアムステルダムのゴッホ美とオッテルローのクレラー=ミュラー美へ行けばまあゴッホはみたぞ!ということになる。

そして、モネ(1840~1926)はパリにある3つの美術館、オルセー、オランジュリー、マルモッタンに足を運べばもうモネの通になれることは請け合い。とても効率よくモネの傑作に会えるのだから、モネに嵌まったらわき目ふらずパリに行くべし!

2015年に開催されたマルモッタン美展で大きな発見があった。それは連作1号になった‘ヨーロッパ橋、サン・ラザール駅’。この絵は現地で見れども見ず状態になっていたのではじめてみるようなものだが、あらためて会って仰天した。‘印象、日の出’は印象派を象徴する歴史的な作品だから、これはもうみるしかないが、‘サン・ラザール駅’は立ち尽くしてしまうほどの傑作!名画ほど館外には出ないもの。普段はよそに貸し出さない方針をとっているいうのは即納得した。

日本にまだやって来てない作品でいいのがある。汽車好きのモネならではの‘雪の中の汽車’と連作‘ルーアン大聖堂、朝’、‘睡蓮’。ルーアン大聖堂は1990年にロンドンのロイヤルアカデミーで行われた‘モネの連作展’に出品された。3時間も並んでみたので、この絵はよく覚えている。

‘睡蓮’はオランジュリーにある大作の小型版のような感じがするので、昨日紹介した黄色の睡蓮とともに魅了されている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.06.15

美術館に乾杯! マルモッタン美 その一

Img_0003     1934年に開館したマルモッタン美

Img     モネの‘印象、日の出’(1872年)

Img_0004     モネの‘睡蓮の池’(1917~19年)

Img_0001     モネの‘ロンドン、霧の国会議事堂’(1905年)

2年前の秋、モネ(1840~1926)のコレクションで有名なパリのマルモッタン美から‘印象、日の出’をはじめとする名画が数多くやって来た。印象派の代名詞ともいえる‘印象、日の出’が公開されるのは21年ぶりということで多くの美術ファンが東京都美に押し寄せたのは記憶に新しいところ。

パリにあるマルモッタン美は典型的な邸宅美術館、そのためオルセーのような大きな美術館で印象派の絵をみるのとはちがい、部屋に飾られている作品はこの屋敷に住んでいた人たちに大事にされ愛され続けたんだなと思いを馳せてしまう。だから、こういう美術館では主になった気分でみるのがいいかもしれない。

訪問したのは1回だが、ここの所蔵作品が日本で公開されるのは2015年の展覧会を含めて3回もあったためほとんどみたことになる。大好きな黄色の睡蓮の‘睡蓮の池’は2回目のマルモッタン美展で目に焼きつけたもの。

どの美術館でも1回目はお目当ての作品で頭がいっぱいになっているので、ほかの作品は見れど見ずということがおこる。出かけた1991年は盗まれた‘印象、日の出’が無事戻ってきて1年経ったとき、感激も大きくこの絵をみれる喜びをかみしめながらの鑑賞になった。

地下一階にあるモネ作品はひと通りみたが、ミュージアムショップで購入したカタログ(フランス語)に載っている作品のなかにはしかとみたという実感がないものもでてきた。‘日の出’に多くのエネルギーを奪われたせいである。

‘ロンドン、霧の国会議事堂’もたぶんみているのに記憶に残ってなかった。この絵は2015年に展示されることを強く願っていたが、叶わなかった。またマルモッタンに行くことがあったら、この絵を真っ先にめざしたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.06.14

ケニー・Gのソプラノサックスに痺れた!

Img     Tou Tube ケニー・G

いい音楽に出会うと大きな幸せを感じるが、今日はそんな腹の底から嬉しいことがおきた。朝から本の整理に励み、必要な個所をコピーしていた。数が多く単調な作業なのでTou Tubeにある‘癒し系音楽’などをアットランダムに聴いていた。

この手のものは数限りなくある、例えば‘カフェのギター音楽’なんてのもある、笑ったのが‘作業効率があがる音楽’、そう、今それをやっている。また‘高級ホテル○○で流れている音楽’なんていうものある。海外旅行に早く行きたくなった。

そうこうするうちに、ソプラノサックス演奏の‘ケニー・G’に遭遇した。のっけからとてもいい曲が流れてきた。♪♪‘フォーエヴァー・イン・ラブ’、いっぺんに嵌った。昨年9月18日にアップしたジェニファー・ラッシュの♪♪‘パワー・オブ・ラブ’のときと同じようなシチュエーション、大きな感動が体中に広がっていく。

早速ネットでケニー・Gを調べてみると、1956年生まれのユダヤ系アメリカ人で今年61歳、へえー、もうこんな年なんだ。画像は40代のころのもの?うかつにもこれまでこのサックス奏者の演奏はまったく縁がなかった。ソプラノサックスが大好きだというのに。

若いころ、’ビッチェズ・ブリュー’以降のマイルス・デイヴィスを夢中になって聴いた。マイルスのキレのにいいトランペットにしびれ、若手メンバーのウエイン・ショーターが奏でるやららかく美しいソプラノサックスの音色に体を震わせていた。

ソプラノサックスにぞっこん魅せられたので、ショーターがマイルスから離れジョー・ザビヌルらと一緒に結成したウエザーリポートにも熱を上げその楽しい演奏を何年も聴いていた。今もときどきクルマのなかでCDを流している。今日偶然ソプラノサックスの名曲に出くわした。Tou Tubeに乾杯!毎日聴くことになりそう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.06.13

ダルビッシュ 6勝目!

Img     アストロズ戦で7回1安打1失点と好投したダルビッシュ

Img_0001

最近の3試合でホームランによる失点に泣かされたダルビッシュは敵地でのアストロズ戦に好投し、ようやく勝ち星をふやし6勝とした(4敗)。

アストロズ相手にこのところずっと敗戦が続いていたので、今日のダルビッシュは打者一人々よく考えて投球していた。三振にこだわらず、シンカー、カーブ、そして得意のスライダーをうまく組み合わせ、慎重に打ちとった感じ。最近の失点のパターンは序盤は無難に抑えるのに4~6回でホームランを食らって痛い目にあうことが多い。

だから、この日は中盤の失点をなんとか防ごうという姿勢がありありだった。その対策がうまくいき7回を投げてヒットはわずか1本のみ。1点とられたが、これはレフトが取れない打球ではないのにこぼしてしまったアンラッキーな失点。そのため、実質ゼロ点で投げ終えたのと同じ。

昨日、日米通算2000本安打を達成した青木との対戦も2打席きっちり抑えダルビッシュの勝ち。そして、前の試合で3ランを打たれ主砲のコレアにもヒットを許さず弱点を克服したのはこれからのピッチングに大きなプラス。

レンジャーズはリーダーのベルトレ(3塁)が怪我から復帰したので打線はよくなっていくだろう。地区優勝はアストロズにもっていかれそうだが、ワイルドカードでポストシーズンへ進出することはこれから調子をあげていけば可能。その鍵を握っているのが投手の軸となるダルビッシュ。このダルビッシュの好投はチームを勇気づけるにちがいない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017.06.12

アストロズ青木 日米通算2000本安打!

Img_0001   本拠地でのエンゼルス戦で日米通算2000本安打を達成した青木

Img

今年からアストロズでプレーしている青木は本日本拠地で行われたエンゼルス戦の6回裏、得意の流し打ちで左前にヒットを放ち日米通算2000本安打を達成した。拍手々!

2000本にあと2本と迫っていたこのゲームで一気に決めるところが青木らしい。ヒットを量産することではイチローに次ぐ名選手、2本、3本とまとめて打つ試合を何回みてきたことか。この卓越したバットコントロールが青木の魅力。

2012年、ポステイングシステムを利用して大リーグにブリュワーズに移籍したときは最初はレギュラーではなかったが、起用されるたびにヒットを放つことで評価をどんどんあげ後半は外野の一角を獲得した。2年このチームにして契約が終了したあとは2014年から今年まで毎年チームが変わった。ロイヤルズ、ジャイアンツ、マリナーズ、そしてアストロズ。

過去5年の大リーズでのプレーでもっとも脚光を浴びたのが2014年のロイヤルズ、試合の後半はリザーブの選手と交代することが多かったが、ポストシーズンでは打撃守備の両面でチームの勝利に貢献し、ワールドシリーズを戦った。

このときは惜しくもロイヤルズはジャイアンツに敗れ青木はワールドチャンピオン・リングを手にすることはできなかったが、今年は2度目のチャンスが巡ってくるかもしれない。現在アストロズはアリーグの西地区で首位を走り2位のエンゼルスに12ゲームの差をつけている。

まだ、60ゲームを消化したところなのでこのゲーム差は少なくなるかもしれないが、アストロズがポストシーズンに進むのはまず間違いない。さらに期待されるのはワールドシリーズへの進出。ヤンキースとの争いになりそうだが、アリーグを制する可能性はかなり高い。

こうした展開になると、ワールドシリーズを経験している選手はチームの勝利にとっては欠かせない存在。だから、青木がこれから調子をあげていくとロイヤルズ時代のようにアドレナリンがぐっとでる試合が毎日続くことになる。今は9番が定位置だが、打率をあげれば1,2番の起用もありうる。是非そうなって欲しい。3割めざしてがんばれ!青木。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«もっとみたいダ・ヴィンチ!